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寄り添う相手に関する時間の過ごしやすさについての考察

作者: 如月皐月

授業後の図書室に入ると、いつものように下を向いてせわしなくシャーペンを動かしている奴らがいた。まぁ、十二月にもなればどんな馬鹿でも大学入試を意識して、こういう所で勉強を始めるんだろう。

そんな訳で、運良く推薦に引っかかっている俺の放課後の図書館での読書は、少々やりづらいものになっていた。

どっか別の場所でも探そうかとも思ったりしているが、今のところ行動に移していない。大体、我らが南高校には素敵な自習室がある、何故そこに奴らは行かないのか。

聞いておきながら、理由はだいたい分かっている。俺が場所を変えない理由もそこにあるんだから。

そろそろ始まる頃か……?

俺がそう思った時をまるで見計らったかのように、それは始まった。ゆっくりと始まり、そしてメロディーに。一階上の音楽室から、ピアノの音が聞こえだす。仮にも防音が施されている音楽室の音は、直下のここ以外聞き取る事は難しい。

ましてや、対角線上にある自習室ならなおさらだろう。

こんな事を考えているうちに曲は最初のサビらしきところに入っていた。


本当にキレイな曲だ。


でも、誰が弾いているのかはよくわからない、少なくとも俺は知らない。何故か、女という噂は回り、「音楽室の姫」なんて密かに呼んでいる奴もいるという。しかし、男が弾いているなんて噂は話題性がないから流れないだけで実はゴツイ奴が弾いていたりするのかも知れないが。

