第六話 告発
それまで大広間の中央で、都市参事会を仕切っていたスッキ伯爵も、サンガリアの発言には、虚を突かれたようだった。
「何を馬鹿なことを言っておる」
「ここに本人がいるのなら、噂が事実なのか問い質すべきです」
とサンガリアは繰り返した。
「お前は、私の話を聞いていなかったのか」
と伯爵が苛立たしげに答えた。
「事は重大だ。市民たちの噂など真に受けず、慎重に進めるべきだと言っておる」
「慎重に進めるとは、どういうことですか」
とサンガリアが食い下がった。
「疑われている人物の地位に配慮して、結局うやむやにするつもりではないのですか? 総督府だけの問題ならそれもいいでしょう。ですが今回は、大勢の市民たちが目撃しているんです。隠し通すことなど出来るはずがありません。いずれ騒ぎになります」
「それを抑えるのが、我々の役目であろう」
「また、密偵たちですか」
「必要であればな」
「公妃様!」
とサンガリアが、正面に向き直った。
「私に、ある人物へ質問をする機会をお与えください。すぐに済みます。時間はとらせません」
「サンガリア、控えろ!」
と伯爵が叱責した。
「ここは、お前の個人的な興味を満たすための場所ではない!」
「私の質問で、白黒がはっきりするはずです。その人物が潔白であるならな、無用な疑惑も避けられ、正しい調査の方向へ進めます!」
サンガリアの嘆願に、公妃はすぐには答えなかった。イオアンは不安で胸がいっぱいになった。ざわつく大広間を見渡すと、公妃は頷いた。
「よろしい、質問を許可します」
大広間がどよめき、すぐそばのギイスは(本当に、よいのですか?)という表情で公妃を振り返った。公太子のハルムも目を丸くしている。
「公妃様……」
と伯爵が何か言いかけたが、公妃は認めなかった。
「ギバニル、あなたはしばらく座っていなさい。サンガリアに進めさせるのです」
しぶしぶ伯爵は自分の席に戻り、重たい体をどすんと椅子に下ろすと、不機嫌そうに腕を組んだ。
サンガリアは中央に進み出ると、公妃に向かって頭を下げた。堂々とした態度で、まわりを見回し、
「私の差し出がましい行動に、怒りを感じている方もいらっしゃるでしょうが、この場に出ることをお許しください」
と言って、ふたたび頭を下げた。
「伯爵の下で働いている私は、密偵たちの情報も把握しています。おそらく、あなた方はまだ御存じないでしょうが、市民たちのあいだで、昨日の夜から、急速にある噂が広まっています。それが、伯爵様が言及していたある人物に関するものです。市民たちがおかしな動きをする前に、噂が本当なのか、早急に確かめる必要があるのです」
「その人物とは……」
大広間が静まると、サンガリアは大きく息をした。
「イオアンネス・セウ殿です」
大広間じゅうの視線が集中するのを感じ、イオアンはサッと下を向いた。顔が強張り、頬が熱くなり、耳が赤くなるのを感じる。
「何を言っている!」
と叫ぶ、アルケタの声が聞こえた。
「いい加減にしろ!」
「アルケタ、席に着くのだ!」とギイスが窘める声。
「冗談じゃない! 昨日の騒ぎと何の関係があるというんだ! 兄上は昨夜はずっと桟敷の上で……」
「市民たちに目撃されてるんです」
とサンガリアが冷静に告げた。
「祭壇の崩壊後、炎に包まれた広場で、囚人を連れていく者たちと一緒だったそうです」
「そんな市民の情報など、あてになるか!」
サンガリアは苦笑した。
「いつもは市民の味方であるアルケタ殿とは思えない発言ですが、ご安心ください。不確かな情報であることは私も承知しています。だからこそ、イオアン殿に質問して、はっきりさせたいのです」
「何もいま、ここで尋問する必要などない!」
と激高するアルケタに対して、
「先程言ったように時間がありません」
とサンガリアは落ち着いていた。
「噂が野火のように広まりつつあります。必要であれば、その前に鎮火しなければなりません。そのためには、まず、事実を明確にする必要があるのです。その点では、アルケタ殿も同様です」
「私も?」
「あなたの昨夜の行動についてです」
とサンガリアは頷いた。
「昨夜、囚人を広場に護送しようとしたスッキ伯爵に対して、公妃様は巡察隊を派遣して、それを阻止しようとしました」
「……」
「ところが、あなたは指名されてもいないのに、勝手に巡察隊を率いたばかりか、伯爵を阻止せずに逆に合流して、囚人の警護にあたった。いったいこれは、どういうことです?」
「……より適切な行動だと判断したからです」
「つまりあなたは、公妃様の主命より、自分の考えを優先したわけです。これは明らかに軍率違反ではないのですか?」
「……それは認めます」
とアルケタの声が大人しくなった。
「ですが、連中を捕まえるには、絶好の機会だと思ったんです」
「巡察隊の指揮官であるアルケタ殿なら、暁の盗賊団が大人しく投降するような者たちではないことはよくお分かりでしょう。そして、あなたは、大切なドルシア殿との婚約式も控えていた。それなのに、どうして、わざわざ囚人の処刑に協力したのです。あなたが阻止さえしていれば、昨日の惨事は起こらず、市民たちも、あなたたちを祝福したでしょうに……」
「それは……」
とアルケタは口ごもった。
「まさか、あのようなことになるとは……」
「とにかく、お座り下さい。あなたの件は、イオアン殿のことを終えてからです」
たアルケタは大人しく席に着くと、膝の上で拳を握りしめた。
サンガリアが振り返った。
「イオアン殿、あなたは、暁の盗賊団のことをよく知っていますね?」
もちろん、知っている――。
知っているが、ここで正直に答えたらどうなるのだろうと、イオアンは迷った。ナナたちや、カルハースやエルたちに危険が及ぶのだろうか。否定したほうが少しでも時間を稼げるのだろうか。
「失礼しました」
とサンガリアが頭を下げた。
「質問の仕方がよくなかった。連中のことは誰でも知っている。暁の盗賊団のメンバーを、個人的に知っていますかと訊くべきでした」
個人的に? 一昨日初めて会っただけだ。だが、ここで否定しても、市民には目撃されている。正直に答えるしかない。答えたらどうなる? あれだけの騒ぎに関与したんだ、私は殺されるのか?
イオアンが黙っているあいだに、大広間のざわめきは大きくなっていった。