10 序盤は本のように
■三匹の魔王
むかしむかし、
どれくらい昔かってゆーと、トンデモなくチョー昔。
かつての古代の神々に敗北した、三柱の魔王が居たんだけどさー
力の大半を制限されて、この土地に封じられちゃったから大変、
え?
何が大変かって?
そりゃあ~、そんな物騒な連中を放り込まれた、地域の人間はたまったモンじゃないわよね?
太古の神々も四六時中見張ってるワケでもないしね。
だからなのかしら?
魔王達は、北の山とか東の深い森とかの人の立ち入らない場所に追いやられたの、
まぁ、それで人間の方は渋々承諾できたワケなんだけど。
今度はプライドの高い魔王が不満を漏らす番なのよね。
黒き魔王は言う、こんな寝床で我慢できるか、と。
赤き魔王は言う、こんな野郎と一緒で我慢できるか、と。
白き魔王は言う、とりあえずウザイから黙っててくんない?と。
常にケンカばっかりで、『仲良く』とは程遠い魔王達、
ある日、魔王達は決断するの、
黒き魔王は言う、俺はもう我慢できない、あの人間どもを食い散らす、
赤き魔王は言う、やるなら一人で勝手にやれ、私にまで責任を及ばすな、
白き魔王は言う、あたしは眠いんだ、騒ぐならアンタらが出て行けば?
三匹の魔王はいつも意見が合わないの、
結局、意思はバラバラのまま、次々と『退治』されちゃってね
いつしか残った魔王は一人ぼっちになっちゃったてわけよ。
まぁ、仲良くしなさいってコトよねー
※*※*※*※*※*※*※*※*※*※
「――おいっ!ちょっと待て」
紡がれたお伽話を聞き終わるや否や、俺は迷わず真っ先にツッコミを入れた。
今まで、散々読んで聞かせてもらってきたのだが、今回はいろいろ酷すぎる。
お伽話の読み手は、俺よりも頭一個分丸まる背が低く、背中まである綺麗なサラサラの銀髪に、それに合わせるかのように服装は白を基調にしたものを身に着けており、法衣だか修道服だか判断しかねる服装のようだが、冷静に観察してみると白い上着に黒いスカートの学生服っぽい服装の上からローブを羽織ったという、なんともいえない服装の女の子なのだ。
そんな彼女の特筆するポイントは、やはりその綺麗な碧眼。サファイアを連想させる澄んだ青い瞳は、真冬の深夜に拝める青い月のように、上品な輝きを携えていた。
――が、残念ながら今回の読み手は彼女ではない。
今、巨大な本を手に物語を紡いでいるのは、彼女の姉。
髪も服も黒色で全身黒一色に瞳だけ赤い、ハイスペックなノラネコ女だ。
ちなみに、俺の中では二人とも小動物系のイメージだ。ただし、捕食側と被捕食側に分類されてしまうが……どちらがどっちかは訊くのも野暮というモノだ。
「お前、ちゃんと読めてるのか?」
「はぁ?なによ?」
俺の抗議に、逆に噛み付いてくる、相変わらずのノラネコだった。
だからといって俺も引かない、明らかに認められない。
何よりも……俺は…
この女に読めて、自分には読めないという状況を認めたくなくて苛立っていたのかもしれない。
「明らかに表現やら、言葉遣いやらが、おかしすぎる!
今までリウェンが読み聞かせてくれたものと駆け離れすぎてないか!?」
「だって『朗読』だもんっ。しょうがないじゃない。」
リルドナが吐き捨てる『どうしようも無いから諦めろ』的な物言いだが……。
そもそも『朗読』という単語に何か深い意味合いがあったか?
「ていうか、『朗読』てなんだよ、何か特別なモノか?」
「もうっ。だから、コレは――」
「――ふむ、『ユグドラシルの語り部』かね?」
突如、割って入ってきた発言に、一斉にそちらの方へと視線が集まる。
そこには黒い服に身を包んだ、やたらと姿勢の良い初老の男がいた。
「……ブルーノさん?」
ドアが開けっ放しだった為、ドアノックも何もあったものではない。
「へぇー、ヒゲ様知ってるの?」
「うむ、昔に少しだけだが、文献で目にしたことがある」
そのセリフをこのくらいの歳の人間が言うと、妙に説得力がある。
「そのユドラシルの~って何ですか?」
「なんでも、太古の森林信仰の一族のモノらしいのだが。
彼らには『文字』という文化が無かった為、全て口伝のみの伝承をされてきたんだ」
「……口伝のみで、ですか……?」
にわかに信じがたい。
簡単に「口伝のみ」と言うが、これは壮大な伝言ゲームだ。
やり始めの最初の方の世代はまだいい。
だが、一族の世代が重なれば重なるほど、その情報量は膨大となってくる。
聞き取る方は勿論のこと、言い伝える側も相当な記憶力が要求される。
「人間の頭でそんなことが可能なんです?」
「――普通なら無理だろうな。
だからこそ、彼らは独自の朗読方法を生み出した。
――それが『ユグドラシルの語り部』と言われる独自の手法らしい、
物事の概要を極限にまで削ぎ落として簡略化し、それこそ『骨だけ』にしてしまってから、それらだけで構成した詩にして詠い伝えるんだ」
「……。『骨だけ』て……。
つまりは『単語のみ』『キーワードのみ』とか、そういうレベルじゃないんですか?」
ここまでくると、それらはすでに『暗号文』でしかない。
解読法を間違えれば、それは完全に『違う物語』になってしまわないだろうか?
「だろうな、だからこそ、彼らには一族を束ねる『ドルイド』とは別に、口伝を執り行う『バード』と呼ばれる専門の語り部が居たらしい」
「……?詩人ですか……?」
「誤解されがちだが、吟遊詩人とはまた意味合いが違う」
一口に『詩人』といっても、その役割や活動内容は千差万別なようだ。
俺の想像したのはまさに『トルバドール』、ブルーノ言のう『バード』とは違うモノだ。
「でも結局のところ、どう伝わっていくかは、その『バード』の解釈次第でところですよね?いくら『真実の骨格』を見せられても、それを復元する過程の『再現の肉付け』でいくらでも細工可能ですし……何よりも、その時の当事者達の思惑や心情――『真相』が隠されたまま伝わって行く気がします」
「まぁ、それが狙いなのかもね~」
突然、リルドナが呆気らかんに、口を挟んでくる、
そして、それにブルーノも頷く、
「うむ、歴史なんぞ綺麗事だけでは語れないしな、子孫にはあえて伝えたくも無い事情もあるだろう」
「ま、納得できないだろうから、アンタに一句詠ってあげるわ」
「何を詠むんだよ?」
「朗読の最初に付け加える注意書きみたいな句よ、
そうねぇ……例えば、これが推理小説だったら――
『これは本格派ミステリーだから安心して推理に挑んで下さい』みたいなモノかしら?」
「そんな断りを入れる推理小説作家はいないと思うが……」
「そう?まぁ、あたしはそういう読まないしね~」
リルドナは俺にそう告げると、軽く息を吸い、珍しく真剣味を帯びた顔を浮かべる。
それは『荘厳』と表現しても良かったかもしれない。
「幾戦もの事実、散り填めらし真実。
伝えんと欲して掬いて詩情に催す。
腹探られるを拒み君笑う莫れ。
古来往々簡素清貧に幾人と成り足也」
「――?ちょっと待て、少し書き出してみるから、もう一回頼む」
俺はリルドナにもう一度詠って貰い、それを素早く書き留める。
この句……いや詩の意味するところは……。
「……これは、『多くの物事を伝え残すが、その裏の腹の内までは探らないでくれ』という意思と『そんな私の我侭をどうか笑わないでくれ、歴史上にそこまでの清廉潔白な人間がどれほど居たと思うのだ?』という「ぼやき」の二つで構成されている……のか?」
「――えっ?そ、そうじゃないかしら……」
俺の推論に対して、リルドナの反応はなんだか歯切れが悪いモノだ。
最早、お馴染みとなった『目をクリクリと泳がせる』モードになっている。
「……お前、実は意味わかってないだろぉ!?」
「あ、あたしにそんなコト理解できるわけないじゃない!」
「いやっ、ソコは開き直って逆ギレするトコじゃないからっ!」
特殊な朗読技法や俺の知らない文字の読み取りなどで、一瞬はリルドナを見直しはしたが、そこは流石のリルドナだった。
薄っぺらな化けの皮が剥がれた彼女は、やはり信頼と安心のINT3だった。
なんとなくそれで安心を得た俺は、ようやく他のことへ注意を配ることが出来た、
「ところで、ブルーノさんはここには何の御用が……?」
すっかり『朗読』の話題で注意が別に行ってしまっていたが、
ブルーノは用があってここに来た筈なのだ。
俺の問い掛けに、ブルーノは表情を改め、ロイの方へ向き直る、
「ロイ、火の番はどうした?」
「あー、そのことでしたら、
アーカスさんが代わってくれたので、彼にお任せしてきました」
「ふむ、そういえば、彼はずっと暖炉の前から離れないな」
「なんでも、火の主に祈りを捧げるとかで……」
そう答えるロイの言葉も歯切れが悪かった、自身の理解できない習慣である為、
ついつい発言に自信を持てなくなっている所為だろう。
「ふむ、本人の希望ならば、それで構わないだろう」
「はい、彼の申し出に甘える形になっていますが……。
――後ほど、アーカスさんには、また声を掛けてみようと思います」
「うむ、わかった」
その言葉を最後にブルーノは退室していった。
~・~・~・~・~・~
「ほう、ゼルとは違い、なかなか筋が良い」
「ふふふふ、銃兵の戦況観察眼を甘く見ないほうがいいよ?」
どうやら、ロイはゼルと違い、そこそこチェスに覚えがあるのか、
そう簡単には詰められたりはしないようだった。
俺はそんな二人の対局を眺めながら、少し情報を整理してみることにした。
まず、リウェンが俺に伝えようとしている物語はどうも今回の仕事の目的である『赤き剣』の持つ歴史背景に大きく関係していること。
そして、その物語はわざわざ特殊な朗読法を用いて、あたかも謎掛けをするかのように俺に提示している。
話の骨格を伝えつつも、あえて真相の腸を晒さない。
考えれば考えるほど不可解だ。
果たして俺に何をさせたいのだろう、または何を企んでいるのだろうか?
まだ、判断をつけるには材料が出揃っていないだけなのだろうか?
もう一度、本のページに記された文章に目を落すが、やはり読めない、理解できない。
「なぁ、リルドナ。これ何処の国の言葉なんだ?」
「んっ?うーん……そうねぇ」
俺に問われて、言い淀むが、それは隠し事をしているソレではなく、言いたくとも上手く表現できないという感じだった。
「なんていうか、『何処の国』て言われるとプロイツェンとしか言えないけど」
「でも、これ独国語じゃないよな?」
「うん、語源はそうだけど、文字は暗号化してる、って言うのかな?
あたし達は共犯者の暗号って呼んでるるけど、正式名称は知らないの」
「これまた、穏やかじゃないネーミングが出てきたな」
共犯者だの、暗号だの、まるで特殊工作員のような臭いが漂ってくる。
嘘や隠し事から程遠そうな彼女からは、連想し難い言葉だ。
「――ソレって、あれじゃないの?
確か、五世紀前くらいにプロイツェンで体制側と学生側が反発した際に学生側が使ってた暗号形式とかなんかじゃなかったかな、世界史の授業でチョロっと名前だけ出てきた気がするよ」
「オメェってよくそんな雑学知識憶えてるな」
ロイの記憶が確かならば、これは本当に暗号文となる、
ますます以って穏やかじゃない背景が見え隠れしそうだ。大体、『共犯者』じゃなく『賛同者』と謳えばいいのに。
「まぁ、あの子が言葉遊びが好きで採用した『おふざけ』だとは思うけどね」
「そっか、書いたのはリウェンだし、元ネタの知識の引用もリウェンだもんな」
多分だが、リルドナのこういった朗読法や暗号分は全てリウェンから伝播した知識なんだろう、ただでさえ容量の低そうなノラネコブレインにこんな余計な知識を植えつけて大丈夫なのだろうか?