それにしても、いい曲だな、とは思う。

音楽の授業はやる気ないし、全く詳しい事はわからないけれど。

そうして調べを聞いているうちに、気がつくと曲は佳境に来ていたらしく、サビらしい部分を繰り返して終わった。


「姫」は毎日、この曲から演奏を始めている。

適当な時間まで、他の曲も弾くけどやっぱりこれが一番だと思う。

と、二曲目が始まった。

一曲目は休憩していた奴らもペンを取り始めたし、俺も読書に耽らせてもらうことにしよう。



午後七時前、最終下校時刻になる頃。

演奏は止み、そして

「おい、おまえら、時間だ。後は家でやれー」

図書室担当の先生がそう宣告する。

ギリギリまで粘ろうとしていた奴らも腰を上げ、帰り支度を始めた。

こんな時間まで大変だな、本当に。

さて、俺も帰るとしますか。

机の上の読みかけの本の貸し出し手続きを勝手にして、俺は図書室から立ち去った。


三階の図書室から昇降口まで降りるのはなかなかめんどうくさいな、なんて思いながら二階と一階の間の踊り場まで来た時、急に背中に人がぶつかった。

「あいたっ!」

後ろから微かに声が聞こえた。

「おい、大丈夫か?」

カバンを背負っていた俺は別に何も問題はなかった。むしろすごい勢いでぶつかった相手のほうが心配だ。振り向きながら声をかけたがそこには誰もいない。

「あれ?」

どこいったんだ、そう思って俺が視線を前に戻そうとした時

「ごめんなさい、急いでるのでっ」

と、下に降りる階段の方から声が聞こえた。

咄嗟にそっちを向いたがもう姿はなく、たったっと階段を降りる音だけしか残っていなかった。

「素早い奴だな」

あんなに焦って、どこに行くのやら。

俺はそんな事を考えながら、再び歩き出そうと足を出す。

カラン、とその足に何か当たる。

「なんだこれ……?」

細長いそれを手に取った。

「砂時計、か」

それは最近めっきり見なくなった砂時計。

今もさらさらと砂を落としている。さっきの奴が落としたのか。

普通なら事務室に届ければ済む話だ。そうなんだが、俺には少し気になることがあった。

「もしかして、さっきの?」

姿こそ見えなかったが、あれは女だ。さらに上から来た。

そして俺以外に図書室に残っていた奴らは男だったはず。

そう考えればさっきの奴、これの持ち主は音楽室の姫なんじゃないかという可能性。

若干の興味が湧いた俺は、砂時計をポケットに入れた。

「明日、帰りのHRが終わったら音楽室の前で待ってみるか」

なんだか口にした途端、ただのストーカーみたいになった気がする。

別に物を返すだけなんだ、なにも問題はない、はずだ。

そうして一人で考えを巡らせていたら、後ろから来た図書室担当にさっさと帰れと怒られ、そそくさと学校を後にした。



翌日、俺は相変わらずポケットに砂時計を入れたまま1日を過ごし、そして。

「ちっ、帰りのHR長引かせやがって! あの野郎」

俺は、たいしてものが入ってないカバンを持って二組の教室をでると、走り出す。

ちらっと腕時計を確認すると、針はもう四時二十分を指していた。だいたい、いつも演奏が始まる時間から十分がたっている。

俺は、渡り廊下を走りぬけ、階段を飛ばし飛ばし登り、そしてたどり着いた。

「はぁ……はぁ。音楽室、遠すぎだろ……。」

他の教室に音を漏らさない配慮とはいえ、図書館より上とはほんとうに辛い場所だ。

にしても、

「なにも聞こえないな」

もうこんな時間なのに。もしかしてまだ来ていないのか、いやそんなまさか、俺のクラスより遅く終わる所なんてないはず……、どうしよう、始まるまで図書室にでもいようか。

なかなかどうしようか決まらない、いやとりあえず入ってしまえばこっちのもの!

深呼吸を一度、拳を握り、ドアを一応ノックしようと腕を引き――。

「あれ、そこでなにをやっているんですか?」

唐突に後ろから声がかかる。

俺は倒れそうになる体を踏ん張り、後ろを向いた。

俺の顔を見たのか、後ろのそいつは

「あー、やっぱり昨日ぶつかった人ですね。本当にすいませんでしたー」

と、頭をさげる。

ということは、やっぱりこいつが?

俺は頭を上げたそいつの顔を見た。最近、校則違反の茶色の髪が増えている中、なにもいじっていない黒く長い髪。

長い睫毛に大きな黒い瞳、外の部活ではないだろうにしても、かなり白い肌。そして、低い身長にどこか子供っぽい間延びした声。

なんか年下に見えるな、というかそんなことより大事なことを忘れている気がする。

俺がそんな事を思っていたら、彼女は首を傾げる。

「あの、もしかして同じクラスの?」

「は?」

「私、二組なんですけれど」

「三年生なのか!」

俺の問いに首を縦に振って答える。

同じクラス、だと……!

