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第一章:地獄へのセカンドステージ

1.1 突然の命令と出発


物語は、深見が武沢と金子との対峙を終えた直後から始まる。司令部からの爆撃が迫る中、彼らは生き残るための苦渋の選択を迫られた。深見が金子を押し倒した直後、無線機から予期せぬ命令が届く。


「君たちには、一緒に作戦に参加してもらう。米軍がこの街を後方から追撃している。街は当初予定していた以上の勢力が立て籠もっている状態だ。我々が目標を補足し、始末するまで、街の中央で防御態勢をいてもらう」


深見の知る作戦内容とは全く異なる命令だった。彼は即座に反論する。「そんな命令は受けていない」。しかし、無線からは冷徹な声が返ってくる。「これがそれだ」。簡潔な言葉と共に、深見の携帯端末に新しい作戦命令が送られてくる。それは、この部隊が「おとり」として機能するという、冷徹な現実を突きつけるものだった。


彼らは、司令部の思惑と、自らの命の狭間で、新たな任務に就くことを強いられる。深見たちは、自分たち独自で活動することになったことを悟る。長い1日が始まりそうだった。


1.2 街への侵入と不気味な静寂


斉藤は駆け足で元の位置に戻った。「えらく長く分隊長と話していたな。作戦は中止か?」野間がまたろくでもない軽口を叩いた。彼の軽口は、常に自身の恐怖を紛らわすための防衛反応だった。


「予定通り、米軍が反対側に到達しているようだ。一気に街の中央まで進出する」そう言い終わるか言わないうちに、号令が下った。「よーし出発だ。タンクを先頭に2列縦隊でゆっくりと前進する。弾倉確認。いつでも応射できる態勢をとれ」


IFV(歩兵戦闘車)の上部ハッチが閉鎖され、後部排気管から黒い煙が吹き出したかと思うと、ディーゼルエンジンが唸りをあげ、そうき車両独特のキュルキュルという音を立てながら、街の正面に向かって移動を開始した。深見が率いる第一分隊と第三分隊は、その後方にぴったりとつき、徒歩で前進を開始する。さらにそのすぐ後ろからは3号車が続き、最後尾を第3分隊が固めた。


誰もが、これが地獄へのセカンドステージの始まりだということに気づいてはいなかった。いや、自分たちだけは絶対に死なないと、誰もが思い込もうとしていたのかもしれない。


街の中は気味が悪いほど静かだった。「ここはまるでゴーストタウンだな。人っ子一人いねえじゃないか。街の人間はおろか、ゲリラの連中も俺たちが来ることを事前に知って、しっぽを巻いて逃げたんじゃないのか」野間はやはり一人だけ、さっきからべらべらと誰にというでもなくしゃべりまくっていた。恐怖が彼にそうさせているのだった。


そのすぐ後ろでは、ぶつぶつ言う野間の独り言さえも一切耳に入らないかのように、さきほどから周囲の家々に最大限の注意を払いながら、全周囲にくまなく目を配っている水島の姿があった。斉藤は、すぐ野間の横を腰駄目に分隊支援機関銃であるミニミを抱え、ゆっくりと普段と変わらない足取りで前進している。杉山は、第一分隊の最後尾を神経質そうな鳥のような目つきできょろきょろと周囲を伺いながら、中腰になりながらかろうじて着いてきていた。彼のもっている銃は、すでに戦力の一部からはずれているも同然だった。彼だけが、銃を胸に抱えるように抱き、それがお守りかなにかのようにしがみついている。ほかの兵士たちは、視線を動かす方向に、いつでも発砲できる態勢で銃口を移動させている。訓練され、実戦を何度となく経験したプロの兵士は、恐怖に全身を包まれながらも、兵士としての行動は保ち続けることができるのである。そこが新兵との大きな違いだった。


屋根の上には真っ黒い大きな鳥が十数匹、列をなして止まっている。カラスのようではあるが、カラスよりは一回り大きい。なんという鳥だろうか。不吉な予感が、深見の心にざわめきをもたらしていた。


1.3 田口曹長の過去と教訓


田口は、この戦場で7回目の任務だった。ラッキーナンバーの7のように、無事に誰一人失うことなく作戦を完遂できることを祈った。今まで何人の部下を失っただろうか。


最初の実戦は、なんの変哲もない市内のパトロールだった。小型軽装甲車で昼間の繁華街をパトロールしていた。前方で人が揉めているのを発見。部下に下車して処理してくるよう言った。他国の土地に進駐している多国籍軍は、停戦監視のみならず、麻痺している警察機能の肩代わりもしていたのだ。


