茣蓙と荒ら屋
来週月曜日はお休みいたしますので、『月曜真っ黒シリーズ』を前倒しでお届けいたします<m(__)m>
大風が吹くたびにひしゃげてしまう荒ら屋に
やせ細った母と年端もゆかぬ娘が住んでいた。
母親はもうずいぶん前から臥せったままだ。
娘は生まれ落ちた時から満足に物を口にしていないのか、落ちくぼんだ目をギラリとさせて……屋根の隙間や壁の割れ目から差しむ夏の日差しを避けて敷いてあるせんべい布団の脇で蠢いている。
ようやく日が暮れて煮炊きも十分ではない重湯の様な雑炊の夕餉を済ませると母親は土間まで這って行き、立て掛けてある茣蓙に縋り付くようにして身を起こす。
「おっかあ! 物乞いならおらが行ってくる」
「暗くなってからの物乞いはおめえには無理だ。 先に寝てろ」
--------------------------------------------------------------------
夜四つも過ぎた頃に母親は戻って来て、骨ばった太ももやひしゃげた臀部をボリボリと掻きながら汲み置き水を使い、せんべい布団の端っこで丸まっている子供を押しやって、やっとの思いで寝床に潜り込んだ。
--------------------------------------------------------------------
朝、娘が目を覚ますと、母親は目を見開き口を半開きにさせたまま寝ていた。
厠へ行きたくなった娘はもぞもぞと布団から這い出した。
厠から帰ってきても母親はまだ口を開けっ放しだったので「おっかあは息が苦しいのだろう」と和紙布団を首の辺りまで折り返して、自分は小さな手で拭き掃除などを始めた。
翌朝になっても母親が起きて来ないので娘は仕方なく、この小屋を貸してくれている“旦那様”の所へ行く事にした。
“旦那様”は、行けば必ず飴をひとつくれるからだ。
娘の話を聞いた“旦那様”は“若い衆”を荒ら屋へやって見に行かせた。
「童女は腹空いたか?」
「うん」
“旦那様”が顎をしゃくると……下働きの者が持って来たのはツヤツヤと光る白米の塩むすびで娘は頬っぺたを膨らませながらガツガツとそれを食らった。
「慌てんでも誰も取りゃせん」
笑いながら娘に語り掛ける“旦那様”に戻って来た“若い衆”が耳打ちした。
「そうか、ちょうどいい。小屋に火をかけてみんな燃やしてしまえ」
そんなやり取りなど露知らず、娘は3つ目の塩むすびに手を伸ばす。
「それ食ったら湯あみしような。きれいなべべも着せてやるから」
数日を“旦那様”の元で過ごした娘は綺麗な着物を着せられた。
「ほんに良かったのう~あんな大旦那様の所へ行く事になって! 相模屋様にお目にかかったら『父様』とお呼びするのだよ」
「はい!“旦那様”!おら、お姫様みたいです」
「おお、おお、ほんにお人形のようだよ。この着物は「四つ身」とは違うからのう~相模屋様がお前の為に特別に誂え下さったものだよ。だからお前も大旦那様の“お言いつけ”はしっかりと守るんだよ」
娘を町駕籠乗せると使いの者がズシリと重い小判の包金を“旦那様”へ手渡した。
「ただひとつきのお戯れの為にこれほどの金子を頂戴できるとは、さすが相模屋様であられる」
「大旦那様はこう仰っておられる『小僧は麦のごとく踏み、牛馬のごとく使役せよ。こうして“碾き臼”で挽いた後に残った“ふすま”にこそ算盤を与えよ。童女は使役には当たらず!儂が活け手折る』と」
「ほっほっほっ 長きに渡って使役され生き血を吸われ続けるか、生け花として儚く身を散らすか……この様に金子に成りさえすれば儂にはどちらでも良い事」
「その物言い!旦那様の懐はまだまだ重くはなりませぬか?」
「夜鷹などを沢山飼っておるに、懐は軽くなるばかりでのぅ……相模屋様には生け花にもっと精を出してもらわねば! 『花のご用意はいつでもできる』と、くれぐれもお伝えくだされ」
いよいよ出立となり、茣蓙を手で押し上げて顔を覗かせた娘がこちらに向かって手を振る。
「旦那様! お世話になりました!」
「おお、達者でな」
左手は懐の中の金子を愛でながら右手を大きく振り……“旦那様”は満面の笑みで娘を見送った。
おしまい
とまあ、相変らず黒いです(^^;)
ご感想、レビュー、ブクマ、ご評価、いいね 切に切にお待ちしています!!