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8 夕焼けの登坂

Schwester

Schwester

Altere Schwester


Trennt die Kleinigkeit dich richtig, und sollte ich essen?

Ibt du moglicherweise nicht allein?



※*※*※*※*※*※*※*※*※*※



 昼下がり、しばしの休息(?)に別れを告げ、俺達は再び進みだしていた。

 向ける足は再び森の中へと向かう、木々という壁の中へと俺達の姿は消えていく……。

 結局、『泉の貴婦人』という存在と出会うことは無かった。お伽話にもある通りに滅多に人前に姿を現さない存在なのだろうか?

 まぁ、もし目の前に現れていたとしても決して『好意的な対応』して貰えるかわかったモノじゃない、あえて深く考えることは止め、俺は草木の匂いが立ち込める森の空気を深く吸い込み気合を入れ直すのだった。



 無言の進軍を続ける俺達だったが……そろそろ来る筈だ、アレが――、

「ねぇ、なんて言うか――」

「黙ってろ」

 紡がれる言葉を先読みし、俺はピシャリとソレを切り捨てる。

 発言を遮られた人物は、俺よりも頭一個分丸まる背が低く、髪も服も黒一色で、法衣だか、修道服だか、二重回しだか、よくわからない服装をしていて、その赤い瞳を爛々とギラつかせてギャアギャアと抗議してくる、勝手気ままな彼女は黒いノラネコのような女だ。 

 一見すると、幼く見える顔と小柄な体格と黒髪の所為(せい)で「東洋人?」とか思ったりもするが、その疑問を真っ赤な瞳がバッサリ否定する。

「――頼むから激しく大人しくしててくれ」

「なによう、まるであたしが落ち着き無いみたいじゃない」

 落ち着きなんてレプトケファルスの人工育成の成功率並みに無いだろぉ!?

 と言いたくなる気持ちを海洋調査に送り出し、代わりに赴任してきた頭痛さんに心悩まされるのだった。

 もうすっかり、他のメンバーとの距離が物理的にも心理的にも遠い……。

 ブルーノを先頭に、黙々と追従する男達。その最後尾には槍を手にした男と、マスケット銃を背負った金髪の男――ゼルとロイの傭兵コンビがピタリと付き従い、そのさらに後方でトボトボと着いていく俺と細長い鉄仮面と小柄なノラネコ女……なんだか落ちこぼれの生徒の気分だ。

「どーしたの?無能。頭でも痛いの?」

「現在進行形で絶賛頭痛に悩まされてるぞ……」

「ふーん、大丈夫?」

「大丈夫じゃない、問題だらけだ」

 そこで大きく息を吸って、

「――だから黙ってろ」

 再びピシャリと切り捨てる俺、なにようと噛み付く彼女。まるで『痒い』⇔『掻く』の悪循環だ。それらを振り払うようにリュックのサイドポケットから冒険記帳を取り出し、先程の地下壕の出来事を書き綴り始めた。

「……アンタ、器用ねぇ…」

 率直な感嘆を漏らす彼女だが、実は大したことは無い。なにせ、まともに字なんて書けてないし、内容も酷く適当だ。

 そもそも文字を書くのが目的じゃない、要は気を紛らわせられれば良かったんだ。


「大丈夫か?ナンセンスだぞ」

 ――危険です、前をお向きなって下さい――


 ……。

 挙句、ルーヴィックにも謎の声にも心配されてしまった。

「あー、畜生……、」

 俺は誰に向けるわけでもなく悪態を付く、

 こんなことなら頭痛薬でも持って来れば良かったか?

 でも、あれは食後に服用しないとダメだっけ?

 さっきの騒動ですっかり食事から時間経過してしまっている、薬を飲むにしても、とりあえず何か胃に入れなければ。

 優しさで構成されたその薬は決して胃に優しくない(・・・・・・・)のが珠に傷だ。

 などと、俺が思考を泳がせていると、リルドナが余所者に縄張りを侵犯されたノラネコのように緊迫し真剣味を帯びた表情を浮かべていた。

「……そろそろね、」

 何かあるのだろうか?

 この女は異常に目が良い、俺達が感知できなかったモノを何か捉えたのかもしれない。

「……来るわ……五、四、三、二、一っ、」

「うむ、ジャストだ。

 リル、体内時計の精度が上がったな」

 と、ルーヴィックが時計を一瞥しながら、リルドナのカウントダウンの正確さを評価した。


 何か嫌な予感しかしない、

 ――が、俺はそれでも訊いてみた。

「どうした、何かあったのか?」

 俺の問いに、えへへ~と可愛らしく笑みを浮かべ、

「うん、三時よ、三時♪ おやつのじか――」

 ――ん、と発音させる前に、バシン!と手にした記帳で(はた)く、カドで殴打しなかったのは、せめてもの情けだ。


「いったー…、何すんのよ!」

 彼女は犬歯を剥き出しにして抗議してくるが、『おやつ』という新たな単語の所為でさらに頭痛さんが張り切って仕事を再開しだした気がした。

「――あ、」

 そこで、俺は三つ気付いた、

「なによ?」

「……すまん、」

「はぁ?」

 突然の俺の謝罪に毒気を抜かれたかのようにキョトンとした顔を見せる、

「勢いとノリのあまりに叩いちまった……すまん」

 これが一つ目の案件、女には手を上げるまいと三年前に誓っている、こう見えてもエインさんは紳士なんだぜ?

「それと――」

 と言いかけて、言い淀んでしまった、

 二つ目の案件、薬を飲むのに胃に何かを入れる部分、彼女はいろいろお菓子を持っているのは先程の地下壕でも判明している。ならばそれを分けて貰って、とりあえず胃を誤魔化すことはできる。

 ただし、こんな状況で自分からお菓子の話題に飛び込むと、彼女のノラネコイズムは決してソレを見逃さないだろう。

 三つ目の案件は頭痛薬。彼女も (れっき)とした女だ、頭痛薬…もしくはそれに代わる薬の一つくらいは持っている筈だ(根拠は聞くな)

 そもそも救急箱を常備しているくらいだし、薬を持っていても不自然じゃない。

 ――頭痛を和らげる為に、お菓子と薬を分けて貰い、その工程でさらなる頭痛の原因(タネ)を振り撒いてしまうのか……。

 なんという二律背反(アンチノミー)、なんという堂々巡り、疑念は他には向けられない、降りかかるのは自分にだけ!いやいや、頭痛を和らげる為ならさらなる頭痛を厭わない、別にそんな苦労が嫌じゃない!むしろ好き!?ってなんだ暴走したこの思考回路は!?俺はいつから、そんな愛憎併存(アンビバレンツ)を抱えた面倒な人(ツンドラ)になったんだ!?いやいや、冷静な対応を欠落して、大人になりきれない遅延猶予(モラトリアム)を抱えた子供なのかもしれない!


「ぬうぅぅ……」

「…ど、どうしたのよ……そんなに頭痛いの?」

 ふふふふふ……リルドナよ、自由奔放なお前にはこの気持ちはわかるまい……。

「リル、気にするな」

「え?」

「それはJ・H・Sジュニア・ハイスクール・セカンド症候群という心の病だ、命には関わらない」

 意味はよくわからないが、サラっと酷いことを言われている気がして仕方ない!

 ……クソッ、さらに頭が痛くなってきそうだ……。

「――おい、あンちゃん」

 不意に、思わぬ角度から声が飛んできた、

 薄汚れた白いターバンとマントに身を包んだ男――アーカスだった。

「は、はぁ?俺のことですか?」

「おう、オマエのコトだゼ、頭痛ェんだロ?」

 彼とは初めて会話するが、言葉の節々に妙な訛りがある、言語圏の違う地域出身なのだろうか?

「あ、はい…そこのノラネコの所為でいろいろと」直後、誰がノラネコなのよぅ!と聞こえた気がするが些細なことだ。

「コレ、やルよ、どうしようもなく辛クなったら煎じて飲めヨ」

 と俺の方に何かを投げてよこした、「おっと」と俺は慌ててソレをキャッチする。

 ソレは緑色の…小さなコイン大のボタン状のなにやら怪しげな物体。

「ま、少々苦ェが、効くゼ?」

「何ですか?コレ」

「ん、ペヨーテの塊茎だナ」

 ふむ、ペヨーテ……聞き慣れない名前だ、植物の何かだろうか?

 

「…幻覚性のサボテンの一種だ、服用は止めた方が良いと思うがね」

 さらに前方から声が掛かる、今度は眼鏡を掛けた男――スルーフだった。

「サボテン科ロフォフォラ属の植物で、トゲのない小さなサボテンだ。全体に産毛のようなものが生えていて、あたかも青虫(ペヨトル)に見えることから『ペヨーテ』という名前が付いている」

「さぼてん…?」

 スルーフの言葉を聞きながら、さぼてんの「てん」の部分で目が点になるINT3(おバカさん)モードの彼女を誰も気にも留めず説明は続く、

「ペヨーテはメスカリンをはじめ様々なフェネチルアミン系アルカロイドを含んでおり、西の新大陸の先住民(ネイティブ)達を中心に治療薬として使用されている」

 俺は思わず驚かずにいられなかった、その知識の深さによるものじゃない。ここまで彼が雄弁に言葉を語っていることにだ。

「先住民達は万能薬として扱ってはいるが、その強い幻覚成分は服用する時と場合を選ばなければいけないモノだがね」

 強い幻覚性……それはちょっと不味くないか?とか思い始めた時、アーカスが割って入った。

「おっト、幻覚トカ、ソレはオマエらの偏見ダろうが」

「言い過ぎかどうかは別として、その精神高揚感をもたらす効能はムノー君の『仕事』上差し支えあるモノだと思うがね?」

「ケッ、何かとケチつけヤがって」

 すっかり機嫌を損ねたアーカスはそっぽを向く、(そしてさり気無く俺の名前が『ムノー』で確定しいる)

 だがそれに気にした様子もなく、スルーフは付け加えた。

「もう一つ、服用しない方が良い理由があるんだがね――」

 俺は、ふむ、と先を促した。

「ペヨーテは極めて成長が遅く、花を付けるまで三〇年、栽培株はかなり成長が早いが…それでも発芽し花を付けるには五年から十年はかかる。つまり稀少な植物なんだがね」

 俺は、ふむ、と先を促した。

「先住民達は治療や儀式といったモノにペヨーテが必要なので、とにかく需要は高い――つまり高価なモノなんだ、服用せずに売り飛ばすことを推奨するがね?」

「そ、そうなんですか……いいんですか?こんな高価なモノ、」

「アァ?いいって、仕事終わっタら取るモン取らセて貰うカラよ」

 金取る気か……、あとでコレは丁重に返却するとしよう。

「大体、頭痛薬程度なら、そっちのお嬢さんに頂いた方が良いと思うがね?」

「ンだナぁ、女なら鎮痛剤(・・・・・・)くらい持っテる(・・・・・・・)よナァ?」

 だからそこを強調するな…見ろ、いくらINT3(おバカさん)の彼女でも意味を悟って、顔を赤くしだしてるじゃないか……。

「な、なによ、この不審者、アンタにはでりばりーの欠片も無いの?」

 そこは『デリバリー(delivery)』じゃなく『デリカシー(delicasy)』だろ……、ヤバイ、頭痛さんがさらに勢力を拡大してきた。

 そしてさり気無く『不審者』とかこれまた酷い命名が判明した。

「アァ?誰が不審者だッてェ?」

「アンタのことに決まってるでしょ」

 ビシィっとアーカスを指差すリルドナ、やめてくれ、エインさんの辛抱(ライフ)はもうゼロだぜぃ……。

「ンだとォ、……おい、ムノーのアンチャン!」

 そして、その怒りの矛先が何故か俺に向いた……勘弁してくれ。

「自分の嫁の教育くラい、キッチりヤッとけよ」

「―――――――――――――――――――――――――――――――はい?」

「こんナ美人、手を出さない方がおかしイぞ?」

「…あ、ああああああああ、あたしが美人……?」

 リルドナの赤面モードのスイッチが入り、可愛さ二割アップを果たした。そして言葉だけでリルドナの敵性ノラネコオーラを無力化したのだ。

 さすがは、曲者のアーカス、今度その対応術を是非ご教授願おう。

「そそそそんな、お世辞……」

「髪も綺麗な黒髪だシ、肌も透き通ルように白いシな」

 彼の言うとおり、リルドナの髪は真っ黒だが艶があり、漆黒という言葉が似合う、光の反射が髪へ作り出す光輪は『天使の輪』とも言える。肌も白くきめ細かく、血色の良いその顔は赤面する前であってもほんのり桜色で可愛らしい。

