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レンタル魔王は本日も貸出中  作者: 長谷川凸蔵


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第14話 最強の騎士vs魔王

 カルミッドの雰囲気から感じるのは、計画が邪魔された怒りなどという単純なものではない。

 長年蓄積された恨み。

 それが抑えきれず噴出している、とさえ感じる。


 そこまでの恨みは、流石に身に覚えがない。

 なぜそこまで魔族を恨むのかを尋ねようとする前に、瞳から情念を消したカルミッドが動いた。


 ──速い!


 銃をこちらに向け、狙いを定め、引き金を引く。

 それが一つの動作にきっちりと収まっている。

 アスリートさながらに、相手に死をもたらすために行われた動きは、芸術の域まで高められている。

 恐らくヴァイスは何が起きているかさえわからず、下手すればカルミッドの動作に見惚れたままこの世を去ったかもしれない。


 かちんと、撃鉄が下りる音がした。


「報告通り、銃は撃てないみたいだな」


 その表情に驚きはない、あくまでも確認といった感じだ。

 カルミッドの呟きに、俺は肩を竦めて返事をした。

 

「気になるなら種明かししてやろうか? お前がなぜ魔族をそこまで恨むのか教えてくれたら話してやるよ」


「いや、別にいらん」


 カルミッドは銃口をそのまま上に向けた。

 パン、と音を立て弾丸は発射され、倉庫の屋根に当たった。

 パラパラと破片が落ちる。


「お前に向けなければ発射できる、ということか。現象を阻害するタイプの魔法⋯⋯精霊系だな」


「ほう、勉強してるな」


「いや、実戦で得た知識さ──魔族どもを殺しながら、な」


 カルミッドは銃を捨て、腰のサーベルを抜いた。

 同時に、俺の死角に回り込むように動く。


 これもかなりの速さだ──身体強化無しで行える動きではない。

 俺は途中まで視線で追ったが、やめた。


 俺の首を狙って放たれたカルミッドの横薙ぎは、「かきん」と音を立てて止まった。


 俺に付き纏う過保護な精霊たち、そのうちの一つ『土の精霊』が、サーベルと俺の間に壁を生み出し、盾となったのだ。

 カルミッドは攻撃箇所を次々と変えながら攻撃を繰り出したが、その都度、壁が生成されすべて止める。


 鉄と岩がぶつかり合う音が二桁を越えたころ、カルミッドは動きを止めた。

 同時に、生み出された土の盾がゴンゴンゴンと音を立てながら次々と地面に落ち、砂になり、消えた。


 俺が振り返ると、カルミッドは刀身の状態を確認しながら呟いた。


「自動防御か。この速さでは突破できんな」


「剣を折らないだけ大したもんだよ」


「なら、速度と力を上げるしかないな」


 カルミッドが懐に手を入れ、小さな鉄の容器を取り出した。

 カパッと音を立てて開き、手のひらに錠剤を落とし、口に運び、ごくんと飲み下した。


「さて、薬が効くまで話してやろう。なぜ私が魔族を恨むのか、だったな?」


「気が変わったのなら、聞こうか」


「私の父は、熱心な種族共存主義だったんだよ。小さな商店をやっていて、積極的に他種族を雇っていた」


「立派な父親だな」


「ああ、立派だったよ──魔族の従業員に金を持ち逃げされて、店を潰して首をくくっても、遺書に『他種族を恨むな』と書いてしまうほどにな」


「⋯⋯」


「私も遺言は守りたくてね──だったら魔族を皆殺しにすればいい。他の種族を恨む気はないからな」


「個人への恨みと、種族は分けろって話だと思うが?」


「さぁ、どうだろうな。どのみち、父には確認できないだろう? ここにいる他の騎士たちも似たようなもんだ。同僚、友人、家族⋯⋯それぞれ失ってるんだ、お前たち魔族によって、な」


