6 そこに在る声
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※*※*※*※*※*※*※*※*※*※
時とともに、日はやや昇り、
秋の早朝の肌に刺さる厳しい空気も和らいできている。
だが、ここは依然として薄暗く肌寒い。
妖精の森の奥…本来、人が踏み入れるべきでない場所。
招かざる一行はただただ歩を進める。
俺は意識を集中し静かに詠唱を始める、
ボゥ…と微かに発光し、傷口がほのかに温かくなる。
ヒールの魔法――覚えておいて損の無い魔法の第一候補だろう、
効果の方はさておきで、ちょっと頑張れば誰でも覚えられる手軽さがウリだ。
「……お?」
自らで施したことなのに、驚いてしまった、
何か失敗したから?
いや、その逆で大成功したからだった、
あれほど痛んでいた身体がすっかり治っている。
……何?
何で傷を負ってるか?だと?
つい先程の『ピンクの剥きエビ事件』で名誉の軽傷を負ったからだ。
あれは不幸な事故だった、うん。
「へー、キミは回復魔法を使えるんだ?」
一連の動作を観ていたのだろうか、ロイから声が掛かる、
そちらに目を向ければ、並んでゼルも興味深そうにこちらを伺っている。
「いつもは――もっとショボイ回復しか出来ないんですけど、今日は……うーん」
「なんだそりゃ? てめぇのことなのにわかんねぇのかよっ」
ゼルにも突付かれるが、そうは言われても困る、
なんせ本当に心当たりが無いのだ。
さらに思考を深みへと潜らせようとしたが、
「ともかく、傷が癒えたなら、そろそろボク達も移動しよう」
「あ、そうですね、早く追いつかないと」
冒頭にも述べはしたが、本隊は今も行進中だ、
俺だけ治療のために歩を止めていたのだ。
一人では危険だろうと、この二人が残っていてくれたのだ、
…ありがたい限りだ。
歩きながらも話は続く、ロイはやや俺の前方を進みつつ口を開く、
「無理せずに待って貰っても良かったんじゃない?」
「いえ、自分の所為で全体を止めるわけにはいきませんから…」
傷を負ったのも、魔獣によるものではなくリルドナに殴られたから、
他人から目には、ふざけてて事故った程度にしか映らないはずだ。
そして問題の彼女は、俺を殴るだけ殴って「バカ!」と声を上げて、
ズカズカと先に行ってしまった…目が潤んで見えたのは気のせいだろうか。
「でも、なんでまだケンカなんてしたんだい?」
「いえ、俺は一度も殴り返したことはありません…」
「そういうコト言ってるんじゃねぇ、どうして怒らしたんだ?」
いつの間にかゼルまで俺の詰問に参加している、
護衛と思っていた人間が尋問官に変貌したようだ。
「それは――」
森を吹き抜ける冷たい秋風が、俺の鼻に草の匂いを運んでくる、
すぐ前を歩いているロイが妙に遠くに感じた。
「――うーん、それはちゃんと謝ったほうがいいね、」
「そうなんでしょうか」
俺にも過失がありはしたが、そもそもあの女が木を揺らすからいけないんだ、
謝罪しようにも耳を貸すことも知らないし、
そしてその後も好き放題に殴りやがって、一方的にこっちが痛いじゃないか。
俺の想いに対し、ロイから投げかけられた言葉は
「なんで殴られたか考えてみなよ、」
「殴られた理由なんて、いつもと同じ――」
理由は同じ?
俺が最初に殴られたときは、確かリウェンが転んだのを助け起こそうとしたのを勘違いして、その次がリウェンの下着を過失とはいえ、覗いてしまったから?そして、今朝のはリウェンを泣かしてしまったことか……
あれ?
全部……リウェン絡みじゃないか。
でも、今回のは…
「どんなに、粗野で乱暴に振舞ってても、女の子なんだよ」
「……」
「ま、大切にしてやれよ、てめぇの女なんだろ?」
「…………へ?」
何を言っているんだ、この男は…何度言葉を思い返しても意味がわからない、
俺の理解力が足りないのか、それとも何かの暗号なのか?
そして考えが至らずに俺は唖然としてしまっていたようだ、
「ありゃ、違うのか?」
「すみません、まだ出会って三日目なんですけど……」
あの兄妹とはすっかり馴染んで常に一緒に行動しているが、
…この仕事で知り合った仲なのだ、
いきなりそういう見解を押し付けられても困る。
「随分と手の早いアンチャンと思ったが、そうでもねーのか」
「ゼル、あんまり茶化すのはよくないよ
――まぁ、ボクもすごーく仲いいな、とは思ったんだけどね」
二名の尋問官は俺を解放する気がないらしい…その視線は俺の顔を捉えて離さない、まるで身に覚えが無い、どうみたら仲良く見えるのだろうか?
「まぁ、なんだ……
納得いかねーかも知れねーが…謝っとけ、そういう誠意が大切なんだぜ?」
「ゼルこそ、日頃から誠意を感じられないけどね?」
「な、なんだよ」
ロイは急に矛先をゼルに変更したらしく、その表情をゼルに向けている、
まるで悪戯を思いついた少年のようだ……
歳いくつなんだろう? ちなみに俺は十九歳、今更だけど。
「あんまり誠意を欠いていると…『レッドアイズ』に連れ去られるよ、」
「なんで今頃、そんな怪談出してくるんだよっ!」
意地悪くゼルに迫るロイ、どうやらゼルはこの手の話が苦手なようだ、
その顔は明らかに「聞きたくない!」という顔だった。
とりあえず話に着いていけそうに無かったので、俺は口を挟む、
「レッドアイズってなんですか?」
「えーっとね…
この地域で伝わってるお話なんだけど、新月の夜に顕れる魔物なんだ」
「あれは精霊じゃなかったのか?」
二人の間で認識が食い違っていたらしく、すかさずゼルが口を挟んだ、
だが、その言葉にロイはさらに意地悪い笑顔を見せる。
「子供の頃のゼルが怖がってくれたから、どっちでもいいんだけど――」
「うぉい!」
なるほど、この二人は幼馴染の腐れ縁なんだろうな、
とりあえず脱線しそうだったので、ロイに先を促す。
「どういう魔物なんです……やっぱり赤い目玉の怪物ですか?」
「いや、その姿は、闇そのもので殆ど見えないんだけど、
その中にポツンと赤い光がおぼろげに見えるらしいんだ。」
「暗闇に赤い点ですか……?」
なんとも想像の着かない姿だ、暗闇で赤い点だけ?
