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第三章:血塗られた報復


3.1 狂気の連鎖


深見は、崩壊したIFVの残骸から少し離れた場所で、降伏した敵の狙撃手を囲んでいた。彼は血に濡れた瓦礫の中で、片目が潰れ、顔の右半分が酷く損壊していた。野間は右足を後方に引くと、思い切りその兵士の腹部を蹴り上げた。彼は呻き声をあげて、腹を押さえて体を折り曲げる。続けてブーツのつま先が彼の脇腹にめり込む。


須藤は煙草をくわえたまま、目を丸くして見つめている。有里も顔を背け、目の前で繰り広げられている光景から身を遠ざけているようだった。野間の目は完全に据わっていた。口元は歪み、よだれを垂らさんばかりに汚い言葉を吐きながら、蹴りを入れ続けている。狙撃兵は亀のように身を縮め、されるがままに耐えている。腕や足でガードした隙間に野間の鋭い蹴りが入る度に、鈍い呻き声をあげ、エビ反りになった。


深見は絶叫しながら次第に涙声になった。戦友を殺された恨み、抑えがたい怒り、そして今自分がしている行為に対する後悔と自責の念。こんなことをしても死んだ兵士は戻ってこないと知りながらも、どうしようもない抑えがたい衝動。打ち続ける足が次第に鈍くなっていく。それに比例して深見の嗚咽が増していく。


「舐められるなよ」野間が肩からぶら下げた重機関銃の銃口を倒れている狙撃兵に向け、レシーバーをガンッと引いた。その音に狙撃兵は痛みにもだえながらもピクッと反応し、彼のほうに頭をあげた。城島はさあやれと言わんばかりの表情で、笑っている。野間は、倒れた彼に向けて引き金を引いた。弾丸があられのように倒れた兵士のまわりに降り注いだ。弾着音に合わせるかのように、狙撃手は再び顔を伏せ、恐怖に引きつったように体をよじらせ震えた。


須藤はくわえている煙草が口元から落ちんばかりに唖然として口をぽかんと開けている。今間であれほど良識的だった深見の激変に驚いていると同時に、野間がある一線を越えるのではないかと懸念しているのだった。須藤は小心者でずる賢かったが、一線を越えない良識だけは持っているようだった。有里も目を背け、今ここに自分がいることを後悔しているようだった。関わりたくない。そういう気持ちが彼をここから立ち去らせようとさせたが、事ここに至ってはそのようにもいかない。


残響音が次第に静まり、不気味な静けさが戻ってきた。兵士は縮こまったまま、震える念仏のようにしきりになにかを言っている。


「富沢、やつはなんと言っているんだ」唯一現地語が理解できる富沢に野間が尋ねた。


「どうか助けてくれ、私には妻も幼い子供もいる。ここで死ぬわけにはいかない。私は米軍に拷問をされこんな姿になった。その仕返しのつもりだった。君たちでも当然私のような目に遭えばそうするだろう。どうか命だけは助けてくれ」富沢は、やつが話すのに合わせて同時に通訳をした。


「どうせ、嘘っぱちに決まっている。傷も単に戦闘で負傷しただけだ。仲間を殺しておいて、自分だけ助かろうとしてもだめだ」そばでにやにやしながら野間が機関銃を撃ちまくっている姿を見ていた城島が話に割って入った。「やっちまおうぜ。」彼はそう言うと不敵な笑みを浮かべながら愛用のショットガンを構え、兵士の頭を狙った。


彼だけは唯一ここにいるみんなとは違った。殺すことに何のためらいもなかった。当然殺すべきだと考えていた。ただ、自分が勝手に殺せば場合によっては捕虜殺害行為として軍法会議にかけられるかもしれない。それだけが気にかかるだけだった。今までのなりゆきは彼の歓迎するところだった。この勢いでやっちまおうと彼は考えていたのだが、少しトーンが下がりつつあるのに我慢できず、自ら躍り出てきた。そんなところだった。城島にはためらいの感情は微塵もなかった。


