第19話
次の日。
朝からモングさんが人を紹介してくれた。
「こちらは、ローレッドさん。奴隷商をされている方です」
「私は奴隷商をしているローレッドと申します。アナタのお噂は聞いております」
何か真っ黒な帽子、真っ黒なコート、真っ白なシャツっぽいの、真っ黒なズボン、真っ黒な靴の人が立っていた。
完全に元の地球なら『そのスジの人』だ。
そんな恰好な男が笑顔で挨拶してくるのだから、怪しさ大爆発である。
それから店の中の商談スペースで話を聞いて、何とか納得は出来た。
どうやらただの奴隷商ではないらしい。
まあただの奴隷商ってのも知らないんだけどね?
貴族や王族などとも取引があるってだけで超ブラックなんですけどね?
それって絶対政争で負けた相手が~とかありそうじゃないですかね?
もしくは表に出せないような存在を裏でこっそり~とかじゃないですかね?
疑問とツッコミどころは増えていくが、何とか言葉を呑み込む。
要するにこの人から奴隷を購入してはどうかというお誘いだ。
やはりこの世界には奴隷はあるらしい。
何も知らないので、詳しく教えてくれと言うと、見た目に反して丁寧に教えてくれた。
■奴隷
様々な理由で自らの身体の自由や権利を売った者達のこと。
もしくは強制的に売らされた存在。
一応奴隷にも分類分けがある。
*銅ランク
借金や軽犯罪などの比較的軽いもので奴隷になった者。
一番多い種類であり、購入の際も『雇用契約』に近いものが多い。
そのためあえて自分を奴隷商に売って借金を返す人も多いらしい。
*銀ランク
中~重度の犯罪者や、返却不可能な多額の借金などで奴隷になった者。
もしくは何かしらの事情で売られた者がこのランクになることが多い。
購入の際の制限が多く、まず銅ランクのような雇用契約ではなく従属契約に近い契約となる。
奴隷から解放される条件もかなり厳しく一生奴隷のままか、危険な仕事などをさせられて命を落とすかが大半。
*金ランク
国家反逆罪や悪質な犯罪などで本来なら処刑されてもおかしくない者がなるランク。
元々立場のあった者とか、政争に負けた者とか、表に出せない者など様々。
購入に対しては購入者自身の審査はもちろんのこと、買われる側にも意思確認がされる。
あ、銅ランクの人で良いです。
ってのが素直な感想だった。
まあ銀ランクなどは鉱山とか劣悪な環境で使われたりする奴隷らしいので、ウチのような商売の手伝いなんかには使えないそうな。
そうなると金と銅だけど、金とかあり得んでしょ。
完全に厄介な人じゃん、そのカテゴリの人って。
なら銅でいいよ、銅で。
生前見ていた小説みたいに美人の奴隷を買って『夜のお供も』なんてのは銅では基本的に無理だそうだが、まあ別に構わない。
……ちょ~っと残念な気持ちが芽生えるのは許して欲しいところだ。
契約内容も、衣食住しっかり面倒見ろとか、借金を返し終わった時に本人が望むなら奴隷解除になるとか。
まあ一般的な雇用契約が奴隷契約って名前になっているだけみたいな感じかな。
中には『身体の自由も』という『夜伽を強制出来る』って条件がある女性も居るらしいが。
……居るらしい。
……そうか、居るのかぁ。
い、いや。
ちゃんと従業員を雇わないとね。
そんな心の葛藤をしていると、モングさんはやりきったという顔をしながら王都に帰るとして旅立っていった。
本当に我が道を行くって感じだなぁ。
そして取り残された俺は、結局ローレッドさんの店に行くことになった。
やっぱり見てから選ばないとね。
本物の奴隷とその環境を見たが、意外としっかりしている。
何だか薄暗い所でボロ布1枚ということはないようで。
そんなことを考えているとバレたのか、ローレッドさんが説明してくれる。
あくまで奴隷契約というのは、雇用契約の延長のようなものだと。
紹介する奴隷が体調不良や小汚い恰好などしていたら、誰がそんなのを雇おうと思うのかと。
