第26話
いつも通りと言っても良いある日のこと。
店にモングさんがやってきた。
「いやぁ~、前回よりも更に素晴らしい商品が大量ですなぁ~」
軽い世間話などそっちのけで商品を見て回るあたりが、流石は商人なのだろうか。
ある程度落ち着いて、従業員達も紹介し終わったあたりで、ようやく話になる。
「実は、あの街に店を作ることになりまして」
俺が最初に行ったラングレーに店を出すらしい。
というよりも、その店はどちらかと言えば中継地点にしたいようだ。
「ぜひ取引をと思いましてね」
モングさんには世話になったこともあるので、多少は他の商人より取引量を増やしても良いとは思っている。
しかし今更になって何故?というのが顔に出ていたのか、説明が続いた。
「実は色々とあったのですよ」
まあ領主が極刑になったのは聞いたが、今度はまともな貴族が領主になったらしい。
で、そうなった所で俺が『じゃあラングレーに戻るか』とはならないだろう。
「という訳で、私が代行して取引を一括でまとめようということになりまして」
なのでモングさんが俺と取引をして、その商品を持ち帰る際の中継地点にしてしまおうという予定らしい。
ついでに単なる中継地点ではもったいないので商売をするための店舗にもするみたいだ。
これに関しては言葉を選んでいたようだが、どうも街の意向というかお願いがあったらしい。
何もない街だという話だったから、やっぱり街おこしを考えると何にでも縋りたくなるのはわからなくもない。
距離があるとは言え、国境を越えた隣には迷宮という金のなる木が存在するのだ。
俺は、あまり良い印象が無いけどラングレーの今後に期待したい所だ。
まあ今回面白かったのは、モングさんの購入品だ。
女性向けの商品や一般雑貨を中心に大量購入していたが、特に宝石類でテンションが上がっていた。
そして個別に規制している購入制限の関係で冒険者向けなどの武具類などが購入出来ず、物凄く未練がましい視線を向けながら去っていった。
石鹸からスタートして女性向け商品が多めってことは偉い人は女性なんだろうな。
…
モングさんの対応が終わった辺りで、この街の輸送屋に声をかけに行く。
輸送屋というのは、この店が名乗っている店名であり、実際その名の通り荷物を運んでくれる店だ。
偶然ここの店主と話す機会があった際に色々話を聞いたが、良い情報があった。
それはここから街を2つほど進んだ所の穀倉地帯で貸倉庫業みたいなのがあるらしい。
よほど無計画に商品を仕入れた店などがたまに利用する程度らしいが、これに目を付けた。
まず実際にそれなりに大きな倉庫1つを借りる。
警備や野盗による窃盗などの対策や補償は、その倉庫が責任を負うらしく貸倉庫をやってるところは、普段使用している倉庫と同じ場所にあった。
そして一括で高い壁に覆われ、警備兵が巡回していて、厳戒態勢といった感じだったが、ここの売り上げで街全体の年間収益になると聞けば当然の対策だった。
なのでここをとりあえず年間契約で借りて、中に大量に常温長期保存出来る売り物をぶち込む。
あとは輸送屋に定期的に依頼して貸倉庫に荷物を持って行ってもらったり、持ってきて貰ったりすればいい。
そうすると、あら不思議。
まるで外部から商品を仕入れているように見えてしまうではないか。
余計な金がそこそこかかってしまうが、通販スキルを誤魔化すには丁度良かったと言える。
将来的にはもう少し何とかしたい所ではあるが……現状ではこんなものだろう。
でだ。
あとは普段通りの毎日だなと思いながら、街の中央を歩きながら露店を覗く。
ついでに購入したイノシシっぽい名前の奴の肉を串焼きにした料理を5本ほど購入。
休憩スペースのようになっている椅子の並んだ場所で座る。
食べてみると香草を使用しているのか、獣臭さがほとんどない。
「まあ、こんなもんかぁ~」
調味料が高いのもあって、こういうのに使用されることはほぼ無い。
せめて塩でも振ってくれれば全然違うんだけどなぁ。
そう思いながら魔法バッグから小さいフライパンを出す。
そこに串から外した肉を入れて通販で購入した焼肉のたれをかける。
更にカセットコンロを出してフライパンを熱して肉を再加熱する。
焼肉のたれの焼ける良い匂いが周囲に漂う。
「あまり熱し過ぎるのも良くない」
元々串焼きとして完成されていたものだ。
つけたタレを軽く焼く程度で良い。
そして出来上がった肉をひとくち。
「うめぇ」
肉ってのは、こうでなきゃ。
そこそこ肉が硬いのが残念だが、そんなマイナスを吹き飛ばす美味さを提供してくれるのが、某有名な焼肉のたれだ。