 ただ、『美人』というには、まだ顔に幼さが残り、化粧っ気もなく、『美人』というより『可愛い』が似合うのだ。それはまだ与えるには早い称号かも知れない。

 明らかにお世辞だろうが、確実にリルドナはその罠に嵌っている。

「そそそそんなこと、ないの…ありませんのです……よ――」

 すっかり動揺した彼女は言葉遣いまでおかしい、

「ふごぉ!?」

 変な言葉の「ありませんのですよ」の「よ」の部分で大きくその左前足(ひだりて)を振りかぶり、炸薬入りの肉球を俺の頬に炸裂させた。

 ヤバイ……本気の左だ……。

 俺は一気に意識を刈り取られ、そのまま崩れ落ちるのだった。

 ……頼むから俺のライフを削るな。

 


~・~・~・~・~・~




 まず目に飛び込んできたのは、森の地面。その映像がフラフラと揺らいで見えるのは、自分の意思で揺れ動いていないからだろう。 

 混濁する意識をヨタヨタと泳ぎきり、俺が何かに身を預け運搬されているということに気付く。

 なにやら腹部が妙に圧迫されている気がする。

「――気が付いたか、」

 すぐ近くでルーヴィックの声がした、俺基準でやや右よりの後方……地面の景色は俺とは逆向きに流れている、

 段々、意識が…頭が回ってきた。

 どうやら俺はルーヴィックに担がれているらしい、それも身体を『へ』の字にして、腹部を支点にして前後にダラリと頭と足をそれぞれの方向へと投げ出す形だ。

「もう、立てそうか?」

「…うん、大丈夫そうだ、降ろしてくれていいぞ。わざわざ悪いな――うぐぉ!?」

 俺が言い終わる前に、ヤツはポイっとその場で俺を投げ捨てた(・・・・・)

「なに、礼はいらんぞ」

「絶対、言わねぇ……」

 無様に森の地面で大の字になった俺は、そう言い返すのがやっとだった。



 再びトボトボと一団と連なって歩き出す、辺りは森というより山岳地帯という感じの景色に変わっていた。

 意識が戻り動き出せば気付く、変な体勢で意識を失っていた所為か、身体のあちこちが痛いというかダルい。俺は確認するように自分の身体に手を回してみた。

「ん?これは……?」

 身体を調べる手が、首へと達したときに何かが触れた。

「ふむ、あの男が施したモノだな」

 そう言いながらルーヴィックは目線で相手を示す――スルーフだった。

「治癒力促進の術式封符らしい、首に痛みは無いだろう?」

 この首に包帯のように巻かれた紙の帯が、か。

 それにしても妙だった、今までまるで存在すら認めて貰えないくらいの仲だったのに、この処遇。

 さっきもアーカスの薬を飲むのを止めてくれたし、急に親切になった気がする。

 俺はむ~っと首を捻った。

(…キミに少なからず同情しているんじゃないかな)

 不意に小声でロイに話しかけられた、

 俺は視線を変えずにそのまま対応する…ただし同じく小声で、

(同情って何がです?)

(うーん、キミの境遇をちょっと説明しておいたんだよ)

 おそらくそれは俺達が地下にいた時だろう、彼は彼なりに手を回してくれたわけだ。

(振り回されているだけって、それとなく…キミ自身は真面目に仕事に取り組もうとしてるしね、)

(そうすると、今度はあの兄妹だけが印象悪くなりませんか?)

 俺の言葉に彼は「しまった」という表情を顕にした、

(そこまでは気が回らなかったなぁ……ごめんね)

「大丈夫か?ナンセンスだぞ」

 飛び込むようにルーヴィックの声がきた、そういえばヤツは異常に耳が良いんだった、しっかりとロイとの会話を聞いていたらしい。

 俺達と同じように視線は変えずにそのままで口を開いている。

「自業自得なことだ、そこまで気に病まなくて良い」

「……そうかな?」

「――が、心遣いは感謝する」

 ヤツは軽く目を閉じ、頭を小さく動かした、会釈か敬礼かどちらかはわからない。

「そもそも、俺もリルもそんな高度な神経を持ち合わせていない」

 悪く言えば、鈍感。良く言っても図太い……そういう神経のことだろう。 

 そこで先程からリルドナの声が聞こえないことに気付いた、いくらなんでも彼女にしては大人し過ぎる……思わず俺は視線を周囲に走らせる。

「……おい、」

「キミにもそう見えるよね……」

 俺達よりやや離れて並行する彼女は、顔を俯け、ガックリと肩を落とし、ごーんという鐘の音が聞こえてきそうなくらい沈んでいた。

「メチャクチャ落ち込んでいるように見えるぞ?」

「……正直、驚いた、そんな高等な機能があったとは」

「多分……キミを引っ叩いちゃったのが原因かな」

「「ふむ?」」

 思わず俺とルーヴィックは揃えて疑問の声を漏らしてしまった、

「照れ隠しで、悪くも無いキミを気を失うほどの力で叩いてしまったしね」

「ふむー、やはり俺には(リル)の気持ちはわからん」

 ルーヴィックはアッサリと思考を止めてしまった、「やはり」の部分がやけに強調されていた気がする。

「叩いたことに負い目があるだろうし、何よりリルちゃんはキミのことが――」

「俺の?」

「――いや、なんでもないよ。

 とにかくあの娘は悪いと思ったことは悪いと反省する娘なんだよ、きっと」

「はぁ…確かに何かと直情ですしね。

 というか、今までは悪いと認識してなかったってことじゃないですか!」

 とは言ったものの、あまり釈然としなかった。

 そもそも、なんでこの人はいやらしい笑みを浮かべて話してくるんだ、余計に理解出来なくなり、俺もルーヴィックと同じように考えることをやめた。

「ま、今はそっとしておく方がいいんじゃないかな」

「……そうですか」

 そこまででリルドナのことを一旦保留にし、思考をカチリと切り替え――


 ――しくん、


 られなかった。

 また、あの危機感にも似た感覚だ……なんとなく頭が「しくしく」と痛む。

 結局、思考を切り替えられず、俺はリルドナの方へと忍び寄った。

 声を掛けずに、そっと肩をポンポンと叩き、そのまま手を置く、

「な、なによ――」


 ぷに。

 と指先に柔らかい感触、

「ふひゃ?」

 俺は彼女の肩に手を置き、人差し指を立てて(・・・・・・・・)おいたのだ、それに気付かず顔を向けた彼女は、 見事その可愛らしい頬に俺の指が刺さったわけだ。

「へへ、引っ掛ったな?」

「にゃ…」

 そして彼女はネコらしい声を発し――

「にゃにしゅんのよぉぉ!!」

 ――たのではなく、「なにすんのよ」と言いたかったらしい、直後に鋭い平手打ちが飛んできたのは言うまでもない。

「ぐぬぉ!?」

 平手打ちで吹き飛ばされながら、点滅する視界の中、呆れ顔でため息をつくスルーフが見えた、

 ただし、その向ける目には以前のような冷たいものは含まれていなかった。

「――って、ゴ、ゴメン」

 反射的に殴った彼女だが、すぐ様うろたえて俺に駆け寄る、

 が……大丈夫なんだよな。

「心配すんな、やはり無事だぞ?」

「あ、あれ?」

「少しは元気でたかよ?」

 来るとわかっていれば致命傷(?)はそうそう貰わない、それを告げようと思った瞬間、

「やるナ、あンちゃん。

 咄嗟に衝撃と同じ方向に自分から跳ンで威力を殺したナ」

「…よく見てましたね、」

 というわけで、アーカスに種明かしをされてしまったが、ダメージを上手く減らし、リルドナの心境(モード)の切り替えを行ったわけだ。

「もう、アンタねぇ……」

 彼女は何か言いかけたが複雑な笑みを浮かべため息をついた。「この件についてはここまで」という意思表示なのだろう。


 再び、並行して歩き始める、ただしリルドナが離れているわけでなく、ちゃんと近くで一緒に歩いている。

 そして何故か、アーカスまでもが近くを並行している……、

 いいのだろうか、こっちは落ちこぼれ組(ボンクラーズ)だぞ?



~・~・~・~・~・~



 

 首に巻かれた紙帯に再び手をやる。

「ふむう、治癒力促進かぁ……」

「うむ、どうやら彼は錬金術師らしい」

 それを聞いたゼルが思わず声を上げた、ちゃんと近くに居たんだぞ?

「錬金術ぅ?なんか胡散癖ぇな。

 ……あれだろ?ただの鉛を金に換えるとか」

「その偏見は彼らに対して失礼だ」

 錬金術に対するイメージを述べるゼルに、それを否定するルーヴィック、正直言えば俺もゼルと同じ意見だった。

「錬金術は、魔術的にも科学的にも学問の一つだ」

「学問……?」

 錬金術といえば、怪しげな薬品やら術やらを扱う魔術の一種だと思っていた。学問とはまた違った表現をするものだ。

「占星術、錬金術、召喚術といった感じで様々ある魔術の一分野と思えばいい」

 ルーヴィックの講義が始まり、全員黙って話に耳を傾ける、

「そんな中でも錬金術は『知る為』の学問といえる、確かに世間の持つイメージは怪しげな薬品で実験したり術を行使したりと、そんなものしかないだろうが……それらは全て『知る為』の過程に過ぎない」

「本来は『万物融解液』により物質から『性質』を具現化させている『(エリクシール)』を解放し『精』の性質を得ることがその根元的な目的であり、生命の根元たる『生命のエリクシール』を得ること、つまりは不老不死の達成こそが錬金術の究極の目的だそうだ」

「エリ…クシール…だと」

 それは伝説の霊薬の名前でもあるんじゃないか……つい反応してしまった。

「む、エインどうした?」

「なんでもない……続けてくれ」

「その『性質』というのが…そうだな、金が金であるという『性質』、を具現化している『精』を上手く得て理解できれば、金という『性質』を他の物質に与え、金を生み出すことも出来るということだ」

「そリャ、すげェナ……」

「――という謳い文句で貴族からカネを毟り取ってた連中もいたようだ、彼らは研究するための費用の出資者(パトロン)を釣るために、都合の良い解釈だっただろうな」

「なんでぇ、嘘っぱちかよ?」

 ゼルがガッカリしたように呟いた。

「完全にそうではない、彼らの目的は金ではないしな、あくまで『過程』に過ぎなかっただけだ」

「副産物である『金』をチラ付かせて強欲な貴族を釣ったわけだね」

 なるほど、この部分が世間一般にある錬金術のイメージの元のようだ、

「その『過程』で生み出された『副産物』も錬金術の持つ遺産だろうな、『理解・分解・再構築』の物質変化の理論は錬金術独自の術式を引き立てているし、『万物融解液』の開発過程で生み出された弗化水素は、ほとんど全ての無機酸化物を腐食する溶媒として科学の分野でも貢献している」

 俺達はその副産物の恩恵を知らずの内に受けているのかもしれない、

「未だに本来の目的――不老不死に達した者はいないだろうから、未完成の学問だろう、最終目標に近づくために、さらに新たな副産物を生み、日々成長進化を続けいく可能性を秘めた分野といえる」

 ……こう一気に説明されても頭が着いて行けそうにない、それは他の人間もそうだろう、

 だからといって、ヘタに口を挟んで話の腰を折る者も居なかった。

「…が、そもそもが探求・研究のため、魔術師からは『研究することしか能がない』と揶揄されることも少なくはなかったようだ……便利な法具や術式は彼らの功績によるものが多いのに……な」