それでなくとも、倭国に対する異常なまでの知識も無駄に詰まってそうだし……。
「そりゃ、そうと。あの嬢ちゃんはどうしてんだろうな」
「うーん、完全に一人ってワケじゃないだろうけど……」
ロイの言う、『完全に一人ではない』というのは、森の入り口の小屋には馬車の御者や、ブルーノ以外の使用人も数名も詰めているからだ。
食事の準備もリウェン一人では苦労するだろうが、彼らがいれば数日間なんとかやっていけるだろう。
「あたしは本音言うと、やっぱり心配なのよねぇ……」
妹を溺愛するノラネコな姉はやはり心配で堪らないらしい。
「そんなに心配しなくてもいいんじゃ、結構しっかり者だと思うけど?」
「やっぱり心配よ?
ティータイムに紅茶淹れようとして転んだり、馬車の御者さんとかにお茶を振舞おうとして転んだり、自慢の山菜料理を作ろうとして外に出て転んだり、山菜を見つけて駆け出して転んだり、調理の準備に水を汲み行って転んだり、出来た料理を御者さんにお裾分けしようと呼びに行ったら転んだり……」
「おいっ!なんで逐一コケることを想定しているんだ?」
確かにポテポテ転げる娘だけど、それは極端すぎないか?
「そんなコト言うけど、アンタも見てるでしょあの子……」
「うーん……そうだなぁ、あれは何ていうか」
あえて表現するなら、そう――
「「DEX2かなぁ……」」
見事にリルドナとハモった。
リウェンには悪いが、やっぱりどう思い返してもドジっ娘なのだ。
「そうだなー、あの嬢ちゃんはちょっとドン臭いというかなぁ」
「まぁ、そこが可愛らしいと言えば、そうなんだけど。やっぱりドジに見えちゃうね」
ゼルもロイも同意権らしい。
―――――――――――――――――――――――――――――っ(怒)――
「――っ!」
「無能、どうしたの?」
「いや……今、物凄い悪寒が……」
なんというか、怒ったリルドナが煮えたぎるカルドロンなら、
今の感触は……凍てつく「霧の国」だか「暗い国」とか呼ばれるニヴルヘイム。
その場の空気さえも完全に凍りつかせて砕け散らせてしまう感触だ。
「案外、今の話聞かれてたりしてね?」
ロイは「いっひひひひ」という表現がピッタリな笑いを浮かべる、
どうしてこの人は、こうもいやらしく笑えるのだろう。
「よして下さいよ、流れ的に平謝りするのは俺の役目になりそうなんですが……」
「おや、ムノー君はそういう境遇がお好みかい?
ふふふふ、姉妹同時攻略なんて、なかなか熟練度高い選択肢だねぇ?」
「……どうしてそう発展して行くんですか……?」
イロイロな意味でこの人は楽しんでそうだ、
俺の第六感がビシバシとそう伝えて来てるっ!
「まぁ、何にしても気になるわ……今頃どうしてるやら……」
口では散々ドジとか言っているが、根っこの部分ではやはり妹を心配するお姉さんのようだ。
表面上は元気に取り繕ってはいるが、妹への心配が絶えないといったところか。
「どうだろうねぇ……これだけ噂しちゃったんだ。案外、今頃くしゃみしてるかも?」
ロイがそう呟いた瞬間、
――――――――――――――っふぇ……――――
「――ん?」
――――――――――――――っくちゅんっ!――
「――おいおいおいおいおいおいおい……」
「ど、どうしたの?」
俺の声にリルドナだけでなく、ロイもゼルも怪訝な表情を浮かべる。
もう答えは出てしまったが、
「……案外、冗談でなく本当に聞かれているのかもしれませんね」
とだけ呟くだけに留めた。
それから軽く思案すること、体感で九秒間。
俺は『ソレ』を決行することにした。
「なぁ、リルドナ、悪いけど今度はダージリン淹れてくれねぇか?」
「あれ?ダージリンでいいの?アンタってストレート派だっけ?」
ダージリン=ストレートティーという認識は俺には無い、
そもそもストレートで頼む気は毛頭無かった。
「いや、砂糖は二個……いや一個つけてくれ、
それを飲むヤツの気持ちになってみたいんだ」
「よくわからないけど、かしこまったわ。金髪とヤンキー顔はどうしよう?」
律儀に他の二人の分も確認を取る辺りはさすが元メイドなのか、
「ボクはストレートでいいよ」
「オレは砂糖二個な」
リルドナは俺達三人の要求を承り、三度、給湯室へと姿を消す、
俺はリルドナの足音が階段へと消えて行くのを待ってから動き出した。
「ちょっと、調べ物が出来ましたので――」
とだけ告げ、俺は魔導書を片手に、廊下を挟んで向かい側のドアへと歩み寄る、
先程、リルドナに頼まれて開けたドアではなく、その隣のドア。
これまた同様に、ドアは真新しく、カギも厳重だった。
「ま、開けれなくもないんだけどな」
誰かに言い聞かせるように呟いて、愛用のピックで鍵穴を探る。
カチャカチャとしばらく探ってから、パチンという開錠の感触。
俺はそのまま素早く中へと滑り込み、内側からドアの施錠をする。
深く息を吸ってから、誰かに問いかけるように口を開く、
「――さて、そろそろいいよな?リウェン」
―――――――――――――――――――――――――――――っ(汗)――
例の声は答えない、しかし、息を呑むような気配だけは伝わってきた。
~・~・~・~・~・
その部屋は、明らかに広かった。にも関わらず一人部屋のように伺える。
先程、リルドナの為に開錠した部屋とは対照的に淡い水色の壁紙が張られた部屋だった。
本棚や衣装箪笥の他、戸棚にはまるで何かに実験に使うようなフラスコやビーカーまである。
それらとは、ギャップの激しい可愛らしいベッドがあり、これまた可愛らしいぬいぐるみも置かれている。
そして、ほのかに甘い香りが立ち込めている、これは先程のラベンダーというヤツだろうか?
「おーい、聞こえてるんだろう?リウェン」
―――――――――――――――――――――――――――……――
俺は問いかけるが、返事は無い。
まぁ、素直に返事して貰えるとは思っていない、
「しらばっくれてるじゃねぇぞ?
コソコソと盗み聞きしやがって、この覗き趣味の嘘つきネクラ女っ!」
――――――――――――――――――――――――――――っ!(怒)――
声こそしないが、どことなく怒った気配がした、
まだまだ足りないか……。
「なぁ、聞いてくれよ、リルドナがポカポカ俺のこと殴るモンだから参ってるんだ」
やはり『声』に反応は無い、
「酷いモンだろ?例の宿屋での夜なんて、言いがかりもイイトコだ。不可抗力とは言え、リウェンの下着を覗いてしまったことは認める、でも結局暗がりだったしハッキリ見えてなかったんだよなぁ……『白っぽいの』としかわからなかったぜ」
――――――――――――――――――――――――――――?――
キョトンしている顔でもしているのだろうか、感じ取れる気配の質が変わる、
それとも、『見られてなかった』ということに対して安堵してるのか。
「まぁ、それよりも……リウェンはやっぱり『青』が好きなんだなぁ?
ペンネームのBlaueAugenといい、この部屋の壁紙といい、
やっぱりアレか?自分の瞳の色だからか?
かつての絶世の美女も緑の瞳で、やはり同じ色のエメラルドを好んだって言うけどさ」
―――――――――――――――――――――――――――??――
急な話題旋回でついてこれてないようだった、だが、それが狙いなのだ。
「だからだろ? 白地に青の縞模様のを穿いて――」
――バッチリモロに直視してやがるじゃないですかー!――
俺は 白地に青の縞模様の『何を』穿いてとは言ってないのに、
的確に判断し、ツッコミを入れてきた、やっぱり頭良いんだな。
つまり、アレだ。リウェンの下着は白と青の『しましまおぱんつ』なのだ。
「でも……チェックメイトだぞ?」
――あ……しまった――
――……お、思わず反応しちゃったじゃないですかー!――
「で……なんでこんなまどろっこしい真似してるんだ?」
――そ、それは……――
「答えないと、そこのベッドにフジコちゃんダイヴをかまして、顔を埋めるぞ?」
――へ、変態っ!――
あくまで脅しで冗談なのだが、率直に『変態』と揶揄されるとちょっと凹む……。
<仕方ないですね、ちょっとだけお話しましょうか>
観念したのか、また違う質の声が俺に届く、どうも通信手段を切り替えたらしい。
<その前に、今から通信コードを送りますので、そちらで通話なさって下さい。そのままですと、個室に閉じこもって独り言を呟いてる『危ない人』になっちゃいますから>
だから率直に言われると凹むんだが……。
程なくして、俺の意識に直接呪文が浮かび上がってきた。
<復唱要求です>
俺は言われるがままに、呪文を復唱する。
途端に、何かの術式が起動し、
より鮮明にリウェンの声だけでなく息遣いまで聞こえる気がした。
<これで、念じれば、わたしに『声』は届くようになりました。お試しください>
お試しください、と言われても、何を喋ろうか……
どうせなら、即ツッコミくるような内容がいいか?
(えーっと、穿いていたのは、
白地に青の縞々で、サイドはリボン結びになっている気合の入った――)
<ちょ、ちょっと!何を具体的に説明しやがるんですかーっ!?>
どうやら、ちゃんと届いているらしい。
俺の言葉がクリティカルだったのか、どことなく言葉遣いが乱れている気がする。
でも、これって心中までダイレクトに届いたりしないのだろうか?
(なぁ、この通信って、俺の心の中丸見えになっちゃったりしない?)
<わたしもそこまで野暮じゃありません、ちゃんと『念じなければ』通信は機能しませんのでっ!>
……ちょっぴり語尾に怒気が篭っているのは気のせいか?
あんまりにも弄りすぎたのがいけなかったのかも知れない。
(……で、なんでこんな監視するみたいなことしてるんだ?)
<監視といいますか。そもそも、わたしには魔導書に届く範囲の音か、危機感知から自動警告へと変換された信号を受け取るくらいしか、そちらの状況を知り得る手段がありません……。純粋に心配だった。と言ったら信じて貰えます?>
(信じなくも無いが……それだけじゃ理由として弱くないか?)
俺の反論に、そうでしょうね、とため息交じりの声を漏らす。
イロイロ裏がありそうな仕事だったし、今更シロと思ってやれない。
(俺も不振に思う点はいくつか見つけたんだ、例えばザスコさんのこととか――)
<……やはり、そこにお気づきでしたか。
そうですね、わたしもあの一件が無ければ、そのままご一緒したんですけど、
――エインさん、
この手の財宝探索系の仕事で起こり易いトラブルって何だか知ってます?>
(仲間割れ……か?)
<そうです。より正確には財宝の横領からの暴挙というべきでしょうか>
考えたくも無いシナリオだが、決して少なくも無い事例だ。
財宝を目の前にして、依頼主を殺害してまで横取りをする連中が世の中には居る。
最もそれがギルド側に知られれば、当然、重い刑罰が掛かるのは当然のこと、資格を失うことになる。
冒険者人生をそこで終わらせることになるのだ。
そんな暴挙にでるには、それ相応の覚悟が必要になるわけだが……
(死人に口無し、とはよく言ったモンだよな……)
<おっしゃる通りです。複数犯で口裏を合わせてしまえば、どうとでもなるんです>
現実の世界は推理小説じゃない、アリバイなんて単なる口裏あわせで成立してしまうのだ。
つまり、『事故』と主張してしまえば、それで全て片付く、というわけだ。
<ですので、わたしは調査事項が出来てしまったので、居残りを選びました>
(表面上はまだ発生していない事件の容疑者の絞込みか?)
