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7+ 約束と記憶の少女とジンジャークッキー

 愕然とした。

 また、あたしの眼は「視てしまった」のだ。

 これは間違いなく『あの子』だ。


「――っ、ひっぁ?」

「このバカッ、見んな!」


 どうして、無能(アイツ)はもう少し早く止めてくれなかったのだろう。

 そうすれば視ないで済んだ(・・・・・・・)のに……。


 ――いや、わかってる。

 彼はずっと早くから制止していたのだ。

 折角の配慮に耳を傾けずに視てしまった(・・・・・・)あたしが悪いんだ。


 先に断っておくが、あたしは人の骨自体に脅えてるわけではない。

 確かに、気持ちのいいモノでもないし、見慣れているわけでもないが……。

 あたしを震え上がらせるのは、それらから発せられる残留思念や霊的力場だ。


 ――赤の明晰レイテス・クラルハイツ


 あたしの『血』が引き起こす、不可視(みえないモノ)可視(みえる)にしてしまう不思議な能力だ。

 観測対象から発せられる様々な力場などを読み取り、相手の状態や発言の成否を判断したりもできる。

 ただ、今のあたしは『あの事故』の所為(せい)で制御が利かない、

 自分の意思とは関係なく不必要に『視てしまう』のだ。

 そんな無防備な瞳で死体なんて見たら、容赦なく死者の情報が流れ込んで来てしまう。

 最悪なのは『断末魔の記憶』が一気に流れ込み、あたかも自らそれを体験している(・・・・・・・・)ような錯覚を受けることだ。

 たとえ、死体でも人外のモノなら、まだいい。

 精神構造自体が違うので、情報が流れ込んできても『理解できない』お陰で辛うじて、そのような事態には陥らない。

 

 だが、あたしの瞳が捉えたのは、かつて人間だったモノであり、しかも面識のある人物のモノだった。

 母親の顔すらハッキリと思い出せない無能なあたしの頭なのに……。

 このことに関してはあまりにも運悪く(・・・)思い出せてしまった。




※*※*※*※*※*※*※*※*※*※




 そのクッキーは割りと自信作だった。

 お茶の風味を損なわないようにする為に、甘さを控え、上品な味わいにしたつもりだった。

 しかし、試食をした同僚のメイド達の評価は良くなかった。


『これ。分量間違えてないか? 食感は悪くないけどなー』

 キッチンメイドのフローレンはダメ出しの正面突破をしてきた。


『うーん、甘いものの苦手な男性のお客様にはいいかも知れませんよ?

 えっ?私……ですか?えーっと……すみません…………』

 パーラーメイドのミリセントはフォローを入れつつもやはりNGのようだった。


『お姉ちゃん、二つの意味で甘くないよ?』

 ナースメイドの妹は容赦なく一撃粉砕だった。

 てゆーか、ダージリン好きなアンタの為に作ったのよ?


 そのクッキーは割りと自信作だった。

 だから一杯作っちゃってた。

 残念なことに『失敗作』の烙印を押されてしまったクッキーは、その処分について問題となった。

 なんでも東洋の陶芸家のせんせーとかは、納得のいかない作品は容赦なく割ってしまうとか、どうとか。

 そんなことせずに『さいりよう』するという方法を思いつかないのだろうか?

 そう思うあたしは、『さいりよう』について真剣に考えた。

 いかにして皆に食べてもらえるか、何かチョイ足しで工夫すればいいかもしれない。

 でも、それは味付けに関して敗北を認めているようで嫌だ……。

 完璧にお口に合わない、どうしようも無いあの娘達。

 そして閃いた何かによって

 ――すぐに諦めた……やっぱり自分で食べよう。

 そんな理由(わけ)で、あたしのポーチには常にダース単位でクッキーが入っていた。


 ――だから、あの子に差し出すことが出来た。


 そのクッキーは割りと自信作だった。

 あの子はそれを美味しいと言ってくれた。

 もう、それだけで満足だった。

 思わず舞い踊りそうになったくらいだ。

 でも、それは間違いだったと何年も経ってから気付かされた。


『おねーちゃん、あまくておいしいよぉ』


 妹が言うには、あの子……いや、あの子()。集落にいる子供たちは普段から甘いものなんて食べたことがないだけなのだ。

 あたしの頭じゃまずそこまでの結論に至れなかった。

 でも、それでも良かった。

 あの子は美味しいと言ってくれたから。それで満足なのだ。

 ――そして思い出した、あたしはあの子と……とある約束をしていたのだ。

 