「そうねぇ、双鎌十字(ツヴァイクロイツ)でも、二科生を『アルケミー』って呼んでたけど……あれってやっぱり蔑称(わるぐち)だったのね」

 双鎌十字(ツヴァイクロイツ)……リウェンが通ってたという魔法校のことか、

「話の腰折って悪いが、二科生ってなんだ?」

「双鎌十字は学科が二学科制なんだ、前線で戦う魔導兵を育成する一科、後方支援の回復術者(ヒーラー)や法具を製作する魔法工師を育成する二科だ」

「一科生は二科生を『アルケミー』と呼んでたし、二科生は一科生を『ソーサラー』と呼んでいたわ」

 なんだか、どっちもどっちな言い合いだなと思った、それぞれの得意分野で活躍するべく勉強している筈なのにお互いの価値観で見下しあう……そんな感じだった。

「ともかく、実際に魔術を行使し力を振るう魔術師は、錬金術師を頭デッカチの能無しと蔑んでいたのさ」

「なんでぇ、魔術師ってのは随分と傲慢なんだな」

「こういう喩えはどうかと思うけど、

 力を振るう魔術師が武官系で、知識と技術を蓄える錬金術師は文官系なんだね」

「そうだな、基本的にはそうだが…中には強い力を持った術を扱う者もいるな、練成陣と言われる術の構築式を組み込んだ魔方陣を描き、そこに魔力を流すことによって様々な術を使っていた、中には手と手を合わせるだけで自分自身を構築式とし、力を循環させて術を発動させる者もいる、実に興味深い分野だ」

「ず、随分詳しいんだね……」

 ロイがたじろいてしまうのも無理はない……これほどの知識を一気に披露されては仕方のないことだ。

 話に夢中で気付かなかったが、いつのまにか木々の間隔が広くなり、道も平坦だったものから登り坂が目立つようになっていた。

「あのメガネ……自動人形(オートマトン)とか造れるのかしら?」

「なんだリルドナ、お前はそういうのが欲しいのか?」

「欲しがってるのは、あたしじゃなくお兄ちゃんよ」

 ヤツが欲しがる自動人形……ここでカチリと思考が合わさった、

「さては対局(チェス)用か!?」

「肯定だ、他に用途があるとは思えないが?」

 彼は何をわかりきったことを言うのだ?と言わんばかりの態度を見せた。


「錬金術に詳しいのは、結局そこかよぉ!?」


 俺の叫び声が森から鉱山と繋がる岩壁に鳴り響いた。




~・~・~・~・~・~




 断崖地帯、そう呼ぶに相応しい景色へと代わっていた、

 木々はすっかりその姿を潜め、見通しがよく無骨な岩壁と悪すぎる足場をさらけ出していた。

 頭上に広がる空には分厚い雲がたち込め、遠くない時間で天気が崩れ出しそうな気配を滲ませている。

「降り出しそうだな……」

「この地域はハッキリとした四季がないけど、雨がよく振るんだよ」

 俺の呟きにロイが応えてくれた、

 涼しげに感じたのは秋だからではなく、年中秋みたいな気候だから、らしい。

「今降られるとイロイロ困るんだよねぇ……」

 そうぼやくロイは銃兵だ、雨が降ってはせっかくの火薬も台無しになてしまうのだろう。

 それでなくても、この肌寒い気候で雨に濡れて登坂行軍……考えただけでも勘弁してほしい気持ちになる。

 早朝から出発し、延々と歩き続けているのだ。皆、声には出さないがそれ相応に疲労を滲ませている。

「リルちゃんがさっき、建物が見えるとか言ってたし、そろそろボク達にも見えてもいいくらいだと思うんだけど」

「ったく、あのねーちゃん目が良すぎだから、俺達には距離も時間も測れねぇよ」

 ゼルの言うことは最もだ。普通、建物が見え出したら「よし、もう少しで辿り着けるぞ」という気持ちになれるが、なにせ彼女の可視距離の射程は異常なのだ、彼女が「見えた」と言ってもそれは相当遥か彼方のことなのだ。

「まぁ、ともかく進むしかないしね」

 ロイはそう言いながら、銃を担ぎ直した。鈍く黒光りする銃身はズシリと重そうだった。その銃口に並行するように飛び出た突起物が真新しいまま光っていた。

 その姿を見送りつつ、ある疑問が浮かび上がった、別に深い意味あるわけでも、何かしらの思惑があるわけじゃない、ただ単にほんの好奇心から来る言葉だった。

「…銃剣は使わないんですね」

「ん?あーアレ好きじゃないんだよね」

 そう、彼の銃には銃剣が着いていない。着剣装置である突起が付いてあるにも関わらず……彼の銃は銃剣装着を前提で設計されたデザインなのだ。

「どうしてです?」

「アレ着けてると、ついつい頼っちゃうでしょ、それがダメなんだな~」

「簡易的な槍になるとかで、槍兵要らずになるんじゃないんですか?」

 彼は「わかってないな~」と言わんばかり大袈裟な身振り手振り(ボディランゲージ)をして見せた。使えるなら使っていいモノではないのだろうか?

「銃の銃身(バレル)はさ、槍の柄軸(シャフト)とは違うんだよ?

 同じように乱暴に扱ったら、ひん曲がって二度と撃てなくなるんだよ」

「曲がって…そんな弱いモノなんですか……」

「釘を打つのに、金槌(ハンマー)が無いからってレンチで叩くようなモノだね」

 銃身は火薬という爆発物の力に晒されながら力強く弾丸を打ち出す、そのイメージから頑丈なモノと思っていたが、どうやら違うらしい。

「極端に曲がらなかったとしても、微妙な歪みが出るだけでも命中精度はガクンと落ちちゃうよ」

 その言葉と共に両手上げての「お手上げ」のポーズを取る。

「ま、使うときは本当の本当に止むを得ない時だけだよ」

「でも、いざという時にすぐ装着できますか?」

「うーん、咄嗟の時は――」

 ゴッ!と鈍く何かが砕ける音が鳴り響いた 

「――こうするね」

 流れるような動きで担いだ銃を両手保持したかと思うと、銃床(ストック)ですぐ横の岩壁を殴打したのだが……そこには見事に握りこぶし大(よりやや大きい)クレーターが出来ていた。

 銃床(ストック)をよく見ると、底の部分が金属だった。丁度、馬の蹄に蹄鉄を着けたような感じに木製のパーツの先に補強金具が取り付けられているのだ。

 この男、人懐っこい顔とは裏腹に相当腕力が強そうだ……。

「…す、凄い力ですね……」

全覆鋼兜(アーメット)の上からでも頭蓋を割れるよ、

 銃兵ってさ、これでなかなか結構な力仕事なんだよ~」

「いーや、オメーは『少し』規格外だと思うぜ?」

 二人してニヤリと人の悪い笑みを浮かべていた。

 


「おい、あレじゃなイノか?」

 何かの発見を告げるアーカスの声で、一同指し示す方向を見張る、

 この断崖地帯をの丘を超えたさらにその先、木々が点在しわかりづらいが、確かに大きな建物のようなモノが見える。

 今進んでいるこの道を行けば、おそらく丘を超えたあちら側にいける筈だ。

 見える尺度から直線距離にすれば、さほど遠くないように思える。

「ね?あったでしょ?」

 リルドナが、ほらほらという感じで建物を指差している、

「そう遠くない…のか、どれくらいの距離だろう?」

「うーーーん……五〇メートルくらい?」

「……なわけねぇだろ…」

 いくら目が良くても、それを距離に換算する測量術は持っていないようだ。

 人間とは不思議なモノで、不器用な人程ほど、手の込んだことをしようとする。出来ないことを必死にやろうとしてしまうのだ……今まさに彼女がソレで、眉を『ハ』の字にし、うんうん唸っている。

 ――が、遂に諦めたのか、いつもの目を点にしたINT3(おバカさん)顔になっていた。

「すまん……無理な注文をした…」


「距離八……三六……八三六メートルといったとこかな」

 その声に振り向けば、ロイが手をかざし、親指と人差し指で『L』字を作って測量しているようだった。

「わかるんですか?」

「ふふふふ、銃兵の測量眼を甘く見ちゃダメだよ?」

 ニカっと笑ってみせるその口元で白い歯がキラリと光った気がした。


 目的地が見えた、と言っても実際は直線ルートで進めるわけもなく、この足場の悪い登坂経路で大きく迂回させられて進むことだろう。

 到着にはまだまだ掛かるだろうが、それでも目に見えて目的地が存在してくれるだけで心持ち気分は軽くなる。

 そこへ、前列の方からゼルが下がってきた、

「ちょっと確認してきたが、やっぱりアレが目的地らしいぜ」

 どうやら彼はブルーノに確認を取るために最前列の方まで上っていたらしい。

 道が狭くなっている為、森の中にいたときのように横に広がって移動できない、それに加えて各々武器を所持している為、前後の間隔も広く取らなくては危険なのだ。

 その結果、隊列は細長く前後に伸びた形になっている。

 これは危険だと思った…こういう状態で襲撃を受けると危険だ。

 狭い足場のため動き回ることも適わず、辛うじて移動の利く前後も人間同士がぶつかり合うため、そちらも塞がっている。もし相手が翼を持った魔物なら、格好の獲物と言えるだろう。

 それは皆わかっていることなのか、緊張と警戒を払いながら、誰も口には出さない。


「なーんか、今襲われたらアウトって感じよね~」

 誰も口に出さ――ないでくれ……頼むからさ……。

「不吉なこと言うな、せめて無事にここを抜けられるお祈りをしてくれ」

「うーん、じゃあ――」

 そう呟きながら思案するような仕草を見せる、嬉しそうに無邪気に振舞う、その無防備な笑顔はこちらまで嬉しくなってくる。

「無事に目的の屋敷に辿り着いたら(・・)、ティータイムにしましょう」

「お、悪くないな、身体も冷えてるし、熱いのを頼むっ」

「はいはい、かしこまり♪」

 ……ん?

 このやりとりって……、

「ん、どうしたの?」

「い、いや……」

「大丈夫よ、ちゃんと淹れてあげるわ、無事に屋敷に着いたら(・・)ね」

「ちょっと、止めろ」

「なによ?今すぐじゃないわよ、無事にここを抜けたら(・・)の話じゃない」

 嫌な予感がする……

「はぁ?何が気に入らないのよ?着いたら(・・)お茶ってのが嫌なの?」

 俺ことエインさんは知っている、雑学(サブカル)知識で知っている。

 このように楽観的な未来観測の会話をしていると、とある条件(フラグ)成立してしまう、

 ――勿論、それは悪い方向で、

 その時、雲が掛かり気持ち薄暗くなった、天気もいよいよ怪しくなってきたようだ。雨が降り出す前に、なんとかここを抜けたいという焦りがジリジリ押し寄せてくる。

 俺はそのことから目を背けるように空を見上げた――

「ほらほら、着いたら(・・)おやつも分けてあげ――」

 ――!?

 黒い雲が大きく翼を広げて舞い降り…いや急降下(・・・)して来――

「ふぐぉ!?」

 思考が追いつく前に激しい水平方向の衝撃に、俺は断崖地帯を無様に転がった、地味に転落しかけたのだが……。

 慌てて身を起こし、先程まで自分が居た位置に目を向けると、お約束のように蹴りを放ったルーヴィックが『首の無い何か』と共に立っていた。

「なに、礼は――」

「言わん!」


 首の無いソレは前足が翼に変形した巨大なトカゲ……いやこれはトカゲじゃなく……


「ちっ…ドラゴン……いや、コイツは」

 ゼルの識別結果を聞かずとも、誰もがその正体に気付いたであろうソレは、一見すると鳥のようだが、全身を覆う見事な鱗が大型の爬虫類を主張する……竜族亜種で、ドラゴンに比べて格段その身体は小さい、空翔る亜竜の飛竜(ワイバーン)だった。

 貴族や軍隊に紋章(エムブレム)図柄(モチーフ)としてしばしば採用されるその姿は、ガーゴイルと並んであまりにも有名だった。

 見上げる空には、まだまだ十数匹の飛竜(ワイバーン)が控えている。

「ほら見ろ、お前が不吉なこと言いまくるからだ!」

「あ、あたしの所為なのっ!?」

「大丈夫か?ナンセンスだぞ。迎撃体勢をとれ」

「だぁー、うるせぇ!とりあえず離れろっ、槍が使えねぇ!!」

 場は一瞬にして騒然となり、各々の判断の上での声が上がる、パニックに陥らなかったのは、さすがプロの冒険者や傭兵といったところだろうか?

