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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

結果論

作者: 有秋




帰り道は事務所に寄って行く。それは依子にとっての日課であり、渚にとっての苦行。

夏服にかわったスカートの丈を少し気にして、裾を伸ばす依子の後ろで渚は青い顔してカーディガンを装備する。室内が涼しいことを知っているにして事前準備が良すぎるが、依子は何も言わず、肩を一度叩いて健闘を祈り、自分はうきうきとチャイムを押してドアを開けた。


「お邪魔しますー、治くん? あ、彰さん」

「治は買出しに出かけてるが…嵐はいる、よかったな」


無駄足にならないで。

そう招き入れた秀麗な顔立ちの男に、依子は軽くお礼をいって「お邪魔します」と頭を下げた。少し物憂げな雰囲気が、僅かに軽くなる。唇の端が上向きに歪んだだけというのに、印象はぐっと変化した。

隙のない身のこなしで二人をテーブルに案内した。

すでにかってしったるなんとやらではあるが、親切は無碍にできず。また、マナーはわきまえるべきだ。そう固く信じている依子は、自分の制服を掴んで益々血の気を引かせている親友を掴んで一歩踏み込んで。


「いらっしゃい」


物柔らかな声に笑顔を向けた。


「お邪魔しますー嵐さん」


ゆるくウェイブさせた髪は可愛らしい栗色で、女性らしい指先はピンクのマニキュアが塗られていた。甘い色だが、不思議と子どもっぽさはなく。大人の女性という印象だ。その相手を視界にいれた渚がびくんっと硬直して、ますます依子にくっつく。日ごろは明朗闊達というか、元気なのにまるで蛇に睨まれた蛙だ。


「渚…ほらっちゃんとしてっ」

「お、おじゃましま…す」

「はい、よくできました」


そのまま伸びてきた手に引っ張られて、渚は嵐の隣に腰掛けされられた。硬直してどうにもならないらしい顔は少しずつ赤味を増して、耳まで絶好調で赤色だ。

あれが拒絶反応ならば依子とて連れてこないのだが。そもそも無理強いしたことは一度足りとてない。いつも渚の方から誘うのだ。一人で行けないからという盾代わりにされているのは依子のほうだった。

半端に日に焼けた手で、柔らかな抱擁から逃れようとする渚をみる限り、なんていうこう。


「いちゃらぶ系…」

「渚ちゃんは可愛いからな」


平坦な声が同意なのかよく分からない言葉とともに、温かい紅茶をついで持ってくる。


「可愛い、のかな? 渚はどっちかっていうとかっこいい系なはずなんですけど」

「可愛いと思うな…君も」


くすくす笑った相手に、依子は少し赤面して。


「そんなこと言っていたら龍さんに怒られますよ」

「怒ってくれればまだいいだろう」

「あー、ですねー」


そうでした。あの人がそんなまともっぽいことをしてくれるはずがない。

思い浮かべるのは長い髪を頭の高い位置で一つ括りにして、目の前の彰と同じように整った顔した。それでいてどこか近寄りがたい気配のある人だ。

そしてその該当者がこの場にいないことに、今更ながら気づいて。


「あれ、龍さんも買い物ですか?」


珍しい、そう露骨に顔にかいた頼子に、彰は同感だと同意する。


「治が買出しに行くといったら珍しく、付いて行ってしまった……何かしてなければいいんだけどな」

「治くん大丈夫かなぁ」

「一番年食っている人間が一番予測し辛いというのは厄介だ」


そう言いながら、彰は渚においたしようとしていた嵐に茶菓子にだした飴を一つ投げている。後頭部ストレート一直線だった飴玉は、気づいていた嵐にキャッチされて、そのまま指先に収まり、渚の唇に当てられていた。


「遊ぶならここでもいいけど、致すつもりなら余所に行け」

「冗談も通じないの? 龍と所長がいないからって随分な不機嫌ね」

「誰が僕の快不快を基準にした」


それでよくやく気づいた嵐は、ちろりと舌をだして渚から一旦離れた。


「ごめんなさいね、所長がいない間は私たちがもてなすべきなのに」

「あ、いえっお構いなくっていうかあのっ」


見てなかったんでなんとも言えないんですがっ、一体何をなさるおつもりでっ。

ちょっと興味あるのと恥ずかしいのと渚が可哀想な気もするっていうのとああでもなんかぼうっとしているからいいのかなとかっ色々よぎるんですがどうしたら!