<そうです。私の役割は諜報……というか兵站全般ですので――>
そこでリウェンは言葉を一旦切る、
<――ですが、わたしが抜けると回復手段が無くなってしまいます。もうお気付きと思いますが、姉は割りと耐久力が無いんですよ。いや、というかモロイ……いやいや、むしろ紙でしょうか?>
(サラリと酷いこと言ってないか? まぁ、確かに軽装だし、傷を受けたら血を流すのは当たり前だよな)
<普段なら、わたしが障壁を張ったりするんですが……それでぶしつけですが、回復役としてエインさんの手を借りることにしたんです。どんなに力の小さな魔法であっても、使えるのであれば増幅および補強によって実用レベルまで引き上げることは可能なんです>
その言葉に魔導書のことが頭によぎる。
恐ろしいまでの能力特化の内容だった。
(何にせよ、お陰で助かったよ)
<わ、私は自分の身内を護りたいが為だけに、貴方を利用したんですよ?>
(それ、嘘だろ?『護りたい』対象に俺も入ってるし)
魔導書の補助術式の内容から、俺自身への配慮がされていることは一目瞭然だ。
そして、何よりも……彼女の癖でわかってしまうのだ。
<わ、わたしは、姉が心配で……傷だらけになっても無理をする人ですから>
(うん。それは本当だろうな)
<――は、はいー?な、なんですかっ!それって!?>
(あれ?自分で気付いてないんだ)
どうやら、無意識の内から出る癖のようで、本人に自覚は無いらしい。
意外に『嘘をつく』という行為には心的ストレスが付きまとう。それが顔に出たり、脈拍に変化が出たり、症状は十人十色だが……リウェンの場合は口に出るようだ。
しばらくは彼女との会話で主導権を握れそうだ。
皆はもう気付いてるかもしれないよな?
俺よりも、皆のほうが気付き易い癖だと思うぜ?
(まぁ、これ以上は訊かないことにしておくよ)
<えっ?>
(どんな舞台演出を用意してるか知らないけど、それを引き摺り出す無粋はしない……というか、俺には何も知らない無色な一般人の方が都合が良いんだろ?)
<……。そうです>
(これは、推理小説じゃないけど、ノックス第九条みたいなモンだよな)
<そうです。『The stupid friend of the detective, the Watson, must not conceal any thoughts which pass through his mind; his intelligence must be slightly, but very slightly, below that of the average reader.』というノックス十戒の一つですね。読者に謎を解かせる敷居を下げるの役割を果たしていると思います>
スラスラと原文を口に(思念に?)するリウェン、
ちなみにノックス十戒というのは、合衆国の推理小説作家が提唱したとされる、言わば『推理小説のお約束』という代物だ。
これが即座に会話に出て、尚且つ普通に受け答え出来ている時点で、俺もリウェンも相当な『好き者』というワケだ。
(よく原文を覚えてるな……さすがは『有能』な読者さんなのか?)
<……もしかして、『無能』て呼び方を根に持ってませんか?>
(まぁ、俺は名探偵役じゃなく無能な友人役なわけだ)
なんとなくピッタリかもしれない、無能で結構。
ついでに言えば、軍医じゃないけど治療もしてるしな。
存分に主観で物語を観劇させて貰おうじゃないか。
(まぁ、これは推理小説じゃないなぁ。
よし、話はここまで。また何か訊きたいことができたら通信するよ)
<あ、それなんですけど。
わたしの力だとその宿舎がギリギリの射程圏内なんです。
――なので、屋敷本館まで進むと通話出来なくなるんですよ>
(それも、本当みたいだな……。
じゃあ、今までみたいに危険を報せて貰ったり出来なくなるのか?)
<いえ、危機感知は生きていますので、自動警告の報告対象をエインさん自身に設定しなおせば大丈夫です。あんまり気持ちの良い感覚じゃありませんけど……>
その言葉で俺はリウェンの配慮を読み取ることが出来た。
危険報告の術式は精神干渉を及ぼし、かなり精神的に悪いモノらしい、リウェンはそれを自分対象とすることで中継ポイントとなり、俺の精神を蝕むことなく危機を報せてくれていたのだろう。
(リウェンはそれを肩代わりしてくれてたんだろ?)
<まぁ、全く以って心配は間に合ってますよ?
わたしの精神回路は頑丈ですから。多少の精神干渉を受けても私自身はなんともありません>
なんとも姉に似て強情というか強がりというか……。
<とりあえず、設定を書き換えておきますが……どうしても辛いときの為に解除コードも送っておきます>
(何から何まで悪いな)
<……>
俺の言葉が皮肉になってしまったのか、それ以上、彼女は何も語らなくなった。
何も答える気も無いし、何も訊ねるつもりも無いのだろう。
俺はその部屋を出て、再び外から施錠をし直した。
つくづく、これが推理小説だったら反則だよな、と思わざる得なかった。
~・~・~・~・~・
部屋に戻ると、ゼルとロイの視線が突き刺さった。
リルドナはまだ戻っていないらしい、
一からお湯を沸かすのだ、そんなに早く戻ってこられるわけもない。
「何か見つかったかい?」
「うーん、特には。
……ただあっちの部屋が上級使用人用の個室かな?ってわかったくらいですね」
「何か収穫あったてぇーのか?」
「いえ、さすがに見るからに女性の部屋だったので……物色するような真似はしませんでしたよ」
ほぼ確信を持って言えるが、あの二つ部屋の主は……。
例え、そうでなくとも。やはり女性の部屋を無闇に漁るほど、俺は無神経じゃない。
「ふむ、エインが漁らなくとも、鍵を開けてしまったのならば他の人間がそうするかも知れん」
今の今まで、飾り物の鎧甲冑みたい沈黙していたヤツが口を開いた。
会話に参加こそしてはいるが、視線は依然として盤面に刺さったままだ。
「あ~、そこは大丈夫だ。ちゃんと外から施錠したからな」
「ほう、器用だな?」
「うん、ボクもそれって凄いと思うよ?」
「つーか、アンチャン。オメェ進む道を間違えてねーか?」
ゼルの言うとおり、鍵職人か何かに進めば良かったのかも知れない。
しかし、これは俺が決めた道だ。他人にとやかく言われて変えることは無いだろう。
「子供の頃から錠前をオモチャ代わりに育ちましたからね、俺にとっては当たり前に出来ることなんですよ」
「――てぇコトはだ、独学でかよ?」
「そうですね、誰かに教わったわけじゃないですね」
自分の荷物を漁り、中からゴツゴツした金属の塊を取り出す。
それらは十数個、部屋の隅のテーブルに無造作に並べていく。
「……おや、それは錠…かな?」
「そうです、ここ数日は出来てませんでしたが、俺の日課みたいなモンです」
それらは全て大きさも形状もバラバラだ。
旅先の立ち寄った街の鍵屋で、これまで適当に買い集め続けたモノだった。
「古びてはいるけど、錆び付いてねーな、ちゃんと手入れもしてんだな」
「整備も含めて、訓練の一環ですよ」
手始めに一つ南京錠を手に取り、愛用のピックで鍵穴を探る、
瞬く間に、パチンと錠が外れてしまう。
「はぇぇな、オイ」
「そりゃ、何回も同じもの触ってますしね」
次々とパチン、パチンと開錠されていく、
机上には外れた錠前が次々と山積みにされてしまった。
「ファルクスに着いてからはドタバタしてたんで、新しいのはまだ買ってないんですよ」
「そうだとしても、これは結構なモノだと思うよ……おっと、ここアンパッサンね」
こちらに注意を向けつつも、しっかりルーヴィックとの対局もこなしている、
この人、大概器用な人種に分類されるのではないだろうか?
そこへ、トタタタタッと軽快な足音が近づいてくる。
「帰ってきたみたいだね」
果たして、皆が部屋の入り口に視線を集める中、エプロンを装着した『なんちゃってメイド』が姿を見せるのであった。
「ほいー、おまたせっ!」
「悪いな、手間取らせて――て、どうした?」
口では元気な声で『おまたせっ』と言ってるものの、なんだかソワソワしているように見える。
女がこういうリアクションを取るとき、それは何を意味するのだろう?
間違っても「トイレか?」などと言うつもりは無い、
繰り返すが、エインさんは紳士なのだ。
(というワケで、これはどういうコトだと思う?)
<何、アッサリとわたしを頼ってきてるんですかー!?>
(ここは同じ女性としての、
それも姉妹なら近い感性持ってるはずだから、その意見が聞きたい!
同じ世代なんだろう?……いくつ離れてるかは知らんが……)
<わたし達は双子なんで歳は離れてませんよ?……て脱線しちゃうじゃないですか>
(おっと!?
サラリと新事実がまた発覚したけど!?……これはどういう意思表示なんだ?)
<あのですね、
何かを気付いて欲しいのですよ、自分の口から言えないのが女の子なんですっ!>
(そー言うモンか? んじゃ、何に気付いて欲しいんだ?)
実にまどろっこしいっ、
反則かもしれないが、ここはサクっと答えが欲しい。
<そこはご自分でよーっく、観察してあげてくださいっ!>
(お、おいリウェン?)
<……>
また、先程と同じように彼女は何も語らなくなった。
なんだか怒ってるような気もしたが、まるで俺にはわからない。
「ど、どうしたのよ?急に黙り込んで……」
「い、いや……なんだか違和感がな、お前ちょっと待てよ?」
などと適当な言葉で場を繋ぎ時間稼ぎをする、
そんな俺の言葉に、リルドナは息を呑む気配を見せた、それは何かを期待する素振りか?
ここは冷静に観察してみよう、
第一に、リルドナの視線は特にティーポットへは向いていない、つまり何かしらを施したのは紅茶ではない、ということになる。
第二に、俺がリルドナを見ると、すっと視線を外してしまう、これは彼女がこちらを見つめているのを、俺に悟られたくないからではないだろうか、そして何故俺を見つめているか、それは『俺が何かの変化に気付いてくれるか』を観察する為だろう。
ここまでくれば導き出す答えは……『何かの変化』はリルドナ自身にある、つまり服装に変化があるはずだ。
「ちょっと、動くなよ?」
「あ、あひぃ!?なによ」
俺はわざとらしく、まじまじとリルドナを観察する、足元から、黒のパンプス、長い裾の袴ときて、白いエプロンとその下に黒いブレザーにヘアピンで留めた袖口、ここまでは応接間で見た給仕姿だ……残るは……首から上、
顔は……ハズレだった、とか言うとブサイクみたいに聞こえちまうな……。
その顔には新たに別段化粧をしたと言う感じは見受けられない。
さらに視線を上へと移動させると、
「なるほど、それか」
――そこにあった、頭の上にチョコンとあった。
それはホワイトブリム。
つまりヘッドドレスのことだ、ちなみにブリムとは帽子の鍔のコト。
室内帽が衰退していく昨今では、それに替わるヘッドドレスを意味するようになったのだ。
「へ、ヘンかな?」
「いや、殺人的に似合っているぞ?」
「うん、これはポイント高いよ?
ちゃんとボクが足りないって言ってた部分を覚えてるなんて、
リルちゃんグッドだよ!メイドをなんたるか弁えているよ!
そんな、リルちゃんに……このボクはあぁぁぁぁぁ・・・!!」
「オイ、落ち着けよ……ロイィ?」
「このボクはあああああぁぁぁぁぁあああああっっ、うがッ、げほげほごほごほガハァッ!!」
えーっと、ロイさんってこんなヒトだったっけ?
なんだか遠くのお星様まで飛んで行ってしまったようだ。
流石のリルドナもかなりヒいている。
「ま、まぁ。本当に似合ってると思うぞ」
「……はァ、はァ、ボクもそう思うよ」
「そ、そう?あ、あは、あははははは」
ボン!と顔を真っ赤にしてその場でクルクル回り始めた、左手にティーポットを持ち、右手でスカート(ていうか袴)の裾を摘んで優雅に舞っている。
――とは言い難い回転速度で、ギュルギュル回っている、よくもそれでティーポットの中身をぶちまけないものだと感心する。
誰がこの回転を止めるのだろうか。
そこへ、ポンと俺の肩に手を置かれる感触、
「(ムノー君、今の対応はバッチリ合格点だよ、彼女すごく喜んでる)」
「(はぁ、そういうモンなんでしょうか?)」
まぁ、リウェンというカンニングペーパーを使った結果なんだが。
というわけで、リウェンに報告してみる。
(てわけで、バッチリ正解だったらしい)
<そーですか、よかったですねっ!>
何故かリウェンはご機嫌ナナメだった、何か悪いこと言ったか?