 しかし、それは連携のとれたものではなく、酷く身勝手な声の出し合いとなった。

「――来るわ」

 直後、上空で羽ばたき留まっていた飛竜達の一匹が巨大な翼の角度を変え、こちら目掛けて急降下を始めた。全員思わず身構え、構えた武器を握る手にも自然と力が入る。

 ――だが、その飛竜がこちらに到達することはなかった。

 一瞬にして頭部を何かに撃ち抜かれ、地の底から響くようなおぞましい断末魔ともに飛行姿勢を崩して失速し、そのまま俺達がいる足場よりさらに下の岩壁に激突して眼下に広がる木々の海へと姿を消した。

 その出来事に、息を呑む者、賞賛の気配を見せる者、多少の違いとそれぞれの配分で、一部の例外を除いて思わず動きを止めていた。

「――うむ、やはり読みやすい」

 犯人は……やはりコイツだろう、軽く握られた両手の指の間には何本もの針――いや、細身で長い…刺突特化の短剣だろうか――が不気味に鈍く輝いていた。

 そんな中、いち早く我に返ったのが、ブルーノだった。

「少しの間、奴等の動きを制して貰うことはできるかね?」

「問題ない」

 ブルーノに答えながら、さらに短剣を投擲する。

 クロスボウのボルトよりも遥かに鋭い風を切る音共に、上空で姿勢を変えようとした飛竜の頭部に突き刺さる。

「ゼルとロイも彼と同じく引き付けていてくれ」

「あいよう!」

「了解!」

 ブルーノはルーヴィック、ゼル、ロイの三人に殿(しんがり)の指示を出すと、他の人間に急いで前進するように促した。

 先程の三人を囮に使って逃げるというわけでは無い、これはあくまで時間稼ぎ。そう、この移動は――

「迎撃戦の位置取りですか?」

 俺はそう結論付け、ブルーノに訊ねる。

「そうだ、少し進めば若干道幅も広くなる」

「……そちらの道は――」

 このまま進めば緩やかに下る道と急勾配の登りの道に分岐に差し掛かる、ブルーノの視線を追えば『下り』のルートへと伸びているのがわかった…しかし、それは確かに少し道幅の広がっている、今走っているここよりも遥かに迎撃もし易いだろう。

 ……だが、『下り』なのだ。目的地の方向とは逆に進むことになる、進行上の大きなロスになるかもしれない、それに、もしかしたらあれは……。

「ブルーノさん、あえてこちらに進みませんか?」

 そう言いながら、荷物からクロスボウを取り出した。

「――っ!しかしそれは……」

 周囲からも否定的なざわめきが起きる、

 俺はそれらの反応に気付かないように装い、山羊脚(ゴーツフット)レバーをガコンと倒す。

「いえ、こちらこそが『正解』なんです」

 ブルーノは俺の意見に難色を示しはしたが、俺の強い断言に渋々進路を『登り』へと決定する。

 明らかに半信半疑といった空気が滲み出すが

 後方では、空気を切り裂く投擲音や銃声が絶え間なく響いている。敵を殲滅するための攻撃ではなく、彼らが自らに攻撃を向かせるための言わば『挑発』の攻撃だ。

 それを視界の隅に収めながらクロスボウにボルトをセットする。しかし、彼らに加勢するわけじゃない、そんなことしたら彼らの努力を台無しにする。

「……何をするの?」

 リルドナの問いかけに、仕草で「まぁ、みてろ」と指し示し、誤射しないように気を配りつつ先へと進んだ。

 しばらく進んだところで、巨大な岩石が折り重なるように積み上がり、あたかも行く手を阻む意思を持ち合わせているかのように完全に道を塞いでしまっていた。

「行き止まり!?」

「違います」

 ピタリと突き当たりの岩石に照準を合わせる。

「おそらく、これが『泉の貴婦人』の仕掛けた最後の『門』……」

 レバーを握り込み、岩石目掛けてボルトを射出する、ボルトは吸い込まれるように岩石へと飛来し、無骨で無機質な岩はソレを無慈悲に弾きかえ――


「――なっ!?」

「どういうコとだ?」

「……なんだと…」


 ――さない、ボルトは岩石へ激突する瞬間、フッとそのシルエットを消失させてしまった。

 その不思議な現象に周囲から疑問の声があがる、俺もそれは不思議とは思うが仕組みがわからないだけで、意図はわかっている。

「これが『貴婦人の閉ざした門』の効果です。

 ……おそらく森の入り口へと転送される接触起動の転移(ワープ)魔法ではないかと思います」

「今朝、私が切り裂いた結界と同じものか……」

 ブルーノに場所を譲り、結界の突破を促す。

 彼が例の剣の鞘を薙ぎ払うと、岩壁の絵が描かれたガラス壁面がヒビわれて砕け散るように、目の前で偽りの空間が割れて、真の空間が姿が顕す――以前と同じ光景だった。

 そこは比較的幅の広い道が続いていた、そして岩石の全てが幻だったのでは無く、周囲には遮蔽物に使えそうな岩がいくつもある。

「これは……使えるな」

 中でも一番目に付いたのは、まるで岩壁から伸びるアーチのように横の岩壁から崖下へと掛かる岩盤だった。明らかに人工物だ、大きな岩盤をくり貫いて『そういう形状』に仕立てたに違いなかった。勿論なんのためにそうしたのかまではわからない。

「しかし、何故こんなところで結界が……

 いや、それよりもどうしてこちらが正解だと思ったのかね?」

「タイミングが良すぎると思ったんです」

「ふむ……よく意味がわからないのだが……」

 ブルーノは当然の反応を示す、当然だ。確証は無いのだ。

 俺はあくまで仮定ですが、と前置きした上で説明する。

「もしも、俺達を遠ざけようとしているのが、危険な魔物ではなく――」

 次々と後続のメンバーが岩盤のアーチの下へ避難して行く、

「目的地である屋敷だったとしたら?」

「泉の貴婦人が……か」

 飛竜に襲われた地点が、彼らから見て発見しやすいポイントだったのか、偶然だったのか、もしかすると何者かが見張っていて、俺達の通過に合わせて飛竜のねぐらに伝達する手段があったのかもしれない。

 そして襲撃を受けた集団は、それらを迎撃できるような場所を探すだろう、それが先程の『下り』のルート。万一『登り』のルート選んでいても行き止まりに見せ掛けられている、襲撃を受けながらの移動だ、冷静に調べることもせずに引き返すだろう。もっと切羽詰っていて引き返すことも出来なければ、なんとか乗り越えられないかと、岩石に手を触れて転移が発動し、やはり追い返される。

「――結局、追い返されるように仕組まれてるんだと思います」

「ふむぅ……」

 さすがに半信半疑の空気は崩れない、確証も何も無い、俺の勝手な推論にしか過ぎない。それでも俺は強く語る、そのこと自体が全体を鼓舞し士気を上げるのだ。

 こういう場合、言い切った者勝ちなのだ。

「ここにいれば、あの巨大な身体では入って来れないと思いますが」

「そうだな、いつまでもここで待機というわけもいくまい」

「思い切って屋敷まで突っ切るか、それとも迎撃――」

「ここでキッチリ追撃は叩く」

 ブルーノは力強く決定を下した、

 それに応えるかのように、ロイの銃が轟音を上げ、飛竜をさらに一匹撃ち落とした。



~・~・~・~・~・~



 東の空は相変わらず怪しい雲行きで徐々にその勢力を広げているのがわかる、一方で雲にまだ侵略されていない西の空では太陽が一日の最後の勤めを全うすべく、その姿を赤く染めゆっくりと舞台から降りようとしていた。

 雷鳴にも似た轟音が断崖地帯へ響き渡る、その音は広がる岩壁に不規則に反射し必要以上に銃の威力を主張しているかのようだった。

 ロイのマスケットが飛竜を捉え、その銃弾が飛竜の胴体へ直撃する。それは銃弾というより砲弾に近く、完全武装の重装騎士を馬上から転落させてしまう程の速度と質量を持つ、直撃を受けた飛竜はたまらず飛行姿勢を崩し、そのまま急降下しようと試みるが――

「――今だよ」

 すかさず鋭い風を切る音共に細長い刃が飛竜の頭を撃ち抜き、そのまま飛竜は絶命する。

 もう何度も見慣れた光景となっていた、迫り来る飛竜をアルバレストのような高推進力をもった必殺の投擲で迎撃する。ルーヴィックが飛竜を仕留めるという光景がもう何度も何度も繰り返されていたのだ。

 ただし、全く同じということではなかった、十数匹(・・・)いた飛竜が、数十匹(・・・)へと増えていたこと、ルーヴィックがあれほど大量に手に持っていた短剣も――投げ切っては懐から取り出し補充し、もう投げた本数は十本や二十本に留まらない――手にはもう一本も無かった。

「……すまん、今ので最後だ」

「いや、充分だよ。

 おかげでこっちもかなり弾を節約できたしね」

「俺も護衛に回ろう」

「ったく、次から次へと沸いて来やがる。

 この森の生態系はどうなってんだ、こんなデカブツがウロウロしてんのかよ」

「いえ、こいつらはおそらく森ではなく、山の方から来ているんだと思います」

 今俺達がいる場所は、妖精の森の中というよりも、そこに隣接する鉱山の端という方が正解しれない。目の前に広がる断崖地帯こそが彼らの縄張りなのだろう。


 今や上空にいる相手に攻撃できるのは、銃を持つロイと魔法を使えるアビスのみであった。俺のクロスボウでは残念ながら、ほぼ頭上とも言うべき角度の上空には射撃できないし、何よりも空中飛び回る相手を捉える技術も無いので狙撃に参加は出来なかった。

「んじゃゼル、しっかりと護衛頼むよ!」

「おう、任せとけ、オメーは存分に撃てっ」

 不適な笑いを浮かべ、武器を構え直すゼルとロイ。


「ふむ……遠方、それも上空ならば座標指定で行くしかないな」

「そんなことも出来るんですか?」

「少々、骨が折れることだが、いけなくは無さそうだ」

 そう語り、詠唱を開始するアビス。それを囲むようにアーカスとガディが護衛に着く。

「極力、アンタには近づけさセねぇヨ」

「自分も引き受けよう」

 確実に彼ら護衛は必要だろう、銃も魔法も再攻撃までの時間が致命的に長い、先程まではルーヴィックが速射性の高い投擲で迎撃(しかもクロスボウよりも高威力という反則具合)していたから良かったが、ここからはそうは行かない。迫り来る敵から射手と術者を守らなければいけないのだ。


 飛竜がロイ目掛けて急降下、しかしそれをゼルは必殺の突きで頭部を穿つ、

 生物は基本的に頭から突っ込む、そうでない二足歩行の人間というモノが逆に例外なのだ。それ故に突撃するとどうしても頭部をさらけ出してしまうのが野生生物の特徴だった。

 敵が攻撃を仕掛けようと突撃するときこそ、近接武器による絶好の攻撃のチャンスだ。

「――て、わけで俺達にも役割は充分あるってわけよ」

「……誰に向かって話しているんですか?」

 槍を構えながら語るゼルについついツッコミを入れてしまったが、つまりはそういうこと。小型の竜の亜種……と言っても、その体長は地上の哺乳動物より遥かに巨大だ、普通なら頭部への攻撃など容易では無い。

 頭部を貫かれて絶命し転がる飛竜の死骸を見つめ、そう結論付けた。

「――ねぇ、アンタ」

「ん?」

「アンタってトカゲ好――」

「黙ってろ……」

 などと不謹慎な言い合いをしていると、突然空がバギンと爆ぜた。

 あまりの衝撃に空気が破裂するかのように震えている。

「な、なんだぁ!?」

 咄嗟に見上げると、粉塵が立ち込めている。空中で何かが爆発したようだった。

 直撃を受けた飛竜は既に落下してしまったのか、見当たらなく、翼や鱗が煤焦げた飛竜が数匹弱々しく羽ばたいているのが見えた。

「ば、爆弾?」

 適当な言葉が見つからず、なんとも粗末な疑問系で口を開いてしまった。

「火属性元素魔法、爆炎(エクスプロード)だ。

 少々、詠唱が長すぎるのが珠に傷だが、これならば多少座標がズレてもいける」

「な、なんて大味な……」

「ほらほら、他人の仕事にケチをつけない……の!」

 俺に説教を飛ばしながら、銃弾を弱った飛竜に浴びせ、トドメを刺す。

 再び致命的な間――再装填(リロード)再詠唱(リキャスト)――が訪れる。

 そこへ、次々と飛竜が襲来する……!

