第37話
「何というか、まあ」
これぞお城!という感じの立派で年季の入った城の城門を馬車で通る。
王城から迎えが来ると聞いていたが、やはり中世ヨーロッパ。
王家専用馬車というやつだろうか、超豪華なのが来た。
……まあバネが存在しない世界と言えば乗り心地は理解してもらえると思うが。
意外というか何というか、招待されたのは俺1人。
リシアさんは辺境伯家とは言え、単なる令嬢だ。
シャーリーもどこぞの令嬢だったらしいが、この国では奴隷身分だし。
という訳で誰もが気軽に入れる場所じゃないよとやんわり断られて1人で行くことになった。
たまに勘違いしている人も居るが、貴族の当主だけが貴族というだけでその家族はあくまで「その貴族の家族」という身分でしかない。
簡単に言えば伯爵家の当主は伯爵だが、その子供は単なる「貴族の子供」でしかなく一時的な「準貴族」としての立場になる。
周囲がその子供に気を遣うのは「親である伯爵を気にして」と「そいつが将来当主になった場合」の2つを気にしてである。
なのでよくあるファンタジーもので子供同士が「○○家の俺に」とか言って威張っているのも親の権力でしかない訳で。
つまり例えば男爵家当主に伯爵家の息子が文句など言えば「貴族に準貴族が文句を言う」という状況になるため、場合によっては伯爵家の息子であっても男爵家当主に切られてもおかしくはない。
ただそれが起きないのは、そうなると伯爵家も黙ってないため結局は権力的に面倒になるため敬遠されているという話だ。
ちなみにここでの面倒事というのは伯爵が男爵を潰すというのではなく純粋に内乱になるという方向性である。
何故なら貴族というものはメンツを重視する連中だ。
大人しく潰される訳など無く、そして内乱になればよほどでない限りはその伯爵と対立する派閥が男爵側を取り込むだろう。
そうして貴族達のパワーバランスが崩れると更に面倒事が増えていく。
なのでそうなってもおかしくはないのに、何故か上級貴族の息子というだけで暴れるのが出てくるのは不思議でしかない。
まあそんな感じで最近のラノベの馬鹿貴族息子の意味不明さを考えるぐらいに現実逃避をしてみても、イベントごとは進行していく。
一時的な待機所みたいな部屋に通されてから30分ほど。
呼ばれたと思ったら超豪華な玉座のある部屋に連れて来られた。
漫画やアニメでは良く見たことがある玉座の間。
あまりのそっくりさに思わず感動してしまった。
とりあえず最低限の礼儀だけはリシアさんに聞いていたので、その通りにする。
それ以外のことは求めないでくれ。
ぶっちゃけ一般人にファンタジー世界のマナーは厳しいわ。
話に聞いていた場所で片膝をついて頭を下げる。
上の方から頭をあげろと声が聞こえくるがこれをスルー。
もう一度聞こえてきたところでようやく頭を上げる。
何でも一度目で頭を上げるのは失礼になるそうな。
何その意味不明なのって感想しか出てこない。
なら一度目は「頭あげないでね」でもいいじゃん。
凄い豪華なマントの偉そうなオッサン……というのが王様の印象だった。
隣には宰相なのか?って感じの30代ぐらいの目力のあるオッサン。
あとは横に騎士っぽいのが何人か。
これがアレか、近衛騎士ってやつか。
色々観察している間に宰相っぽいのが色々と話を始めた。
どうやら街を守った功績がどうとか言ってるのでそれだろう。
てかもうちょっと大声で話せよ、距離あって聞き取りにくいじゃん。
しかも遠まわしに使用した武器の詳細を言えみたいな話まで混ぜてきてるし。
「国境沿いの街とはいえ、あまりにも過剰な戦力は~」ってならお前らが常に対応出来る兵力なりを中継地点作っておいておけよと。
街に被害が出てから、人が死んでからでは遅いんだぞ。
褒めたいのか、牽制したいのか、どっちかにしろ。
これならお土産を頑張る必要なかったじゃん。
勿体ない事したなぁ。
まあどうせ適当にお茶を濁すつもりだから、その対価にでもなればいいや。
一方、玉座に座る王は悩んでいた。
いくら何も知らない平民だったとしても、あまりにも堂々とし過ぎている。
一応隣国の間者の可能性もあるそうだが、それならもっと目立たぬようにするだろう。
なのに「不満があります」という表情を隠そうともしていない。
宰相が一通り話を終えて、質問に入っても「商人が仕入れルートを答える訳がない」とか「この国は商人から口を割らして仕入れルートを独占するつもりか」などと反論している。
これには流石の宰相も「無礼である、立場をわきまえよ」と言うが即座に「先に商売人の命とも言えるものの1つを差し出せと言ったのはそちらでは?」と言い返した。
おかしい。
本来なら功績を認めて報奨金を支払い、ついでに話題になっている数々の品物を王城や軍部にもという話をする予定だったはず。
もし間者だとしても口を割るはずなど無いのだから。
それにどれだけ調べても他国との繋がりなど出てこなかったどころか、どこから来たのかさえわからなかった。
幸いにも我が国で商売をしており、それによって経済が良い方向に回っている。
ならば最大限に利用する方向でと宰相も言っていたではないか。
下手をすればマイバーン辺境伯を敵に回しかねないというのに。
中央の馬鹿な一部の貴族連中は、辺境伯を「田舎領主」などと思っているが、その考えそのものが馬鹿なのだ。
隣国との国境沿いであり、戦争になれば真っ先に領土が戦場になるのが辺境伯である。
だからこそ他よりも大きな領地を所有しており、ある程度の軍隊の所持を認めている訳で。
もっと言えば軍隊を組織するにはお金も時間もかかる。
相手が攻めてきたと知らせが来るまでに数日。
そこから主要な貴族を呼び出しての協議に数日。
軍隊編成を決めて実際に人を揃えるのに数日。
物資を揃えるのに数日。
そして軍隊が出来上がって出陣し、戦場に到着するまでに数日。
全部まとめると相手が攻めてきてから1~2週間は時間が必要なのである。
それだけの時間があればどれだけ領内を荒らされると思っているのか。
下手をすれば地方都市のいくつかは占領されるだろう。
そうならないために、そして援軍が到着するまでに単独で戦わなければならないのが辺境伯の役割だ。
逆に言えば辺境伯を冷遇して裏切られでもすれば、相手は素通りで進軍出来てしまい、軍隊を揃えて反撃に出ようとしたときには王国全土の3~4割は占領された後なんてことにもなりかねない。
つまり辺境伯というのは、絶対に裏切らない信頼出来る、そして優秀な貴族でなければ任せることが出来ない役職なのだ。
その立場は侯爵家と同等と言える。
そんな家が後ろ盾になっている男と何でそんなに言い合いしてるんですかね?