そんなことよりも――
いい加減、回転を止めて欲しいと思ったところに、
そこで、やはり頼れるのはヤツだった。
「大丈夫か?ナンセンスだぞ。折角の紅茶が冷めるぞ?」
「――あ、そうねぇ」
ルーヴィックの言葉に、リルドナは大きな時定数を伴って緩やかに回転速度を落す。
そのまま優雅な動きで給仕へと移行する。
「んじゃ、ご要望のダージリンね」
「本当にお前はイロイロ茶葉を持参しているんだな」
次々とカップに湯気のたつオレンジ色の液体が注がれていく、そこから広がる独特の香りは紅茶に詳しくない俺でもわかるほどだ。(後に知ったがマスカットフレーバーという香りらしい)
本来はストレート、つまり香料も砂糖もミルクも入れないのがポピュラーらしいが、一個だけ角砂糖を入れさせてもらった。
その王道に則ってストレートで飲んでいるのは、ロイとリルドナだけだが……。
「うん、やっぱり淹れ方が上手いね、流石だよ」
「あははは、ありがと」
わざとらしい笑いとともに頭を掻いている、
どうもこれはリルドナの照れ隠しの時の癖のようだ。
「さっきのお仕事モードの変身ぶりは凄かったよね」
「変身っていうか、あれが普通だったしねぇ~」
「リルちゃんは接客担当してたの?」
ピクン、と一瞬硬直し、寂しそうな笑いを浮かべる、
「よしてよ、あたしってこの外見よ?」
と言いながら、自分の瞳を指差す。
「――させて貰えるワケ……ないでしょ」
「ん?どういうことだよ?」
確かにリルドナの赤い瞳は珍しいが、それがどうだというのか。
その疑問にはロイが答えてくれた、
「……この国の古い悪習だよ。今時ソレを忌わしいと捉える方がどうかしてるっ」
ロイの語尾に力が篭っているのが視て取れた、
あの赤い瞳を単に珍しいとしか思っていなかった。しかし当事者達はそうではないらしい、二人のやりとりを見る限り、その確執はかなり根の深いものに思える。
――リルドナはその『目』の所為でどんな人生を歩まされて来たのだろう。
父親と母親、どっちがどっちの特徴を持っていたかもわからないが、
姉と妹でああも違う色の髪と瞳を持って生まれて……、
――どう扱われてきたんだろう?
「――でも、ソレさえなえれば問題無いってことなんだよな?」
「……えっ?」
「そうだね、リルちゃんはかなり綺麗な顔立ちしてるし、容姿端麗を要求されるパーラーメイドでも問題ないと思うよ」
今日何度目かわからない、ボン!という音とともに顔を真っ赤にうろたえる。
そんなリルドナを見て、やっぱりこいつは笑顔じゃないとな、と何度も思わされるのだった。
その笑顔が見れれば、俺の気持ちも晴れるというモノ。
――でも、何故か。
そう、
おかしかった。
俺の心はすっきりと晴れてくれなくなっていた……。
~・~・~・~・~・
使用人の四人部屋の寝室。
そこそこ広いが、四人と考えるとやや手狭だ。
そんな場所に男四人が集まってチェス盤に視線を集めている。
「う~~~」
「お前の手番だぞ?受け手を聞こう」
未だに継続していた、ルーヴィックとロイの対局、
ゲームは終盤、見るからにロイの敗色が濃い。
「やっぱりダメだ~、投了だよ」
「ふむ、諦めるのか」
局面を見る限り、まだ何手かは指す手もあるようだったが、
潔くロイは負けを認めてしまった。
「まぁ、もう少し打つ手はあるけどね、でもジリ貧にしかならないよ?悪戯に勝負を長引かせるよりも、ゲームを振り返って何が悪かったかを検証するのも対局の一部として重要な要素だよ」
「小難しいコト言ってるが、コイツは楽しめなくなったらサッサと次へ行っちまうのさ」
その言い方は悪いが一理ある。
チェスの重要な攻防は中盤戦にあると言ってもいい、ここで如何に終盤で『詰める』為の手筈を整えるかに掛かっている。
極端な言い方をすると、終盤は『如何にして相手を詰める』か『如何にして詰められないようにする』かのどちらかになってしまう、一発逆転などというシナリオはまず存在しない。
最も、そうでないパターン……『中盤も均衡した状態で通過する』という状況が生まれるくらい互角の攻防が続いたのなら、それは稀に見る名勝負ではないだろうか。
そもそも、勝ち負けが絶対ではないのだ、過程を楽しめなければ意味が無い。
ただ、俺個人の意見としては……
やはり最後まで諦めずに食らい付いて行きたいのが本音だった。
「俺としてはチェックメイトされるまでは勝負は終わらないと思ってます」
「おや?ムノー君は負けず嫌いなんだね」
「そういう訳じゃないです、相手の指す手を最後まで見たいだけです」
「うーん、それも次に繋がる『手』だね、ボクとは趣向が違うけどアリだと思うよ」
彼がそう言い終わる頃には、
すでに駒が再配置され、次のゲームの準備が整っていた。
実に手際の良い人だ。
「じゃ、どうぞ。真打ち登場ってことで、がんばってね」
「やっぱり、俺もやらないとダメなんですか……」
ロイの顔は「もちろんだよ」と語っている、
ルーヴィックは相変わらずの無表情の鉄仮面。
やっぱり俺には拒否権は無さそうだ。
「先手はくれてやる」
「そりゃどうも」
最早、恒例となった言葉を交わし、ゲームが始まる。
ふと、視界の端にリルドナの顔が掠めた。
その表情は、呆れたというか、疲れたというか、影の差したソレとなっていた。
というかコレは、『ヒマそう』と捉えるべきか。
「そういや、リルドナはチェスしないのか?」
「……えっ!?」
急に声を掛けられてビクンと反応を示す。
しかし、回答は彼女でなく、目の前の男からもたらされる。
「ソイツには無理だ。ルールなど三歩で忘れてしまう」
「丸っきりネコじゃねぇか……」
頭の中までネコらしい。
そこを突かれて、不機嫌に「フーっ!」と怒りを露に威嚇している。
やっぱりネコじゃないのか?
「まぁ、そう言わずにさ、今度一緒にやってみようよ」
「あ、あたしに出来るの?」
「うん、何回もやってれば、いつかは身に付くよ。ボクが教えてあげるよ」
妙に親切な『優しいお兄さんモード』になってリルドナに寄りかかる。
どうもロイは、メイドモードのリルドナを見てからなのか、
妙に彼女も目をかけているように思える。
「オイオイ、ロイィ?その辺にしとけよ、下心ミエミエだぜ?」
「いやいや、女の子にこうやって優しくするのが大切なんだよ?
ゼルも少しは考えなよ、そんなんじゃ……そうだなぁ~、うーん」
「オイオイ、また何か『出る』話じゃないだろうな、
言っとくけどなァ、新月じゃないし『レッドアイズ』は来ねーからな!」
「よーっし、それなら、あれだ。ノスフ――」
「リル、悪いが何か作って来てやってくれ」
ルーヴィックが急に口を開き、
あたかもロイの言葉を遮るようにリルドナへとソレを投げかけた。
「んっ?作るって?何を……かしら?」
「何でも食えるモノならいい、お前もまた腹の虫を披露したくないだろう?」
その瞬間、リルドナの顔がみるみる赤くなっていく。
ボン!と一気に赤面しないのは、おそらく頭で意味の処理が追いつかなかった所為だろう。
「も、もうっ!あれは違うって言ってるでしょっ!」
「違っても、問題ない」
尚も噛み付こうとするリルドナだったが、
相手がルーヴィックだけに程なくして諦め、そのまま退室していった。
「話を断ち切ってすまなかったな、続けてくれて構わん」
「オイ、オレは別に聞きたくねーんだが……」
ロイが口にしようとしたのは、
その手の『怪談話』、ゼルとしては聞きたくも無いお話なのだろう。
「まぁ、そもかくゼルのところには、今度はノスフェラトゥがくるねっ!」
「水を差されても、サラリと笑顔で無理やり力技で正面突破しちゃうんですね……
…………で、ノスフェラトゥってなんですか?」
半ば呆れつつも、ここは社交辞令なので律儀に訊ねてみる。
「そうだねぇ、吸血鬼って言ったほうが想像しやすいかな?」
「ああ、それならわかります」
吸血鬼は怪奇小説でも割とメジャーな分野だ。
人間社会に解け込むように潜む、夜の貴族といったイメージのアレだ。
フェリアが怖がったのであまり読み聞かせることはなかったが。
「民間伝承でも割と有名なのかな?
まぁ、この地域のモノじゃないんだけどさ、私生児が私生児を産むと、その子供は死後、吸血鬼ノスフェラトゥになっちゃうのさ。」
「……?死後……ですか?」
「うん、そして夜な夜な、お墓を抜け出して、人を襲って血を吸うのさ」
「――て、オイ。この辺にゃ、墓なんてねーぞ?」
「ふっふふふ……別にお墓じゃなくても、そこに死体が在れば……さ?
この森で、不幸にも命を落とした浮かばれない人達が眠ってるかもしれないよぅ?」
「う、うぜーぜ……」
どうしてこう、この人はいやらしく笑うのだろう。
何が何でも、こじつけてでもゼルを怖がらせたいらしい……。
「……確かに、土の中から這い出てくるのは『おぞましい』ですけど、
そんなドロドロの格好じゃ、もうただのゾンビと大差ないんじゃないですか?」
「そうかなぁ? まぁ汚れてても気にならないと思うよ、どうせ大した服装してないし」
「……? どんな格好してるんです?」
妙だ、想像と合わない。
「どんな格好も何も、亡くなって埋葬されたままの格好だしね、大抵は屍衣――つまり死に装束のことなんだけど――そういう簡素な格好をしてるね」
――あれ?
俺の記憶と何か違う。
「あの……他に外見的特長ってあります?」
「そうだなぁ……うん、あれだ。
吸血鬼は蘇った死者、まぁ動く死体?なんだけど……顔色は良いんだよ」
「はぁ?」
「なんてことないよ。血を吸うから、その分血色も良くて、ややぽっちゃりとした健康体そのものの外見だね」
やっぱりだ。
怪奇小説に出てくるようなモノと根本的に違う。
(おーい、リウェン、これってどういうことなんだ?)