「やはり、読みやすい」

「オルァ!」

 すかさずルーヴィックが迫り来る飛竜の首を刎ねる、それとは別の飛竜をゼルが串刺しに仕留める。

 さらに別の角度から飛竜がアビスに襲い掛かろうと急降下で接近する、

 ズシン!と重量物を受け止める衝撃が響く。

 それはガディが巨大な大剣を盾にし、無理やり飛竜を押し止めた衝突音だった。

「こういう使い方をすると切れ味が落ちてしまうんだがな……」

 そのままギリギリと飛竜を押さえ込み、その動きを完全に封じている。

 凄い腕力だ。いくら彼が巨漢といえど、飛竜はさらにその規格からして別格だ、子供が巨象に特攻を掛けるようなものだ。

「まぁいい、仕方あるまい……おい、頼む!」

「オウ、任せナ!」

 間髪入れずにアーカスが切り込む、流れるような太刀筋でカットラスを縦横無尽に走らせ、的確に動脈という動脈を切り刻む。

 

「あー、もう邪魔邪魔っ!」

 そしてリルドナがポイポイとその亡骸を崖下へ捨てていく(こっちの方が怪力かもしれない)……人型じゃない相手にはまるっきり関心も感慨も無いようだった……。

 ……見事な仕事の分担と連携(?)だった。

 俺を含む、『その他』のメンバーは岩盤のアーチまで下がり待機している。彼らはここより距離にして二〇メートルほど離れている。

 別にサボっているわけではない、いくら比較的拾い場所といっても大勢が暴れまわれる広さというワケでもない。下手に戦闘に参加すればお互い邪魔をしてしまうのだ。

 それに護衛は重労働だ、負傷する危険もあるし、スタミナ切れで動けなくなるかもしれない、そんな時の交代の為にも待機いしていなくてはいけない。

 俺は必死に見守る……『交代』という事態が何を指すのこと重々わかっているからだ。

 

 再びバギンと空が爆ぜる、続けてマスケットが轟音を響かせる。

 辺りを爆発による粉塵とマスケットの硝煙が覆い始めた。

「……悪いね。

 無煙火薬(コルダイト)なんて気の利いたモノ持ってないんだ」

「いつまでもそんな骨董品使ってるオメーが悪いんだ!」

 ケホケホと咳き込みながらゼルが文句を言う。粉塵と硝煙のほぼ中心に居るのだ、かなり辛そうだった。


 新型の火薬、無煙火薬――ニトログリセリンという有機化合物とラッカー塗料などに使われる綿火薬(ニトロセルロース)からなり、安定剤としてアセトンを添加したものだ。

 綿火薬単体でも従来の黒色火薬に比べ、高い爆発力を有してはいたが安定性に欠ける為、混ぜ合わされたものが採用されている。

 無煙火薬はその名の通り発煙も圧倒的に少ない、黒色火薬で霧のような白煙でおおわれた戦場で視界や命令伝達に関する問題を見事解決するのだ。


「まぁ、まだまだ正規軍以外には普及していませんよね」

「おやおや、キミ詳しいね?」

 などと雑学披露している場合じゃない、視界が悪くなり迎撃も難しくなってきた。

「――んもうっ!煙たいわよっ」

 リルドナが苛立った声を上げると共に、目を大きく見開く――気の所為か妖しく光っているように見えた……。

「来るわ! 艦長と不審者っ、気をつけて!」

「艦長? 意味がわからんが。まぁいい」

「また不審者とカ言うナ!」

 次々と判明するリルドナの命名センス、なんで艦長なんだ?

「ぬううぅ!」

 またもやアビスに襲い掛かる飛竜をガディが食い止める。

 すかさずアーカスが先程と同じように切りかかるが――


「まだ来るわ!」

「く、こっちは手一杯だ!」

 続け様に別の飛竜がアビスに飛来する、ガディはすでに先の飛竜を押さえ込むのに手一杯で対応できない!


「悪人ヅラ、ちょ~っと動いちゃダメよ?」

「なっ!?」

 言うや否や、アビスすれすれで太刀を抜刀一閃、すぐ彼の目の前まで肉薄していた飛竜が両断される。そしてさり気無くやっぱり酷い命名だった。彼が驚いたのは、きわどい太刀筋か、その命名か……。

「ヒュー、よく見えるな?ねーちゃん」

 全く以ってその通りだ、粉塵と硝煙で覆われた視界にも関わらず、彼女には的確に『視えている』のだ。目が良すぎるにも程がある、それともあの赤い瞳には何か特別な能力(ちから)でもあるのだろうか?

「はいはい、次は金髪の方よ。ヤンキー顔しっかりね」

「……て、オイ。言われても見えねーよ」

「八時の方向、二秒後だ」

 その言葉にゼルはチッと舌打ちをし、振り返りながら槍を突き出す、

 グチュリと白い煙の向こうで何かが刺し貫かれる気配を感じた。

「よっしゃ!」

「いや、浅い」

 振り向き様、それも視界が悪い中での攻撃だった為、微妙に急所である頭部から槍が逸れていた様だ。

 無力化に失敗した飛竜が痛みに怒りを灯らせながらゼルと襲い掛かる――

 しかし、ズン!!という鈍い音と共に飛竜は脳天を砕かれ絶命する。

「ほらほら、詰めが甘いんじゃないの?」

「うるせぇ、オメーは大人しく護衛されてろ!」

 飛竜がゼルに襲い掛かる直前、ロイが先程見せた銃床(ストック)での殴打で飛竜の頭部を叩き割ったのだった。この人、弾薬が切れても充分戦えるんじゃないのか?

「まだまだ来るわよ!」

「問題ない――捕捉済みだ」

 白い煙の中に次々と首なしの死骸が築かれる。いづれも一刀の下に鋭利に頭部を切断されている。それは生物である以上、確実な死を意味しているのだ。

「視界が悪いのはあちらも同じの様だ、飛行軌道が雑になっている」

「今朝から思うけど、お前容赦無いな……」

「何を言う、無用な痛みを与えない慈悲深い手段だ」

 それもわからないでも無いが、やはり絵的にかなりエグイ……。


 飛竜の迎撃は辛うじて成り立っていた、ほとんど綱渡りに近い危うさは否定できないが、あの兄妹が『異常な聴力』と『異常な視力』を持ってして抜群の察知能力を発揮しそれを逐一伝達してくれているお陰だった。

 ――そして綱渡りに興じる道化師は呆気なく転落させられてしまう。

「う、嘘……」

 元々、大きく目を見開いていた彼女だが、さらに大きく見開き驚愕の感情を露にしている。

「ダ、ダメ…多すぎよ!」

 今までとは比較にならない数の飛竜が一斉に殺到する、その羽ばたきで白く覆われた視界を晴らしていく程だった。

「正直、厄介だ」

 そう言いながらもルーヴィックは果敢に飛竜を斬り捨てていくが、如何せん数が多すぎる。討ち漏らした飛竜が、彼を通過する。

「チッ、しゃーねー!」

「――だね!」

 迎撃は無理と判断したのか、ゼルとロイは際どいところで、咄嗟に地に伏せ、強襲を辛うじてやり過ごした。

 ――それは、とても間が悪かったんだと思う。

 攻撃を直前に避けられた飛竜(ワイバーン)は、一瞬標的を見失い、飛行の判断動作が遅れてしまったのだろう、『障害物』の発見が遅れ、そこに突っ込んでしまう。

 他の飛竜を押し止めるガディだった、別にガディに特攻する意図があったわけじゃない、ゼルとロイが避けた向こう側にガディが居ただけ。そこに突っ込んだ。

「――っ!?ぬぉ!」

 膠着状態にあったガディを押し止めていた飛竜ごと薙ぎ倒し、斬りかかろうとしていたアーカスもそれに巻き込まれた。

 そして、本当に間が悪いことに、アビスは詠唱完了直前で意識を完全に魔法に集中しきっていた為、それらを咄嗟に気付けなかった。

 ほんの一瞬だが、アビスの護りが完全にフリー状態になってしまったのだ。


「ぐがあああああああああ!!」

 飛竜(ワイバーン)の牙が、爪が、アビスの身体に突き刺さる。アビスは鎧なんて身に着けていない、装甲も何もないローブ着ているだけだ。そんなもので猛獣の牙や爪を防げといのが気の毒というものだ。

「――。ア、アビスさん!!」

 弾かれたように俺は駆け出していたが――

 事も有ろうに、飛竜はそのままアビスを掴まえたまま飛び去ってしまった。

「クソ……ま、待て!」

 ロイが慌てて銃を構えるが……撃てない、撃てるわけが無い。下手をすればアビスに当たってしまうかもしれないし、何よりも撃ち落してしまうとアビスもろとも飛竜は墜落してしまう。

 どうすることも出来なかった、ただただ呆然と飛び去る飛竜を見上げるのみだった。


 ――しかし、こんな時でも放心しないのがヤツのウリ(・・)だった。

「貸してくれ」

 そう言うや否や、俺からボルトケースを引っ手繰り、その中から数本ボルトを取り出した。

「そんなのどうするんだ!?」

「すぐわかる」

 短く答え、ボルトケースを俺に押し付けるように返却し、手に持ったボルトを投げつけた。

 ――ただし、飛び去る飛竜にではなく、岩壁に向かって……。


「うお!?」

 思わず声を出さずにいられなかった、驚いたことに手で投げただけのボルトが、次々と岩壁に弾かれること無く突き刺さった。

 ――だが、本当に驚かされたのはその直後だった。


「お、おい!?」

 ルーヴィックはボルトを投げきると、そのまま岩壁に猛ダッシュ。そして壁に突き刺さったボルトを足掛かりにし岩壁を駆け上がった(・・・・・・)

 そこに別の飛竜が彼の行く手に躍り出たが――

「――っ!?」

「……マジかよ…」

 ――それすらも足場にし、さらに上空へと昇っていく(・・・・・)(さり気無くついでに首を刎ねることを忘れていない)

 信じられるか?こんなことが……

 次々と他の飛竜が襲い掛かるが、次々と踏みつけ、階段でも駆け上がるかのように上へ上へと昇る。

 そして遂にアビスを掴んだ飛竜へと追いついた。

「悪いが、余計な傷を負わせる」

 ルーヴィックは刃を超高速で走らせ、飛竜を一瞬にして解体(バラ)し、その残骸からアビスを救い出し手繰り寄せた。

「すまん、頼む」

 そう言い、手繰り寄せたアビスの身体をこちらへ投げてよこす――ていうか投げんな!