流石は、メイドインジャパンである。
「やっぱこれが無いとな」
通販で日本酒と氷を購入。
魔法バッグから小さなバケツを取り出して、そこに日本酒と氷を入れて冷やす。
更にグラスもついでにバケツに入れて冷やしておく。
もうこの際だと目の前にそれなりのサイズのテーブルも設置する。
準備をしていると、先ほど串焼きを購入した店のおばちゃんが現れた。
『それ、美味しいの?』という顔をしているので肉を1つ食べさせると、美味さのあまりに叫んでいた。
そうだろう、そうだろう。
焼肉のたれは、決して主役にはなれない。
しかし必ず主役を活躍させることが出来る名脇役なのだ。
おばちゃんと交渉して、たれを分けてやる代わりに大量の肉をGet。
今度は調理前のやつなので、しっかりと下処理を行う。
特にちゃんとスジを切ったりしないと硬い肉のままだ。
味を染み込みやすくするために包丁で肉に切れ目を入れていく。
そしてたれに絡ませて5分ほど放置だ。
その間にせっかくなので片付け半分、皿などを用意するの半分という感じで準備を行う。
5分もすれば十分だ。
しっかり肉をフライパンで焼く。
肉とたれの焼ける良い匂いが周囲に漂う。
中央を通る人達も何事かと足を止める人が続出しているが、気にしない。
流石にどういう肉か解らないのに半生とかは怖い。
なので中までしっかりと火を通しておく。
焼いている間に酒の準備も忘れない。
冷えたグラスに氷を入れて、冷えた日本酒の瓶からグラスに6割ほど注いでから軽くマドラーでかき混ぜる。
そして焼き上がりの肉をひとくち。
更にそこへ冷えた日本酒のロックを追加投入。
「ああぁ~、さいっこうだなぁ~」
ヤバイな。
完璧な夕食セットが出来上がってしまった。
こんな悪魔的なものを生み出す自らの才能が怖いぜ。
俺が美味そうに食うのを見てなのか、同じ匂いがする串焼き屋に行列が出来ていた。
まあ互いに良い取引だったということだ。
我ながら良い仕事をしたなと思いつつ肉と酒を愉しんでいると、ふと気になることが出来てしまった。
元から街の中央には孤児がウロウロしている。
こいつらは、ここで何かしらの仕事が貰えないかと待っているのだ。
場合によっては施しもか。
ちょっとした荷物の運搬や伝令のように連絡を伝えに行くなどで小遣い程度の金を稼ぐ。
ファンタジー世界あるあるの教会と孤児院がセットというありきたりな設定がこの街にも存在する。
そして例外なく、ボロボロの教会に余裕のないシスターが3人と孤児たち。
これに関しては、街に来た日からずっと気に入っていた。
なので一度領主であるリシアさんの父親でもあるカール辺境伯に聞いたことがある。
するとある意味仕方がないという返答だった。
人から金貨300枚集めたり拡張工事してるならそっちにも金を回せと言いたくなるだろう。
しかし現在でもそういう弱者救済に対してかなりの金額が使われているらしい。
それでも何故救済しきれていないのか?
純粋に数が多すぎるのだ。
ここは迷宮が2つもある。
そのため冒険者の数が異常に多いとも言える。
なので不慮の事故で生活苦になる者が多い。
そうなると子供が居る連中は、真っ先に子供を捨てるのだ。
自分が生き残るために。
または稼ぎ頭の冒険者の父親が死ぬことで、路頭に迷う母子。
こういうことが他の街に比べて圧倒的に多い。
現にガーナック王国の街における孤児院が抱える平均的な孤児数は、10人程度。
このエーアイ街では何と孤児が65人も居る。
更に孤児院に世話になる予備軍というか、余裕のない母子家庭の数も圧倒的に多い。
それがこの街の現状だ。
だから中途半端な救済では財政的に破綻しかねない。
なのでいっそ投資に回して街の税収そのものを大きくして、そこから何とかしようという計画らしい。
で、何が言いたいかと言うとだ。
―――近いんだよなぁ
いつもは自粛して近づいて来ない孤児たちが、匂いに釣られて目の前までやってきている。
その数、軽く見ても20人ぐらい。
そんな欲しそうな目で見られても……
いや、ヨダレ凄いな緑髪のお前……
…………………
……………
………
うん。
アレだな。
異世界転生あるあるの1つ。
困っている孤児院を救おうってやつ。
あ~、まぁ~た余計な金がぁ~!!!
そしてつぶらな瞳に負けて食っても良いとは言ったが、少しは遠慮というものをだなぁ―――
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