「うん、それがあたかも大きな黒い身体を持つ――
赤い瞳の魔物に見えたところからその名がついたみたいなんだ」
「闇そのものを魔物と捉えた……という介錯ですか」
昔の人間はなんと想像力が豊かだったのだろうか、
赤い点だけなら、小さな赤い球の魔物で済むのに、
闇自体を身体と見立てるとは……。
感想はともかく、そもそものツッコミを入れよう、
「でも、昨晩は満月でしたし、新月にはまだ遠いと思いますよ」
「ありゃ、バレちゃったか」
俺の指摘に肩を竦めて見せるロイ、意外と悪戯好きなのかも知れない、
そんなやりとりに、ゼルは舌打ちをし、そっぽを向くのだった。
「とりあえず、俺はそんな新月限定の魔物よりも、
小柄で気まぐれな赤瞳に謝るほうが問題ですよ…」
「うんうん、頑張れ頑張れ♪」
そんな俺のぼやきに満足そうに答えるロイだった……絶対楽しんでるな。
俺は決心を固め、森の悪路を踏みしめる足に力を込め直す、
さて、なんて切り出すか…やっぱり直球勝負かな?
その瞳に負けないくらい真っ赤に染まった顔が思い浮かび、
俺は自然に小走り気味に歩を進めていた。
~・~・~・~・~・~
相変わらず森の空気は重く、冷たい。
俺はその空気を押しのけように駆け、ゼルの「走ると危ねぇぞ」という声にも「やる気満々じゃないか」というロイの激励も置き去りにし、ただただ突き進んだ。
初めは迂闊に走れば転倒し兼ねないと思っていた森も、
慣れてくれば意外と走れるモノだ、
そう長くない時間で先行する団体に追いついた。
俺の到達に気付き、黒い細長い影がこちらを向いた。
「ほう、もう傷はいいのか?」
「何故か、バッチリ癒えた…えーっと、リルドナは?」
「ふむ?」
ル-ヴィックは相変わらずの無表情の鉄仮面でこちらを見据えている、
それは値踏みするような仕種にも見てとれた……
そしてヤツの戦塔の迎撃窓のような口が開いた、
「なるほど…お前もか、」
「な、なんだよ…『も』って」
そして例の笑顔を見せる、
「さて、なんのことやら」
「で、どこなんだよ?」
俺は嫌な空気を振り払うように、少しトゲのある口調で促した。
しかし、ヤツにそんな攻撃は通用しない…まるで意に介すことも無く、
「少し暴走気味に走り回っているだけだ――」
そこで言葉を一端切り、懐から時計を取り出し一瞥し、
「あと三秒だ」
「おい、短いぞ?!」
何にツッコミを入れるべきか定まらぬまま、間の抜けた言葉を発してしまった、
今一度、声掛けなおそうとを言葉を模索している間に――
「あーっ!」
「う゛」
いつの間に姿を見せたのか、彼女を鉢合わせしてしまった「バッタリ出会う」という感じだろうか…先程の決心は何処へやら、すっかり言葉に詰まってしまう。
視線をヤツにスライドすると、やはり笑いを堪えているようだ、
素直に「すぐに戻ってくる」と言ってくれればいいのに……やはり性格悪い!
そして視線を彼女に戻す、ん…?何か手に持って――
「あ゛」
俺の視線に気付いたのか、サッと後ろに隠す。
そして相変わらずの目をクリクリと泳がせる彼女…
しかし、それが何なのかすぐに見当が付いた――例の救急箱だ。
――っ。
その瞬間に何かの感情が爆ぜた、自然と口が開く、
「さっきはすまん!」
「えっ?!」
「謝りもせず逃げて、挙句に悪魔呼ばわりだ、そりゃ怒るよな……」
「――っ!」
周囲に他の人間がいるのもお構い無しに俺は頭を下げた、
その言葉に彼女は戸惑った素振りを見せ「別にいいわよ」とそっぽを向き離れようとしたところを、ルーヴィックにガシッと頭を掴まれワシャワシャと頭を撫でられ、拾われた仔ネコのように大人しくなるのだった。
状況がわからず、唖然と立ち尽くす俺に対し、
「今のでいいんじゃないかな?」
「うむ、問題ない」
ロイとルーヴィックのそんな言葉が降り注いだ。
そして俺の思考が追いつかない内に、リルドナはヤツの手から開放され、お魚咥えたノラネコのように逃げ去った。
なんだなんだ?
俺の肩に手が掛かる――ロイの手だった。
「リルちゃんもキミに謝りたいと思ってたんじゃないかな」
「はぁ…そうなんでしょうか」
突然の出来事に、間の抜けた声しか出せなかった。
ちゃんと謝ることが出来たのだろうか…
~・~・~・~・~・~
相変わらず森の空気は重く冷たい、
それ以上に周囲から白い目で見られる空気が重かった…
周囲の警戒しつつ慎重に行動すべき状況にも関わらず、あれほど私事で騒げば当然だ、あの二人組み…ゼルとロイはまだよかったが、他の人間は知人というわけもなく、
ごくごく、自然な結果だ…というか彼ら二人も知人というわけでもない、
なんだかんだ言っても、仲良く出来ているのはリルドナのお陰なのかもしれない。
「あ…」
歩を進めながらメンバーを見渡していると、不意に眼鏡の男――スルーフと目が合った、彼は一瞬、汚い物を見るような目を顕し、すぐにプイっと視線を逸らした。
やはり俺たちは相当印象を悪くしたらしい……
普段の俺なら誰とも特別親しくなることなく仕事を終えるのだ、別に苦にはならない。
もう今更友好関係を築こうとも思わないので、
彼らと少し距離をとり大人しく併行しているルーヴィックの方へ俺は歩み寄った。
「なぁ」
「どうした?」
森へ入った時の緊迫させた集中力はとっくに切れている、
俺は小声で話しかけ、ヤツもそれに合わせてくれた。
「さっき、ヒールで治療してたんだが…」
「ふむ、なにか問題が?」
「効果がいつもより大きかったんだ」
そう、俺の能力じゃクソ長い詠唱を費やしても、ほんのチョッピリの効果しか得られず、
軽傷といえど、何度も小さな効果でチビチビと治療するしかなかった筈だが…それが一発でほぼ治った、
良い誤算だが、それが気にならないとは別問題だ。
「何か新しい術式でも取り入れたか?」
「いや、俺は術式も何も活用してないし、そもそも知らない」
「ふむ、妖精の森の霊力の影響を受けたか?」
「そ、そうなのか?」
よくわからないが、今はそういうことにしておこう、
――何故なら別の質問が思い浮かび、そちらの方が気になりだしたからだ。
「おそらく…術式による制御だろうな」
「術式なのか?」
俺を想像を確実にするために聞きなおす。
別に知って役立てられるかどうかわからないが、好奇心からの質問だった。
先程のリンクスを焼き払った――アビスの魔法を思い返し、
ダメ元でルーヴィックに振ってみたら…アタリだった。
「そうだな…術式は、魔法という荷物を運ぶ…荷車と思えばいい」
「すごい大雑把な介錯だな」
「そもそも術式とは、魔法の扱いの手段を示す言葉だった」
「――だった?」
思わず聞き返してしまうが、ヤツは気にせず先を進めてくれる、
「うむ、いつの間にか意味が曲解され、
魔法そのものや、魔法と手段を合わせた一連の動作そのものを指すようになった」
実にわかり難い説明だ、ヤツにそれを告げると「習わなかったのか?」と聞き返された、
正直言うと魔法は専門外だったし、それが理解できるならもっと高位の魔法を習得している。
俺の理解を得ない顔を読み取ったのか、違う切り口で話を始めた、
「では、例えばの話だが…ここに怒りで熱暴走するリルが居たとする、」
「いきなりなんつー例えだ……」
俺の頭の中に、怒りの炎で赤い瞳をギラつかせるリルドナが配置される。
うわっ、これだけで既に怖いぞ?