『あの男ぶっ飛ばしたら、お土産にもっと甘いの用意するわー!』

『ほんと!?どんなのカナ?』

『そうね、チョコレートって言うんだけど――』


 その時、今から『仇討ち』という負の感情に満ちて重苦しかった。

 だから、この何気にちっぽけな約束であたしをどれほど救われただろうか。




※*※*※*※*※*※*※*※*※*※




 なんでもっと早く思い出して上げれなかったんだろう。

 あの小さなベッドは?

 あの妙に低い椅子は?

 あの可愛らしいサインボードは?

 すっかり老朽化してたけれども、間違いなく『あの子達』のモノじゃないか。


 ――赤の明晰レイテス・クラルハイツ


 あたしの『血』が引き起こす、不可視(みえないモノ)可視(みえる)にしてしまう不思議な能力だ。

 そんな能力がある癖に、まるで気付けなかった。

 それなのに……あたしは『断末魔の記憶』を垣間見てしまいガチガチと震えるしか出来なかった。

 落ち着いて視れば、それは『あの子達』が笑顔であたしに駆け寄ろうとしてるだけだったんだ。

 しかし、それを黒い格好の無表情な男が問答無用で追い払う。

 何度も何度も霊銀の刃を打ち据える。


 なんてことだ……。

 どっちも傷ついてほしくない。

 どうしたらいいの?


「『赤』でアイツらを切り裂け」


 無情にも彼は『あの子達』を消失させよと、命じてきた。


 彼は『あの子達』を敵と見なしている。

 『あの子達』も彼を敵と見なしている。

 今更止めれようも無かった。


 あたしは『眼』の能力同様に『赤』も制御が利かなくなっている。

 最悪、暴発して必要以上の被害を出すかもしれない。

 それでも、確実に『あの子達』を……あたしの血は食らい尽くすだろう。

 …………一滴の記憶の残滓すら残すことなく……。

 再び『あの子達』に死を与えることになる。


 どの道、彼には逆らえない。

 覚悟を決める為に無意識に目を閉じる、目元がじんわり熱くなるのを感じる。


「そんなことしなくても良いぜ」

「……な、ん…ですって?」


 溺れているところに浮き輪を投げ込まれたような錯覚を覚えた。

 助け舟を出してくれた無能(アイツ)の顔を思わず見つめてしまう。


 目が合ってしまった。

 すると彼はふっと優しい表情をしてみせた。

 あ、ヤバ……涙ぐんでるのバレちゃったかしら?

 この少年は間抜けそうに見えて、実はよく物事を観察している。

 何かを……この状況を打破する何かを閃いたのだろうか?

 淡い期待を抱き、次に彼が発する言葉を待った。


「その前に、リルドナに二つ確認だ」

「え?」


 ほら、きたっ!

 きっと妙案を思いついたんだ。


「あのおにぎりに入ってた『梅干』てどんな味だ?」

「酸っぱいわね、えーっと何ていうか、深みのある酸味よねぇ……」


 ――――――――――あれ?

 な、なんで、ここでおにぎり……!?


「おい、ヨダレ零れそうだぞ…」

「ち、違うわよっ、見間違いでしょ!」


 も、もうっ!

 期待したあたしがバカみたいっ。

 あたしの『目』もすっかりも曇っちゃったのかなぁ……。


「時に、リルドナ、お前はおやつを何か持ってきているだろう?」

 んっ?


「やっぱりあるのか……一番甘いのを一つくれ」

 んんっ?


