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死者の日~難攻不落の牢獄塔から、四日間で、無実の仲間を脱獄させる方法  作者: 神代紫音
第一幕 再会 第二場 屋根裏部屋:カルハースが、無実の罪で捕まっている仲間について相談する
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第三話 なぜダマリは捕まっている?

「エルがひと月前、イグマスのセウ家の屋敷から、〈魔の馬(スレイプニル)〉の血を引くブケラトムを盗み出した。

そのとき私は、伯爵夫人のドレスをエルに着させ、屋敷の者たちをだまして、エルが脱出するのを手伝ったわけだが、このエルの女装が結果的に、あとあと思わぬ結果を引き起こすことになる。

エルの脱出後、セウ家の騎士たちが追いかけた。彼らの狙いは、盗まれたブケラトムを取り戻すことではなく、盗んだエルを捕まえることだった。

それはなぜか?

エルを、暁の盗賊団の女首領と思ったからだ。

なぜ、彼らが勘違いしたかというと、そのときまでに、暁の盗賊団について分かっていた唯一の手掛かりは、盗賊団を率いているのが、小柄な若い女という目撃情報だけだったからだ。

だから、顔をヴェールで覆い、純白のドレスを着て逃げ出したエルを、騎士たちは盗賊団の女首領と思い込んだわけだ。

同時に、暁の盗賊団という組織が、貴族や豪商だけを標的にし、金ではなく特別な何かを盗み出すという特徴も、勘違いされた要因でもある。

つまり――女装した小柄なエルが、伯爵家であるセウ家から、高価な軍馬を盗み出したということのすべてが、暁の盗賊団の女首領の情報と一致した」


「その推論については――」

とカルハースが口を挟んだ。

「前回、君から聞いたときも我々は納得した。分からないのは、それが今のダマリの状況と、どう繋がっているかだ」


イオアンは頷き、話を続けた。

「エルが盗んだブケラトムは、長いあいだ、伯爵家でも見放されていた問題のある馬だった。〈魔の馬〉の血を引くせいか、気性が荒く、どんな騎士でも乗りこなせなかった。そのくせ怠け者で、あしは遅いと思われていた。

だが、そんなブケラトムをエルは乗りこなした。セウ家の優秀な軍馬に乗った騎士たちにも、エルは捕まらなかった。

そこで総督府が、新たな仮説を立てた。

誰もが見捨てていた馬の実力を見抜き、乗りこなした女首領は、馬について相当詳しい人物だろう。女首領がそうなら、暁の盗賊団の他のメンバーもそうに違いない――と論理を飛躍させた」


イオアンは二人を見た。

「私が話している意味が、分かるか?」


「つまり――」

カルハースがゆっくりと語った。

「まず総督府も、エルを暁の盗賊団の女首領だと勘違いした。そして、暴れ馬を上手に御したエルの情報から、他の暁の盗賊団のメンバーも馬の扱いに優れているだろうと、さらに誤った推論を重ねた――というわけだな」


「そういうことになる」

とイオアンは頷き、

「えてして、少ない材料から無理やり仮説を立てると、とんでもない結論が導き出されることになるが――」

と困った顔をした。

「総督府は、手持ちの材料がない以上、それに飛びつくしかなかったのだろう。その結果、エルの事件後、馬泥棒や馬に関わる怪しい人間を、片っ端から牢獄塔に放り込み、尋問している――」


「じゃあ、それでダマリが!?」エルが叫んだ。


イオアンは頷いた。

「そもそもダマリが捕まったのは、ちょうどひと月前、お前たちがワイン商に軍馬を売りつけようとしたとき、暴れたからだ――とにかく、ダマリは馬絡みの犯罪で捕まったということで、いまだに釈放されていないのだと思う」


「じゃあ――」

エルの顔が青ざめた。

「ダマリも、処刑人に拷問されているわけ?」

イオアンも沈痛な表情になった。

「いま、相当な人数の囚人が牢獄塔に入っている。そのすべてを、処刑人が尋問しているかは――何とも言えない」


「しかし――」

カルハースが、何とか希望を見出そうとするように反論した。

「ダマリが馬絡みで捕まり、それが、暁の盗賊団に関連づけられて、いまだに牢獄塔から釈放されていないという推論は、あくまで、君独自のものだろう?」


「いや、これは私だけの考えじゃない」

イオアンは残念そうに首を振った。

「アルケタや、他の関係者の裏付けも取れている。ほぼ、事実だと思う」


「だとすると――」

カルハースが訴えるように尋ねた。

「ダマリはどうなる? 出られる見込みは、まったくないのか?」

「まあ、すぐには難しいだろう。暁の盗賊団の件に関しては、総督府が暴走していると思うが、それを止める手立ては、私にもないしな」

「だが、君から言ってもらえば――」

「無理だよ」

イオアンは目を逸らした。

「なぜだ!?」

カルハースが叫んだ。

「君はセウ家の人間だろう。タタリオン家を支える五伯爵家のひとつの正当な跡継ぎだ。君さえ上手く働きかけてくれば――」


「また、その話か?」

イオアンが怒りを押し殺して言った。

「爵位継承者であろうが、日陰者の私に、そんな政治力はない。私はアルケタとは違うんだ。それに、エルがブケラトムを盗むのを手伝ったことが感づかれたら、私の立場のほうが危うくなる」


「だが、しかし――」

とカルハースは食い下がろうとしたが、

「ほら、言った通りだろ」

とエルが後ろから口を出した。

「俺たちだけでやろうぜ。この人は、自分のことしか考えてないんだからさ」


「何ということだ――」

イオアンはショックを受けている。

「あのとき、騎士たちに囲まれていたお前を、私が助けたのを忘れたのか?」


エルは答えずに、顔を背けた。


「話せるのは、これだけだ」

顔を強張らせたイオアンが、椅子から立ち上がった。

「お前たちは用が済んだなら、さっさと帰ってくれ」

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