そしてそんな店に自分の人生を預けに来る人も居ないだろうと。
……確かにその通りだ。
いや~、何か先入観というか変な知識で構えてしまっていた自分が恥ずかしいね。
という訳で、俺の希望を伝えてその条件に合いそうな人を紹介して貰う。
「う~ん……」
ロクに計算の出来ない力持ちってだけの男などいらない。
何故なら、まともに行商などやっていないからだ。
同じく計算や文字を書けない農民の娘もいらない。
欲しいのは即戦力である。
しかし計算や読み書きの出来る女性、特に若い女性は貴族の屋敷で下級メイドなどになるのが人気らしい。
次点で大商人などの下働きなどらしいが、残念ながらちょうど今は若い女性が居ないそうな。
2人ほど条件的に合いそうな人が居た。
爺さんとおばちゃんだ。
だが、爺さんは若い女性のケツを追い掛け回してトラブルを起こすらしく、おばちゃんは窃盗の常習犯。
……うん、縁が無かったね。
残念ながら今後に期待だと思って帰ろうと思った瞬間だった。
無駄に豪華な布のせいで壁だと思っていた場所から、女性の咳き込む声が聞こえてきた。
「あれ?ここ壁じゃなかったの?」
「……ああ、そこは金ランクの場所でして」
―――絶対フラグだ。
そう思っても、やはり好奇心が勝ってしまう自分が悲しい。
「俺だと見れませんか?」
「―――別に構いませんが」
あまり乗り気ではないという感じだったが、一応案内してくれた。
「うっわぁ~」
一応逃げないように牢屋になっている。
しかしその牢屋が貴族の部屋のように豪華に飾り付けられていた。
さながら貴族の部屋を鉄格子で囲った感じと言えば理解して貰えるだろうか。
中には、明らかに豪華な服を着た女性。
その女性が不機嫌そうにこちらを見てきた。
「あら?ようやく私の買い手が見つかった……という訳ではなさそうですね」
「やっぱフラグじゃんよ」
怪しいフラグというかイベントに遭遇してしまったと思っている俺に、ローレッドさんが説明してくれた。
「彼女は、とある国の元・侯爵令嬢です。しかし色々とありまして奴隷として私の所に流れてきました」
―――その色々とやらが知りたいんですが?
そんな心の声が聞こえたのか、令嬢が話し出した。
「……隠すほどのものでもありません。マヌケにも婚約者である王太子様を雌猫に奪われた挙句に、覚えもない罪で国家反逆罪にされ家族にも見放された哀れな女というだけです」
「……おお~」
「な、何故に感心されているのです?」
「アレでしょ?『俺に必要なのは彼女だ!!だからお前のような女との婚約は破棄する!!』って一方的に宣言しちゃうやつでしょ?」
「え、ええ」
「うわ~、ホントに居るんだ、そんな間抜け。後で絶対に国王から罵声を浴びせられる奴だわ」
ヤバイ。
ホントにあるんだ、悪役令嬢の婚約破棄イベントってやつ。
ちょっと感動しちゃったよ。
「……ちなみに何故、国王陛下から罵声を浴びせられると?」
「いや、だってさぁ。ちなみにキミは侯爵令嬢って言うけどお父さんは何してた人?将軍とか?」
「―――宰相です」
「だって宰相って言えば国の2番手3番手ぐらいの立ち位置よ?そんな大貴族に恥をかかしてどうするの?」
よく考えて欲しい。
王様の権力がよほどあるところでない限り、貴族達の力をまとめなければならないのが国王だ。
それなのに宰相という大貴族を敵に回してどうするよと。
宰相クラスになれば、当然それなりの貴族派閥がある。
それが万が一にでも他国と繋がって裏切られたらどうするのよ?
自分の所の娘をコケにするってことは家そのものに喧嘩売るってことよ?
一方的にそんなことをする次期国王?
そんなのに誰が忠誠を誓うんだ?
王太子ってのは国王になる代わりに色んなものを国に捧げなきゃならない。
なのにそんなことも解らずに、王子という立場を放棄して大貴族の派閥を丸ごと敵に回すとかあり得ないでしょ。
宰相の力次第じゃ、内乱になってもおかしくないんだよ?