「おっと!」

「危ねぇ」

「ナイスよ、一号、二号!」

 それをゴダールとボルコフが受け止める(そういえば居たな…こんな奴らも)、そしてさり気無く命名が酷いことがまたまた判明した。

 どうやらアビスは気を失っているようだった、見るからに酷い傷だ。

 そのまま彼の身体を岩陰まで運び、傷の状態を診る……かなり傷は深く、出血も酷い。ローブの上からでも容易に判断がつくことだった。

 同じく容態を診ていたスルーフもそれを察したらしく、どう処置を施すか思案しているようだった。

「……俺が傷を…止血をやってみます」

「出来るのか?かなり深い傷だがね……」

「わかりません、重ね掛けして極力傷を小さくします」

 今日の俺は何故か回復魔法の効果が上がっている、それでもこれ程までの負傷を癒せるか、正直わからなかった。そんな俺の心境を汲み取ったわけでも無いだろうが、スルーフは手当てするための準備を始めていく。勿論、手や器具の消毒も忘れていない。


 俺は深呼吸し、意識を集中。続いて魔力を指先に込めて魔方陣を描く――地下でリルドナの手を治してやった時と同じく無詠唱での術式だ。

「バ、バカな…結印方陣(キャスト・サークル)だと!?」

 それを目にしたスルーフが驚きの声を上げた。

 淡く光が灯り、アビスの傷口を癒していく……が、まだまだ傷は塞がりはしない。

「き、君はプロイツェンの魔術師なのかね?」

「違います、教わっただけです。

 ――このまま続けて重ね掛けていきます」

「そんな簡単なモノではないのだがね……」


 どうやらこの術式は驚くに値するモノのようだ、リウェンもとんだ代物を伝授してくれたわけだな。

 だが、使えるモノは使えるし、驚かれても困る。そんな論議するよりも目の前の重体患者の方が何よりも重要だ。俺は構わず回復魔法を掛け続けた。



 もう何度目の施術かわからなかったが、かなり傷が小さくなっているのはわかる。

 もう一息といったところで声が掛かった。

「もう充分だ、あとは任せてくれ」

「いえ、あともう少しなので――」

「ダメだ、いくらなんでも無茶しすぎだ。

 これ程の回復力をもつ魔法を何度行使したと思っているのかね?」

「え?」

 そうだ、俺の魔法力は本当に微弱なモノでしかない、何かしらの力で増強されていると仮定しても、その素となる俺の魔法力は確実に消費しているはずなんだ。

 今まで使っても二~三回、それも自分にしか掛けたことが無かったから、その辺りの力の配分がわかっていなかった。

「ここで、君に力を使い果たして倒れられるのも困るんだがね?」

「……わかりました、あとは……お願いします」

「任せておいてくれたまえ、

 これくらいの傷なら軽く何針か縫うだけでいけそうだ」


 俺は身体に軽い疲労を感じながらも、岩陰を後にした。



~・~・~・~・~・~



「無能、どうだったの?」

「なんとか傷は塞げそうだ」

 リルドナとのやりとりに周囲に安堵の色が染み渡る。

 そこで気付いた、ロイが銃撃を止め、ルーヴィックの姿が見当たらないことに……。

 俺がそのことを訊ねると、リルドナは上を指差した。

 果たして、その指差す先には驚くべき光景が広がっていた。

「なんだよ、あれ……」

「いやー、ボクも驚いて何て言っていいか、わかんないよ」

 そう……上には確かにルーヴィックが居た(・・)、別に高台によじ登ったわけでも、飛行魔法を使っているわけでもなく、上空に留まっていた。

 飛竜を踏み台にし、次々と飛び移って滞空しながら戦っているのだ。

 別に飛竜達が足場になるためにその場に留まっているわけではない、ルーヴィックに襲い掛かるべく次々と飛び掛っているのだが、それをルーヴィックが先読みし足場として活用して、次へと飛び移る際にキッチリと首を刎ねその数を減らしていっている。

 一見すると、ルーヴィックが足を出したところに飛竜が飛んで来ているようにさえ、錯覚してしまう。

「このまま全部仕留めちまうんじゃねーか?」

「いくらなんでも、それは無いでしょう……」

 そう、いくらなんでもそれは無い。そもそも彼は足場である飛竜を減らしながら飛び移っているのだ。数が減れば飛び移る選択肢は狭まり、いつかは滞空できなくなる。そうでなくても、飛び移る前に次の足場が遠ざかってしまえばそれで終わりだ。そう、例えば飛竜が『警戒』という思考を持ち、一旦距離をとろうとしたら(・・)

「あ……」

「アンタ、今何か条件(フラグ)立てたでしょ?」

 お、俺の所為なのだろうか、飛竜達がルーヴィックへ襲い掛かるのを止め、次々と離れ始めた。

 しかし、それでも彼は果敢に切り込み続けた、まるで一匹でも多く道連れにするかのように……。

「お、おい無茶するな!」

 離れようと飛行姿勢を変える飛竜を足で捉え、さらに一太刀振るう、がそれが足の届く最後の一匹だった。

 彼はその一匹を道連れにし、落下を始める、空中であれだけ飛び回ったのだ、最初に上空へ達した時よりも座標が大きくズレている。

 つまり落ちる先はここではなく、ここより離れた崖下だ。

「おい!そのまま落ちるとマズイ!」

「問題ない――」

 彼お得意のフレーズが聞こえたかと思うと、シュルシュルと身体に何かが巻きつく感触、そのまま彼は俺の目の前で崖下へと消えて――


「ぐぉ!?」

 直後、ガクンと急激に崖下へと引っ張られる牽引力、それはルーヴィックの投げたワイヤーロープ。俺はそのまま崖へと転落しそうに――!


「おっとォ」

「大丈夫か!?」

 それをすかさず、アーカスとガディが支えてくれた。危なくヤツと二人揃って転落死するトコだ……。

 しかし、俺の不幸はそれで終わらない。

「ぐぐ、ぐぐぐるじ……」

 身体に巻きついたワイヤーロープは容赦無く俺を締め上げ、直後ガクンと一際大きな衝撃が伝わる。

 運動エネルギーというのは、銃弾でもなんでも、その運動を停止したときに全エネルギーを開放する。

 今まさに、落下という運動エネルギーは全解放された、俺という支点へ……。

「…こ、殺す気か……」

「おイおイ、大丈夫かヨ?」

 アーカスが半分呆れ声で心配をしているようだった。

「問題ない、すぐにそちらに戻る」 

 だから問題は俺の方にこそあるんだ!

 そして身体に再び激しい衝撃、

 多分、ヤツが遠慮なしに岩壁でも蹴って反動を着けているに違いない。やめてくれ、ワイヤーロープを支えているのは、俺という大変モロイ素材を採用しているんだ。安全率も限りなくゼロに近いし、建築法も機材の安全基準も何一つ満たしていないんだぞぉ!?


「ぐおおおおおおおおぉぉ!」


 俺の絶叫をBGMにし、ヤツは華麗に元居た断崖の道へと舞い戻った。コイツいつか殺す。

「すまん、心配かけた」

「謝るところはソコじゃねぇ……」

 華麗に俺の苦情をスルーし、ヤツは呟いた。

「しかし、いけそうだな」

「何がだよ……?」

「この手を使えば、さらに数を減らせるな」

「先に俺の命が減るわ!」

「……ふむ、残念だ」

 俺は残念がるヤツに噛み付きそうになりながら、もう二度とゴメンだと思った。……とはいえ、こんな芸当が出来る身軽な奴なんてそうそう居ないだろう――

 いや、待て。

「お前も真似すんじゃねぇぞ!」

「し、しないわよ!」

 じゃあ、そのクリクリと目を泳がせる素振りと後ろ手に隠したワイヤーロープは何なんだ!

 ちなみに俺達がこんなやりとりをしている間にもロイは懸命に飛竜に銃撃を見舞っている。ちょっと申し訳ない気持ちになってきた……。

「クソ、これじゃあキリが無いよ」

 撃ち終えた銃の銃身(バレル)清掃しながらロイがぼやいた。

 もう遠隔攻撃の手段を持っているのは彼一人だ、明らかに殲滅のペースも落ちている。

「オルァー!させねぇよ!」

 再装填(リロード)中に襲い掛かる飛竜をゼルが仕留める、その頻度もかなり増えてきている。当然だ、最初の内はこちらに到達する前にルーヴィックが投擲で仕留めていたのだから……。

 状況は思わしくない。

 銃弾にもそれを発射する火薬にも限りがある。それに加え雨が降ってしまえば、銃は撃てなくなってしまう。

「マズイな…こりゃジリ貧になっちまいそうだ」

「こんなことなら弓持ってくれば良かったわ」

 リルドナが上空の飛竜をムムムと睨みつけてぼやく、

「全く誰よ、その日の気分で太刀が良いとか言い出したのはっ」

 いや、それはお前自身だろう……という言葉に作者取材という名目のお休みを与えて遠ざける。今はそんなこと言っている場合では無いのだ。

 とにかく、この状況をなんとか打破しなければ、雨が降ってしまえば攻撃手段が無くなってしまう。弾切れも論外、夜になるという時間切れも絶対にダメだ。

 雨と夜という時間切れ付きの状況……非常にマズイな。

 そこへ、アビスの手当ては終わったのかスルーフが姿を見せた。

「無事に止血出来た。

 一応、あの飛竜は毒の類も持っていない様だね。

 あと用心が必要なのは雑菌による破傷風くらいだがね」

「そうですか、お疲れ様です」

「君の回復魔法の初期治療のお陰だと思うがね?」

 こんな状況だが、正直認めてもらえて嬉しかった、武器や魔法の扱いに関して言えば至って平凡すぎる俺だ、大抵の冒険者は何かしらの得意分野に特化した能力を身に着けている。

 何をやらせても並み程度、むしろは並み以下の俺はよく鼻で笑われたものだった。今のような言葉を掛けて貰えるのは始めてかもしれない……。

 だが、それに対して素直に喜んだり舞い上がったりする程、俺には可愛い気は無かった。

 なので口から出たのは素っ気無い返事だった。

「たまたま上手くいっただけです、それよりも今は――」

「……ふむ」


 彼は状況を理解し、少し思案したかと思うと、何やら荷物から奇妙なものを取り出した。

 一見すると小銃、しかし銃口が空いていなく、代わりに宝石のようなものが先端に付いている。引金(トリガー)は付いているが、撃鉄(ハンマー)が無く、S字金具(サーペンタイン)が連動しているわけでも無かった。

 そんな俺の好奇の視線に応えるように、

「まだ、試作品なんだがね」

「銃……じゃないですよね?」

「ちょっとした法具みたいなモノだ」

 そう言うと、彼は上空の飛竜に向けてソレを『撃った』。

 銃口――のようなモノから淡い緑色の光弾が発射され上空の飛竜へと飛来する。

「ほう」

「なんだありゃ?」

 その光の弾丸を受けた飛竜は突然小刻みに震えたかと思うと、まるで切り裂かれたように傷だらけの姿を晒していた。

「持つ者の魔力を吸い、魔法弾として撃ち出すだけ(・・)のモノだ」

「魔法弾…?

 火薬の代わりに魔力を使用するモノなんですか?」

 その問いにはルーヴィックが代わる形で答えた、

「擬似的に元素魔法・魔法弾丸(マジック・バレット)を構築しているわけか」

「その通りだ、『色付け』さえキッチリすれば、そこそこの威力が出る――」 

 色付け……属性付けのことだ。つまり各種属性弾を撃ち分けられる銃というわけだ。

 スルーフは説明を続けながらも、魔法弾をさらに射出する。

「だが、魔力の圧縮率も低く、色付け無しでは殆ど殺傷能力も無い、」

 ザシュ!と切り裂く音と共に被弾した飛竜はズタズタに切り裂かれていく。光弾の色は緑――おそらく風の力が宿っているモノだろう、光弾が接触すると同時に真空の刃が対象を切り裂く仕組みとなっているようだ。

「現段階ではまだまだ使い勝手の悪い玩具(オモチャ)だがね」

「否定だ、なかなか面白いモノだと思う、」

「なんにせよ、援護射撃(ファイアサポート)が居てくれるのはありがたいよ」

 玩具(オモチャ)と自虐的になるスルーフに対し、ルーヴィックとロイがすかさずフォローを入れる、がスルーフの気持ちもなんとなくわかった。この手のマジックアイテムは魔法を扱えない者(・・・・・・・・)擬似的な(・・・・)効果手段を与えるの(・・・・)が、メインの概念(コンセプト)だ。

 元々、魔力が弱い者が使うのだから、威力は極小でしかない、それを補う為に『色付け』がという魔法技術が必要になってくるのだから、本末転倒もいいところなのだろう。『色付け』せずとも威力を出せるほどの魔力の持ち主なら普通に魔法を使っているだろうし……。

 だからといって、それを嘲笑ったり出来るわけがなかった。

 まだまだ改良の必要が残るモノと承知の上で、少しでも助勢になろうと持ち出してくれているのだ、その気持ちを察せられない程、空気の読めない者は居ない。

「うん、面白そうなオモチャよねー、

 魔法校の学生が自由研究で提出したら良さそうだわぁ」

 ――筈なんだけど……。

 彼は特に気にした様子も無く、必死にロイの銃撃を援護するように魔法弾を放ち続ける。

 実銃よりも威力は大きく落ちるが、その分速射性は高い。上手くロイの再装填(リロード)()を埋めてくれている。

 玩具(オモチャ)なんてとんでもない!要は運用法次第なのだ。

「ふむ……私も少しはお役に立てているようだね…」

 そう呟く彼の表情には疲労の気配が色濃く表れていた。

 無理も無い、圧縮率も低い中で断続的に魔力を消耗しているのだ、彼は錬金術師であって、魔術師ではない。生命力(マナ)から魔力を生成する能力があまり高く無いのだろう(俺よりは遥かに高そうだが)明らかに消耗していっている。

