第15話
「―――という訳で、アレクさん。良い人紹介してください」
「お前、いきなりやってきたかと思えば面倒なこと言いやがって……」
アレクさんが言うには、やっぱり強盗など普通にあるらしい。
そして証拠が無ければ捕まえることが出来ない。
訴え出るのはやはり領主となる訳だが、それより前に警備隊の申告するのが先だと言われた。
「まあお前の所は、儲かってそうな感じに見えるからな」
「おかげ様で?」
「ギルドとしても助かっては居るんだよ。特に新人冒険者を優遇してくれれば、それだけアイツら死ぬ確率が減る」
前に言った警備兵替わりに初心者冒険者を使うという案も進行中らしい。
新人は最低限の知識や経験が積めて、しかもその間は寝床にも食事にも困らない。
事情があって引退した元冒険者も、仕事が出来て自分の知識や経験を次世代に繋げられると肯定的みたいだ。
でこちらの話だが……もう1つ言えば、いつ来るか解らない相手に延々と防犯用の冒険者を雇うのはコスパが悪いと言われてしまう。
まあそれでも心配なら期限を決めて雇うのもアリと言われたので、ある程度期限を決めて雇用することにした。
現在、乙女の旗を雇用はしているが、あくまでアレは対貴族様向けである。
今回の件でまでお世話になるのは流石にどうかと思った訳で。
という訳で、さっそく冒険者への依頼表を書こうかなっと。
そう思った瞬間だった。
アレクさんと話をしていた応接室の扉が突然開いたかと思えば、乙女の旗のメンバーが現れる。
「見つけたわ!」
困惑するアレクさんと俺。
そして何故かエレナさんとルルさんに両腕を掴まれて連行される俺。
……まあ両腕に胸が当たって役得ではあるけども。
「騒がせたわね、ギルマス」
そう言うとリシアさんは応接室のドアを閉めて去っていった。
取り残されたアレクさんは、更なる困惑の中に居ることだろう。
まあ俺だってそうだ。
そのままギルドの酒場にある僅かな2階席に押し込められるように座らされる。
「ど~~~~して、帰っちゃったんですかッ!!」
リシアさんが思いっきり顔を近づけて来る。
美人は怒っていても綺麗だなぁ。
「な、何の話です?」
「先ほど、ウチに来ましたよね!?」
「あ、ああ。それですか」
「それですか……じゃないですッ!ど~~~~して帰っちゃったんですかッ!?」
……圧が、圧が非常に強い。
何が彼女をそこまでさせるのか。
っと思ったら周囲に座る乙女の旗のメンバーも全員が頷いている。
―――つまりこの場は敵だらけということか
「いやだって俺は平民ですよ?貴族の屋敷に行ったら普通追い返されるのは当たり前の話では?」
「……ウチの兄さんが出てきましたよね?」
「何か貴族っぽい人は出てきましたね?」
「兄さんが『止めようとしたけど大丈夫だと言って去っていった』と言ってましたが?」
「そう言われましても、リシアさんのお兄さんに面識がないのに勝手に相手をそう扱って、もし違ったら大変じゃないですか」
「―――で?」
「なのでここは出直そうと。それによく考えればお金である程度解決出来そうですし」
一応無難な回答をすると、乙女の旗のメンバーだけで何やら小声で会議が行われるようだ。
そして意外とそこそこの時間をかけて会議が終了したようで
「次から追い返されないようにこちらで対応しておきますので、絶対に帰らないように」
という圧のこもった言葉によって終了した。
「―――ところで一体何があったんですか?」
……残念ながらまだ終了とはいかないようだ。
■side:パメラ
リシアさんがシンさんに詰め寄っている。
せっかくのチャンスが潰れそうになったからだ。
突如として現れた行商人を名乗る男性。
彼は、おかしなぐらいの容量を持つ魔法バッグを持っている。
更にはとても田舎出身とは思えない数々の魔道具のようなものまで持っており、旅先での携帯食料も異常だった。
貴族ですらあんなに香辛料たっぷりな料理など作らない。
貴族でもここまで旅を便利にする道具なんて持っていない。
貴族ですら持っていないような迷宮産のアイテムを多数持っている。
これで更に売り物は別に大量にあるというのだから驚きを通り越して恐怖すら感じる。
そりゃ貴族に目をつけられても不思議ではない。
それどころか、今までよく野盗や悪徳商人などに全てを奪われずにやってこれたなと思う。