<――――>
しかし、返事は無い……。
「ん、どうかしたの?黙り込んじゃって……まさかキミも苦手だった?」
「いえ、そうではなくて……何か違うんですよ」
「違う? ムノー君が知ってるヤツはまた違うモノなのかな?」
俺は昔読んだ本の記憶を辿りつつ、
一言一句、確かめるように口から搾り出した。
怪奇小説に登場する彼らは、あたかも貴族と思わせるような風貌と性格を持ち、深窓の令嬢のような儚く細い線と青白い顔を併せ持っている。
何よりも、彼らには個人を分類する名前まで付いている。
一方のロイの話だと、あくまで一種族としての名前だ。
それらが俺の認識の相違点だった。
「――確かに、それは別物っぽいね、ちゃんと固有の名前が付いてるみたいだし」
「地域によって違うんでしょうか?」
「つーか、どっちもカンベンだ……」
ゼルがため息をつく中、ロイが思案する素振りを見せる、
いつの間にか『ゼルを怖がらせる』という目的が見失われつつあるようだ。
「――あるね、この地方にもそういうのが……」
「確か『トゥイーニーの黒猫』てヤツだけど、綺麗な顔立ちの女性の吸血鬼だったらしいよ」
「……吸血鬼なのか猫なのか女中なのかわからない名前ですね……
まさか、どこぞのノラネコ女みたいに黒髪赤瞳じゃないでしょうね?」
「いや、白髪に赤瞳だったらしいね。『黒猫』ていうのは真っ黒なドレスに黒のフードを被ってたかららしいよ。あと、『獲物』を生かすも殺すもすごい気まぐれで、相当な気分屋だったらしいんだ」
「猫の気質ってわけですか」
髪は白いらしいが、全身黒づくめとか、つくづくどこぞのノラネコ女だ。
「これは、五世紀前くらいに実際に起きた事件が元らしいんだけどね」
「――て、オイオイ。そりゃ白の末裔のヤツじゃねーのか?」
実際の事件を引っ張り出してきた所為か、ゼルも怪訝な顔を浮かべる、
「お二人とも知ってる内容みたいですけど、有名な話なんです?」
「この国の抱える悪習の妄想みたいなモノなんだけど……
さっきリルちゃんが読んでくれたお話にも出てきたでしょ?『白き魔王』て」
「三柱の魔王のひとつですね」
「それで、ソレは『白き魔王』とか『白銀の魔女』とかイロイロな呼ばれ方してたみたいだけど。
ソイツは何でも人から血を吸って命を奪い、その亡骸を自らの手先として操る力持っていたとかで、この周辺地域を恐怖のどん底に陥れたらしいんだよ。」
「で、その大昔の魔王だか魔女がどうしたんです?」
少し、話が突拍子もない方向へと進みそうだったので、話を纏めるよう促す。
「まぁ、言っちゃえば、その魔王も実在して、その子孫たちが『白の民』と言われる人々で、その一族は皆共通して真っ白な髪に真っ赤な瞳を持っていたそうなんだよ……さっき言った『トゥイーニーの黒猫』もその一人ってわけだね」
「つまり、大昔の魔王がその吸血鬼のご先祖様ってことですか」
単なる吸血鬼騒ぎから魔王まで系譜が遡っていくトンデモ話だ。
この手の話は、話を誇大表現する為に、後から別の伝承にくっ付けられたケースが多い。これもその類ではないだろうか。
「なんかごちゃ混ぜになりそうなんですが、その黒猫は何をどうしたんです?」
「あらすじを流すね、物語はある富豪の屋敷の御婦人が、身寄りの無い双子の女の子を使用人として招き入れるところから始まるんだ」
「あ、なんとなく読めました。その双子が……ですか」
この手の話の定番とも言える展開だ。
物語は、事件の発端となり得る危険因子を招き入れるところから始まるのだ。
「せっかちだね。まぁ、確かにその双子は白髪赤瞳だったんだけどね。当時はまだまだ『白き魔王』の恐怖根強く残っていて、世間一般では白髪赤瞳は不吉の象徴そのものだったんだけど、御婦人――その屋敷の当主の若い奥様はそんな空気も跳ね飛ばして双子の少女を受け入れたんだ、立派な女性でしょ?」
差別偏見から正面から立ち向かう、確かに立派な意志の強い女性だと思う。
口で言うのは簡単なことだが、そんなことをすれば本人も差別の対象になってしまうからだ。
「――で、その子達はまだ幼かったから、まだ身体も小さくてね。
使用人というより、もう養女みたいな感じですくすく成長していくんだ」
初めの内は異変無く物事は進むようだ、
やはり『事』が起こるのは、その双子を大きくなってからか、
「二人が一四歳だか一五歳になって。ある程度身体も大きくなり使用人として仕事もできるようになった、その時からか、あるいわ発覚がそのくらいであって、異変はもっと前から起きていたのかもしれないけど……妙なことが起こり始めた」
「ようやく吸血鬼事件ですか?」
すっかり俺がロイに事件の概要を訊き出す形になっている、ゼルの方はある程度話を知っているのか、一向に口を挟む気配が無い。
「うーん、具体的な記述は無いんだけど、その御婦人は双子を引き取った時には既に娘さんを身篭っていて、その後程なくして無事に出産。そこまでは良かった……いくら出産の疲れがあるとは言え、元々健康で身体の丈夫だった御婦人の身体が弱る一方でちっとも回復しない、娘さんの方も身体の成長が妙に遅かったんだ」
「妙にぼかしてますね、それだと『何か』の仕業か病気なのかわかりませんよね」
「だよね、でも異変はまだ起きる。その娘さんの為に雇った家庭教師の若い女性もやはり被害にあったんだ、こちらは事故って形だけど不振な点が多かった。それだけじゃなく街のあちこちでも似たような異変が起こり始めたんだ……奇しくもそれは双子の姉妹がお使いで街へと行ったルートと合致していたんだ」
人間社会の懐に深く潜り込んだ魔物が、ゆっくりと。しかし確実に牙を向いていく様子が観て取れた。その双子の姉妹はまずクロと見ていいだろう。
「そんな中、現れたんだよ、彼が――」
「事件を解決へと導くヴァンパイアハンター辺りですか?」
「うん、そんなトコ。この話の場合は錬金術師なんだけど。実はその人、お屋敷の当主のお兄さん――つまり家督を継がずに投げ出してまでその道に進んだ人だったんだ」
吸血鬼に錬金術師……最早何でもアリになってきた。
「その人は屋敷に訪れてすぐに看破したんだ……その双子の姉妹が吸血鬼だと」
「……随分と急展開ですね」
「あー、間端折ってるからね。
で、直ちに然るべき手段に出ようとしたんだけど……逃げられちゃったんだ。しかも屋敷の当主と御婦人は双子の手に掛かり命を落としてしまう」
「そこから追撃戦になるんですか?」
「そうだね、その錬金術師から見たら弟と義理の妹を殺されちゃったわけだしね。すぐに追手を差し向けたんだ、彼女達に致命傷を負わせることが出来る『霊銀の矢』を持たせてね」
――こんなトコロでもやはり『銀』が登場する。
魔を討つ金属としてかなりポピュラーだから仕方ないが……
ありきたり過ぎて、やや呆れてしまった。
「やっぱり『銀』ですか、人狼でもなんでもソレな気がしますよ」
「でも、効果は抜群だったんだ、遠く離れた森にまで逃げ込んだ二人の内、双子の妹の方はその矢で見事仕留めることに成功したんだよ」
「……?『妹の方は』ですか……姉の方はどうなったんです?」
「結論から言うと返り討ちに遭った。妹を仕留めたまではいいけど、怒り狂った姉に一瞬にして殺されちゃったらしい」
お話だから仕方ないことだが、これもおかしなことだ。
返り討ちに遭い殺されてしまったのなら、その事実は闇へと葬られている筈なのだから。
「では、追手がやられてしまって、姉の方には逃げ切られちゃったワケですか?」
「いや、それが立場が逆になっちゃったんだ」
「逆?何がです?」
「今度はその姉が、妹を殺された仕返しに、錬金術師を狙って追い始めたんだよ……復讐の鬼と化した彼女は、我が身に降りかかる別の追手は当然の事、行く先々で関わった人間を次々と手に掛けて行ったんだ」
いわゆる、『獣の巣を突付いた』という状態だろうか。
逆鱗に触れられた龍が暴れまわる如く姿が目に浮かぶようだ。
「それなら、その錬金術師がサッサと出向いて事態を収拾すれば良かったんじゃないですか?」
「まぁ、そうなんだけど、相手は吸血鬼だよ。行く先々で人を襲っているんだ、血を吸った分だけ『力』を強めていたんだろうね。すぐには手を出せなくなっていたらしいんだ」
「どうして、そういうことが判るんです?」
「彼女は凄く気まぐれでトドメ刺さないことが多かったからだろうね、生き延びた人が居たんでソレが判ったってワケ。
ともかく、正面から勝負を挑んでは勝ち目がないと踏んだ錬金術師は、かつて事件の起きた屋敷を拠点に幾重にも魔方陣やら結界を敷いて、そこに誘き寄せることにしたんだ」
「随分と悠長な話ですね、追われてるんじゃなかったんですか……」
「まぁ、そこも詳細は省いてるからね。
で、上手く姉の吸血鬼を誘い込んで、幾重にも封印を施し、『力』を奪ってから見事追い詰め、いよいよ仕留めようとしたんだけど――」
ここまで来ておいて、さらに『けど』を付けてくれる、
「また、どんでん返しがあるんですか?」
「そんな大それたモノじゃないけど。
屋敷にいた他の使用人の少女が止めに入っちゃったんだよ。やっぱり、どんな正体であれ、かつての同僚を見殺しには出来なかったんだろうね。
それで、結局また逃げられちゃったんだけど、『力』は封じたから、二度とその吸血鬼が現れることは無かった、めでたしめでたし」
「随分と無理やり終わらせるんですね」
途中かなり省いているとは言え、最後の方は強引極まりない進め方だ。
「――と、まぁ長くなったんだけど、この話どう思うかな?」
「――――――はい?」
やたらと長い話をしたかと思ったら今度は何だ?
どうもロイの思惑がわからない。
「この話ってさ、結局は、『白の民の所為』、『吸血鬼の所為』ってことで決着つけちゃってるけど、本当のトコロどうなんだろうねぇ?
ボクは、この国の頭の古い連中が後から捏造したモノじゃないかな~て思ってるんだけどね、醜い差別意識が生んだ妄想で、双子の姉妹が白髪赤瞳だったという事実だけを取り上げて、一方的に彼女達を『クロ』にしてるんじゃないかな」
――つまり、そういう推理を構築すればいいのか。
吸血鬼だの魔女だの魔王だのでなく、人間の犯行とする……!
「そうですね、話の前半部分だけなら、婦人の体調は何かしらの病気、娘の方も同じ病気を患った、という解釈もできますし。
何よりも怪しいのは、その錬金術師の方じゃないですか?」
「おや? それはなんでかな?」
俺の推論に嬉しそうに聞き返してくる、
「異変が起きたから錬金術師が訪れた。ではなく、錬金術師が訪れたから事件が起きた。
そう考えればいろいろ辻褄が合いそうです。そもそも、あまりもタイミングが良すぎます。
家督を継がずに錬金術師になった彼の目的は……お金を無心する為とかどうでしょうか。
それで弟と口論になり、突発的に殺してしまい、その奥さんも同じく殺してしまう……焦った彼は咄嗟に罪を他人被せた。そこで目を付けられたのが双子の姉妹、差別の対象となる白髪赤瞳を持つその二人なら打って付けといえますしね。
言われ無き罪を問われた彼女達は、パニックに陥りながら逃げ出す。それをわざとすぐ捕まえないで遠方で殺害したんです」
「わざと逃がしたっていうのかい?」
「だってそうでしょ?たかだか一四、五の少女を仕留めるのにそんな遠くの森まで追いつけないなんておかしいですよ。人目の付かない森で殺したかったんでしょうね。」
「あン?なんでそんなメンドーなコトすんだ?」
いつの間にかゼルまで俺の話に食いついてきている。
「表面上は彼女達に死なれたら困るからですよ。実際は森で二人とも殺しておきながら、片方はまだ生きていることにして、架空の吸血鬼として暗躍させたかったんでしょう」
「オイ、ますますわかんねーぞ?」
「簡単なことです。突発的にとはいえ、家督を持つ弟を殺したんです、次に当主になるのは……その錬金術師ですよね?