 そこへまた飛竜(ワイバーン)が襲撃してきた。それにガディが対応する、先程までの大剣を盾にするモノではなく(・・・・)、両手保持のまま前方へと鋭く突き出す凶悪な平突きだった。

 グシャリと首から翼にかけて(いびつ)に引き裂かれ、飛竜(ワイバーン)は無残に転がる。

 さらにそこから横薙ぎに振り回し、遠心力を伴った暴風の如く荒々しい薙ぎ払いを繰り出し、接近していた飛竜を容赦なく肉塊へと変える。

「…ちょっ、アンタ!」

 間一髪、それに巻き込まれそうになったリルドナが苦情を漏らす。しかし、立て続けに襲い掛かってくる飛竜の迎撃に追われ、それは有耶無耶にされてしまう。

 ガラン!とガディの大剣の切先が地面に投げ出される、やはり超重量武器らしく、連続で振り回すことは出来ないようで、彼はため息が混じりに「やれやれ」と呟くと、再び大剣を握りなおそうと力を入れる――

 しかし、そこへ新たな飛竜が彼へと強襲する。

 ガディはすぐさま、迎撃が間に合わないと判断し、大剣を手繰り寄せ――というか自分自身が大剣へと駆け寄って、刀身を盾にして受け止める。

「むぅ、」

「おいおイ、旦那無茶しすぎだゼ?」

 動きを押し止められた飛竜にアーカスが斬りかかる。もう何度も見た一連の行動だが、その太刀筋は流れるようなモノでは無くなっていた。

 乱暴に繰り出される斬撃は、勢い余って何発かガディの腕や足を掠めていく。

 見かねたリルドナが血相を変えて叫ぶ、

「ちょっと!アンタも何やってんのよ!」

「まぁいい、気にするな」

 しかし、当事者であるガディは気にも留めない。

 ――力の入れすぎ、暴走、空回り。

 ガディもアーカスも焦っているのだ、先程アビスを護り切れなかったことに負い目を感じ、もう失敗すまいという気持ちだけが空回りしてリズムが崩れている。

 このままでは近いうちに綱渡りをする道化師はまた転落してしまう――


「あー!もうっ!」

 その空気に耐えかねたのか、彼女は苛立った声を上げる、

 焦りの空気はいつの間にか、彼女まで伝播してしまったようだ。

「落ち着け、リル。冷静に周囲へ注意を払え」

 ルーヴィックが注意を促すが、最早、彼女の耳には届いていないようだった。


 ――非常にマズイ気がした。

 護衛対象に迫る飛竜を食い止めるのが主目的だったはずのガディが、自発的に攻撃をしてしまっている。

 リルドナもまた、『飛竜の死骸の片付け』という仕事から外れ、完全に迎撃に参加していた。俊敏に動き回り、周囲を巻き込むことの無い柔軟な攻撃で確実に仕留める。何よりもその『目』でいち早く察知し、敵を捕捉出来るのが大きかった。

 だが、目が良すぎた(・・・・・・)

 それに頼り切る為、目が届かない死角に対してはノーマークになっていたのだろう。

 リルドナの背後から接近する飛竜が俺の目に飛び込んできた。


「おい、バカ、後ろだ!」

 咄嗟に俺は叫んでいた、そして彼女なら咄嗟に対応出来ると思っていた。

「――え?」

 俺の言葉に反応し、首が動き、身体も振り返るように動き出す――筈だった。

 彼女はほんの少しだけ首を動かしたところでビクンと固まってしまった。その顔は鬼気迫る表情に染まり、あたかも聖職者が十字架を踏めと命じられた如く、本能的な拒絶を発していた。『振り返る』という行動が罪深いモノであるかのように……。

 だが、このままでは、むざむざと背後からの攻撃を許してしまう。

「……う――」

「おい!聞こえてるのか!」

「――るさいわねっ!!」

 彼女は置かれた状況を全て振り払うように大声を上げる。と同時に大きく跳躍し飛竜の突撃を飛び越えるように避ける。

 そして、自分の下を飛竜が通過するタイミングで太刀で一閃し、飛竜の左翼が切り落とした。

 片翼をもがれた飛竜はそのまま飛行姿勢を保てなくなり、慣性のまま地面を削りながら爆走していく。

 攻撃を回避しつつ敵の戦闘力を奪うという悪くない返し手だろう――それが単独行動ならば(・・・・・・・)


 制御を失った飛竜(ワイバーン)が突き進む先には――スルーフが居た。


「――マズイ、スルーフさん避けて!!」

 俺は咄嗟に声を張り上げて訴えた。そんなの既に手遅れだと知りながらも……。

 直後、ブワッ!と激しい風が巻き起こり、周囲の砂埃や小石を吹き散らした。

 ――激突の瞬間。

 彼は例の魔法弾を自分の足元に撃ち、目の前に風を発生させて『突っ込んでくる物体』の進路を逸らしたのだ。

 直撃を免れた彼は致命傷は負っていなかった。

 ――が、近距離で風の刃を巻き起こしてしまった為、少なからず切り傷を負っていた。


「――自分の攻撃で傷を負うとは、世話が無いんだがね……」

 彼は力なく自虐と皮肉めいた笑いを浮かべていた。

 それを目にしたリルドナは愕然と言葉を失い、立ち尽くしていた。厳密に言えば、別に彼女の所為(せい)じゃない。変則的な迎撃をして、その進路上にたまたま(・・・・)スルーフが居た。

 ただそれだけなのだが。

 結果に後悔し、『もし』を考えてしまうのが人間だ。

 もし、彼女がその場で振り向き、キッチリ迎撃していれば?

 もし、迎撃の太刀が、不安定な跳躍中でなく、キッチリ踏み留まって放っていたら?

 もし、仕留めた飛竜を後方へと流さなければ?

 もし、飛竜の巨体がスルーフへ至ってなければ?

 もし、スルーフが緊急回避手段を取らずに済んでいれば?


 彼女の性格からしてここまで細かく考えはしないと思うが、もたらした結果のきっかけが自分の行動にあると感じ取ってしまっているのだろう。

 普段から傍若無人に振舞っている分、精神的に打たれ弱いのかもしれない。目の前の『結果』に対し、相当なショックを受けているようだった。

 そこへ容赦なく、また別の飛竜が襲い掛かる。

 しかし、彼女は立ち尽くしたまま動かない。動けない。


「おい、バカ!動けよ!」

 俺は必死に声を張り上げながらリルドナの下へ走りこむ。距離にして一五メートル、遠すぎる。

 彼女の頭に食らいつこうと、飛竜が獰猛な顎を大きく広げ肉薄する。

 ――間に合わない、走り込んだがあと一〇メートル。


 ガンッ!と激しく金属板を横倒しにしたような音が鳴り響くと同時に、不自然な方向にギュルンと旋回し激しく地面を削りながら墜落した。

「ひ、ヒゲ……様?」

「それは私のことかね?」

 呆れた様に聞き返す。その男は、全身を威厳あるフルプレート鎧を身に纏い、腰に帯びた由緒正しそうなロングソードを腰に帯びた姿で、格式のありそうなカイトシールドを大きく横に振りかぶった初老の男――執事のブルーノだった。

 彼は手にした大きな盾で殴打することで、飛竜を羽虫でも追い払うかのように、アッサリと叩き落とした。

「いい加減にせんか!浮ついているぞ、しっかり両の足で立てぃ!!」

「す、すまねぇ!」

「はいっ!面目ありませんっ!!」

 その怒声に背を正し、畏まるゼルとロイ。他の人間も同じような感覚を受けているに違いなかった。

「護衛はロイを中心に五メートルで均等配置だ!」

 ブルーノの指示に「おう!」やら「心得た」やら各々の了解の声を出し、動き始める。先程までの焦りによる、ぎこちない空気が霧散し統制の取れた動きへと研ぎ澄まされていった。 

「ムノー君、申し訳ないがスルーフ殿の治療をお願いしたい」

「わかりました」と答えながら、もう『無能』は公式(オフィシャル)なのかと、ため息をついた。

 俺はスルーフの治療のために一旦岩陰まで下がる、ついでにリルドナも引っ張って行った。精神的に不安定すぎる彼女をそのまま前線に立たせることもできないからだ。


 スルーフの傷はそれほど酷いものでもなかった、岩陰に行くのにも自分の足で移動もしていた。しかし、その出血を放置はできない。

 俺は今日何度目になるかわからないヒールを使おうと、スルーフを小さな岩に腰掛けさせ、自分自身も屈みこみ意識を集中した。

「待て、よすんだ…魔法力が尽きたらどうする!?」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう」

 構わず俺は魔方陣を虚空に描き始める。


 ――ダメです、それ以上使ってはいけませんっ!――

「……くっ」

 また危険を報せる声が届いた、だがそんなことは構っていられない。

 ポゥ、と淡い光が灯り、スルーフの傷を癒していく、どうも今日は失敗無しだ。

「……よし、これで多分表面上の傷は塞がっているので、無理に動かなければ大丈夫と思います。本当はもう一回掛けておくべきでしょうけど、ご忠告をありがたく受け取って、これ以上の使用を控えておきま――」

 そう言いながら立ち上がろうとしたが、ガクンと力が抜ける。

「あ、あれ……」

「お、おい!?だから言ったんだ」

 息が苦しい。まるで長距離を配分無視で全力疾走してしまったように、息が上がり、身体に力が入らない。続いて、連日資料調査で徹夜したように、身体中に妙な痛みが走った。


「それが魔法力切れだ。

 一時的だが極度の呼吸困難に酷似した症状に苛まされる……」

「ア、アンタ……」

 視界がグラグラと安定しない、それでもこの二人が心配そうな顔で俺を見ているのはわかる。

 気を抜くと、このまま倒れそうだったが、意識はしっかりしている。

 こんなところで大人しく気絶(おち)てられるか。

 身体は充分に動かないが、頭はまだ生きているのが幸いだ。

「とにかく、君はここで大人しくしているんだ。私は再び援護に回る」

 スルーフは例の銃を手にし、行こうとするが、

「ストップよ、メガネも魔法力切れそうじゃないの?」

「――な、何を言うんだ!?」

 リルドナの見立ては正解だろう、元々魔力の少ない彼が、極力出力を小さくし、小出しにするように魔法弾を放っていたのだ。ただでさえ連発したのに、先程の激突回避の為に、高出力の突風を巻き起こしたのだ。もうそれ程魔法力は残っていないのだろう。

「あたしには……『視える』のよ」

 そう言うリルドナの目はスルーフの顔を見据えている。

 やはり見間違いじゃなく、その瞳は明らかに光が灯っている。

「そ、その瞳の光は……まさか血系特性(ブラッド・アビリティ)の――」

「――今はやめて頂戴、あたしには見抜ける。それだけよ」

 やはり何かしらの特殊な能力を持っているのだろうか、だがその推測は彼女の拒絶の言葉で遮られた。好奇心もあったが、今はそれよりも――

「ソレ貸してよ、あたしが撃つわ。魔力があれば使えるのよね?」

「使えるが……色付けやら魔法技術が必要なんだぞ?」

「……魔法技術なんて全然よ、

 あたしは妹と違って器用に術式を構築したり一切できないしね」

 リルドナが魔法を使っている姿なんて見たこと無いし、想像すらしてなかった。それでも彼女は「でもね」と口にする。

「あたしは魔力を持っている、それだけで充分じゃない?」

「……わかった、だが配分には気をつけるんだ、自己制限(セルフ・レギュレート)なんて掛かっていない、無理に撃てば魔法力を吸い尽くされる……つまり魔力が足りなかった分は無理やりにでも吸い出そうとするんだ、意味はわかるな?」

 魔力は生命力(マナ)から生成される、いわば魔法の燃料だ。それが足りない時、制御が掛かっている術式なら『発動』しないで片付く。しかし、足りなくても無理やりに動かそうとする術式では、足りない部分を直接、生成元である生命力(マナ)を侵食し吸い出そうとする。これが魔法力切れのメカニズム (らしい)だ。それを踏まえて念を押したのだろうが……