この世界は、現実は非情だ。
乙女の旗のメンバーもそれぞれが苦労してきた。
パーティー選びも慎重でなければ騙されて奴隷として売り払われるなんてこともある。
男ばかりの中に入って襲われたり、勝手に誰の女にするかを巡って争ったり。
夜も夜這いを警戒しなければならず、安心して寝れる場所など限られていた。
今のパーティーを結成しても、それは変わらない。
旅先は常に人気などないし、迷宮でもそれは変わらない。
下手に他のパーティーを信用することなど出来ないし、隙を見せれば何をされるかわからない。
そんな世界だ。
にもかかわらず、シンさんは何というか『別の世界』に居るような感じがする。
人の善意を疑わず、それどころか身銭を切って人の支援までしている。
どこから仕入れているのかまるでわからないけど、圧倒的な品揃えの店。
しかも見たことが無い商品ばかりで、更に便利で安いともなれば、そりゃ人気も出るだろう。
近隣の女性達の憩いの場を作り、初心冒険者達の装備を格安で提供する。
もちろん上位冒険者向けの装備も多くて、前までなら王都まで装備品を見に行く必要があったが、今ではこの店で十分になりつつある。
逆に最近では近隣から噂を聞きつけて商人が来るようになったとか。
見た目も性格的にも問題なく、それでいて商売も順調なお金持ちで貴重品もたくさんある。
こんな優良物件は今後出てこないだろうというぐらいの人だ。
だからこそ乙女の旗では、既に共同戦線という名の同盟を締結していた。
今はまだ若くて美しい女性達の集団と呼ばれて男達も寄って来る。
でもそれはいつまでも続く訳じゃない。
肉体的なピークが過ぎたり怪我や病気になれば冒険者なんて一発で終了。
そうなると第二の人生となるが、そうやって引退した冒険者達は皆仕事探しで苦労している。
中には冒険者時代に第二の人生のために料理を勉強したり、鍛冶屋に弟子入りする者も居たり。
なので私達も第二の人生というのは考えておかなければならない。
よって皆それぞれにそこそこのお金を貯めていたりする。
でも。
ここでシンさんの登場である。
もし彼の横である妻の立場を得れるとしたら?
彼なら冒険者業を続けることぐらい容認してくれるだろう。
そして引退してからは彼の店を手伝えばいい。
お金もあるし、商品も素晴らしいのでスグに大商人の仲間入りをするのは確定。
しかもマイバーン辺境伯家の後ろ盾もあるとなれば間違いない。
第二の人生だって何の心配もせず安泰だ。
そこで同盟の登場である。
私達の中でシンさんに気に入られて妻になったら、残りのメンバーを2番目以降の妻として認めるという同盟。
貴族だけでなくお金を持つ大商人などは、複数の妻を持つのは当たり前であり、その人数の多さが一種のステイタスになっている。
特にシンさんは人が良いので変な女に騙されないようにしなければならない。
その点、私達ならお互いに知っているし、私達が周囲を固めれば余計なものは入ってこれない。
……完璧な作戦だ。
とみんな思っていたのだが、肝心のシンさんが手ごわい。
みんな見た目に自信があったのに、それなりにアプローチしても反応が無いので若干自信を喪失してる人も居る。
でも女性に興味が無い訳ではないらしい。
よくおっぱいに目が行くので。
だからこそ、私達は彼と何かと接点を持ってもっと仲良くならなければならないのだ。
今回のように頼られるような場面は、まさに絶好のチャンスである。
頼りになる存在だと認められつつ、何かと理由をつけて一緒に居る時間を確保。
そうしてジワジワと仲良くなりつつアプローチしていく機会なのだ。
そのチャンスを危うく逃がしそうになったため、必死になって彼を探していた。
……ああ、ちなみにそのチャンスを逃がしかける原因になったテルムッド様は、リシアさんに物凄く怒られていた。
今までにない圧の強い怒り方に戸惑っていると、そこにクレア様が現れて私達はシンさんを探すように言われてその場を後にした。
説教は引き継ぐとおっしゃっていたので、テルムッド様にとっては非常に運が悪いと言えなくもない。
まあ世の中は、現実は非情なので諦めて欲しい。
全てはアナタの妹とそのパーティーメンバーである私達の幸せのためですので。
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