マイバーン辺境伯の軍隊が強いの知ってるよね?
しかもそこに更に魔物の反乱を一蹴した武器とかも残ってる可能性高いんだよ?
そうなったら下手すると反乱軍組織されてワシ、討伐されかねないんですけど?
何故に事前の話し合い通りになってないのか頭を抱えていると、何やら大きな箱を担いだ兵士が現れた。
どうやら商人が気を利かせて何か献上するらしい。
近衛隊長が箱から取り出したのは剣だった。
ただ―――
「ふぉっ!?」
思わず声が出てしまった。
何だあの剣。
宰相も隊長も目が点になってるじゃないか。
ロングソードを思わせる長い刀身。
問題は、その刀身そのものだ。
綺麗な薄い赤の結晶が、そのまま剣になっているではないか。
いつの間にか横には正規兵の鎧が木で出来た人型に装着されたものが立っていた。
商人の話では、この剣は宝石ではなく鉱物らしく、剣そのものは非常に硬いらしい。
しかも切れ味も良いので見て欲しいとのこと。
恐る恐るといった感じで剣を持つ隊長が目線でこちらに確認してくるので、許可をする。
すると何度か深呼吸をしてから剣を構えて……斬る。
少しだけ金属同士がぶつかったような高い音が周囲に鳴り響いた。
そして―――人型は鎧ごと真っ二つになって床に倒れた。
あまりの出来事に驚いていると隊長が一番驚いたらしく「手ごたえがまるでなかった」と震えながら言ってきた。
つまりはそれほどの業物だということだ。
見た目は向こう側が少し見えるほど透き通った赤みのある宝石の刀身。
しかしその切れ味は我が国にある国宝のオリハルコンの剣よりも上なのではないだろうか?
ほらー!
ほらー!!
宰相、お前何とかしろよ。
やっぱり仲良くしておくべきなんだって。
コイツが他国の間者だろうが何だろうが、こんなの相手国に献上してくるんだぞ?
絶対そんな国を敵に回したら勝てないって。
一方的に蹂躙されるだけだって。
だからもう割り切って自由にさせて恩恵を受けつつ友好国だよ~って宣伝しておく方が勝ちだって。
今更「どうしましょう」って感じの目で見てきても遅いわ。
お前が事前通りにしなかったんだから、お前が責任取れ!
綺麗に木人人形ごと鎧が真っ二つになったのを見て驚く連中。
俺は思わず笑みを浮かべる。
さっきからギャーギャー言って来る宰相が正直ウザいと思いながらも、とりあえず用意してあるものは渡さなければと出したわけだが。
■レッドクリスタルソード
刀身がレッドクリスタルで作られた剣。
見た目に反してオリハルコンよりも僅かに硬く、魔力との相性も良い。
火山大動脈にしか存在しないレッドクリスタルを贅沢に使った一品。
*付与特性:切れ味+300
魔力+100
軽量化
耐火属性攻撃無効『大』
平均価格:参考記録無し
取引スキルのレベルが上がったから、こっちの異世界取引の方はどれだけのものが出せるのか確認した時のやつだ。
ついに取引されたことがない装備まで出せるようになっちゃったんですけど?
もうこうなるとアレがどれだけ貴重なものなのは判別出来んわ。
そもそも火山大動脈ってどこだよ。
リシアさんとかシャーリーに聞いてもわからなかった。
つまりはこの世界のどこかにあるけど少なくとも近隣ではないってことになる。
なんて考えていると宰相の勢いが急にマイルドに。
…。
なるほど。
ふ~ん。
つまりアレだ。
レッドクリスタルソードが効いた訳ですね?
この辺では絶対に見かけることがないヤバそうな剣だものね?
無効『大』の効果が知りたくて試してみたら9割減とかいう、ぶっ壊れだった。
やはりインパクトは大事。
急に馬鹿丁寧に接してきやがって。
最初からそういう対応してくれてれば良かったのに。
古来より賄賂というのは効果的という訳だ。
個人的にはあまり好きな手ではないが、まあ献上品1つで便宜を図ってくれるなら有難い。
とりあえず他の貴族とかにちょっかいかけられたくないので、王家からの許可証みたいなのをくれと言っておこうか。
それをくれるだけで、今回の件は水に流そう。
俺はとにかく平凡な商人生活が送りたいだけなのだ。
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