「それはお互い様なんじゃないか? 人間によって殺された魔族を知ってるぞ?」


「効いてきた、無駄話は終わりだ」


 さきほどカルミッドが飲んだ薬──おそらくエルフの薬師が調合した強化薬だろう。

 副作用が強いが、解毒の魔法が使えるならノーリスクだ。


 先ほど以上の速度で、カルミッドが攻撃してくる。

 だが、今回は一回だけだった。


 がきぃぃぃいんと激しい音がする。

 サーベルは岩の盾の半ばまで食い込み、止まった。

 俺が手を振ると岩の壁はくるりと回転し、パキンと乾いた音を立ててサーベルを叩き折った。


「この速度でも無理か」


「いや、大したもんだ。ここまでできる奴はなかなかいないよ」


 俺の賞賛に、カルミッドは眉一つ動かすことなく、フンと鼻を鳴らした。


「私もここまでの相手は初めてだ⋯⋯だが、そろそろ終わりにしよう」


「残念だが、お前が俺を殺すのは無理だ。そして俺も、お前を殺す気はない。自首しろ」


「いや、殺せる。人質がいるからな」


 カルミッドは人質のそばにいる騎士の元へと歩き、新しいサーベルを受け取った。

 そのまま、騎士たちへと命じる。


「次にこの男が抵抗したら⋯⋯人質を一人殺せ」


 カルミッドの指示に、騎士たちが頷く。

 その様子を見て、俺は声をかけた。


「最強の騎士としての誉れを感じないな」


「他人が勝手にそう呼んでいるだけだ、私はそんな称号にこだわりは無い。魔族を殺すのに、手段は選ばんよ」


「なるほどな」


「まぁ、お前に私の怒りがわかるはずもない。身体強化の魔法が使えるところを見せただろ? つまり、私の中にも薄汚い魔族の血が流れてるってことだ。それが何より屈辱だよ」


 カルミッドの表情に、再び暗い情念が浮かび上がる。

 それはもしかしたら、彼の深い絶望を表わしているのかもしれない。


 カルミッドが背負っている過去を、軽いという気は無いが、俺にも背負っている物はある。

 『レンタル魔王』などという刹那的で軽薄な呼び名だが、それでも捨てられない物はある。

 魔族の為に、俺が背負うべき責任からは逃げられない。


「もし、お前たちがその子達に手を出したら⋯⋯死ぬより苦しむことになる」


「ふん、くだらん脅しだ」


 俺の言葉を意に介す様子も見せず、カルミッドが歩み寄ってくる。


 分かっている。

 こんな言葉で人は変わらない。


 だからこそ、抵抗しなければならい。

 強制的に──相手を変えてしまう事に。


「違う。警告と⋯⋯予言だ。俺はさっきから、ずっと⋯⋯抑えているんだ」


 カルミッドや後ろの騎士達に、もしかしたら同情の余地はあるのかも知れない。

 彼らは、種族平等などという建て前の裏で、省みられる事がなかった被害者なのかも知れない。


 だがそれでも、ヴァイスを利用し、無関係な子供たちを巻き込むなんて事は論外だ。


 だから、俺は抑えている。


 ──怒りを。


 解き放て⋯⋯と、常に誘惑が襲ってくる。

 暗い声が耳元で囁いてくる。

 俺が戦っているのは、目の前の騎士でも、かつて対峙した敵でもない。


 いつもこの、ドス黒い感情だ。


『シヴェルモント、何を躊躇っている⋯⋯さっさと怒れ、奴らに教えてやれ、誰が支配者で、誰が絶対者かを世に知らしめろ。お前の足元に跪き、お前の機嫌を取る為だけに生きる、真の恐怖と引き換えに手にする、最上の幸福を奴らに教えてやれ⋯⋯』


 闇が手招きし、俺を誘惑する。

 その衝動を抑えきれなかったせいで起きた悲劇。   

 それに伴って、激しい後悔を覚えたかつての自分を思い出しながら、抗う。


 だが──。

 