「お茶菓子に飴玉はあんまりよ…クッキーあったでしょう」

「飴でもだした分だけマシと思わないか?」

「本当に龍がいないと何もできないのね」

「おかげさまで甘やかされてますから」


依子に向けるのとはまた違う、少し寒気のする微笑での応酬に、空気が少しずつ冷えていく。体感温度は間違いなく十度を切ったに違いない。


「待ってなさいな、たしか冷蔵庫に龍が作りおきしているパウンドケーキが残っているはずよ」

「あのでもそれって」


彰さんのためのじゃっ。

いやそんな恐れ多いっていうか怖いもの食べられません。


「龍の手料理は悔しいけど美味しいわよ?」

「まずくないぞ?」

「そういう意味じゃなくてですねっ」

「彰も食べるなら文句は言わないわ」


龍の勘気を心配しているなら、安心なさい。ふわりと笑った嵐は、渚の頬をするりとなでて奥にあるキッチンに入っていく。


「…なんていうか、やっぱり綺麗な人だなぁ」

「みてくれはいい女だが、中身が概ね台無しにしているいい例だろう…渚ちゃんもあれに捕まって大変だ」

「本人幸せそうですけど」


まだぼーっとしている親友に小さく笑った頼子は、ようやく淹れてもらった紅茶に口をつけた。この真夏に熱いお茶かと思わないでもなかったが、室内は予想通りに冷えすぎるほど冷えていて。人体よりも優先すべき機材があるということだが、肌寒さを覚えていたのは本当。温かい紅茶は嬉しい。

一口飲んで目を丸くする。


「美味しい…どこの紅茶ですか?」

「さぁ? いつものだと思うけれど…ケースがあったから後で見ておくよ」

「いつもの、て。あのいつもの紅茶でこの味とか……」


思わず彰を拝んでしまいそうになった依子だ。


「…そういや龍さんもたまに」


依子の反応に、思うところがあるのか彰は眉を寄せる。眉間に少しばかり皺がよるが相手の造作の素晴らしさを損なうことにはなっていない。


「ケーキだけ用意して飲み物は僕に淹れさせるっていうのは…」

「彰さんの淹れたものが美味しいんでしょうね」

「そうか」


長年の疑問が解けたという顔で、少しどころでなくくすぐったそうな顔をした相手に、依子はうっかり見とれてしまった。





「それでああなのかー」

「そーなんですよー」

「依子くんお疲れ様」

「治くんも大変だったみたいで…」

「いや、ぼくはそんなに。ちょっと龍さんが寄り道しまくった程度だからねぇ」

「龍さんの寄り道って時点で何かもうダメな感じです」


少しばかり年の離れたカップルが、紅茶片手の向き合って枯れた会話をしている斜め前では秀麗な顔立ちの青年と、端整な顔立ちの青年がなにやら仲睦まじい様子で寄り添っている。言葉の綾ではない。念のため。

長い髪を高い位置で括った龍が、相手の科白になにやら感銘を受けた様子で目元をほころばせ、そしてまたなにやら口にしたらしい彰が触れてくる手をとって指を絡める。完全に二人の世界に突入している空気はピンクというより紫なアダルトテイスト。そしてさらに別の、予備のテーブルと椅子を出して二人で座っていた渚と嵐の二人も、一方がえらく緊張しているものの、桃色空気だ。


「二人とも見目もの凄くいいので、ちょっともったいない気もするんですよね」

「本人の好き好きだからなぁ、こればかりは。ぼくだって…」


ちょっと前なら犯罪者だし。

依子の年齢を暗喩した治に、本人はきょとんと目を丸くして。すぐに気づいて照れ笑いを浮かべる。


「治くんが犯罪者にならなくて良かったです」

「その前でもぎりぎり我慢したと…思います」

「うん、でもきっと私が我慢できなかったと思うので」


結果オーライそれでよし。

ようは本人たちが幸せなら、なんら問題はないはずだ。




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