第三話 なぜダマリは捕まっている?
「エルがひと月前、イグマスのセウ家の屋敷から、〈魔の馬〉の血を引くブケラトムを盗み出した。
そのとき私は、伯爵夫人のドレスをエルに着させ、屋敷の者たちを騙して、エルが脱出するのを手伝ったわけだが、このエルの女装が結果的に、あとあと思わぬ結果を引き起こすことになる。
エルの脱出後、セウ家の騎士たちが追いかけた。彼らの狙いは、盗まれたブケラトムを取り戻すことではなく、盗んだエルを捕まえることだった。
それはなぜか?
エルを、暁の盗賊団の女首領と思ったからだ。
なぜ、彼らが勘違いしたかというと、そのときまでに、暁の盗賊団について分かっていた唯一の手掛かりは、盗賊団を率いているのが、小柄な若い女という目撃情報だけだったからだ。
だから、顔をヴェールで覆い、純白のドレスを着て逃げ出したエルを、騎士たちは盗賊団の女首領と思い込んだわけだ。
同時に、暁の盗賊団という組織が、貴族や豪商だけを標的にし、金ではなく特別な何かを盗み出すという特徴も、勘違いされた要因でもある。
つまり――女装した小柄なエルが、伯爵家であるセウ家から、高価な軍馬を盗み出したということのすべてが、暁の盗賊団の女首領の情報と一致した」
「その推論については――」
とカルハースが口を挟んだ。
「前回、君から聞いたときも我々は納得した。分からないのは、それが今のダマリの状況と、どう繋がっているかだ」
イオアンは頷き、話を続けた。
「エルが盗んだブケラトムは、長いあいだ、伯爵家でも見放されていた問題のある馬だった。〈魔の馬〉の血を引くせいか、気性が荒く、どんな騎士でも乗りこなせなかった。そのくせ怠け者で、脚は遅いと思われていた。
だが、そんなブケラトムをエルは乗りこなした。セウ家の優秀な軍馬に乗った騎士たちにも、エルは捕まらなかった。
そこで総督府が、新たな仮説を立てた。
誰もが見捨てていた馬の実力を見抜き、乗りこなした女首領は、馬について相当詳しい人物だろう。女首領がそうなら、暁の盗賊団の他のメンバーもそうに違いない――と論理を飛躍させた」
イオアンは二人を見た。
「私が話している意味が、分かるか?」
「つまり――」
カルハースがゆっくりと語った。
「まず総督府も、エルを暁の盗賊団の女首領だと勘違いした。そして、暴れ馬を上手に御したエルの情報から、他の暁の盗賊団のメンバーも馬の扱いに優れているだろうと、さらに誤った推論を重ねた――というわけだな」
「そういうことになる」
とイオアンは頷き、
「えてして、少ない材料から無理やり仮説を立てると、とんでもない結論が導き出されることになるが――」
と困った顔をした。
「総督府は、手持ちの材料がない以上、それに飛びつくしかなかったのだろう。その結果、エルの事件後、馬泥棒や馬に関わる怪しい人間を、片っ端から牢獄塔に放り込み、尋問している――」
「じゃあ、それでダマリが!?」エルが叫んだ。
イオアンは頷いた。
「そもそもダマリが捕まったのは、ちょうどひと月前、お前たちがワイン商に軍馬を売りつけようとしたとき、暴れたからだ――とにかく、ダマリは馬絡みの犯罪で捕まったということで、いまだに釈放されていないのだと思う」
「じゃあ――」
エルの顔が青ざめた。
「ダマリも、処刑人に拷問されているわけ?」
イオアンも沈痛な表情になった。
「いま、相当な人数の囚人が牢獄塔に入っている。そのすべてを、処刑人が尋問しているかは――何とも言えない」
「しかし――」
カルハースが、何とか希望を見出そうとするように反論した。
「ダマリが馬絡みで捕まり、それが、暁の盗賊団に関連づけられて、いまだに牢獄塔から釈放されていないという推論は、あくまで、君独自のものだろう?」
「いや、これは私だけの考えじゃない」
イオアンは残念そうに首を振った。
「アルケタや、他の関係者の裏付けも取れている。ほぼ、事実だと思う」
「だとすると――」
カルハースが訴えるように尋ねた。
「ダマリはどうなる? 出られる見込みは、まったくないのか?」
「まあ、すぐには難しいだろう。暁の盗賊団の件に関しては、総督府が暴走していると思うが、それを止める手立ては、私にもないしな」
「だが、君から言ってもらえば――」
「無理だよ」
イオアンは目を逸らした。
「なぜだ!?」
カルハースが叫んだ。
「君はセウ家の人間だろう。タタリオン家を支える五伯爵家のひとつの正当な跡継ぎだ。君さえ上手く働きかけてくれば――」
「また、その話か?」
イオアンが怒りを押し殺して言った。
「爵位継承者であろうが、日陰者の私に、そんな政治力はない。私はアルケタとは違うんだ。それに、エルがブケラトムを盗むのを手伝ったことが感づかれたら、私の立場のほうが危うくなる」
「だが、しかし――」
とカルハースは食い下がろうとしたが、
「ほら、言った通りだろ」
とエルが後ろから口を出した。
「俺たちだけでやろうぜ。この人は、自分のことしか考えてないんだからさ」
「何ということだ――」
イオアンはショックを受けている。
「あのとき、騎士たちに囲まれていたお前を、私が助けたのを忘れたのか?」
エルは答えずに、顔を背けた。
「話せるのは、これだけだ」
顔を強張らせたイオアンが、椅子から立ち上がった。
「お前たちは用が済んだなら、さっさと帰ってくれ」