「ふん、何を抑えてるかは知らんが、私が終わらせてやろう──フィル、そのガキから殺せ」


 人質となっている二人のうち、弟のロイを指差しながらのカルミッドの一言が──俺の忍耐の壁に、一筋の亀裂を入れたのを感じた。


「あいつが抵抗したら、じゃなかったのか?」


「人質は一人いれば十分だ。下手に抵抗されて、これ以上長引けば面倒になる」


「そうか、分かった」


「銃は使うな、ガキの魔族ごときに弾がもったいない。サーベルでやれ」


 フィルと呼ばれた男が、カルミッドの要請に応じてサーベルを抜いた。


「じゃあいくぜ!」


 掛け声とともに、男が人質へとサーベルを振り下ろした瞬間──俺の忍耐は、静かに崩壊した。


『それでいいんだ、シモン──』


 『闇』が、嘲笑うように、慈しむように、俺を肯定する。

 俺の『怒り』が、サーベルを振り下ろしつつあった男を捉えた。


 同時に、フィルと呼ばれた男は身体を震わせ、動きを止めた。

 自らの手にある得物を、持ち替え──。


 ──自分の腹に刺した。


「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あっ!」


 奇声を上げながら、サーベルを左右に動かす。


「嫌だッ! 怖い! 死にたく、ない、死にたい! ああ、やだ、見るな、スミマセ、ン、もう、しません!」


 俺を見ながら、男は死への抵抗と死への渇望、後悔と慈悲を脈絡なく口にする。 


 同僚の突然の奇行に、残りの騎士のみならず、カルミッドでさえ事態を呑み込めず呆然としていたが⋯⋯。

 最初に立ち直ったのは、やはりカルミッドだった。


「貴様ッ! 何をしたッ!」


 俺は答えない。

 答えられない。


 答えようとすれば、更なる怒りを覚えそうだからだ。

 だから、心を静めるために口を閉じていた。


 その間にも、フィルは奇声と奇行を止めない。

 激しい動きと声とは対照的に、腹から流れ出た血が、倉庫の床に静かに広がる。


「ええい、誰でもいい! フィルを止めろ、残りは人質を殺せ!」


 原因の追求を放棄したのか、カルミッドが指示を飛ばす。

 一人が再びサーベルを、一人が銃を人質に向けた。


 それを見て、俺は諦めた。

 怒りの制御を手放してしまった。


 怒れる己と、どこか冷静に、今の状況を俯瞰で見ている俺が混在する。


 行動を起こしたうち、サーベルを持った男はサーベルを投げ出し、舌を突き出したあとで、自ら噛みちぎった。

 銃を抜いた男は、自分の太股を撃った。

 引き金を引いた指は一度で止まらず、何度も、何度も、倉庫内に発射音が響く。

 弾倉が空になった後も、引き金を引き続け、カチンカチンと撃鉄を鳴らした。


 俺の制御を離れた怒りは、何もしていなかった残りの、二人の騎士にも向けられる。

 一人はしゃがみこみ、自らの頭を倉庫の床に叩きつけた。

 もう一人は、顔をかきむしりながら、爪を眼球に食い込ませている。


 全員が、バラバラに、同じ種類の言葉を、脈絡なく、それでいて示し合わせたように口から紡ぎ出した。


 怖い、嫌だ、許して、死にたい、死にたくない、恐ろしい、助けて、やめて、もうしません、逆らいません、服従します、見ないで。


 恐怖、生への渇望、死への欲求、謝罪、後悔、服従、そして、恐怖。


 混乱の中、カルミッドは立ち竦んでいたが、やがて俺を向き、懐に手を入れ、先ほどのケースを再び取り出した。


 ケースを何度も振り、手のひらに大量に強化薬を出したカルミッドは、その全てを口に頬張り、噛み砕いた。


 粉々にした事と、過剰摂取により、薬はすぐに効果を発揮したらしい。


「アアアアアアッ!」


 獣のような声を上げ、カルミッドが突進してくる。


 ──俺は最後の怒りを、彼に向けた。


 瞬間、凄まじい勢いでこちらへと走り出していたカルミッドは、頭を抱えながらその場に膝を付いた。

 掻きむしるように手を動かし、髪の毛を引きちぎる。

 ただ、それでもカルミッドは他の騎士達とは少し違っていた。


「キサマ、いや、貴方様、怖い、いったい、何が、許し、嫌だ、何をした」


 その言葉には、後悔と疑問が交ざっていた。

 それには答えず、俺はカルミッドの肩に手を乗せる。


「カルミッド、俺はお前を赦す」


 俺の一言に、それまで疑問と混乱が渦巻いていたカルミッドの表情に、恍惚ともいえるものが浮かぶ。


「⋯⋯ああ、シモン様」


「俺は彼らを癒してくる、話はその後にしよう」


「はい、シモン様の慈悲を彼らにお与えください」


 俺は今も混乱の最中にある騎士達に、一人ひとり声をかけながら、治癒し、赦しを与えた。


 誰もが、カルミッドと同じ様に恍惚の表情を浮かべながら、俺の慈悲に感謝する。


 もう、彼らは元に戻らない。







 俺に付きまとう精霊の中で、最も強力で、最も凶悪で、最も過保護な──闇を司る精霊。


 俺が怒りを向けた相手に、抗えない恐怖を植え付ける。

 死んだ方がマシだと思えるほどの、深い恐怖を。

 知る前と、知った後で、その人間が変わってしまう程の、深く、暗い恐怖。


 彼らを恐怖から解放してやるには──俺が赦しを与えるしかない。

 

 そして一度感じた恐怖を、二度と味わわない方法を彼らは自然と学ぶ。

 彼らはもう今後、俺に媚び、へつらいながら生きるしかないのだ。




 ──そんな事を、俺が望む、望まないにかかわらず、だ。




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代表作

「決勝で会おうぜ!」と約束したのに1回戦で敗退した俺。いつの間にか「真の優勝者はアイツ」みたいな扱いをされてしまう~待って待たれてまた待って~

その他の連載作品もよろしくお願いします!

『俺は何度でもお前を追放する』
コミカライズ連載中! 2022/10/28第一巻発売! 下の画像から詳細ページに飛べます!
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