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第一章 8

 8


 ライラとエミリアは、泣き疲れたように眠ってしまった。フィアルカは寝台から毛布を剥がしてきて部屋の隅で寄り添って眠る二人にかけてやる。

(マーサちゃんは無事かしら……)

 ()()()を渡したから、酷いことはされていないと思う。だが、帝国兵を村まで連れて行ってしまえば、きっと心無い村人たちから悪者にされてしまう。こればかりは、マーサとその家族が不当な扱いを受けないよう祈るしかない。

 フィアルカたちを取り囲んだ帝国兵は六人だった。うち二人は小さな車に乗って、マーサを脅して村へ案内させようとしていた。一方、フィアルカとライラ、エミリアは大きな鉄の車に押し込められて連れ去られた。

 車には窓がなかったので、村からどれくらい離れているか、どちらの方角へ連れてこられたのかすらわからない。捕らえられたのは日没前で、降ろされたときは西の空に三日月が見えた。少なくとも二、三時間は移動したことになる。帝国の車は馬を使わないのにとても速い。

(魔法障壁が壊れたから、アルドラの領内でも使えるようになったのね……)

 七精(しちせい)は帝国の使う機械を嫌う。ゆえに魔法障壁内では機械の(たぐい)は使い物にならず、それが、これまで帝国の侵攻を防いでいた最大の要因だった。

 現に、炎国(えんこく)ミルザムが落ちたのは魔法障壁を展開していない隙を突かれたからだし、雷国(らいこく)ノールレイとの戦は闇国(あんこく)玄耀(げんよう)の手引きがあったためだ。

 光国(こうこく)アルドラは何らかの手段で魔法障壁を破壊された。それさえなければアルドラが落ちることはなかったと、フィアルカは唇を引き結ぶ。

(いけない……今考えることじゃないわ)

 ここはおそらく、ディゼルトが言っていた国境の監視砦だろう。帝国兵たちは、人手が足りないとか、燃料が足りないとか言っていた。その不足を補うために集落を捜して、森をうろついていたのかもしれない。そうだとしたら、フィアルカたちが厄介になっていた村よりも砦に近い集落は、もう軒並み略奪されてしまっている可能性が高い。

 アルクスは、ディゼルトがついていれば大丈夫だろう。すぐに村を離れ、水国(すいこく)シェリアークへ向かうはずだ。

 今、自分がすべきことは、とフィアルカは頭を切り替える。ライラとエミリアを守りながらここを脱出しなければらない。フィアルカ一人だけなら、(なり)振り構わなければ逃げ出すことはできるだろう。しかし、一人だけ助かろうとは思わない。

(わたしだけ助かっても無意味だもの……)

 そもそも、アルドラの王子に仕える侍女としては、どうにかしてマーサと代わらねばならなかった。そして、帝国兵を案内するふりをして始末して村へ戻り、アルクスとディゼルトだけに事情を説明して、(すみ)やかに水国シェリアークへ向かうべきだった。

 だが、連れ去られる三人と、今後の村のことを考えると、フィアルカにはどうしてもそれができなかった。

(アル、ゼロ様、ごめんなさい……わたしは侍女失格です)

 だからせめて、ライラとエミリアを無事に帰すことが己の役目だ。そのあと命があったら、アルクスとディゼルトを追いかけようと決めた。

 今のうちに部屋を調べておこうと、フィアルカは一つだけあるランプの明かりを燭台に移した。少しだけ明るくなった部屋の中、足音を忍ばせて扉に歩み寄る。

 ここの建物は殆どが金属でできている。フィアルカの知る、木と石や土で造られたものとは大違いだ。扉も、異様に滑らかな金属で、触れるとひやりと冷たかった。魔法で壊すことができるだろうかと、扉に触れたまま(ため)しに力を集中させてみる。

「……?」

 しかし、いくら魔力を集めようとしても、扉の表面で霧散してしまう。

(何これ……どういうこと……?)

 帝国には、魔法の使い手があまりいないと聞く。逆に、神擁七国(しんようななこく)のある西側大陸の人間は、力の強弱はあれど大抵の人間が魔法を使える。武器ならば取り上げてしまえばいいが、魔法はそうもいかない。不意の反撃を受けないよう、なんらかの手段で封じているのかもしれない。

 魔法で破壊するのは諦め、フィアルカはもう一枚の扉へ向かった。そちらには鍵がかかっておらず、向こう側は小部屋になっている。見慣れないものばかりだが、四角い大きな箱があるところを見ると、浴室とトイレなのかもしれない。

 部屋はフィアルカたちのいる一間しかないようで、家具は寝台とクローゼットの他には、テーブルセットしかない。窓も一か所だけで、細くしか開かず、ここから出ようと思ったらガラスを割るしかなさそうだ。

 窓から見えるのは別の建物の壁だけだが、外は不思議に明るい。どういう仕組みになっているのか、白っぽい光は炎のものには見えない。

(ここは、客間か何かなのかしら……)

 少なくとも牢屋ではない。窓にも魔法を試してみようかと考えていると、突然扉が開いてフィアルカは息を飲んだ。ここの扉は横開きらしい。

 フィアルカが驚きで固まっていると、二人の兵士が入ってきた。片方は蓋がされたトレイを持っている。

「……何見てんだよ。飯だぞ」

 つっけんどんに言った兵士は、トレイを乱暴にテーブルへ降ろした。もう片方がフィアルカに近付いてきて品定めをするように睥睨(へいげい)する。

「へえ、田舎娘かと思ったら、おまえはなかなか綺麗な顔してるじゃねえか」

「燃料にしちまうなんて勿体ねえな」

「今は工場が所長の意向で止められてんだろ? だったらその前に……あっつ!」

 フィアルカの(あご)(すく)おうとした兵士が、文字通り熱いものに触れたかのように手を引っ込めた。その手を振りながら、忌々し気に舌打ちをする。

「くそ、こいつも魔女かよ」

「不気味な連中だな」

 捨て台詞を残して兵士たちは部屋を出て行った。扉が閉まり、フィアルカは息をつく。あまり「力」は使いたくないのだが、ライラとエミリアを守るためにも、不用意に触れると痛い目に遭うと思わせておいた方がいい。

(誰が魔女よ……蛮族(ばんぞく)どもが)

 魔法を使えるからだろう、帝国の人間は東の人間を「魔人」「魔女」と(さげす)む。対するかのように、いつからか東の人間も帝国人を「蛮族」と(ののし)るようになった。

 今更のように震えだした両手を握り合わせ、フィアルカは試しに扉を引いてみた。しかし、やはりというか当然というか、再び鍵がかけられてしまっている。

(……しっかりしなければ)

 震えている場合ではない。今頼りになるのは己の身一つだ。なんとしてもライラとエミリアを脱出させねばならない。

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