これから国王になろうって人間が、感情論で動くなんてことを国王になる前から全貴族達に見せつけてしまった訳で。
「まあ要するにそんな王子を罰せられなきゃ、王家への忠誠なんて貴族達から消え去るだろう。罰するとすれば後継者から外すぐらいじゃないと貴族達が納得しない。どちらにしろ王子は終わりだよ」
忠誠心の無い貴族達がすることなんて派閥を大きくして王家への圧力を強めることだ。
そうすることで自分達が何をやっても文句が言えないようにしてジワジワと国を乗っ取るのだ。
何かあれば責任だけ王家に被せればいいのだから都合の良い国になるだろう。
こういう国は、政治腐敗が酷くなりその内に絶対内部崩壊を起こす。
もし王子が後継者から外されるほどの罰を与えて混乱を終息させたのなら、王子はそれで終わりだ。
まあ精々、その愛する女とやらと幽閉先で仲良く一生を終えると良い。
「とまあそんな感じで、どちらに転んでも王子はダメだな。王太子ではなくなってるか、国を衰退させた無能な王として歴史に名を遺すだけだろう」
前々から思ってたんだよね。
悪役令嬢系の婚約破棄イベントの王子って実は無能じゃね?って。
下手すりゃ内乱で国が滅ぶぞと。
特に宰相の娘などを敵に回すことが多いけど、宰相って国の内政のトップなだけでなく、国王が外交に行く場合には国王代理として国を任される。
場合によっては国王の代理として外交を行うことまである、非常に重要な役職だ。
絶対に裏切るような人物を付けちゃダメなポストであり、優秀な人間でないと国が傾きかねない。
そんな国を知り尽くした大貴族を敵に回すようなことをやるとかあり得ないんだよね。
少なくとも宰相の家は、今後国に対して心からの協力はしないだろう。
その他の貴族からしても王子は自分のやりたいことのためなら忠誠を誓う貴族達の面子など考えないと宣伝しているようなものだ。
要するに子供過ぎるんだよ、やってることが。
どれだけ悪役令嬢がヒロインに意地悪してようが、それを呑み込む度量を示すことも出来ず、王子としての権力や特権を享受しておきながら王子であることを嫌がる。
……どんだけワガママなんだよと。
そういう訳で、その王子は終わったと説明するとローレッドさんも貴族令嬢も口を開けてポカーンとしていた。
そこまで衝撃的なことを言った覚えはないんだけどなぁ。
どうしたものかと思っていると貴族令嬢が再起動した。
「―――で、ですがっ!!私は両親に無能と言われっ!!責任の全てを押し付けられてっ!!奴隷として売られたのですよッ!?」
「叫ばなくても聞こえてるよ。―――奴隷として売られたのはお父さんの優しさなんじゃないのか?」
「―――は?」
「その馬鹿が国家反逆罪を押し付けてきたんだろ?ロクにキミの言葉を聞かずに?なら王子が国王にそれらで裁かれないためにやることは、キミの暗殺だ。死んでくれれば自分達の意見だけが通るし何ならどこかの陰謀論にすり替えられる。それに気づいたからこそ奴隷落ちさせたとして責任を果たしたとしてそれ以上の追及を回避し、更にこの鉄格子の中という安全な場所に入れたんじゃないの?」
そう考えるのが自然というか、自分の娘が無能だからというなら極刑にでも追放でも何でもすれば良かったのだ。
わざわざ金ランクの奴隷なんて訳アリ品として手間をかけて売り出す必要などない。
更にこの豪華な牢屋を見れば、どういう扱いを受けてきたかもわかる。
「―――ハ、ハハハ、う、嘘よ。―――そんな、だって、父様は……母様だって―――ハハ、ハハハッ!!!」
またフリーズしたかと思えば、今度は仁王立ちからの目を見開いて何かを呟きながら大号泣し始めた。
……流石にちょっと怖い。
彼女の慟哭とも言える声に再起動したローレッドさんと共に彼の店を出る。
何度も謝罪されたが、こちらとしては色々と見せて貰っての冷やかしになるので謝罪したいのはこちらの方だ。
アレから数日ほど経過した。
「―――えっと……なんで?」
店に現れたローレッドさんが、何故かすっかり庶民的な服装で別人のようになったあの侯爵令嬢を連れてきた。
「彼女からの希望でして。彼女なら読み書きどころか貴族様向けの礼儀作法も完璧です。何より様々な知識もありますので十分お店でやっていけるかと」
「まあ私にかかれば店の経営なんて問題ありませんわ。しっかりとやり遂げてみせましょう」
「……あの、俺の意見は?」
何故か彼女を購入することになっていた。
その金額―――金貨600枚