「そして、お前はソレを冷却するために、リルにバケツで水をぶっかける、」
「さらになんつー展開だ…」
「するとどうなる?」
えーっと…水を頭から被ったリルドナは一瞬怯む――が一瞬だけだ、周囲が水浸しになっただけで、冷却したい対象はさらにヒートアップ!火に油を注ぐような真似をした俺はそのまま彼女の手に捕まってしまう、そしてそのまま恐怖の無限コンボで、俺は成す術もなく――
「そこまで想像しなくていい…」
「なんでわかるんだよ」
つくづく思うが、どうしてコイツはこうも人の思考を読めるのだろう?
チェス盤思考の延長線に在るのだろうか…
「周囲を水浸しにしてしまうだけで、効果は無いだろう?」
「そうだなぁ…」
彼女を冷やしたくとも、対象に水が接触するのはほんの一瞬だ、そこは理解できる。
俺に理解が通ったことを見届けると、ヤツは言葉を続ける、
「では、予めリルを……そうだな水槽に入れた状態で水を注げばどうだ?」
「お前、妹をなんだと思ってるんだ?」
と言いつつも、想像してみる、
激闘の末に捕獲に成功したタスマニアデビルの如く、水槽に幽閉されるリルドナ、そこへドボドボと水が注がれて頭から水を被り怯み抗議してくるが、俺には聞こえない…遂には満水となり苦しそうに溺れる彼女は、最後の力を振り絞り水槽を打ち破る!そして身体と怒りを開放された猛獣は俺に襲い掛か――
「…想像力が酷すぎる、逆に評価に値する」
「だから思考を読むな……つまりは――
たとえ同じ量の水を使用したとしても、受け皿となる水槽の有る無しで冷却効率が違ってくる、ということを言いたいんだな?」
「肯定だ、ノイズだらけの割りに通じていてくれて安心した」
我ながら凄いやりとりをしたものだ…がヤツは続けた、
「同じ魔法でも、干渉領域の指定を設けるだけで、全く別物に化けるということだ」
「工夫次第ってトコか」
俺の感想に気を良くしたのか、さらにヤツは言葉を紡ぐ、
「他に例を挙げれば、
対物障壁の発動条件に『指定範囲内に物体が侵入』とすれば自動で障壁が張れる」
「そんなもん、別にずっと張ってればいいんじゃないのか?」
さすがに防御系魔法の詳細は全然わからない、率直な意見で返した。
「いや、障壁を持続し続けるのは燃費が悪すぎる、」
「なるほど、接触の瞬間だけ発動すれば魔法力の消費も少ないわけか、
段々理解出来てきたよ、これは魔法力の消費効率の大きなメリットだな」
「肯定だ、もちろんデメリットもある、
術式を展開し続けるので他の魔法が使えない」
「一長一短だな」
いかに便利な道具があろうとも人間の頭で処理する以上、限界はあるわけだ。
「傾向として、攻撃魔法で、それも高位になるほどだが…
この手の術式の補助を用いて、起動・発動・干渉指定の制御は難しくなる」
「魔法の構造自体が複雑になるからか」
「うむ、魔力の圧縮、色付けも必要になってくる」
ルーヴィックが口にした、『圧縮』や『色付け』というのは人間が魔法使う上で必要となってくる工程のことだ。
本来、人の魔力は微弱なもので、詠唱により密度を上げてやらなければ使い物にならない、俺なんて相当低い魔力しか持ち合わせていないので、何度も圧縮工程を踏む詠唱となる、教本によっては『増幅』と提唱していることもある、俺が本で学んだのは『圧縮』だったので、こちらで話を進めていく。
そして『色付け』というのは、この世界のあらゆる物に宿るという精霊の力を借りて魔法に属性を付与することを指す、勿論それ無しでも発火現象のプロセスで魔法を構築すれば炎は出せるが、同じ炎を扱うなら火の精霊に力を借りるほうが簡単で効果も高い。
攻撃魔法の大抵が精霊の力を借りることになるので、攻撃魔法イコール精霊魔法と認識されるほどだ。
余談になるが、俺はその『色付け』が特に苦手だったので、攻撃魔法は全般的に習得は無理と諦めた。
という知識は俺にもあったので、そこはあえて聞かなかった、「習わなかったのか?」とかまた言われそうだしな。
「あまり凝った術式を展開しようとすると、それ自体が大きな作業になる
…が今となっては、そこまでやる魔道師もめっきり減ったが」
「準備に手間掛けすぎる…ってところか」
「そんなわけで大戦時の魔道兵ともなると、
自分専用の法具に刻印を施し、魔法の入力補助機器として活用していたようだ」
「便利な物もあったもんだな」
本の中に出てくるような大魔道師とかが持ってる杖にはそういう意味があったのだろう、
「登録できる術式は…
通常の法具でニ~三種類、汎用性の高い物で十種類、単一種特化型で一種だ」
「用途に合わせてイロイロあるんだな…」
感想を述べながら、カチリと思考が合わさる。
散々目にしてきた、法具があるじゃないか
「あのグリモワールって本もか?」
「肯定だ、あれはおそらく最高峰のものだと認識している」
俺は、オイゲンの屋敷でのアビスの反応を思い出した、
なるほど、魔道師として当然の反応だったわけだ。
「ちなみに、何型の法具になるんだ?」
「超高汎用性の多種特化可型だ」
凄い言葉が出てきたものだ、
俺は言葉を心の中で反芻し、意味を冷静に品定めする、
「随分とチートな性能なんだな…」
それにしても意外だったのが、ヤツがこれほど魔法に詳しいとは、
リウェンの言葉だったら納得したかもしれない。
俺はその疑問を素直に投げかけた、
「お前がそんなに魔法詳しいとは意外だよ」
「なに、妹からの伝言を俺の言葉に代えて伝えているだけだ」
ヤツは表情を変えずにアッサリと言い放つ、
妹…からの伝言だと……?
「リウェンからの伝言か?」
「肯定だ、お前がヒールを使えはするが、
効果が悲しいくらい薄いとリルから聞いていたらしい、」
俺が回復魔法を使っているところを見たのはリルドナだけだ、
あの女の口からどう伝わったやら、少し不安になるが…
俺の思案の終わりを待たずに、ヤツは口を開く、
「同じ魔法を使うのでも運用法次第ということを伝えたかったらしい」
「気持ちはありがたいが、まるで先生みたいだな」
俺は学生時代に、苦手科目を出来ないことに「工夫してみろ」と言い放った教官を思い浮かべた、
どう工夫すればいいか、それがわかるならとっくに克服出来ているだろう?