そこまで来てしまったのなら、屋敷を乗っ取るでしょう、でもソレを快く思わない人間もいる。ならどうします?」
「随分と怖い思考をするんだね……『邪魔者は消す』かな?」
そう言いながらも俺の用意した答えの正解を言い当ててくれる。
「双子は既に死んでいますが、それは他に誰も知らないことです。神出鬼没と言ってしまえばわかりませんし、そもそも『居ない』の証明なんて出来ません。まさに『悪魔の証明』なんですよ。そうして勝手に生み出した架空の吸血鬼に次々と『殺されこと』にして邪魔な人間を排除したんです。
――死者の冒涜もいいところですね、彼女達の命だけでなく尊厳まで奪っている」
「随分とアンチャンはその双子の肩を持つんだな?」
「そういうのじゃありません。
その双子の人間像を想像すると、随分と『出来た少女』だと思うんですよ」
「うーん、なんでそう思うんだい?」
「白髪赤瞳という差別対象の容姿を持ちながらも、外にお使いへと出されるということはそれ相応の信用と信頼を受けていた筈です。それだけ普段からの勤務態度が良かったと推測されます。
あと、『黒猫』の名前の由来の格好に関しても意見すると、外出する際に制服であるエプロンドレスのエプロン部分を取り外せば黒いロングドレスになりますし、差別対象で目立ってしまう白髪をケープで隠したと考えれば筋が通ります。
多分、修道女みたいな格好に見えたんじゃないでしょうか」
「あー、なるほど。確かにそう見えるかもね」
「そして、黒ドレスに黒ケープなんて格好、中身の判別付きにくいでしょうから、簡単に『替え玉』を用意して街を歩かせれば、彼女は『居る』ということに出来るんだと思います」
つい、長い話をしてしまったが、この双子の事件は、実質に彼女達が森で殺害される前半部分で終わっている。後半は彼女達の名を語った殺人劇……もしくは、ほぼ狂言と見ていいかもしれない。
「――以上ですが、俺の方も長くなってすみません……」
「いや、ボクとしてはそういう意見が聞けて嬉しいよ」
ここにきて、ようやく俺は気付いた。いや、気付けた
「そこまでの考えに至れたのなら、彼女が――リルちゃんがどういう目に遭って来たのか、想像できるんじゃない?」
ロイの言葉に俺もゼルも押し黙る。
結局、彼が言いたかったのはここなのだろう。
「だからさ、やっぱり優しくしてあげないとダメなんじゃないかな?」
出来の悪い生徒を諭すようにロイは語る、
なんだかいいように言いくるめられたような気がした。
「てっきり、またゼルさんを怖がらそうとしてるのかと思いましたよ」
「――あ、」
途端に「しまった」という顔を浮かべる。彼はそのままゼルの方へと向き直り、
「それでもやっぱり、ゼルのところにはノスフェラトゥが来るに違いないよ」
「オィ!今更蒸し返してんだよ!?」
それはそれで目的の一つだったらしい、最初に出てきた吸血鬼の話に戻ろうとしている。……が、如何せん今更過ぎる気がする。
「むー、ダメかい?」
「オメーなぁ……」
それでもまだ何か語りだそうとするロイに、ゼルだけでなく俺も呆れそうだった。
「よし、じゃあ『白の再来』の白銀の――」
「いい加減、次の手を指してくれないか?」
ポツリとルーヴィックが呟いた。それはまたもロイの言葉を遮るように発せられた。
すっかり話に夢中でチェスは俺の手番で中座したままだった。
「――おっと、邪魔しちゃってたか、ゴメンよ」
まだ何か言い足りなさげだったロイだが、残念そうに口をつぐんだ。と言っても、かなりの長話をしてしまった後だったので、もう充分だったかもしれない。
対局を再開し何手が進み、俺の意識が次第に盤面へと吸い込まれようとしていた時だった、トタタタタッと軽快な足音が耳に届いてくる。
リルドナが部屋へ戻ってくるようだ。
元気でなによりだ。
しかし廊下は走るなと言いたかったのだが、それは別の機会にしようと心に押し込めた。
~・~・~・~・~・~
局面はお手本通りな序盤を終えて、魔術師の知恵比べの中盤戦へと進んでいた。
近づく足音でリルドナが帰ってくるのがわかったが、今はそちらに意識を割けない。ちょっとした読み違いが終盤戦へと響く為、今は一手一手に強く集中したいた。
――の筈だったのだが、
気まぐれなノラネコの軽快な足音とともに、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。
思わず視線を回すと、大きな皿を両手に抱えたリルドナが息を弾ませて佇んでいた。匂いはその皿の上から放たれているようだ。
「ほい、ゲームに夢中なおバカさん達への差し入れって言ったら、やっぱり『コレ』よねぇ」
……。
ちょっぴり、この女に『おバカさん』と言われてしまうのには抵抗があったが、『ふふーん』とでも言い出しそうな自信気な顔を浮かべる彼女が、手にした大皿に盛られた『コレ』とやらを示してきた。
大皿の上にはカットされたパンに様々な具材を挟み込んだ、ピクニックにでも持っていけそうな料理。
「サンドイッチか」
「片手でも食べられるのがいいわよね」
――なんでも、この国の『砂の地』の伯爵が、無類のカードゲーム――クリベッジ好きで、食事に時間を掛けるのを惜しんだ挙句、ゲームの合間でも片手で食べられるようにパンに具材を挟んで持ってこさせたのが始まりとされているアレだ。
蛇足になるが、
その伯爵は海軍大臣を歴任した人物であり、その職務はこの国…・・・しかも大戦中の当時では要職であるためカード遊び三昧であったとは考え難い、なんとも信憑性の低い逸話だ。
尤も……伯爵の食事形態が由来だとするならば、きちんと食事をする暇もない激務故……のことであったとも考えられる。
などと雑学と思案の旅に出ることコンマ八秒、リルドナはそんなサンドイッチよりも先に捻った棒状の布を俺に差し出してくる。
「ほい、どうぞ」
「ん、なんだよこれ――って熱ッ!?」
俺の手に殴りつけるような熱さが走った。
言われるがままにそれを掴んでしまったソレは、熱湯で浸してから絞り込んだウェットタオルのようなモノだった。
「あー、熱いから気をつけてね。ほい、金髪もヤンキー顔もどうぞ」
「そういうのは先に言え……なんだよコレ?」
「おしぼりよ、わざわざ手を洗うのに下まで行くのも億劫かなーって」
「……これで拭けってコトか。ていうか水で絞ってもいいんじゃないのか?」
「熱いのが基本なのよっ!」
こう言い切られてしまうと、おそらく介入の余地もない。
火傷しないように用心しながら手を拭う。
「とりあえずイロイロ作って見たからどれでも食べてみてよ」
「んじゃ、遠慮なく」
出された料理は出来たてをありがたく頂く、それが俺のモットーだ。
その大皿はどこから持ってきたとか、どんだけ食材用意してるんだとか、調理器具はどうしたんだとか。ツッコム要素は引く手もあまただったが、そういうことはあまり考えないことにした。
一切れ手に取りカブリとかぶりつく。口の中で肉と野菜が絡み合うなんとも言えない旨みが広がっていく。
「美味いな、これは昨日の猪の肉か?」
「そうよ、さすがに食べ切れなかったからねー」
それに倣ってゼルとロイも口にする。宿舎に入り込んでから結構な時間も経っている、窓から見える景色は黒一色の闇に覆われ、もう夕方ですらない時間とだけ物語っている。
まぁ、俺も含めて皆それなりに腹が減っていたんだと思う。
「ちょっとスモークにしひゃったはら、あひは……」
「――食いながら喋るな、頼むからっ!」
というか、やっぱり作った本人も食うのか。おそらく彼女が言いたいのは『猪の肉を日持ちさせる為に燻製にした』ということだろう。
心配するな味に問題は無いぞ?
行儀の悪いことだが、食べながら再び盤面に目を向け対局へと意識を集中する。
ルーヴィックの布陣は相変わらず固い守りだ。一見すると甘い箇所があったりするのだが、そこはお約束のように罠だったりする。
探るように一手一手進めていく、そして空いた片方の手でサンドイッチをとる……行儀悪いよな。
「ふむ、随分と慎重だな」
そんな俺の思惑を汲み取ってか、賞賛と落胆の両方を含んだ気配を見せた。俺はごくん、と口の中の物を飲み込むとこう告げる、
「なんだよ、ゴリ押しする方がよかったのかよ?」
「――問題ない」
不適な笑みを浮かべ思考を張り巡らせる、適度な栄養補給のお陰か集中力も研ぎ澄まされていくようだ。
背後でゼルが何かを言っているが気にならない、
その横でロイが何か慌てているようだったが気にならない、
リルドナが喉を詰まらせてもがいているようだったが気にならな――
「――気になるわっ!だから喉が細いなら慌てて食うな!!」
慌てて紅茶で流し込もうとしているようだったが、それでは足りなかったらしく彼女のカップは空になっていた。仕方が無いので俺の分のカップを差し出してやった。
「ほれ、もう冷めちまってるから火傷もしないと思うぞ」
別段俺は潔癖症じゃない、他人の使ったコップ程度なら気にしない方だった。
差し出された紅茶をリルドナは必死の形相で飲み込む。ゴックンという音がこちらまで聞こえてきそうだった。
「――ぷはァーっ、はァはァ………………………………………あっ」
俺は気にしない方だった……のだが、リルドナは気にする方の人種だったらしい。
「……コレ、アンタのじゃ…………」
そう呟くと、そのまま黙り込んでしまった。
とてもとても気まずい空気が流れる、そんな態度を取られてしまうと。こちらまで気恥ずかしくなってくる……。
そして、思わず視線を外してしまった――ので、見えてしまった。
空になった大皿。
「食ったんかい!全部残らずっ!?」
思わず倒置法になってしまうほど、ツッコミゲージは振り切っていた。
そりゃ喉も詰まるだろうよ……山盛りだったサンドイッチは完全にその姿を消失させていた。俺もゼルもロイも摘んでいただろうが……いくらなんでも減るのが早すぎる。
まぁ、本人が作ったものだから文句は無いが。
結局、そこに残されたのは空の大皿と空っぽのティーカップとティーポット。
見事にサンドイッチも紅茶もほぼ彼女が平らげてしまったらしい。
「あ、あはははは……だ、大丈夫よ?まだお皿に乗り切らなかった分も残ってるから」
「……どんだけ作ったんだよ、ていうか問題はむしろソコじゃないと思うんだが……」
とりあえず、俺の「どうします?」という言葉に二人の傭兵はともに「まだ食う」とのことだったので、お茶もサンドイッチもお代わり!ということになった。
ルーヴィックには悪いが、またもやゲームを中断させて頂くことになりそうだった。
九〇に曲がった階段を降りて、すぐ左が給湯室。
うん、近くて助かる。
「――で、なんでアンタも着いてくるの?」
「紅茶とサンドイッチは一緒に運べないだろ?」
つまりはそういうこと、何度もリルドナに階段の上り下りをさせるのが忍びなく、俺はこうやって付き添ってきたのだ。繰り返すが、エインさんは紳士なんだぜ?
「……まぁ、いいわ。じゃあアンタはお湯沸かして」
「あいよ」
水は予め汲んであったので、それをヤカンに移し火にかける。一方のリルドナは回収したティーポットやカップを次々と洗っていく、相変わらずの手際の良さだ。
瞬く間に茶器の準備を整え終え、そのまま隣の厨房へと移動していった。
「――あたしはサンドイッチの盛り付けしてるから、アンタは適当にくつろいでて」
「おう、そうさせて貰う」
俺は置いてあった椅子に腰掛け、ぼんやりと火に掛かるヤカンを見つめる。
俺に手伝えることはこれくらいだったので、再び手持ち無沙汰となってしまった。
こうなると、ついつい物思いに耽ってしまう、それだけ謎とヒントが目の前をチラつき過ぎていた所為だったのかもしれない。
やはり最初に思い浮かぶのが、あの兄妹。
最初から怪しすぎる、ルーヴィックはともかく、姉妹の方はその外見と不相応な戦闘能力と魔法能力、さらには『ユグドラシルの語り部』という特別な手法で提示されるお伽話もそうだ。
断片的な真実の欠片を紡ぎ合わせて構成される物語は、部分的に史実を含んでいるということになる。つまりあれらの物語はこの土地に古くから伝わる伝承の一部なのだろうか。
果たしてリウェンは俺に何を伝えようとしているのか。
そんな彼女とは思念通信で会話できるようになっている、言動から察するにこの通信術式のキーとなっているのが、コッソリ俺の荷物へと忍ばせた魔導書なのだと思う。
この本を介してこちらの状況の情報を得ているのだろう――本人は音声のみと否定をしてはいたが……。
よくよく考えるとヘタな発言できないな……すぐ横にリウェンがいるようなモノだし。
「――は、まだそン――言うのかヨ!?」
いやいや、言ってないぞ?
