ジャンプ
1
「約束よ・・」記憶の中の少女が言う
「忘れないで・・」ふと思い出すのは少女の幻影
約束?いったい何の約束だったか僕は思い出せないでいる。何か大切な約束を
そしてあの少女は、赤いワンピースの少女はいったい誰だっただろう
絶え間なく鳴き続ける蝉の声が遠い記憶を呼び覚ます
そういえばあのとき、確か10歳の夏休み、僕は少女と二人で空想の話をしたんだ
あれは時間を移動できる能力の話だった
「もし、一生に一度だけ過去に戻れる能力があったら何をやりたい?」
少女の問いに僕はあんなことも、こんなこともやりたいなと、わくわくしながら考えを巡らせていた
「でもね」少女が続ける「過去には行けるけれど、もう元の世界には戻れないの。行ったきりなのよ」と条件を加えた
「何だよそれ、そんなルールはダメだよ」僕にはそんな能力の使い道がひとつも思い浮かばない
「だって能力を使ったら、家族にも友達にもう会えなくなるってことでしょ」不満そうな僕に少女は
「そうよね」と頷き、ふふと微笑んだ
「そんな能力なら誰も使わないよ」
蝉の声が空気に溶け、静けさが訪れた
夕日が少女の頬を赤く染めていた
2
質問があるの。
私の話をじっと聞いていた娘は
「もしお母さんの言う通りなら、わたしが5年前に行くとするでしょ、そしたらそこには5歳のわたしがいるわけよね。わたしが二人いるって変じゃない」と首を傾げた。
その難問に即座に気づいた娘の聡明さに感心しながらも私は答える
「そうね、過去に戻ったあなたは本来存在してはいけないもの。同じ世界に同じ人間が二人いることはできないの。だからしばらくすると消えてしまうのよ」
「えーっ」娘は大げさに驚き、口に手をあてる。
「もとの世界に帰れないうえに消えてしまうなんて、なんてひどい能力なの」
私は笑い「使い道の無いポンコツな能力よね」と二人で笑った。
「だから今まで一族の誰も使っていないのよ」私の言葉に
「安心して。わたしはお母さんとずっと一緒だから」と力を込める。
「でももし、お母さんと離ればなれになったときに助けを呼ぶための合言葉を作っておくわね」娘は楽しそうに考えを巡らすと
「ひろがる世界へ!ホップ!ステップ!ジャンプ!」と元気な声をあげた。
あなたの好きなアニメの決め台詞ね。それとってもいいわ。
私たちは、ひらりと回り二人でアニメの少女たちのポーズを決めた。
3
警察から、友達と川遊びをしていた娘が流されて行方がわからないと連絡を受けたのはちょうど夕飯の支度をしているときだった。
目の前が真っ暗になり長い時間その場から動くことができなかった。
その日は夜を徹して捜索されたが見つからず、翌日も、次の日も見つかることはなかった。
「海まで流されていたら、見つけることはほぼ不可能です」と言われた。
絶望的な空気が辺りにくまなく充ちていた。
しかし、私には娘を助ける方法がひとつある。
事故の前に戻れば、事故を未然に防ぐことができるはずなのだ。
でもそれは、
娘が戻ってきたとき、そこに私はいないということ。
その選択は正しいだろうか。
はたして、娘は死んだのか。私は溺れる直前に過去にジャンプした可能性が高いと考えている。
とすれば・・
4
それから私は10年待った。
私がこの世界に確かに存在した実績を作るために。娘が20歳になり、私がいなくても生きていける年齢になるまで私が消えないために。
今こそあの日に戻る。そう決断した矢先、兄から電話があった。
祖父の遺品を整理していたところ不思議な手紙を発見したというのだ。
娘を失くしてから兄とは何となく疎遠になっていたが、見過ごせない雰囲気を感じて私に連絡してきたらしい。
急いで兄の住む実家へ向かった。
祖父の手紙は30年以上前に書かれたもののようで宛名はない。
そっと中を取り出す。日記の間に挟まれていたためか日焼けの無い白い便箋が出てきた。
丁寧で几帳面な文字が見える。
『 忘れていた記憶が甦るたびに不安に駆られる。
わたしはとんでもない間違いをおかしてしまったのではないか。
あれは、わたしがちょうど10歳の夏休み最後の日、
赤いワンピースの少女に伝言を頼まれたのだ。
それをすっかり忘れてしまった。
すでにあの日から30年が経った。
もう間に合うはずもないが、
せめてここに書き残しておく。
わたしには、まるで意味のわからない少女が告げた暗号
「ひろがる世界へ!ホップ!ステップ!ジャンプ!」 』
5
娘は、世界に二人の自分が存在すると消えてしまうことを知っている。
だから生まれる前の時代に飛んだのだ。
しかも、いずれ私が助けに来るのを予想して
私もまだ生まれていないずっと昔に。
あなた、よくやったわ。待ってて。
私は大きくはばたく。
ジャンプ!
(合言葉の台詞は「ひろがるスカイ!プリキュア」より)