「リウェは双鎌十字の魔法校の卒業生だ」
「魔法学校を出てたのか…」
俺は詳しくは知らないが…各地に魔法を教える学校が今もあるらしい、優秀な魔術師を育成し、
魔導兵団を作り上げる国策の一環と思っていた…大戦時はきっとそうだったのであろう。
ただ誰でも入学出来るというわけでもなく、才能ある子供だけがその狭き門を潜ることが許される、
入学出来るだけでもエリートなのだ、その卒業生ともあれば一級の魔術師のはずだ、
「さらに付け加えると、その年の主席だったらしい」
「優秀すぎるぞ…」
「お前の思う、口先だけの教官よりも教えるに向いていると思うが?」
コイツ…また思考を読みやがった、
イチイチ驚いて反応して見せるのも癪だったので、何事もなかったように返す、
「それはグリモワールの力なのか?」
「さすがに評価は法具無しで判断される」
俺の的外れな質問に、ヤツの当然な答え、
法具に全て依存するなら学校の意味が無いよな。
俺は納得していたが、さらにヤツは言葉を続ける、
「そんなものに頼らなくとも、リウェの魔法は充分強力だ」
ヤツはさも当然のように、そう言い切った、コイツが言うくらいだ相当なモンなんだろう。
俺はまだ、リウェンの魔法は回復魔法――それもウサギ対象――しか見ていない、
「どんな魔法を使うか知らないが…
もし本気で魔法を、それもグリモワール有りだとどうなるんだ?」
「ふむ?」
俺の言葉にヤツは少し視線を逸らし想像の旅へと発つ、
が、すぐに帰還し、こう俺に告げた、
「お世辞込みで言えば……国一つ滅ぶ」
笑えない冗談だ、あんな小さな少女が国一つ滅ぼすだって?
「あまりリウェンを怒らせるようなことはしてはダメか……」
もう鼻を摘んだりしないからな?
――いえいえ、私はそんなことしませんよ?――
そんな彼女の声が聞こえた気がした、
そうだよな、出来てもやるとは限らないよな。
そしてヤツの声で現実に引き戻される、
「というわけで、これを読め、」
「へ?」
渡されたのは折りたたまれた一枚のメモ用紙、
ソレを開くと、可愛らしい丸字が目に飛び込んできた、
内容を読み出すよりも早くヤツは言葉を投げかけてくる、
「お前が使うヒールの呪文を方陣に置き換えたものらしい」
「方陣?」
手にしたメモの可愛らしい文字の、さらに下に視線を滑らせる、
見たことの無い文字と円で構成された図形が書いてあった。
「法具があるなら、それに刻印してもいいが――」
そこで言葉を切り、ルーヴィックは左手の指で虚空に何かを描く。
それは微かな銀色に光る魔方陣、注視しようと目を凝らすが、すぐにフッと消えてしまった。
「――お前は、法具もないし、このように虚空に描けばいい」
「いや、それどうやるんだよ…」
しかし俺の問いには答えず、ヤツは俺の手元を指差す、
「書いてあるから、読めと?」
「肯定だ、それを書いた妹の労力を尊重する」
変なところで律儀というか、気が利くというか…
…カチリ、
――いや、まて
「でも、今は読まないぞ?」
「ふむ?」
「お前は俺を『ずるべたーん』させたいんだろ?」
ヤツは答えなかったが笑顔が応えていた。
~・~・~・~・~・~
日もかなり高く昇り、
すっかり寒気が遠のく。
長時間森の中を歩いているため、方向感覚がおかしくなってきた。
周囲を警戒しながら移動するのだから、それは余計に表れる。
――実際に警戒しているのは一部の人間だけだったが…
俺は懐がコンパスを取り出し方位の確認を試みる。
「なんだこりゃ……」
針はその動きを落ち着かせることをせずに回り続ける。
極力揺らさないようにしてみるが、やはり同じだ。
「アンタ何してんの?」
「うぉあ?!」
俯いた俺の視界にヒョッコリと赤い瞳が出現した、
リルドナはいつの間にか戻ってきていたらしい、
その表情は元の――俺のよく知る彼女だった。
「今ので、チャラでいいわ、」
何を?とは聞かない、それは無粋というヤツだろう?
俺は極力自然に話題を変えるべく質問を投げる、
「なんだよ…ていうか今まで何してたんだよ?」
「そうねぇ、斥候みたいなことかな~」
この女にも、一応は周囲を警戒しようという気はあったらしい、
そもそも最初のリンクスを察知したのは彼女だったか。
おそらくルーヴィックもあの聴覚だ、絶対気付いていたに違いない、
俺を蹴り飛ばすために、わざと気付かないフリしていたのなら、やはり性格が悪い。
「あんまり単独行動していると危ないぞ?」
「あ~大丈夫よ、
あんなクソ猫、目に付いたのは全部斬り捨ててあげたわ」
「それは…斥候じゃなく、強襲と言うんじゃないのか?」
通りで最初の襲撃以来、リンクスが一匹も現れないわけだ
…ゴッソリ掃除してしまうとは、さすがはミス・ハイスペックだ。
――共食いじゃないのか?とか思ったが、さすがに自重した。
そして目ざとく俺の手の中にあるものを目にし声を漏らす、
「あー、ここじゃソレ使えないわ」
「へ…なんでだよ?」
俺が訊ねると彼女は目を点にし、とりあえず口を開く、
「え~っとね、この森ってじばとかいうものが強いらしいわ」
結果と原因は知ってるのに、理由を知らない顔だな…
とりあえず、俺は理解できたので、由としよう。
俺たちは最初、森に入るときに森に向かって右手に朝日を認めた、
つまり北向きに…森の南端から立ち入ったはずなんだ、
北へ北へと進んでいるはずだが…確認材料は森に差し込む光の角度が頼りだった。
今となっては、日が昇りどちらから、その顔を晒しているか判断が難しい。
こういう場合は、やはりヤツに話題を振るべきだろう、
「おいっ」
「む?」
「お前たしか、時計持ってたよな?」
「肯定だ…どうでもいいが俺の名は『おい』じゃないぞ?」
俺は名前を出さずに呼びつけることが多いらしい、悪い癖だとは自覚しているが、
「長くて言い難いんだよ、お前の名前はっ」
この通り直す気も悪びれる気もあまり無かった。
目上と認識している人間に対してはさすがに、こうはしないが…
「ふむ…」
俺の言葉に少し思案し、ヤツはこう返してきた、
「なら、ルークでいい」
「トコトン城兵かよ、まぁ…ソレでいく」
成り行きから生まれた愛称でも、いずれ既成事実となり浸透する
本人承諾の上だから確実と言える。
どうせなら――
もっと酷い呼び名をこちらから決めてやれば良かったかも知れない、
この時ばかりは、リルドナの才能を羨ましく思った。
「というわけでルーク、時計を貸してくれ」
「――俺たちは、現在北北東を向いて歩いている」
ヤツは俺の貸してくれという言葉に対し、方位を宣言する、
まさに、俺がしようとしたことの結果だけが、返ってきたわけだ。
そしてヤツはこう続けた、
「これで時計を貸さなくともいいだろう?」
俺はまたしても思考を読まれて、悔しかったがコイツには敵いそうも無い、
気にせず話を続ける。
「なぁ、無人の屋敷を目指してるのはわかってるけど、なんか目印とか無いのか?」
「ふむ、それはブルーノ卿に聞くほうが確実だ」
ヤツにそう返されて、俺は全身の血がゆっくり顔に集まるような感覚を覚えた、
コイツも雇われた側の人間だ、そもそも聞く相手が間違っている…
何でも知ってるような錯覚をし、馬鹿な質問をしたものだ。
俺は確認を取るべく、集団の先頭を歩くブルーノの元へ駆け寄った、
ついでに、兄妹もついてくる……余計なこと言うなよ?