「お前が斉藤を殺した。そして田口も仕掛け爆弾で殺ったんだ。二人も仲間を殺しておいて、自分だけ助かろうなんて虫のいい話が通るとでも思ってんのか」


城島の目は完全に狂人の目つきだった。薬中の目といってもいい。戦争中毒者の典型だった。彼の思考は狭窄し、目の前の兵士にすべての恨み辛みが収斂していく。すべてはこの兵士のせいだった。我々がこんな作戦に駆り出されたのも、そして多くの仲間が死んだのも、そして敵のまっただ中で孤立し全滅を待つような状態に陥ったのも、すべてこいつのせいだった。


城島はポンピングし散弾を装填した。「やめろ、城島、もうよせ」さすがに曹長としてこの中で指揮権をもっている須藤が押し出すように言った。


「こいつは仲間を二人もやったんですよ。放っておくんですか」城島が振り向いて言った。銃口は兵士に向けられたままだった。


「もういい、行くぞ、厄介な問題に俺を巻き込むなでくれ」須藤の本音だった。「曹長は出ていてください。事は曹長の知らなかったことにすればいい」野間は黙ったまま、下に横たわる狙撃兵に銃口を向け、無表情だった。彼はなりゆきでこの兵士が死ねばそれが一番だと思っていた。だが、小細工をしてまでやろうとは思わなかった。そこが城島とは違っていた。捕虜を殺すことは突発事故としては許されても、意図的にそれを行うことは明確な軍規違反であり、軍法会議で刑務所行きは間違いない。そこまでするつもりは彼にはなかった。


深見も感情の高ぶりから最も最初に捕虜の虐待行為に走ったが、次第に怒りが理性によって抑えられると同時に、仲間を失った悲しみと戦争の虚しさと矛盾に、絶望的な悲しみが彼の体を覆い尽くしていた。虚しく、悲しい。彼の感情のすべてを支配しているのはそれだった。殺して何になる。感情の高ぶりが収まった今はそう考えることができた。深見もまた、城島の光景を驚きの表情で見ていた。


「分かったよ。腰抜けどもばかりだな。ここにいる連中は。天国にいる仲間が悲しんでいるぜ。俺たちの敵を討ってくれって言っているのによ」城島はそう言うと表情を緩め、ショットガンの銃口をスッと降ろした。野間が舌打ちをした。だがそれ以上何も言わなかった。


「さあ、行くぞ」


「深見、こいつを縛り上げて柱に繋いでおけ、目隠しと猿ぐつわを忘れるな」須藤はほっとしたような表情で命令した。


「命拾いしたと思っているだろう。俺たちが引き上げた後、仲間に縄をほどいてもらい、またあの銃でこそこそと狙撃しようと思っているだろう。だがそうはいかないぞ」そう言ったか言わないうちに、城島はショットガンの銃床を思い切りやつの喉元に2回叩き込んだ。それきりだった。誰も止める間はなかった。動脈が裂け、血しぶきが城島の顔を洗った。


「やっちまったぜ。奴が銃を取ろうとしたんだ。だから殺った。誰か文句のあるやつはいるか?」真っ赤な血に彩られた城島の形相は、誰もが震え上がるような鬼の形相だった。狙撃兵の首は異様に折れ曲がり、喉元はぱっくりと割れ、血みどろの海の中、不気味に白い骨が見えている。誰もが息をのみその場に凍り付いた。野間さえも、その無残な姿から目をそらしている。


有里は泣きそうな目で深見を見ている。深見も今起きたことが理解できない様子で凍りついている。須藤はここから立ち去ろうと後ろを向いた途端の出来事だった。一番起きてはまずいことが起きてしまった。煙草がぽとりと口元から落ちた。急いでポケットから震える手で煙草を取り出し、慌てて火を付ける。せわしなく2、2回ふかすと、深呼吸をして言った。


「ここで見たことはすべて他言は無用だ。分かったな」。保身には抜群の才能をもっている須藤ならではの第一声だった。

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