部下の一人は不満そうな態度を示したが、田口はここは新米といえども指揮官の威厳を示すときだと考えた。それが間違いだった。彼は一兵士だったが、この国で丸一年間戦闘に従事していたベテラン兵士だった。彼の車を降りるときの目つきを、今でも忘れらない。侮蔑と諦念の目だった。必要性のない任務と、不釣り合いな危険性を全く承知していない新米指揮官に対する無言の抵抗だったのだろう。彼の判断は結局正しかった。


ここで正しい判断、正しい行動方法を学ぶためには、時間が必要だった。訓練で学んだことは何の役にも立たない。すべてを白紙にして、自らの動物的感覚を呼び覚まし、それを磨くしかここで生き残る術はない。


下車した3人の兵士のうち、その最古参の兵士が銃を構えながら、巧みな現地語で揉め事の仲裁に入った。真ん中を中心にサークル状に固まっていたその人混みが、パッと花が咲くように開いた。下車した3人の兵士が見たものは、彼らが腰駄目に構えたAK47だった。


ちょうど彼が車内の無線機を手に取り、司令部に現状報告をしようとしているときだった。フロントガラスがすさまじい音を立てて、白濁した。本能的に田口は前部座席の間に体を埋めた。外に出て戦わなければ、頭は言っていたが、体が凍り付き動かない。数秒の出来事だったはずが、10分にも20分にも感じた。


気がついた時には銃声はやんでいた。厚さ5センチの強化防弾ガラスは粉々に砕け散っている。至近距離からの自動小銃による射撃を受けたのだ。ぽっかりと開いたフロントガラスの穴を通して見えたものは、おぞましい光景だった。ずたずたにぼろ切れのように引き裂かれた3つの兵士の死体が、すぐ目の前に転がっていた。ついさきほどまで自分が指揮していた部下だった。プライベートの話もできるように関係になりつつあった頃だった。一瞬にして部下の命が奪われる。しかもそれが自らの判断ミスにより。彼に物申すような視線を残し、下車していった兵士が倒れたままの姿で、こちらをカッと見開いた目でにらんでいる。不自然な形に折れ曲がったその頭はザクロのように割れ、中から鮮血がどくどくと流れ出している。


そこからの記憶が彼には全くない。そこでどう自分が行動し、現場をどう処理したのか全く記憶がないのである。自分自身の精神の崩壊を防ぐための生理的な防御反応だったのだろう。気がついた時には回りに装甲車や米軍のタンクが集まっていた。上空を低空で飛び交うヘリのローター音で我に返った。上官は「あまり深く考えるな」と言った。深く考えても取り返しのつかない結果だった。自分の判断は正しかったのか。古参兵士の無言の訴えに耳を貸すべきではなかったのか。パトロールマニュアルどおりの行動ではあった。だが指揮官にはそれプラスアルファーの現場での判断が必要だった。


すぐそばで鳥が鳴いた。真っ黒い大きな鳥だった。死体が出ると必ずどこからともなくやってくる不吉な鳥だと、兵士のみんなから嫌がられていた鳥だ。「カー、カー」。田口は現実に戻った。


「嫌な泣き声だぜ、いつ聞いてもあの鳥の声はよ」野間がまた愚痴った。「分隊長の許可さえ出れば、俺がすぐ始末してやるよ」水島が、個人で購入した光学スコープを装着した銃を構え、その泣き声の主に向かって照準をした。


「やめとけ、弾丸の無駄だ。戦闘になれば一気に弾薬は消費される。一発でも無駄にするな。弾丸はすべて敵のゲリラの土手っ腹に見舞うんだ」斉藤が首からスリングで吊り下げたミニミを、歩きながらゆっくりと左右に扇状に振りながら、抜け目なく前方を警戒している。


「このまま街の中央広場まで進むんですか」水島がカラスに向かって発砲する仕草をしながら、前方を歩く田口に尋ねた。「命令がそうなっている」田口は回想から現実へと引き戻された直後のため、ぶっきらぼうな不自然な答えを返した。「中央広場に到達すれば任務完了というわけですね」水島が皮肉っぽく言った。彼は全くの個人主義者だった。相手がどういう階級であろうと関係なかった。信じるのは自らの銃とその射撃技術、そして自らが経験した戦場での生きた感覚だけだ。任務である以上、隊と行動をともにするが、実際戦闘になるとほとんど個人の判断で動き、戦う。それが的を得た行動だけに、田口もあまり口を挟むことはしなかった。「そうだ。それで任務完了だ。それまでの間に攻撃を受けなければな。」田口はそれ以上相手にしなかった。先ほどの白昼夢が、不吉な感覚を彼に呼び覚ましていた。

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