「ま、別に俺が食うわけじゃないけどな」

「はぁ、じゃあ誰なのよ……?」


 ますますわからない。

 この少年は何がしたいんだろう?


「どうせなら、お前がその子に食わしてやれよ」

「だから、誰によ?」


 彼の意図がまるでわからず、アイツの指差す方向に目を向ける。

 大体、『その子』って誰よ――



「――――――――――ほ、本気で言ってんの?」



 な、ななななんで?

 アイツには『あの子』は視えないんじゃないの!?

 大体、食わせてやってくれってどういう……


 ――――――――――あっ


 ……そうか、そうだったのね。

 そうよね、これは……あたしの約束なんだ。

 手段の為なら目的を選ばないあたしは、なんの為にチョコレートを持ち歩いているかすっかり忘れていた……。

 ――やるしかない、『あの子』の為にも、あたしを庇って腕を痛めた無能(アイツ)の為にも

 ……なによりもあたし自身の為にも!


(……待っててね)

 意を決し『あの子』の亡骸を見据える。

 その途端、『断末魔の記憶』が濁流のように流れ込んでくる。

(……くっ)

 ――突如、急激な空腹感に襲われた。

 ――左足首が力づくで挟み込まれた気がした。

 ――右腕が強引に引き千切られる激痛が走った。

 ――身体のあちこちがついばまれる……生きながら食い散らかされていく……。


「……あ、ぎ……ぐぐ……」


 漏れる声は、最早言葉にならない。

 涙が溢れ、今にも零れそうだ……きっと情けない顔になってるに違いない。

 ……や、やっぱりダメだ。

 意識が混濁する。何をしようとしていのかもわからなくなってきた。


「あ……?」

 いつの間にか、あたしの手に誰かの手が添えられていた。

 誰、だなんて考えるまでもなかった。

 先程、カニに手を裂かれたときもそうだった。

 この温かい感触は忘れない……無能(アイツ)だ。


「悪いな、眠ってるの起こした上に暴れちまって」 


 小さな子供の頭をぽんぽんと優しく撫でるかのような口調だった。

 この少年は子供をあやすのが上手いのかもしれない。

 あたしには父親なんていない、物心付いた頃には居なかったのだから

 ……でも、父親というのがいたらこんな感じだったのかもしれない。

 いや、これはどちらかと言うと、兄か?


(……お待たせ、やっと約束果たせたわね)


 時間、とても長い時間の果てにようやく。

 他人が見たら、それは頭蓋骨の口の部分にチョコレートを押し当てただけにしか見えないと思う。

 でも、あたしには『視える』。

 手も口の周りにもチョコをベタベタにつけて、嬉しそうに頬張る『あの子』が視える。


 ――オネエチャン、アリガトウ――

(……いいのよ、お礼なんていいのよ?)

 むしろ、

 だって、

 ――ごめんなさい、

 ――ごめんなさい……生きてる間に約束果たせなくて……




~・~・~・~・~・~




 その後のことはあまり覚えてなかった。

 気付けばロープをよじ登って地上へと帰還し、再び行軍が始まろうとしていた。

 正直言うと名残惜しかった。

 再び無言の行軍になってしまってから数分、

 あたしはすぐにその空気に耐え切れなくなった。

 話しかける相手は……もちろん彼だ。

「……お礼、言ってたわね」

 ポツリとあたしは呟いた、

「お前に()聞こえたのか?」

 えぇ、とあたしは頷いた、彼にも聞こえたのだろうか?

「あれで良かったんだよな?」

 そうね、とあたしは頷いた、あたしも同意権だったから。

「で、なんて言ってたんだ?」

「あははは…」

 あたしは照れ隠しに答えた、


「うん、『オネエチャン、アリガトウ』て言ってたわ」


 それとアンタにもお礼いってたわ、という言葉が続かなかった、

 あたしは、それどころじゃなかった。


 ――どうやら、あたしはこの少年をチョッピリ好きになってしまったようだ。

 ねぇ、エレイン。

 あたしにもまだこんな感情が残ってたみたいよ?

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