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ep.2

 週末の夜、葵は仕事帰りにスーパーで買った惣菜を温めながら、スマホの通知を見た。

『来月、またそっちに行くことになりました』

 差出人は悠馬。

 文面だけで、胸の奥がふっと軽くなる。


 詳しく聞くと、地元のホールで音楽イベントがあり、機材担当として来るらしい。

『また会えますね』と打ち込んで送ると、すぐに返事が来た。

『時間が合えば、一緒にごはんでもどうですか?』

 画面の文字を見て、口元が自然に緩んだ。


 イベント当日、仕事終わりに会場近くのカフェで落ち合うことになった。

 悠馬は前回と同じ黒縁眼鏡だが、今日は少しラフなシャツ姿。

「久しぶりですね」

「本当に。また会えるなんて思わなかった」


 カフェの窓から差し込む夕暮れの光が、彼の横顔をやわらかく照らしていた。

 お互いの近況を話し合い、笑い合ううちに時間はあっという間に過ぎる。

 別れ際、悠馬が言った。

「次は…もっとゆっくり会いましょう」


 約束のような、願いのような言葉。

 その響きが、胸の奥に長く残った。

 ――次も、その次も。

 この関係が、ずっと続いてほしいと葵は心の中で願っていた。


---


 金曜の夜、仕事を終えた葵が帰宅すると、スマホに一通のメッセージが届いていた。

『来月、またそっちに行く予定ができました』

 差出人は悠馬。たったそれだけの文面なのに、胸の奥がふっと温かくなる。


 詳しく聞くと、地元のホールで開催される音楽イベントにスタッフとして来るらしい。

『また会えそうですね』と送ると、すぐに返事が来た。

『時間が合えば、一緒に食事でもどうですか?』

 短い提案なのに、画面を見つめる手が少し震える。


 当日、イベントの取材を終えた葵は、会場近くの小さな洋食店で悠馬と合流した。

 前回より少しラフな格好の彼は、どこか柔らかい雰囲気をまとっていた。

「お疲れさまです。今日はどうでした?」

「取材はばっちり。でも…正直、この後の方が楽しみでした」

 冗談めかした言葉に、悠馬は少し照れくさそうに笑う。


 食事をしながら、互いの近況やこれからの予定を話す。

 別れ際、駅までの道で悠馬がふと口にした。

「またすぐ会えるといいな。できれば…これからも」


 その言葉は、ただの挨拶ではなかった。

 ――続いていく予感。

 葵は胸の奥にその響きをしまい込み、夜風の中をゆっくり歩き出した。


---


 週明け、仕事の合間に届いた悠馬からのメッセージは、前回の食事の感想から始まっていた。

『あのお店、美味しかったですね。また行きたいです』

 葵は笑みをこぼしながら返信する。

『じゃあ、次は私が東京に行ったときにでも』


 数分後、画面に新しい吹き出しが現れる。

『本当に来てくれるなら、いろんな場所を案内しますよ。昼も夜も』

 その“夜も”という一言に、胸の奥がくすぐったくなる。


 その日の夜、電話がかかってきた。

 少し低めの声が受話口から響き、仕事の話や日常の出来事を交わすうち、自然と未来の話になっていった。

「いつか落ち着いたら…もっと長く一緒に過ごせる時間を作りたいですね」

 悠馬の言葉に、葵は一瞬返事に迷った。

「……そうですね。そうなったら、きっと楽しいだろうな」


 沈黙が数秒続き、そのあとに柔らかな笑い声が聞こえた。

「じゃあ、そのためにお互い頑張らないと」


 電話を切った後も、耳に残る声が心を温め続ける。

 ――もっと会いたい。もっと知りたい。

 そんな気持ちが、静かに、でも確実に大きくなっていくのを感じていた。


---


初夏の柔らかな日差しが街を包む土曜日。

 葵は早朝の電車に揺られ、東京へ向かっていた。

 前日に悠馬から「オフが取れたから、一日案内します」と誘われ、急きょ決まった計画だった。


 待ち合わせ場所の駅前で、悠馬は爽やかなシャツ姿で立っていた。

「遠くからありがとう。今日は歩き回るから覚悟してくださいね」

「体力には自信あります」

 冗談を交わしながら、二人は下町エリアへ向かった。


 古い商店街を歩き、昔ながらの喫茶店でモーニングを食べ、午後は美術館や川沿いの遊歩道をのんびり歩いた。

 会話は絶えず、笑い声が自然に溶け合う。


 夕方、少し高台にある公園のベンチで休憩したとき、悠馬がふと空を見上げた。

「こうして一日中一緒にいるのって、初めてですよね」

「そうですね…なんだか時間があっという間で」

「ずっとこうだったらいいな、って思いました」


 その言葉に、葵の心が静かに波打った。

 夕暮れの光が二人を包み、遠くのビル群がオレンジ色に染まっていく。

 この瞬間が、どこまでも続いてほしい――そう願わずにはいられなかった。


 別れ際、駅までの道のりがやけに短く感じる。

 改札を抜けたあとも、振り返れば彼が立っている気がして、なかなか前を向けなかった。


---


 東京からの帰り道、葵は新幹線の窓に映る自分の顔をぼんやりと見つめていた。

 一日中悠馬と過ごした温かさが、まだ体の奥に残っている。

 笑い合った瞬間、同じ景色を見た時間、肩が触れた距離――その全てが胸を満たしていた。


 けれど、同時に小さな不安が顔を覗かせる。

 次に会えるのは、いつになるのだろう。

 遠距離の現実と、お互い忙しい仕事。日常に戻れば、この距離が重くのしかかってくるのではないか。


 新幹線が駅に着き、家に戻ると、悠馬から「今日はありがとう。すごく楽しかった」というメッセージが届いていた。

 葵はすぐに返信する。

『私もです。また会える日を楽しみにしています』


 送信ボタンを押したあと、数秒の間が空く。

 画面に表示された「既読」の文字と共に、短い返事が届く。

『うん。必ず』


 たった二文字と句点。それだけなのに、少し胸が締め付けられた。

 きっと忙しいだけ、そう自分に言い聞かせる。

 それでも、今日の帰り道に感じた沈黙は、なぜか頭から離れなかった。

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