第四話 牢獄塔について
カルハースはまだ椅子に座っている。
「エルの発言が気に障ったのなら謝る。だが、あともう少しだけ教えてくれ」
「気に障るに決まってるだろう」
イオアンは憮然とした表情で立っている。
「エルを助けるため、騎士たちの前で、私は失態を晒すことになったんだぞ。それなのに――」
「気絶して、倒れてただけじゃん」
馬鹿にしたようにエルが口を挟んだ。
「それが何だっていうんだよ。俺は殺されるかもしれなかったんだぜ」
「何だと?」
イオアンはムッとした。
「そもそも、おまえが勝手に、ブケラトムを盗み出したからだろうが」
「ブケラトムを助けてくれって、最初に泣きついてきたのはイオアン様じゃん」
「いいから、黙れ!」
カルハースがエルを叱り、不貞腐れたエルがそっぽを向くと、カルハースはイオアンに向き直った。
「君に尋ねたいのは、牢獄塔のことだ」
「牢獄塔?」
不機嫌そうに、イオアンは訊き返した。
「何で、牢獄塔のことなんか知りたいんだ」
「もちろん、そこにダマリが捕まっているからだ。とにかく座ってくれ」
イオアンが渋々と腰を下ろすと、カルハースは手を組み、身を乗り出した。
「牢獄塔の出入口は、ひとつか」
「そもそも、お前は牢獄塔を見たことがあるのか?」
「何回か、遠くから見ることはできたが、近づくのは無理だった」
「そうだろう」
イオアンは、目の前のカルハースを眺めた。
「牢獄塔は、近衛兵の〈城塞〉の敷地に隣接している。その恰好じゃ、当然怪しまれるだろうからな」
いまカルハースは、髑髏の仮面を外しているが、それ以外は、首なし騎士団として正式な格好である。
つまり夏でも、黒く染めた馬革のぴったりとしたズボンを履き、同じく、黒くて重たい馬革のマントを羽織っている。このマントには海賊旗のような、髑髏とその下の交差する 舶刀が、白く染め抜かれていた。
ちなみにエルは、ただの見習いなので、質素なシャツとズボンという、牧童のような恰好である。
奇異の目で見られることに慣れているカルハースは意に介さず、
「牢獄塔のまわりに、たくさん兵士がいたが、あれらがすべて、タタリオン家の近衛兵というわけか」
とイオアンに質問を投げかけた。
「いや、そうじゃない。イグマスの衛兵と巡察隊も混じっている。共通の兵舎を利用しているんだ」
「さっきの話に戻すが、出入口はひとつか」
「どうだろうな。一階への出入口は、ひとつだけだと思うが――」
イオアンは首を傾げた。
「見たら想像がついたと思うが、牢獄塔は、イグマスの城壁の防衛塔を改装したものだ。だから、もともと構造的に城壁に組み込まれている。たしか、城壁の三層目と五層目には通路があるから、そこに接続しているかもしれない」
「なるほど、それはとても有益な情報だ」
カルハースが手を打って喜んだ。
「それで、ダマリが何階に捕らえられているか知っているか? 牢獄塔は七階あるようだが」
「七階じゃない、八階だ」
とイオアンは訂正した。
「外からは分かりにくいが、獄吏が暮らしている階は半地下になっている。もちろん屋上もある。もともとは防衛塔だからな」
「それで、ダマリがいる階は?」
「いや、私には見当がつかない。結局、ダマリの罪の重さと危険性を、役人たちがどう考えているかだ」
とイオアンは答えた。
「牢獄塔では一般的に、下の階の独房には、掏摸のような一時的に収容される罪の軽い囚たちがいて、上に行くほど、政治犯、山賊の首領、禁を犯した魔術師のような、重要または危険な囚人たちがいる――と聞いている」
「では――ダマリがどの階にいるか、確かなことは言えないと?」
「そういうことだ」
イオアンの回答を聞いたカルハースは、背を向けて振り返ると、後ろのエルとひそひそ話し始めた。
「ちょっと待て」
イオアンは眉を顰めた。
「そこまで牢獄塔のことを聞いて、どうする?」
「いや、別に――」
再びカルハースが前を向いた。
「純粋な好奇心から、聞いたまでだ」
「そんなんじゃないだろう。お前たちは何か――企んでいるんじゃないのか?」
「私が、企む?」
カルハースが心外だという表情をした。
「いったい何をだ?」
「例えば――」イオアンは、カルハースの表情を窺うように答えた。「牢獄塔から、ダマリを助けだそうする、とかだ」
しばらく黙り込んでいたカルハースが答えた。
「仮に、そうだとしても、君とは関係ないだろう」
「関係あるに決まっているだろ! そんな無謀なことはやめろ!」
「余計なお節介は、やめて欲しい」
カルハースは迷惑そうだ。
「さっき君は、関わろうとする気持ちをまったく見せなかったじゃないか。だったら放っておいてくれ。これは我々の問題なんだ」