俺は彼の背後から声を掛ける、
「あの、すみません」
「む、どうしたのかね?」
ブルーノは俺の声に反応を示すが、視線は変えずに周囲の警戒を怠らない、
その警戒を孕む空気は、ヘタに触れれば突き刺さる有刺鉄線のようだ。
俺に着いてきた二人は、きっと行く先やその目印が無いかと聞くと思ったに違いない、
しかし、俺がまず質問したのは別のことだった、
「いえ、ザスコという人が直前で仕事のオファーを取り消したと伺いましたが」
「ああ、出発の前日にキャンセルの連絡があったな」
俺の唐突の話題に少し戸惑ったような気配を見せた…三人ともだ、
あえてそこは気付かないフリをし、そのまま続ける、
「それは本人からでしたか?」
「いや、ギルドを通じての連絡だったな」
――カチリ、
「そうですか、ありがとうございました、それと――」
一つの疑問の確認が取れた俺は、そのまま本題に入る、
「ずっと北へ北へと向かっているようですが、何か目印になるものでも?」
「うむ…この手記によると、少し開けた場所に出るらしい」
彼は一瞬だけ手帳を一瞥し、また視線を前方へと戻し言葉を続ける、
「そこには大きな泉があるそうだ、それが貴婦人の泉らしい」
「泉…なるほど、お伽話の通りですね」
もし、お伽話通りに『泉の貴婦人』が居るとするなら、
彼女の警告を無視し立ち入った俺たちは無事に済むのだろうか?
その時、俺の思考を遮るようにルーヴィックが口を挟んだ、
「ブルーノ卿、進路が少し東にそれている」
「む…進路が……だと?君はこの森のことがわかるのか?」
唐突なヤツの言葉に、当然の反応を示すブルーノ、
俺にもわかるように説明してくれ、なので黙って続きを見守る。
「進路をやや北北西に
…三十一度五分七秒変えてくれ、そちらの方向の音が違う」
「ふむ…先程もそうだったが、君はかなり耳が良いようだな」
そのやり取りに周囲の人間は怪訝な表情と気配を見せる、
俺も勿論そうだ、音がそこまでわかるものなのか?
その疑問をぶつけるべく口を開こうとしたとき、
「大丈夫よ、お兄ちゃんの耳はバカみたいに良いから」
突如、リルドナが視界に割って入ってきた、
ちなみに俺たちは歩行を止めていない、そして俺は正面を向いてる…
つまり彼女は後ろ向きに歩きながら、話しかけてきたのだ、
さすがに妹と違い後ろ向きで歩いたくらいで転びはしないだろうが、
よくもまぁ、そんな靴でこの足場の悪いところを歩けるものだ。
「とりあえず前向いて歩け、こんな場所で危ないぞ」
「あ~大丈夫、大丈夫、あたしにとっちゃこんなこと――」
そこまで言いかけた彼女は、顔をゴキュという鈍い音と共に前へ向けた、
……おいおい、大丈夫か?
「リル、この方向の先に何か見えないか?」
「うぎゅ…ぐ……ちょっと…待って……」
彼女は苦しそうにもがきながら、辛うじて言葉を漏らした、
説明不要かもしれないが…ヤツが彼女の頭を鷲づかみにし、
そのまま勢い良く前方に向かせたのだ。
一瞬、首だけ一八〇度向き変わったように見えたが、
きっと目の錯覚……と思ってやりたい。
彼女はキリキリとぎこちなく身体を向きかえる。
「どうだ見えるか?」
「……いたたた…何もないわよ?
――でもなんか、あっちの方はなんか明るいわね、」
「明るい?」
思わず俺は口を挟み、彼女はそれに答えてくれる、
「うん、ここみたいに薄暗くなくて、直接お日様に照らされてるわ」
直接、日が差し込む…つまり木の無い広場ということだろうか、
当然のことだが、俺にはどう目を凝らしても違いがわからない。
つまり妹の方は「バカみたいに」目が良いらしい、
頭も方も似たような…そう似たようなフレーズが付けれそうだった。
「では、この方角でいいんだな?」
「肯定だ、保障する」
ブルーノはしばらく見つめ考え込みはしたが、すぐにその足を向きかえる、
勿論、ルーヴィックの指示した方向にだ。
周囲の人間も怪訝な顔を見せつつもそれに付き従う、
そして、俺がその方向に歩き出した、その時、
――危険です、足元に気をつけて――
またあの声が聞こえ、思わず足を止めてしまう。
俺は突然に立ち止まったため、周囲の人間から注目を浴びる、
「どうしたのかね?」
「い、いえ…」
俺自身にもわからない、だが…あの声を無視できなかった。
視線を前方の地面に向ける、しかし薄暗い茂みに確認を得られない、
仕方なく、俺が近づいて調べようとした刹那、リルドナが動いた。
彼女は太刀を抜き、その刃を茂みへと突き刺す、
そして、ソレをこちらに向け、示した。
「アンタ、よくコレに気付いたわね」
ソレはまるでロープような物体で、表面に光沢があった、
――蛇だった、それも毒々しい模様を持ち、三角形ぽい頭をしている、
「こりゃ、毒蛇だな」
すかさず蛇の姿を認めたゼルが正体を告げてくれる、
よりにもよって毒蛇とは…誰も噛まれなくて良かった。
あのまま進んでいたら、危なかったはずだ、
二人の兄妹なら、感知出来ていたかもしれないが、
先頭を行くブルーノは――わからない、
「ハハッ、これは救われたか?」
ブルーノは嬉しそうに少しだけ笑っているようだった、
俺も少しは印象がよくなったのかもしれない。
などと感傷に浸る暇を与えてくれなかった、
「ねぇ、アンタ」
「なんだよ?」
この女の質問はいつも唐突だ。
何やら俺に先程の蛇を突き出してくる、
「アンタって蛇好き?」
「要らん、食うのも飼うのもお断りだ」
俺は頭痛が新規採用で初々しく出勤してくるのを感じた。
何をツッコんでいいのやら…
謎の声が気になりはしたが、今は先に進むことを選んだ。
~・~・~・~・~・~
ルーヴィックの指示に従い森を突き進む数十分、
ついに雰囲気が一段違う場所…開けた場所に出た。
俺は久しぶりに再会する太陽に目を眩まされ、
その日差しを顔に受け、冷めた身体に血が巡るような感覚を覚えた。
長時間、薄暗い森の中を延々と歩いてきたのだ、
他の人間も、緊張を弛緩させるような気配を見せている。
その広場に立ち入り、程なく進んだ、その時――
――ぐううぅぅぅぎゅるるうぅぅ……
…まるで地の底から響く地獄の重低音だ……。
この女は、どうしてこう緊張感ブレイカーなんだろうか?
