7
ーコンコン。
ドアをノックする音が響く。
マリアンヌが返事をすると、使用人から夕食の支度が整ったとの知らせを受けた。
「すぐ行くわ。」
マリアンヌは鏡を台の上に丁寧戻すと、「またね。」と鏡に囁き、部屋を後にした。
鏡の中の者とは、自分の姿をそこに映さないと会話ができない。鏡の中の者はマリアンヌがいなくなると、静かにその世界の中で眠りにつくのだった。
「お嬢様、今日はなー、なんと…とんでもなくデッカいロブスターがあるんだぜ。」
椅子へ腰掛けると、料理長のリベルトが大皿をドンとテーブルの上へ置いた。
リベルトは身長が高いだけでなく、体格も良い。かつては、騎士団に所属し副団長の座についていた。しかし、戦争中に足を負傷したことから、騎士団の職を辞し、料理の道に進んだ。器用な彼は、そこでも才能を開花させた。彼の手作りタルトを食べたセラフィーヌがその味を気に入り、ルードリッツ公爵家に招き入れ、その日からここで働くようになったのである。
「マリアンヌ様に対して失礼でしょう。」
大皿を置いたリベルトを、すかさずエリザベスが窘める。
「悪い悪い。でもよぉ、これ絶対うまいから、是非味わってくださいよ。」
悪びれることなく話を続けるリベルトに向かって大きなため息を漏らすエリザベス。これはいつもの光景だった。そのやりとりは、毎度マリアンヌを楽しませた。
「ありがとう。…本当大きいのね。」
大皿からはみ出る程のロブスターを見てマリアンヌは驚きの表情を浮かべた。これを上品に食べ進めることは難しいそうだ。
「みんなは食べたの?」
「いや、ロブスターはお嬢様の分です。」
「…。リベルト、小皿を7枚用意して頂戴。」
「はい?え、、はい。」
リベルトは訳がわからないと言った様子だったが、急いで厨房へ戻り小皿を7枚マリアンヌに差し出した。
「マリアンヌ様?いかがなさいました。」
エリザベスが不思議そうにマリアンヌを見つめる。
マリアンヌは、フォークとナイフを行儀良く持ち、器用にロブスターを捌いた。そして、その身を小皿7枚分と自分の分に綺麗に取り分けた。
「お嬢様はいつでも所作が美しいな。」
「そんなことないわ。ほら、この小皿はみんなの分よ。こんな珍しいロブスターですもの。皆んなで食べた方が美味しいわ。」
小皿の7枚は、ここにいる使用人全ての人数だ。
「お嬢様ー!」
リベルトは感極まり、袖で顔を拭っていた。
「マリアンヌ様、我々のことを気にしてはなりませんよ。あなたはここの主人なんですから。主人と同じものを食べるなんて、あってはならないのですよ。」
エリザベスはそう諭しながらも、マリアンヌの慈愛に満ちた心に触れ、喜んでいるようだった。
「他所では気をつけるわ。」
そんなエリザベスの姿を見て、マリアンヌは微笑むのだった。