おかげで今までの儲けのほぼ全てがぶっ飛んでいったわ。
ただまあ、その金額を即金で支払った時のローレッドさんとこの女の驚いた顔に、してやったりと思ったが。
また最初から貯め直しだよ、ホント。
「一般的な契約ですので、私を強引に押し倒すことは出来ませんわよ?……そういうことは私の心を―――」
「あ~、はいはい。しっかり働いてくれればもういいよ」
「投げやりですわねっ!?」
「だってこんなに見事にフラグ回収しちまうなんてなぁ」
「ふらぐ?というのが何かは知りませんが、これからよろしくお願い致しますわ、旦那様?」
「……旦那様は止めて?」
「では……シン様?」
「そっちの方がマシ」
「では、シン様で」
「じゃあキミはなんて呼べばいいんだ?」
「ああ、そうでしたわね」
そう言うと彼女は少し離れてから優雅なカーテシーを行う。
「私の名はシャーリー・クロイツ・デイヴィス。―――ですが既に家名は捨てた身。故にシャーリーとお呼びください」
そのあまりにも貴族としての気品と優雅さに、少し気圧されそうになる。
そんな雰囲気を察したのか、彼女はこちらを見て口元を抑えながら優雅に笑った。
■side:ローレッド
2人のやりとりを見ながら昔を思い出す。
それは彼女を引き取った日だ。
彼女は婚約者だけでなく家族にも裏切られて精神的に参っていた。
それこそ、いつ自ら命を絶ってもおかしくないほどに。
幸い、奴隷契約の効果でそれを防げるのでそこは大丈夫ではあるが―――
彼女を明らかに豪華な鉄格子の中に入れた。
あれは彼女の父親の仕業である。
「あの娘の立場が微妙でね」
話を聞くと、どこにでもある政争とその結果だ。
「私を蹴落としたい連中が王子を担いでくれたおかげで、面倒なことになった。このままでは責任を押し付けての暗殺まであり得る。流石に親として守ってやりたいが、あの娘そのものの問題もあってな」
確かに派閥争いなどの貴族達の戦いは、最終的に誰かが全ての責任を負わされて粛清されることが多い。
今回はそれが貴族家の当主などではなく、令嬢だったというだけの話。
目の前の男は、自分の娘をあえて奴隷として売ることで檻の中という安全圏に娘を入れたいらしい。
「ですがその場合、ほとぼりが冷めてから改めて買い直すということが不可能ですが?」
奴隷契約には色々あるが、制度を利用した法の抜け道利用を防止するために売った本人やその関係者が購入することを基本的に禁止している。
「この際だ。どこか遠くでも、平民だろうと構わない。あの娘が幸せになれそうな、幸せにしてくれそうな相手に娘を託したい」
「―――ただの奴隷商に無理難題を」
「ローレッド氏なら、それが可能と判断したからだ。あの娘の分の売値は全てあの娘の生活に。何ならこちらから追加で支払おう。―――頼む」
―――――――
―――――
―――
様々な人間を見てきた。
欲望に忠実な人間。
卑屈な人間。
善人の皮を被った悪人。
思い切ったことが出来ない中途半端な小物。
どうしようもない極悪人。
最初は売る気などなかった。
色々珍しい者を売ることで儲ける善人寄りの商人。
その程度の評価だった。
だが彼女と話をする男を見て気が変わった。
彼女の境遇を聞いたものは、大半が同情的な目で彼女を見る。
もしくは高貴な身分を自分の好きに出来るという濁った欲望の目で見るぐらいだ。
どちらにしてもあの父親が望むような相手ではない。
しかしシンという商人は、まるで珍しいものを見るような目で、好奇心に満ちた目で彼女を見た。
そして話を聞いても同情もせず、欲望に満ちた目で見ることもない。
ただひたすらに『まあそんなこともあるよね』という感じだ。
更に彼女の話だけで、彼女の身に起こったことを全て察した洞察力と頭の回転は称賛出来るほど。
何より、アレ以来ずっと心の殻の中に閉じこもり、人生を悲観して諦めたような彼女が、まともな会話をしたのだ。
それだけでも彼に彼女を託しても良いかもしれないと思ったほどだ。
―――目の前の光景を改めてみる。
アレだけ絶望していた彼女は、驚くほどに元気になっている。
やはり彼に託すという私の考えは、見る目は確かだったようだ。
まあ一番驚いたのは、金貨600枚を即金で支払ったことだが。
まさかそこまで稼いでいたとは。
―――宰相様。
確かにお約束は果たしましたよ。
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