その場にいる人間全員の視線が彼女に殺到する、
「あ、あたしじゃないわよっ」
彼女はそう抗議するが…
その瞳に負けないくらい真っ赤な顔と、クリクリと泳がせる視線でバレバレだ。
非常に気まずい空気がお越しになられたものだ、
…さて、どうフォローしてやろう?
こんなところでいいか……
「おい、ダイエットするのはいいが、朝はちゃんと食え」
俺は適当に言い訳しやすいようにと、言葉を紡いだ。
これは六十五点くらいくれてもいいはずだ……。
しかし、彼女は空気の読める女では無かったのが誤算だった、
「何言ってんのよっ、ちゃんと食べたわよ!」
俺の想いもなんのその、彼女は素で返してきた、
…いや、別にいいんだよ?俺は……
森から広場を吹きぬける風の音が妙に大きく聞こえた…
それくらいの短い沈黙のあと――
「ハハハハハ、随分と肝の据わったお嬢さんだ」
ブルーノが豪快に笑って見せ、視線をゼルとロイに向ける、
「では、見張りを交代で行った上での小休止をとるとしよう、
ゼル、ロイ――このお転婆なお姫様の護衛をしてやってくれ」
「あいよう!」
「了解ですっ」
ブルーノの声に威勢良く応じるゼルとロイ、もう完全に部下っぽい、
俺は気を遣ってくれたブルーノに(何故か俺が)礼を述べ、
この仕事に関しての何気ない会話を交わすのだった。
それにしても…
意外にも、このブルーノという初老の執事はフランクな人柄だった、
一見すると気難しそうな顔をしているが――
話しかければキッチリと対応してくれるのだ、
それは他の人間も同じだったらしく、目を白黒とさせていた。
哨戒をするゼルとロイに(またもや俺が)礼を述べると「任しといてよ」とロイは腰の小剣を抜き「こいつ、剣も割りといけるんだぜ」とゼルがタイミングよく説明をくれた。
俺たちはそのまま少し進み、比較的見渡しの良い泉の畔に陣取った、ゼルとロイはともかく、他の人間にはあまり好感を持たれていないこともあり、やや離れた位置に落ち着いたのだ。
ここは本当に森の中なのだろうか?と思わせるほどの大きな泉だった、森という城壁に囲まれた泉の庭園とも言うべきなのだろうか…それくらい不思議な空間だった。
森の中とは違い周囲の視界が良く、突然な襲撃の危険も少ないだろう。
ブルーノの申し出に彼女はまたもや魚を得たネコのように活気付く、上機嫌で荷物からガサゴソと携帯用の敷きシートを取り出し、目ざとく日当たりのいいポイントを見つけそこに敷き、そしてチョコンと可愛らしく座り込み――やっぱり正座だった――続いてテキパキと持参したのであろう、お弁当を取り出した。
…要するに相変わらず手際が良いというわけだ。
「――にゃかにゃンにゃかにゃンにゃかにゃンにゃっハイッ♪」
…なんだこの呪文は?!
彼女は上機嫌でなにやら変な歌を唄っている…もうノリノリだ、
俺は勇気を振り絞って声を掛ける、
「おい、悪ノリしすぎだ」
「ちゅちゅちゅちゅーるらっタッタ――て、何よ?今良いところなのにぃ」
その『良いところ』ってのは、食事の準備か、歌の盛り上がりか?
それを聞けない自分が悲しかった…。
「交代で休憩なんだから、早く食って代わってやれ」
「そんなこと言っても~
あたし喉が細いしぃ、慌てて食べたら詰まっちゃうわ」
口はデカイけどな――それと態度もだ!あとは、む……いやなんでもない。
俺はそんなリルドナを放置して、先程貰ったメモを開く、
なんとも言えない、可愛らしさ全開の丸字なのだが、内容は至って真面目だ。
そこには、微弱の魔力を出力して指先で魔方陣を描く手段が明記されている。
「ふむ~俺でも出来る……のか?」
試しにやってみる……指先に薄っすらと白い光が灯る、
そして、適当に指を走らせると、一瞬虚空に白い線が浮かんだ。
「これで魔方陣を描けってことか……」
俺の冒険者ギルドで受けた能力測定での魔法に関する判定は――
…軒並み、どの系統の魔法も最低ランクの「F」だった、
だが、幸いなことに「--」ではないので、一応は魔法を使えるのだ。
ランク「--」は才能ゼロを指す――
もしそうだったらこの光の線を描くことすら出来なかったわけだ。
「でも可能性がある、と出来るは別問題だよな…」
苦笑いを零しながらメモを一通り目を通すと、気になる単語があった
――BlaueAugen
?
メモの一番最後に、さり気無く書かれてある。
わざわざ青いインクで独特な筆跡で書かれてあった、その横には読み方すらわからない奇妙な文字列がズラリ――どういう意味があるのだろうと、頭を捻りかけたとき、
「あ~ソレ、あの子のペンネームみたいなモンよ」
いつの間にか、メモを覗きこんでいるリルドナが言い放った。
「ペンネーム……リウェンの?」
「あの子って作家目指してるからね~」
そこまで言って、彼女は表情を少し変えた――
昨日、小屋で眠るリウェンを優しく見つめている時の顔
……姉としての顔なのだろう。
「あの子、実は白よりも青が好きなのよね」
…カチリ
やはり自分の瞳の色だからだろうか…
だからあの時見えたアレも……
俺はメモを折りたたみ胸ポケットに納める、
理由?