じゃなくて、この声は応接間の方からだろうか。この独特な訛りは――
「なによ?アンタ不審者に何かしたの?」
「……俺じゃねーよ」
やはりアーカスの声らしい、応接間で誰かと言い争っているのだろうか。
こういう場合はヘタに関わらない方が良い。不用意に他人の領域に足を踏み入れるのは無粋だ。
「ちょっと、あたし見てくるわ」
……無粋な筈なんだよ。
こんな危険なノラネコ爆弾を野放しにして暴発させてしまうと、さらに厄介ごとが増えそうなので、渋々俺も着いていく。
~・~・~・~・~・~
給湯室を出てすぐ左手に廊下を進めば、すぐにそこが応接間だ。
別にやましいことは無いのだが、何故か息を潜めて静かに近寄ろうとしてしまう。
応接間の奥へと視線を伸ばせば、やはり暖炉の前に陣取ったアーカスを確認できた。
そのアーカスと向かい合わせに臨むローブを着た人物……あれは――
「……眼鏡、よねぇ?」
「だと、思う。スルーフさんだろうな」
応接間は廊下から直接繋がっていて、これといって遮蔽物もない。
こちらから向こうの様子が見てとれるということは、向こうからもこちら見えるということだ。
まだ、こちらには気付いていないかもしれないが、このまま盗み聞きするわけにもいかず、ごく自然に見えるよう挙動に気を配り話しかける。
「……あの、どうかしたんですか?」
「――ン、ムノーのあンちゃんか」
アーカスはつい今しがたまで目の前の男に向けていた敵意を弛緩させ、俺の方へと向きなおる。
感情をコントロールできる人間なようだ。突如現れた第三者にまで敵意に巻き込まないように配慮している。
「――っ!ムノーくん……」
慌てたようにスルーフが振り返る、最初からこちらを向いていたアーカスとは違い、背後からの完全に不意の突かれた形になったのだ、仕方の無いことだ。
そんな意味合いも含めて、俺は軽く頭を下げる。
「驚かせてすみません、声がしたもので……」
「いや、なんでも無いんだ……」
明らかに『なんでも無い』ことも無いうろたえ振りを見せる。
だからといって、そこを追求する気にもならなかった。
場の空気に耐え切れず、つい視線を外すと、テーブルの上に見覚えのある大皿があった。
大きさや模様やら、リルドナがサンドイッチを乗せて持ってきた皿と同種の物だ。
俺の視線を追ったのか、アーカスが嬉しそうに口を開く。
「コレか? へへ、イイだろぉー? ねーちゃン美味かっタ、サンクスだゼ」
アーカスがリルドナに礼を述べる、
つまりこれは、あのサンドイッチをアーカスにも振舞ったというわけか。
「あはははは、アンタの口にあったんなら、あたしも嬉しいわー」
「お前、どんだけ作ったんだよ……」
一体どれだけの量を作ったのか、
一度厨房へ行ってその残量を確かめてみたくもなった。
「まァ、ソイつァ……お気に召さカったヨウだがなァ」
アーカスの視線の先にはスルーフ、『ソイツ』とは彼のことだろう。
スルーフは居心地が悪そうに顔を背ける。
「うーん、何か苦手なモノとか入ってた?」
小首を傾げてスルーフに問いかける、その顔はチョッピリ落ち込みの色が滲んでいる。
怒ったり、照れたり、落ち込んだり。
つくづく忙しいお顔だと思う。
「いや、そういうわけでは無いんだがね……すまない」
耐え切れなくなったのか、スルーフは軽く会釈をすると踵を返した。
何か、俺には想像の付かない事情があるのかもしれない。
それを無理に知ろうとするのは、やはり無粋だと思う。
だが、そのまま立ち去ろうとするスルーフを俺は追ってしまっていた。
そして、階段を上がろうとするスルーフに声を掛ける、
「あの……」
「すまないね、気を悪くするつもりはなかったんだがね?」
スルーフは振り返り、すぐに謝罪の言葉を述べてくる。
追ってきては見たものの、話の切り口が見つからず、ついつい関係のない話から始めてしまった。
「あの、コレありがとうございました」
首に巻かれた紙帯を指差す、
スルーフが施してくれた……たしか治癒力促進の術式の符だ。
「礼には及ばない、むしろ君には謝っておきたい」
「謝る…?俺にですか……?」
理由がわからない。
何故、スルーフが俺に謝る必要があるのだろう?
「最初、君の事は……世間知らずな新米冒険者と思ってたんだ」
「いえ、あまり間違ってません……」
冒険者になって三年といっても、大した成果も上げていない。
はっきり言って新人も同然だ。
「本当に最初は…鍵開けだけをして、他のことはこちらに任せて報酬だけはしっかりと持っていく……そんな人間だと思っていた」
「いえ、それも正解です、そのつもりで臨みましたから……」
何か、耳が痛いぞ?
思い切り当たっていると思うが……
だが、スルーフはそう思わなかったらしい。
「いや、そんなことはない。実際には君は戦闘にも参加するし、回復魔法も使えた。そして本業の鍵開けの腕も見事なモノだった。つくづく、誤解して曇った目で見ていた自分が恥ずかしいと思ったんだがね」
「い、いえ、そんなこと――」
思わず言葉に詰まった。
俺の自身もスルーフのことを『軽薄そうな』という誤解をしていた。
人は第一印象でその人のイメージを決めて固定化してしまう
それが実際に会話し交流することでガラリと覆ることもある――今回はまさにその事例だった。
「それが理由と言うわけではないのだが、君に忠告させて欲しい」
「なんですか?」
忠告とはこれもまた穏やかじゃない気配だ。
「――彼女に気をつけるんだ」
彼女――それは間違いなく、今も応接間でアーカスと談笑しているリルドナのことだろう。
あの女に気をつける、それが何を意味するのか――
「あの『目』ですか……?」
俺の質問にスルーフは無言で頷く、
やはりな、と思った。
俺が思っている以上に『赤い瞳』というモノの確執は根が深いものらしい。
差別と偏見、そんなものが今でも存在することに憤りを感じた。
――それが表情に出てしまったのか、スルーフは慌てて話を付加える。
「私とて、瞳が赤いだけなら、頭の古い連中の妄信だと笑い飛ばしたんだがね。
しかし、彼女はそれだけでは無かった……特別な視覚の血系特性に、異常なまでの魔力の保有量、どれもが連中の妄信や妄言を裏付けてしまうんだ
あの瞳の光は……そう、あれは――」
<エインさん、黙らせて下さい――>
突如、リウェンの声が割って入り、
俺は反射的に手をかざし、それ以上の発言を制止した。
「……すまない、やめておこう……君にとっては大切な友人だったな」
スルーフは少し戸惑いの顔を見せた後、深いため息を漏らした。
後になってから、失礼なことをしたのでないかと、心配になってくる。
「いえ、こちらこそ、すみません」
「私も、あれ程の美味い紅茶を淹れるお嬢さんが『そんなモノ』とは思いたくない。
願わくは、
――あの可愛らしいメイドが、可愛らしい少女のままであって欲しいと思っているんだがね」
そう語り、スルーフは踵を返し、階段を上がっていく。
そして、俺に背中を向けたまま、ポツリと呟いた、
「――そうでなかったとき、君の身が心配だ……」
彼はそれ以上何も言うことなく二階へと姿を消した。
「なんだってんだよ……」
遺された言葉に得も言われぬ不安を覚え、
今一度、スルーフの語った言葉の意味を考察してみようと思ったが……
――彼女に意識を引き戻された。
<エインさん、どうして好き勝手言わせておくのです?>
(リウェンこそ、どうしたんだよ、怒ってるのか?)
<そんなの当たり前です、姉を悪く言われて黙って居られるとでもお思いで?>
そう、彼女は怒っているのだろう。
確かに口調もソレのモノとなっている……が、何か違う。
それは煮えたぎるような熱を持つ怒声ではなく、冷え切った声。
喩えるなら……喉元に宛てがわれた冷え切った金属の刃。
そういった、『冷たさ』と『危うさ』を内に秘めた、そんな声だった。
(気が利かなくて悪かったな。そこまで頭が回らなかったんだ、すまない)
<い、いえ……わたしもエインさんを責めたいわけでは……>
(ところで、さっき呼びかけて全然反応なかったけど…あれも怒ってたのか?)
<ち、違いますっ!私はそんな子供じゃありません>
やっぱり怒っていたらしい。
ちなみにソレは三回。
最初の通信の終わり頃と、リルドナのホワイトブリムの時と、ロイの吸血鬼話の時だ。
三つ目のは、何かしらの要因で本当に通信が切れていたんだと思う。
<ほ、本当ですよ?
わたしだって四六時中、通信術式の媒体の前に座しているわけじゃないんですから>
(それも、そうか。リウェンだって夜は寝るだろうし、食事も摂るだろうし――)
トイレにも行くだろうし……はあえて伝えない。怒られそうだ。
<そうですよ、昼間だって急に自動警告に極めて大きな反応があったので慌てて音声をオンにしたら『ネコ踏んで死ね、オルァァァァァ』とか聞こえてきて、もう何がなんだか……>
……。
どうやら彼女には『ピンクの剥きエビ事件』の真相は伝わってないらしい。
いや、あえて伝えたいとも思わない!
ともかく、リウェンもこちらの様子を知るにはそれなりの労力を払っているようだ。
垂れ流されてくる音声をのんびり聞き取っているというワケではないのだ。
<それより、ヤカンはいいんですか?>
「――あ、」
火に掛けたままのヤカンのことをすっかり忘れていた。
俺は慌てて給湯室へと駆け込んだ
――幸い、まだ水は沸騰し切ってなかったので、ヤカンの前でため息を漏らすだけで済んだ。
(サンキュー、リウェン。危なかったよ)
<いえいえ、――――、>
また通信は切れてしまったようだ。
もしくは、意図して切断したのか、そこはなんとも判別できない。
考えても仕方が無いので、リルドナに湯沸しの旨を伝えることにした。
応接間に戻ると、まだリルドナとアーカスは談笑していた。
俺がヤカンのことを伝えると、彼女もすっかり忘れていたらしく「ヤッバーっ!」と叫びながら、給湯室に消えていった。
今度は応接間に俺とアーカスが取り残される。
「すみません、お話中だったのに」
「いヤぁ、気にすンな。茶つーのは、沸騰させ過ぎルのもダメらしいからな」
笑顔でそう答える、
どうも先程からこの人はニコニコ上機嫌だ。
「そういやァ、ちゃんと自己紹介もしてなかっタなァ?」
そのまま彼は頼んでもいないのに身の上話を語り始めた。
やはり、見立てたとおり、西の新大陸の生まれらしい。
「っつーテも、半分だけ、なんだけどナ」
「半分……ですか?」
「ヤツにとっちゃア、遊びだったかもしれネーが、『オレ』がデキちまったんだから仕方ネーよな?」
「じゃあ、アーカスさんの母親って」
大航海時代に『発見された』新大陸は、あくまで一方的な見解でしかない。
そこにはしっかりと先住民が暮らしており、こちらが勝手に押しかけて侵略してしまったのだ。
つまり、アーカスの母親は、そして相手は……。
「そーいウこったァ、
ヤツはとっとと祖国へ帰っチまったが、カネだけは置いていってくれたのがァ救いかァ?」
「……笑って言うことなんですか?」
「ンなモン、気にしてモ仕方ネーだろォ?」
どうして、そこまで平気でいられるのだろう。
そんな生い立ちでさえも、跳ね除ける強さを感じる。
「まァ、ガキの頃は、苦労したゼ? なんせ売女の子だのなンだの散々だったぜェ」
「……」
集団には、やはり差別と偏見が付きまとう。
ここでも同じことがあるのだろう。
「だからかも知れねェーな、あのねーちゃンの赤い瞳だっけかァ?