「わっかんな~い」

 乙女チックに小首を傾げてらっしゃる彼女は、やはり信頼と安定のINT3(おバカさん)だった。

「要は、根を詰めすぎるとバテちまうってことだ」

 なので親切なエインさんはこうやって補足してやることを忘れないのだ。

「ふ~ん、勉強と同じなのね、納得納得」

「お前は一回ハゲるくらい頭使った方が良いぞ……」

 俺の言葉に、お約束通り「なによぅ」と噛み付こうとしたが、スルーフが置いてけぼりをくらいそうだったので、彼に話の主導権を明け渡す。

「使い方は単純だ、グリップ部分から勝手に魔力を吸ってくれる」

 そう言われ、リルドナと一緒にグリップを見る、よく見るとなにやら妙な紋様が刻印されている、『吸収』行う機構がここにあるようだ。

引金(トリガー)を引けば、魔法弾が構築され射出される。狙いは射線をイメージし易い様に実銃と同じく備え付けの照準をアテにすれば良い」

「この照門 (リアサイト)照星フロントサイトが重なるトコで撃てばいいのね」

「くれぐれも力はセーブして最小で、何しろ試作品なんでね――って君は左利きなのかね? コラコラ、いきなり引金(トリガー)に指を掛けるんじゃない!」

 説明途中で銃を弄ろうとする、せっかちなノラネコに泡を吹くスルーフ、なんだか最初の『軽薄そうな』と思ったイメージはすっかり失われていた。

「そういや、お前って銃使ったことあるのか?」

「ないわ。でも――」

 ハッキリと「ない」と断言する彼女だが、自信を込めて語る。

「あたしの能力、『武芸百般』を持ってすればカンタンよ」

 先程までの落ち込み振りはどこへいったやら……そう告げる彼女の顔はすっかりいつもの調子に戻っていた。

 だがそれで良い、そちらの方が断然彼女らしくて安心できた。

 

 

~・~・~・~・~・~



 夕焼けに染まる空。

 それを多い尽くすように翼を持つ者達は羽ばたく。

 竜族亜種、飛竜(ワイバーン)は、数という最大の暴力で空を支配していた。

「――で、今度はねーちゃんが、か」

「いやいや、リルちゃんは弓使ってるし、いけると思うよ」

 例の銃を手にして、不適な笑みをともに現れたリルドナを見るなり上がった言葉がそれだった。

 俺とスルーフはその姿を見守るようにやや離れた場所で待機している。

「というわけで、援護射撃するから護衛よろしくね」

 そう言い放つと、上空の飛竜に対し照準をつける。


「そこよ、迂闊なヤツ!」


 妙にノリノリの口調で飛竜目掛けて魔法弾を放つ――

 ……果たして、ソレは魔法()といっていいのだろうか。銃口から放たれたソレは、白っぽい赤――というかピンク色に近い一条の光の帯。

 その射線軸上の飛竜は、容赦無く貫かれ、身体に大きな風穴を空けて、次々にボトボトと墜落していく。

「……う、嘘ぉ?」

 撃った本人も予想外だったらしく、目を白黒とさせている(赤いけど)

「――お、おいっ!?力の入れすぎだ!無茶な……」

「や……て、手加減したわよ?」

「試作品だと言っている、下手すると壊れるぞ?」

 その言葉にリルドナは咄嗟に銃口の宝石を見つめ、

「あ、ホントだ。ヒビ入ってるわ……」

「――な、なんて無茶な……」

 どうやら、リルドナの魔力は相当強いらしく、魔法の銃が耐えられないようだった。そう何回も撃てそうに無いかもしれない。

「おイおイ、登場いきなリで、あと数発で退場かヨ?」

「まぁいい、壊れるまで撃てばいいだけだ」

 作った本人の了承も無しに壊れてしまうこと前提で話が進んでいる。いくら錬金術は研究が本懐で、過程である『作品』がオマケだとしても、それはあんまりじゃないかとか思ったが、

「壊れてしまうのは仕方ないが……彼女の身体が心配だ」

「うーん、全然。これくらいなら、ヘッチャラだけど?」

 リルドナの魔法弾は当たれば即死級の威力だ、しかし、あと何発撃てるかわからない。

 日没までの時間も心配だ、天候も怪しい。

 どうする?

 一気にケリをつけたいところだが――

「どうせ壊れるなら全力(フルパワー)で一気に仕留めてあげるわ」

 なんという『力こそ正義』の絶対攻撃主義……それもアリかもしれないが、

「よせリル、それだと発射時のバックファイアーで全員焼けてしまう」

 あまりの高出力の所為で周囲にも被害がでるようだ。

 そうなると――


「ガディさん、アーカスさん、

 派手に暴れて見せて、飛竜を一旦空中に追い払うことは出来ますか?」

「出来なクは無いと思うゼ」

「一時的なら可能だ」

 ――環境土台は作れる。

「ルーク、リルドナをどうにかして空中に飛ばせることは?」

「可能だ、打ち上げればいいだけだ、手段は問わない、の話なら」

 ――発射環境も作れる。

「リルドナはその状態で射撃出来そうか?」

「変な体勢で吹き飛ばされてる、じゃ無ければいけるわ」

 ――条件は揃った。我ながら無茶苦茶な作戦だと思うがこれで行くしかない。

「それならボク達も牽制に参加した方が良さそうだね」

「ま、やってみるぜぃ」

 さすがに意味を汲み取ったのだろう、深く問い質すことも無く、動き出す。


「よぉーっし、おっぱじめるぜ!」

 ゼルの槍が乱暴に横薙ぎに振り回され、それに飛竜が怯んで急停止する。

 そこへロングソードを抜き去ったブルーノが斬り掛かり、一撃を加えるが、それ以上の追撃をしない。

 傷を負った飛竜はたまらず空中へ逃げた。

 ガディもまた、乱暴に大剣を振り回す。別に仕留めても逃げられても構わないので、その剣の軌跡は滅茶苦茶だ。

 当たれば致命傷。飛竜は「これは適わん」と言わんばかり散り散りに逃げいていく。

 それでも間に割って突撃した飛竜をアーカスが激しい斬撃で出迎え、やはり追い返す。

 少しづつだが、地上へと強襲する飛竜が減ってきた。

「――捉えた。リル飛ばしてやるから、俺を踏み台にしろ」

「ふえ?踏んでいいの?」

 彼はそれに答えず、時計を一瞥し、

「しっかり飛べよ?六秒後に来い」

 俺は簡単に飛ばせ、と言ったが実際どうやるかなんて考えていなかった。

 果たして彼はどうするのだろう、きっとまともな手段じゃないとは思うが……。

 そうこうしてる間に、リルドナは助走をつけ大きく跳躍し、ルーヴィックを踏みつけるように落下していく――

 その瞬間、彼は身体を大きく捻り、真上を蹴り上げるような動作でリルドナの踏み足目掛けて足を繰り出す。

 彼女もそれに反応し、ルーヴィックの蹴りに合わせるようにさらに大きく跳躍する。


「――ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


 が、やはり相当な勢いで上空へと打ち上げられたのか、情けない声を上げながら昇っていく。

 急激な加速度と空気抵抗に曝されながら、彼女は呟いた。

「こ、こういう飛んでるの仕留めるときに、使う(ことわざ)ってあったわよね……」

 銃を構えながら、ああ、そうだったわね。と頷きながら、それを口にした、


「曰く…『墜ちろ蚊トンボ!』キリッ、よ!」


 その言葉と共に夕焼けの空が、一面白っぽい赤色の光――つまり朱色からピンクに――に包まれ、その光に飛竜達が残らず溶けていくようだった。

 かつて大戦時の魔道師同士が衝突した時、激しい光と共に要塞が消滅したという話がある。今ある光景はまさにそれに通ずるモノだろう。


「す、すげぇぇ……」

「笑うしかねぇよなぁ……」

 そのあまりの光景に皆言葉を失う。

 次第に光が消えて、元の夕焼けに染まった朱色の空へと戻っていく。

 その中で黒い小さな影が舞い降りてくる――というには、あまりにも重力加速度を身に纏っているが……。


「――はいはい、どいてどいて~」

「うぉう!?」

 ズン!という凄まじい音と振動と共に、目の前に屈み込んだ彼女が現れた。

 相当な高さがから落下したのだが、どうやら彼女は全身を使って落下のエネルギーを緩衝したようだった。やっぱり野生のノラネコだな……。

「ごめんね、メガネ。やっぱり壊れちゃったわ」

 彼女の左手には例の銃のグリップ部分しか残っていなかった。

「いや、いい。

 寧ろ、そこまでの威力が出たという結果の方が重要だがね?」

「……。研究者の(かがみ)ですね」

「とりあえず、コレだけでも返――」

 スルーフに壊れた銃の残骸を返そうとした、その時だった。


 ずる、べたーん。


 それは起きた。

「あ、あれ……?」

「お、おい?」

 彼女は、まるで自分の作った母艦の通路で華麗にすっ転ぶ、ドジっ娘大佐のように転んだ。

 あまりにも見事なコケっぷりのその姿には見覚えがあった……。

「そんなトコまで姉妹で似なくていいと思うぞ?」

「お、おかしいわね……力が…入らない……わ」

 その言葉の通り、力が入らないのだろう、立ち上がることも出来ずに、前のめりに転んだままの突っ伏している。

 ハッキリ言って、その姿はうつ伏せに突っ伏して、お尻を突き出すような体勢の為、あまり年頃の娘が維持して良い格好とは思えない……。

「ふむ、燃料切れだ」

 その声と共に、ひょい、とリルドナを担ぎ上げるルーヴィック。彼が言うのはつまり魔法力切れということだ。……あくまで、『担ぐ』で『抱きかかえる』ではなく……。


「しばらく大人しくしていろ、俺が運んでやる」

 まるで丸めた絨毯でも運ぶかのような扱いに見えた。きっと俺もああいう風に担がれたんだ。

「――ね、ねぇ、お兄ちゃん?」

「なんだ?」

「一ついいかしら?」

「ふむ?」

「やっぱりね、あたしも女の子だしぃ。こういう荷物みたいな抱え方はどうかな~?って、個人的にはお姫様抱っことかが良いんだけど、まぁ憧れるというか。ベ、別に兄妹の超えてはいけない禁断の愛へのフラグを立たせる切り口にしようとか、そういうのじゃないんだけど、そもそも常に無表情なお兄ちゃん相手だと、どういうイベントに発展するかとか考えるだけでも楽し――」

 ゴンッ!という効果音と共にルーヴィックは勢い良く振り向いて、口を開いた。

「おぉ、そうだエイン、

 悪いがこいつの荷物を運んでやってくれないか?」

「お、おう。いいけど……今、モノ凄い音で頭ぶつけなかったか?」

 ルーヴィックの背後の岩壁には、大きな人の頭大のクレータが出来ていた。どうみても今作られてホヤホヤのモノに違いない。 

「む、いかんな、気付かなかった。リル大丈夫か?」

 …絶対。確実に過失じゃなく、故意だろぉ!?

 だってそうだろう?

 ヤツが振り向く直前にやや苛立った声で「――長い、」と、ポツリと呟いたのが聞こえたんだ……。

 『丁重に』沈黙化された彼女はピクリともしなくなった……。


 夕焼けに夕立が迫り来る中、見事に強襲する飛竜(ワイバーン)を殲滅することに成功した。

 目的の建物まで残すところ僅かになり気持ち足取りが軽くなった俺達は先へと進む。

 ――どうでもいいけど、俺も魔法力切れで辛いんだ、荷物持ちさせんな……。






「太平洋プレートとユーラシアプレート、どっちが『受け』と『攻め』と思う?」

「…………はい?」

 いきなりの友人(女)の問いかけに咄嗟に答えられなかった、至ってノーマルのあせこさんです、こんばんは。


読んでくれてるみなさん、お久しぶりです。

ようやく森の移動パートが終われそうです。ほんと長くなりました。

最初は、移動部分は一話に纏めるつもりだったのに、どんどん長くなってこの始末です。

さらに加えて、今回はこれまでで最長の文字数、減らすどころか増える一方の文章量に、相変わらず纏めるのヘタだなぁ……呆れております。

頭痛薬のくだりは、実は実体験のコトです、旅先でそういう話題になってかなり気まずい空気を頂いた思い出があります。

ほのぼの、のんびりはもうちょっとだけ続きます。

ちなみに冒頭のは独語です、大した内容でも無いので、翻訳に挑んだりしなくても大丈夫です。(微妙に間違ってるのがバレるのも怖いし……)

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