何故ならリルドナがすっかり動きを止めていたからだ。
早く食事休憩を済ませてくれ…
~・~・~・~・~・~
俺たちは仕事でこの森に来ていたんだ、決してピクニックに来たわけでも、林間アスレチックに興じるつもりも無かったし、伝説の木の下で告白を待つということも絶対ありえないはずだったんだ、
しかし、目の前の光景は…小柄な少女が敷きシートにチョコンと可愛らしく正座し、その膝の上でお弁当の包みを広げてノラネコ度・一二八パーセントの自由奔放の笑顔を振りまいている。
いつの間に俺は引率のトップブリーダーになってしまったのかと、
頭痛と人生相談を繰り交わしたのだった。
「やっぱり携帯食といえば、これよね!」
そう言う彼女の膝の上に広げられた包みの中身は…
白い握り拳くらいの三角形の物体だった。
「なんだそれ?」
「おにぎりよ、今朝早起きして、ご飯炊いたんだから~」
どうやら、今朝の早くから居なかったのはコレの所為のようだ、
白い三角形に黒い物が巻かれている、これも倭国の料理だろうか…?
「何を大層な……要するに白米を三角形に固めただけだろう?」
「な、なんですってぇ?!」
俺の言葉に彼女は明らかな不満の表情を見せる、
そして、凄まじい勢いで語り始めた、どうやら地雷を踏んでしまったようだ…
「いーい?おにぎりってのは、倭の国の米食の技術の結晶よ?
具の無い白にぎりでさえ調理スキル三十一を必要とするわ、つまり下級職人ね。中に具を入れたり海苔を巻くとなるとスキル九十四…つまり師範に認可された職人でなければ出来ないのよ?
大体ねっ?土台となるお米の扱いは精密作業そのものよ?
一回の理想の量は百十グラム…そうねぇ米二千三百から二千五百粒で回転させながら握るの、そのときの回転角は百二十度、三回で一周するわけよ、この時の圧力は三方向均等に三十七キログラム、強すぎると硬くて食べられないし、弱いと形が崩れてしまうわ、バランスが難しいの電子顕微鏡レベルの精密作業なんだからねっ。
たとえ、アンタでも倭の国の技術の結晶を侮辱することは許さないわよ?!ちょっと聞いてる? それでね?そもそもおにぎり歴史は――」
「すまん……っ、ストップだ!
頭痛と眩暈と混乱が華麗にアンサンブル決めてやがるから…
もう激しく大人しくして欲しいんだ……」
もう俺の発言も支離滅裂だった、
要するに心のライフはもうゼロなんだ…
それにしても…
あれだけ機関銃のように言葉を発していたにも関わらず、彼女は全く息を乱していない。
凄まじい肺活量だ、あの胸は肺で膨らんでいるんじゃないか?と思えるほどだ。
――お、おにぎりを食べてみたい、と言うと良いかも知れません――
また例の声が聞こえてきた、少々投げやりな色合いを感じる、
気力の失った俺は成すがままに従う、天啓でも幻聴でも構わない。
「おい、試しに少し食わせてくれ」
その言葉に彼女の顔から敵意が消える、
「あ、そう?んじゃコレ半分あげるわ」
そう言って手にした『おにぎり』一個を半分に割る、
俺は持参した干し肉とソレ(ていうか半分かよ)とトレード、
半分になってしまった正三角形は三角定規の形状だ、
その三角形の断面から何やら黒い具材が顔を覗かせている。
「なんだ、これ?」
「あ~昆布よ、
調理されてる奴だから味は付いてるわよ」
「ふむ~海草か……」
意を決して、パクリと俺はかぶりつく…
やや甘酸っぱくて、ライスと合う気がした、いけるかも
「これはこれでアリかも知れない、」
「ね、おいひいれひょ?」
彼女は半分に割った分は既に食べ、二個目のおにぎりに移行していた
…頼むから、女なら口いっぱいに頬張りながら喋るな。
ていうかな、喉細いから詰まるとか言ってなかったか…
「――っ!」
そして期待を裏切らずに、喉を詰まらせたようだった、
彼女は苦しそうにしながら、水筒に手を伸ばしている。
「貸せ、入れてやるよ」
俺は水筒のキャップ兼コップに水を注ぎ手渡す、
水と思ったらお茶だったのはお約束だな。
「――っぷ、はぁーーーっ」
「自分で喉詰まるとか言っててソレか?」
「やぁ~これが美味しいのよぉ」
彼女は目の端に薄っすらと涙を浮かべつつも笑顔だった、
なんとも無邪気に笑うものだ、コイツの歳が正直わからない。
最後の一個に取り掛かるべく、彼女が手を伸ばした時だった、
――危険です、すぐにその場所を離れて――
「――っ」
また聞こえる例の声に、俺は咄嗟に飛び退き、前方へと転がる。
そして回る視界に飛び込んできたのは――
先程まで俺の居た場所に突如生えた尖った物体、
それに加えて、蹴りを繰り出そうと片足を上げたルーヴィック…
なにやら「チッ」と舌打ちしているように見えるんだが…
「ちょっと、何よ?!」
彼女はおにぎりに夢中で一呼吸反応が遅れてしまったようだ、
さすがに地面からの襲撃に被弾こそはしなかったが、バランスを崩す、
「あ――っ!」
そして、手にしたおにぎりをコロコロと取りこぼす、
彼女はふら付きながらも、それを必死に追う、
「あたしの…おにぎりがぁ――っ!」
いや、リルドナよ…そこはもう諦めろ、
そもそも落ちた時点でもうアウトなんだ…
よもや拾って食おうと思ってないよな?
「うぉーいっ!どうした!?」
異変に気付き少し離れた位置からゼルが声を上げた、
「あぁ、もう!」
必死におにぎりを追跡しようとするが(なんとも締まらない文章だ)
先程の尖った物体が次々と姿を顕し、彼女の行く手を阻む。
そして、その物体の正体が判明する。
「カ、カニ?」
「デカイな、ブルーニッパーか?」
駆けつけたゼルが、疑問系だが襲撃者の正体を告げる、
確かに、青いカニだ…ただデカイ、デカイぞ?
その大きさは馬車の車輪ほど――より大きめといったところか、
先程の尖った物体は、このカニの鋏だったというわけだ。
「周囲を見張りやすいと思ったら、今度は下からかよっ」
ゼルは誰に言うわけでもなく愚痴を零した、
そんな彼に俺は問いかけた、
「襲われたのは、俺とリルドナだけです?」
「そーみてぇだな…
ったくあのねーちゃんが変な歌を唄うから寄ってきたんじゃねーか?」
「すみません、代理で謝ります……」
俺はまた頭痛が単身赴任してきて張り切っている気がした、
しかし、他の人間が襲われてないのは幸いだ。
そういえば、そもそもの張本人はどうした?
「うぉい……」
見れば彼女はまだ必死におにぎりを追っている、武器である太刀は敷きシートに座り込んだときに地面に置いてしまっているので…今は丸腰だった。
それでも彼女は武器よりも、おにぎりを優先しているのだ…反撃もせずに、ただひたすらおにぎりに意識を集中している、わが身よりもおにぎりが大事だと言う荷だろうか?(もうここまでで何回「おにぎり」て出てきた?)
「あれは――っ最後のお楽しみに取っておいた…」
彼女は必死に迫り来るカニの攻撃を避けながら手を伸ばす、
何に…とかはもう省く!