俺は頭に手を当てて思い出す、思い出す、思いだ――。

「ああ!」

思い出した、俺のクラスの二人目の推薦生。長瀬……だっけ。俺のクラスは進路が決まると自動的に席は後ろになるというシステムがある。

そのせいで、俺は廊下側の最後尾、そして窓側の最後尾にいるのがこいつだ。

あんまり周りとしゃべっているのを見かけないし、そんなに目立つ奴でもないから忘れていたんだ。

「思い出してくれました?」

「ああ、一応」

「それなら、えっと、何か用事があってきたんですよね?」

俺が頷くと、長瀬は音楽室のドアを開けて、どうぞどうぞと俺を中へ導いた。


とりあえず俺はさっさと用事を済ませることにした。いや、第一の用事は姫の姿を確認することだったんだが、予想外の結末に肩透かしを食らった感じだ。

「これ、落としたのはお前か?」

と、俺がポケットから砂時計を取り出す。

「あ、やっぱり昨日あの時に落としたんだ……。よかった、見つかって」

長瀬は受け取った砂時計を大事そうに手に持った。

「そんなに大切なモノなら、何であんな物落とすくらい急いで走ってたんだ?」

そう聞くと、少し考えをまとめていた様子だったが

「とりあえず、一曲演奏してからでもいいですか?」

そう小さく笑って言った。


砂時計を傍らに置くと、長瀬はいつもどおりの曲を演奏しだした。

それはいつもどおり軽やかで美しいメロディーだった。

階を挟まずに聞くと、それはより重厚な音に聞こえるし、間近で見る指の動きは俺には到底まね出来るものじゃないとも思った。

適当な椅子に座ってぼーっと、そんな事を考えていたらもう既に曲は佳境だった。一層メロディーは重なりを見せ、そして収束して終わった。

俺がいつもの礼をかねて拍手をすると、長瀬はやっぱり小さく笑った。ピアノから離れ、俺の隣にストンと腰を下ろすと

「それで、昨日急いでいた理由ですか」

「まぁ、話したくないならいいけど」

別に絶対知らないといけないってわけでもないしな。

「いえ、まぁ、あなたになら別に大丈夫ですよ」

そう言って話し始めた。


「ほら、私たちって周りと違って比較的自由しているじゃないですか?」

「確かに」

周りが必死こいて勉強している中、俺達はそれぞれ勝手なことをしているな。

「それで、まぁ私はここで一人でピアノ弾いているんですけど。でも、それって結構心苦しくないですか?」

「心苦しい?」

「だって、周りは勉強に打ち込んでいるのに私はここで好きな事をしているって言うのも……」

なるほど、こいつは周りと違って自分が自由に過ごしているのが何だか嫌だと。

「でも、お前だって結局は学校決まるまでに結構な努力をしてたんじゃねぇの?」

「それはそう、ですけど」

そこで一呼吸置いてから

「何だか周りと違う時間を過ごしているのが、孤独というか疎外感というか」

それで、なんとなく家に帰りにくいし学校に……、と言った。

「まぁ、それはいいとして、それがどうして焦っていた訳につながるんだ?」

「ああ、それは単純で、私の友達とかが図書室で勉強しているので、何だか顔を合わせにくくて、帰ってそうなぎりぎりの時間を狙って下に降りるので、焦らないと扉が閉まるんです」

「ああ……」

そんな単純な理由か……、俺なんてあの後にゆったりと歩いてたのに(まぁその後に怒られたが)

「というわけで、私が焦っていた理由はそんな感じです」

そう言うと、再びピアノに向かって別の曲を弾き始めた。

俺はまたそれを聞きながら、ぼーっと考えていた。何だか周りと違う時間を過ごしているのが嫌だという長瀬、正直俺には理解出来ないが、そんな事をこいつは別に考えなくてもいいんじゃないか。

まぁ、別にどうでもいいんだけど……。


そして演奏を終えた長瀬のところに歩いて行く。

あのさぁ、という俺の声に長瀬は振り向く。

「お前は、何だか受験組に対して疎外感があるとか、私だけ自由な時間を過ごしてるとか言ってるけどさ」

話の意図がわからない、そんな顔をしながら首を振る。

「でも、お前の演奏を聞いて、勉強をやる気になってる奴らもいるんだぜ」

今、お前がやめたら困る奴もいると思う、と言うと

「え! あの音って下に聞こえてるんですか?」

「まぁここで聞くほどではないけど」

「うそ……、恥ずかしい……」

「でも、お前の演奏評判いいぞ」

「そうですかー……?」

「そうだって。まぁ、言いたいのはそこじゃなくてさ。お前の演奏でやる気になってる奴らもいるんだから、そいつらのためにって思って演奏したら、疎外感とか感じなくならないか? それにそのほうが楽しいだろ」

そう言うと、長瀬は自分の中でその考えをまとめていたようだったが、

「そうですね! 自分の受験は終わっていても自由な時間で受験している人たちを手伝うことができるのなら、何も悪いことはないんですし!」

そう言って、また意気揚々とピアノに向かってしまった。

「自分が楽しいようにやればいい、って話だったんだけどな」

まぁ、誰かのためにって思ったほうがやりやすいのなら、それでもいいのかも知れないけど。


午後七時少し前、ぎりぎりの時間に俺達二人は音楽室を飛び出す。

「こんな時間まで大変だな」

「いえいえ、それに今日の話を聞いて、がぜんやる気が出ましたから!」

そう言ってニコニコと笑った。

「あー、それでだな。」

長瀬は不思議そうな顔をしてこちらを向いた。

「もしいいなら、俺も明日からそっちに行っていいか? まぁ、俺は本を読むだけだけど、図書館よりこっちのほうが気が楽だしそれにこんな時間に女が一人っていうのも危ないだろ」

と俺が言うと、

「別にいいですよ、一人でずっと弾いているのは退屈でしたから」

だから、そのかわり時々は話に付き合ってくださいね、そう言って微笑んだ。

「俺との話なんて、間違い無くつまらねえぞ」

俺もそう言って笑った、二人して大声で笑っていたらまた図書館担当に怒られたのはまたどうでもいい話だ。

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