第五話 カルハースの覚悟
「お前たちだけの問題じゃない!」
イオアンは叫んだ。
「こうして、ここにお前たちが姿を見せた以上、私は巻き込まれている。お前たちが捕まったら、私まで関与が疑われるじゃないか!」
「ほら、またいつもの保身だぜ」
エルが後ろで呟くと、カルハースは、それを抑える身振りをした。
「君に迷惑はかけない。それは誓おう」
「どうして、迷惑をかけないと誓える」
イオアンは目を細めて指摘した。
「尋問されても、絶対に自供しないなんて、私は信じないからな」
「そもそも、我々は捕まるつもりはない」
「馬鹿な!」
イオアンが叫んだ。
「お前たちは、知らないからそう言うんだ。私の牢獄塔の説明だって限定的なものなんだぞ、すべてを知っているわけじゃない。あそこから囚人を脱獄させるなんて、絶対に無理なんだよ」
「そういう問題じゃない」
カルハースは静かに、イオアンの意見を否定した。
「無理だろうが、我々は、やる」
「――エル、お前も同じなのか?」
イオアンが助けを求めるよう顔を向けると、エルも黙って頷いた。理性の通じない二人に、イオアンは慄然とする。
「じゃあ――何人で襲撃する気なんだ」
「襲撃という言葉は、穏やかじゃないな」
カルハースが落ち着いた表情で語った。
「囚人を脱獄させるために、昔から色々な方法が試されてきた。今回、いちばん効果的な手法を採用するつもりだが、君の質問に答えるなら、五人だ」
「五人――」
イオアンは気が遠くなりそうになる。
「たった五人で、ダマリを脱獄させるつもりか」
「うむ、君もよく知っている五人だよ」
カルハースが胸を張った。
「私、エル、ダルトン、ブシェル、ディオンの五人だ。私としては六人のつもりだったから、君の不参加は残念でならない」
「他の者には、応援を頼めないのか」
「他の者、とは?」
「首なし騎士団には、お前たち以外にもたくさんいるだろう」
「イオアン君、前回話したことを、もう忘れたのか。私たちは、騎士団の他の一党からは縁を切られている。私たちだけでやるしかないのだ」
「絶対に失敗する」
イオアンは頭を抱えた。
それを見たカルハースが嫌な顔をした。
「君に応援してくれとは頼まない。だが、せめて、我々の士気を落とす発言だけは慎んでもらいたい」
「そうはいくか。絶対にやめろ!」
カルハースは顔を背けた。
「君に、意見は求めてはいない」
「それでもやると言うのなら」
イオアンが思い詰めた表情になった。
「総督府に、お前たちの計画を知らせる――」
「イオアン君――」
カルハースは腰を浮かせ、さっと、ベルトに手をかけたが、短剣を下で預けたことを思い出し、椅子に座り直した。
「さっきも言った通り、君に迷惑はかけない」
「さっきも言った通り、そんな話は信じられない」
「もし、捕まったならば――」
カルハースは深く溜息をつき、目を閉じた。
「処刑人の手にかかることは百も承知だ。だから、そのときに我々は、直ちに自らの命を断つ――君との関係は、誰にも分からないはずだ」
カルハースの覚悟に、イオアンは言い返すこともできず、むっつりと黙り込んだ。しばらくしてから「それは、犬死だ」と、ぼそりと口にした。
「その可能性が高いことも理解しているが、まだ決まったわけではない」
カルハースは、寂しげに笑みを浮かべた。
イオアンは溜息をついた。
「ひと月前、死にかけた私に、生きることの大切さを説いたのはお前だぞ。そのお前がなぜ、そうまでして死に急ぐ?」
「何度も言うようだが、我々は最初から死ぬとは思ってはいない。だが、君の問いに答えるなら、君と我々とでは、まったく状況が違う」
「どう、違う?」
「君は最初から、生きることを諦めていた。だが、私たちは生きるために、死への可能性を受け入れているのだ」
「よく、分からない」
「我々は、騎士団の長老たちによる一方的な判断のせいで、他の一党との関係を禁じられ、軍馬の供給も途絶えてしまった。それでも何とかやってこれたのは、ダマリの奇跡的な能力のおかげだった。ダマリの動物への素晴らしい共感能力があったからこそ、傷ついた軍馬や野生馬を訓練し、それを売ることで、我々は五人はこの状況でも暮らしていけた。だが、ダマリが捕まり、その道も断たれた。こうとなっては、ダマリを取り戻さない限り、我々が生き延びる術はないのだ――」
イオアンは、エルに顔を向けた。
「お前はあくまで騎士団の見習いでしかない。別の道を歩むこともできる。それでも、死ぬかもしれなくても、ダマリを助け出すつもりなのか」
エルは、せせら笑うように答えた。
「ダマリは俺の仲間さ。それだけでも理由は十分だろ」
「仲間、か――」
仕方ないというように溜息をついたイオアンが、二人に告げた。
「私は少し前、ダマリに会いに行ったんだ」