「梅干し入りなのよぉ!?」
「知るかーーーー!」
ダ、ダメだ…ツッコミに定評のあるエインさんもそろそろ限界だ…
この騒ぎを他の人間にも知られれば、さらに重い空気を満喫出来てしまう。
容赦なくカニは次々と姿を顕す――カニというのは肉食だ、そしてそのサイズからして人間は充分に「捕食対象」となり必然的に襲い掛かってくる、
いくらリルドナといえど、危険すぎるのだ。
「チィ、やりづれぇ…」
ゼルは槍を構えながら舌打ちをする、当然だ…カニとリルドナが不規則に動きあってヘタをすればカニとノラネコの串刺しが出来てしまう。
仕方なく、俺はショートソードを構え、極力彼女から遠いカニへと斬りかかる。
……。
そして、見てしまった。
もう少しでリルドナの手が「目的のもの」に届こうとする瞬間、ぐしゃりとカニの脚がソレを押しつぶしてしまったのを……。
「あああぁぁぁーーーーーーーー!」
それは悲鳴ともとれる声だった、彼女はこの世の終わりと予防接種の注射が同時に訪れたような悲壮の顔を浮かべ、その場に泣き崩れる。
「あたしの…おにぎりが……紀州の梅入りだったのにぃ……」
悲劇のヒロインよろしく泣き崩れるのは結構だが、この状況を作り出した張本人としてはそろそろ戦闘に参加して頂きたいものだ、
さっきも少し触れたが…今ここに居ない他の人間に知られる前に事態を収拾したいのだ、頼むからそろそろ現実を見てくれ。
「おーい、
頼むから動いてくれ、おにぎりの仇でもなんでもいい!」
「――っ」
彼女はハッと何かを感じ取ったのか、ピクリとその動きを起動した。
青いカニ――ブルーニッパーに俺は斬りかかるが、やはり予想を裏切らない、
ガキンと鈍い打撃音と硬く跳ね返される感触……つまり与えるダメージはゼロ。
無傷のカニはそのまま俺に肉迫し、その巨大な鋏を振りかざし――
「うぐぉ――っ」
強烈な水平方向の一撃に俺は吹き飛ばされる、受身を取ろうとするが無様に転がるばかりだ。
「なに、礼はいらんぞ」
「てめぇ…狙ってたな?!」
目に飛び込んでくる光景はやはり――
蹴りを放ったヤツと、鋏を刎ねられたブルーニッパーだった、
まぁ、リンクスと違って刎ねる首が無いからか。
ルーヴィックは足元の何かを拾い上げ、リルドナに声を掛ける、
「リル、受け取れ」
それは彼女の太刀、それをヤツは全力で投げつける――彼女に
俺は思わず声を上げそうになった…
だってそうだろ?ヤツは彼女の背後から投げつけたんだ、
投げられた太刀はそのまま彼女の後頭部に直撃――
しなかった。
彼女は振り返らず、そのまま後ろ手に太刀をキャッチする、
俺からは顔が見えない、だがその目はカッと見開かれていたに違いない、
息つく間もなく、彼女は抜刀しカニを横一文字になぎ払う、その一撃を受けた被害者は、まるで紙に描かれたカニがチョキンとハサミでカットされ真っ二つになるように、綺麗に横一線で分割される。
つまり、あんなに硬かった相手が嘘のように切り裂かれているのだ…
凄まじい怒気を放ちつつ、彼女は口を開く、
「アンタたちは三つの罪を犯した…」
あたかもミシン針が布地を穿つように青い甲殻に太刀が突き刺さり、
「一つ、あたしのおにぎりを潰したこと、」
素早く、その刃を引き抜き、振り向きながら後方の敵をなぎ払う、
「二つ、あたしのおにぎりを潰したこと、」
別のカニが回り込んで、鋏で掴み掛かろうとするが、
――その鋏もろとも、斬り捨てる。
「そして、三つ!
あたしのおにぎりを潰したことぉ!」
「全部同じだろぉ?!」
そんな俺のツッコミは当然届かない、あとはもう一方的な暴力だ、
瞬く間に残るブルーニッパーは哀れなカニの切り身へと変貌していった。
これは…アレだ――悲しみに打ちひしがれるヒロインの前に、どんな立派な主人公もなす術もなく降参してしまうのだ、それはごく当然の世界の摂理なのだ…。
「何なんだ、ありゃ…」
ゼルは激しく呆れ切って、すっかり警戒体勢を忘却していた、
俺も勿論同じ気持ちだった…
何なんだよ、この光景は?
魔物の棲む恐ろしい森じゃなかったのか?
なんでそんなところでピクニックまがいなお弁当タイムを過ごし、調子に乗った代償か…魔物(?)に見つかり、戦闘になったかと思えば、ノラネコのような女が勝手に八つ当たりして解決していく…
「おーい、何かあったのかい?」
遠くから声が聞こえた、ロイの声だ、
「なんでもねー、あのねーちゃんが暴れてただけだ」
「…そのまま過ぎますが、何故か模範的フォローに聞こえます」
ともかく、このまま何事もなかったように合流して、
彼らと見張りを交代すれば丸く収まってくれるに違いなかった、
――危険です、すぐにその場所を離れて――
だったかな?あの声でまた救われたのだろうか、
…ゼルはスタスタとロイの声のした方へと行ってしまう。
――危険です、すぐにその場所を離れて――
確か、こういうフレーズだったはずだ、
なんでこんな声が聞こえるようになったのだろう?
いや、これは聞こえているという認識でいいのだろうか?
――危険です、すぐにその場所を離れて――
と聞こえている、というより意識に響くと言うべきか?
不思議な声には違いなかった。
――お願いです、もうその場所を離れて!――
「――え?」
少し違ったフレーズに切り替わった、そう切り替わったんだ。
今まで聞こえていた内容から切り替わった、
そう…ずっと知らせる声は訴え続けていたんだ…
カニを片付け(たのはあの女だが)、それで危機が去ったと思っていた。
声は訴え続けていたんだ……
何を?
――危険をだ、そして、「その場所は」とも言ってたんだ、
俺は見た、
自分が立つ地面が大きくうねり、まるで海で波と波が合わさり大きく高く、その正体を晒すように……ソレは起きた――
読んでくださっている、あなたにこんばんは。
反省の三日目中盤がようやく上がりました。
悪ノリした三日目序盤の反省…のつもりでしたが、余計にヒドイことになってます。慣れないことはするもんじゃないですね(ぇ
前回からかなーり時間が掛かってしまいました、仕事の方がきつくなって来ましたので、ドンドン遅筆になりそうな予感です。
年内にプロット上の一区切りまで書けたらいいな、と思っていましたがそれすらも怪しいです。
なお、文章を整理して極力短い文にして読みやすく…を目標に書いて来ましたが、今回はあまり削ることすら出来なかったので、やたらと長文になっている言い回しが目立ちます…読みにくかったら、ゴメンナサイ。
基本的に言い回しがくどいあせこさんでした。