この国の連中はヨぉ、アレをバケモノみてぇーに忌み嫌ってンだろ、胸糞ワリぃにも程があるゼ」
「俺も同意権です」
アーカスにとっては他人事ではなかったのだろう、ここでスルーフと何を話していたかはわからないが、大よその想像は付く。そしてそれが口論の火種になったのだということも考えられる話だった。
この人もやはりそうだ。
実際に話してみると、悪い人じゃない。
他人の不幸な境遇を自分に置き換えて、それに怒り向けられる。
出来た人間だと思う。
――だから、迷った。
アーカスとスルーフ、俺はどちらの味方すべきだろう……
どちらの意見も尊重したい。それは俺がまだまだ子供だからだろうか?
まだアーカスが何かを話しているが、もう上の空でしか聞いていなかった。
……大変失礼なことをしたと思う。
程なくして、リルドナに呼ばれたので逃げるように応接間を後にした。
「それにしてもさー、あれ何のケンカだったのかしらねー?」
「んっ、聞いてないのか?」
彼女は首を振る、もちろん横にだ。
ちなみに手にはティーポットと洗い直したティーカップ。
サンドイッチは俺が運ばされている。いや、自分から志願したんだった。
「だって、楽しそうに食べ物の話ばっかりしてくるんだもん、わかんないわ」
「いや、お前に合わせてくれてたんじゃないのか……?」
アーカスはリルドナに余計な気を遣わせない為にあえて話題を逸らしたのだろう。
この女は…頭は回らないが、気は回るらしく、
負い目を感じてしまったらズルズル引き摺るタイプだと思う。
「でも、あれよねぇ」
「はぁ?なにがだよ」
こういうときはきっとロクなことを言わない。
「あの二人、死亡フラグ立ったわねっ!」
「オイ、不謹慎なこと言うなッ!」
「だって、あの子から聞いたんだけど、
こういう状況って『くろっくさんくす』て言うんじゃないの?」
「――。もしかして…『閉鎖空間』のことか?」
「あー、ソレソレ。惜しかったわ」
惜しくねぇよ、と言ってしまっても、もう良かったかもしれない。
「まぁ、確かに。人の立ち入らない森の奥深くで、この雨で立ち往生だ。一応そうなるな」
「でしょ?
――で、『みすてりーのおやくそく』だと……
最初の晩で犠牲になるのは、やっぱり言い争ってるヤツらじゃないの?」
「縁起でもないコトも言うなっ!」
なんでこんな無駄知識ばっかり頭に入っているんだろう。
そこんトコどうなってんですか?妹さんよぉ……
(おい、リウェン。姉の教育がなってないぞ)
<……>
また、だんまりだ。
押してもダメなら引いてみよう。
(名探偵様、灰色の脳細胞から導き出される見解を聞かせて欲しいのだが……)
<え、はいっ。えーっとですね、まず閉鎖空間としてですけど。条件としては成立します、エインさん達十二人以外の人間が新たに訪れることも難しいですし、逆にそこから脱出しようにも、それも困難です。ですが、その反面は外界との隔離という概念が少し弱いかもしれません。夜はさすがに危険なので無理ですが、夜が明けてしまえば出られます。すぐ近くに目的地であるお屋敷もありますしね、そこに誰かが居れば、それだけで隔離性は損なわれます。
まぁ、そんなことはないと思いますけど。あくまで主張の逃げ道程度にしか閉鎖空間の隔離性を否定することはできません。ハッキリ申し上げます、そこからはそう易々と脱出できませんっ!
それと、姉の見立てたお二人の犠牲の説ですが、これも概ね王道と言えます。これが仮にアーカスさんだけ、もしくはスルーフさんだけの犠牲となりますと、生き残った方がすぐに容疑者候補になってしまうからです。真犯人が罪を被せる為のミスリードという線もありますが、それはこんな序盤から使う手ではないのです。やはり物語終盤でこそ使うべきです、古典的ですけどね。
あーっ、それとですね。動機を考察する場合なんですが――>
(ちょ、ちょっと待てぇー!ストップだっ)
何も推理小説評論を聞きたかったワケじゃないんだ!
しかし、走り出した彼女は止まらない、
<いいえ、待ちませんよ。待つはずがありませんっ!ここからが本題なんですよ?
いいですか、そもそも物語を構成するに当たって、登場人物の背後関係というモノはですね――>
どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
その後もリウェンの思念は止まることを知らず、
部屋に戻っても、ルーヴィックとチェスを再開しても、リルドナとサンドイッチを取り合いしても、ロイに冷やかされても――
一向に止まることはなかった。
~・~・~・~・~・~
灯りの落ちた部屋。
いつの間にか雨は止んでいるようだ。
窓の外から流れ込んでくる虫の鳴き声がやけに盛大に聞こえる。
それほどの静けさに満ちた部屋に変貌していた。
先程まで騒ぎが遠い幻想のようだ。
もうこの部屋には俺とルーヴィックしか居ない。
結局、あの後、ロクに対局に集中できないまま、お開きとなった。
遊びに来たわけではないのだ、夜更かしなど持っての他だ。
俺はベッドに仰向けに転がり、ボーっと天井を見上げていた。
長い一日だったと思う。
こうも目まぐるしく状況が転進する日も珍しかった。
今まで、本でしか知らなかった魔物にも出会えた。
それらと相対しても、問題とせず戦いを挑む戦闘のプロの姿も拝めた。
不思議な魔法や、魔法のアイテムも目に出来た。
それでだけでなく、その力を恩恵を受けることになるとは……。
全く以って、一日が目まぐるしい。
対人関係も目まぐるしく変化した。
最初は心配していた他のメンバーとの仲も概ね良好なものとなった気がする。
(だから、なんとかしたいとか思っちまうんだよなぁ……)
なんともおこがましい考えだ。
一体何様のつもりだろう。
アーカスとスルーフ、意見の違いから口論となっていた。
その一端しか目にしていないので、詳しくはわからない。
俺は二人ともどちらにも好感を持てた。
スルーフは俺のことを評価してくれた。
冒険者として何か評価されたのは珍しいことだ。
それはとても嬉しいことだった。
アーカスは他人の為に怒ることが出来る人間だった。
それも、つい今の今まで見ず知らずの人間だった、リルドナのために。
それはとても感心できることだった。
だから、二人ともどちらの味方になりたかった。
本当に何様のつもりという感じだが、仲介に入れないかと思った。
そうしよう。
いや、そうするべきだ。
明日になったら、いろいろ話をしてみよう。
そういったコト抜きでも、単純に会話するだけでも楽しそうだ。
最初の頃は、
――普段の俺なら誰とも特別親しくなることなく仕事を終えるし、別に苦にはならない。
そう思っていた。
しかし、欲が出てきたのか、
どうせなら親しくなりたいなどと思い始めてしまった。
自分の幼稚なワガママに思わず苦笑いが漏れる。
それにしても、赤瞳の血系特性とは何だったのだろう。
ロイが語った『白の民』の言い伝えも気になる。
様々の推論が組み合わさっては消えていく。
上手く考えがまとまらない。
そうこうしている間に、やはり疲れていたのか。
深い闇の中へと俺の意識は沈んでいった。
とにかく明日にしよう、その言葉だけ頭に浮かんだ。
~・~・~・~・~・~
朝、
時計をもっていないので時間はわからないが、
朝日がそれを知らしめる。
この日もやはり、目覚めは違和感と共に訪れた。
今日もまた違う寝床で目覚める。
最早慣れてしまった違和感を従えながら、静かに一日の始まりを迎えようとしていた。
――だが、その静寂はすぐに破られた。
「きゃあああぁぁぁぁああああぁ………っ!!」
女の悲鳴。
頭が覚醒し切ってなかった為か、その音がソレだと判別するまでにやや時間を要した。
悲鳴、
では一体誰の?
そんなことはわかり切っている。
この中で女性は一人しか居ない――
「リルドナっ!?」
俺はベッドから跳ね起きて、廊下へ飛び出す。
すぐ向かいのドアへ視線を走らせるが、
「いや、エイン。声は下からだ」
いつの間にかすぐ横にルーヴィックが立っていた。
既に腰には例の刃を帯びている。
ヤツの聴覚を信じて、そのまま階段を駆け下りる。
途中、二階にあるいくつかのドアが開くのが視界を掠めた。
おそらく、皆この悲鳴を聞きつけて動き出したのだろう。
「一階のどこだ?」
「――応接間とは、逆だな。下りてすぐ右手の方だ」
階段を下りてすぐ右……となると。
「こっちかっ!?」
階段室からすぐ廊下に飛び出し、厨房への扉のノブに手を掛ける。
「――違う、そっちじゃない。エイン落ち着け」
俺は焦っているのか?
焦ってるだろうよ、あんな切羽詰った悲鳴を聞いたらそうなるさ!
「突き当たりだ」
「おい、そっちって……」
突き当たりの扉、見れば外側へ半開きになっている。
そこは確か――外へ……井戸へと通じている扉だ。
「……俺が先に出る、エインも用心してくれ」
「――わかった」
思わず息を呑んだ、ピリピリとしたものを肌に感じる。
ルーヴィックは腰の刃に手を添えたまま、一気に飛び出す。
俺も一呼吸遅れて、祈りながら外へと飛び出した。
何を祈るかって?
彼女の無事に決まってるだろぉ!?
「――っ!うぉ!?」
昨晩に降った雨の所為で足場は悪い、バランスを崩しそうになるのを必死に抑え、視線を周囲に素早く走らせる。
すぐに黒い小さな人影が座り込んでいるのが目に入った。
もうすっかり慣れ親しんだ、その姿はやはりリルドナだ。
一見すると、何か怪我をしたわけでも、何かに襲われたと言うわけでもなさそうだ。
彼女は無事のようだ。
それはルーヴィックも同意見なのか、腰の刃に伸ばしていた手を納めている。
「……おい、どうしたんだよ?大声上げたりして――」
そこまで言いかけて、俺は凍りついた。
リルドナは俺から見て右手を方を凝視している、
ルーヴィックも同じくそちらを凝視している、
――だから、俺もそっちを見てしまったんだ。
「……くっ。う、嘘だろぉ!?」
そこにそれは在った。
おびただしい量の赤黒い液体が在った。
かつて人間だったモノが、そこには在った。
それが造り物であってほしいと、何度も願った。
何故ならそれは――
右肩を大きく抉られてピクリともしないアーカスと、
顔面を完全に衝き砕かれて転がるスルーフだったからだ。
元旦、早朝。
おみくじは毎年引いていた。
もう十数年も繰り返してきた年始の習慣だ。
そう、毎年引いていた。
……毎年『凶』を…………!
もう何番が凶に該当するかさえ憶えている。
『四』『十四』などは『凶』なのだ。
でも、今年は違ったんだ!
そう、違うんだ。
――十五。
うん、確かにこの番号は『凶』じゃない。
そして、それが何かも知っている。
毎年一緒に初詣に来ている友人が去年引いたから知っている。
『大凶』
来年こそは良いコトあるとイイなぁ………
などと、鬼に笑われそうな あせこさんです。こんばんは。
そして、あけましておめでとうございました。
正月休みで時間があったのに、結局話の進まない体たらくです。
年末ギリギリに試験的な目的で、一話辺り文章を4~5分割して投稿したテスト版を上げているんですが、ソッチの方が読みやすいんでしょうか?
妙に張り切って各話のタイトルをつけたりしちゃいましたが、ネタに走りすぎです。
そんな、私ですが、作品ともども今後ともよろしくお願いします。
2012年 1月10日 あせこ
追伸:これから、登場人物にはドンドン死んでいってもらいます。