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マリアンヌは込み上げる吐き気を抑えていた。
ユリアンヌが実の妹でないこと、父とセリスの聞くに耐えない話を聞き続け混乱していた。
数々のむごい仕打ちを受けても、血の繋がりのあるたった一人の妹だから、分かり合える時が来るのではと信じて疑わなかった。だか、実際は一切繋がりのない他人であった。
ユリアンヌ、セリスに対しては勿論、長年この事実を隠し、見て明らかな後妻と義理の娘による、実の娘に対する虐待を黙認してきたマルクスに沸々と憎悪が沸いてくる。
自分にもこんな醜い感情があったのかと初めて知った。
「…マリアンヌが、二人から虐げられていたのは知っているのか?」
「……はい。」
「どのような仕打ちを受けていたのか、全て知っているのだな。」
ギルヘルムの口調が徐々に強くなっていく。
「大方は。」
「……例えば?」
「病弱でないマリアンヌを社交界に出さずに別邸に住まわせることや…、アラン殿下からの贈り物を横流ししたり…、暴言を吐いたり…。」
「病弱ではないと事を知っていたのか。」
「存じておりました。それがユリアンヌを社交界で目立たせる為の口実であることも。」
マルクスは全てを諦めたかのような顔つきで、静かに答えた。
「何故、止めなかった。実の娘がそのような仕打ちを受けていて、何も思わなかったのか?」
「……セラフィーヌの胎内にマリアンヌが宿った時は…。」
マリアンヌとマルクスはここで初めて真正面から目を合わせた。目を逸らそうとも逸らすことができず、マリアンヌのサファイア色の大きな瞳はマルクスを捉えていた。
「まだ見たことのない赤子に対して、確かに愛を感じました。神にありがとうと天に届くよう叫んで伝えたいくらいでした。」
マルクスはそう言うと、一呼吸置いて話を続けた。
「ですが…、マリアンヌを宿してからセラフィーヌの体調が悪化し、弱っていく彼女を見て、徐々にマリアンヌに対しての愛の感情が薄れていったのです。」
「マリアンヌ、聞かなくていい。」
「セラフィーヌの胎内にいるのは何だ。本当に神が授けた愛し子なのか。それとも悪魔か…そう思うようになっていきました。」
マルクスは堰を切ったように話し続ける。長年秘めていた心情を吐露していくと次第に心が軽くなる。その快感がたまらない。
「セラフィーヌはマリアンヌを生むことを決め、私も彼女に従った。その判断が間違っていたのだ…。マリアンヌを生んでセラフィーヌが死ぬことは無かった!!」
ギルヘルムはマリアンヌの耳を塞ぐようにして、きつく抱きしめた。マリアンヌは瞬きをすることすら忘れていた。大粒の涙が幾重も流れていることに気付いていないようだった。
「そしてなんだ…?生まれてきたのはセラフィーヌそっくりではないか。セラフィーヌの全てを奪い、彼女の全てを身にまとって生まれてきたマリアンヌを憎く思ってしまうのは仕方がないだろう。」
マリアンヌに向けられているマルクスの目は最早、光を宿していなかった。感情を失った傀儡のようだった。
「黙れ!!」
怒声を浴びせたのはクレマンだった。セリスに突き立てていた剣を構え、マルクスを斬りつける勢いで迫ろうとしていた。
「くそ!離せ!!!あんな奴、マリアンヌの父親でも何でもねぇ!殺してやる!!」
「落ち着け!俺たちだって同じだ!」
「国王の御前だ…クレマン殿下!」
敬語を忘れ、ハイケンでのやり取りと同じような口調でフォルカーとベルナードは怒り狂うクレマンを止める。
クレマンの激昂が鎮まると、再びマルクスが口を開く。
「…セラフィーヌの生んだ我が子を育てなくてはとも思ったさ。だが、お前を見ているとセラフィーヌが浮かぶんだ。どうしても憎しみや嫌悪の感情を消せない。…その時に丁度いい女が現れた。それがセリスだ。」
セリスの肩が小さく震える。彼女もまた憔悴しきっていた。
「私の子ではないことは明らかだったが、二人まとめて面倒を見ると言っていた。その言葉に乗ったんだ。抜けていた母親という席を埋め、お前にまた家族を与えた。もう充分だと考えた。」
そこまで言うと、マルクスは乾いた笑いを漏らした。
「そこから後のことは母親になったセリスに任せた。どうであれ、生きてさえいれば、お前を大事に思うジュール国を欺くことにならない。もうどうでも良かった…。殆ど家に帰らず仕事に明け暮れることで気を紛らわせていた。」
「許せねぇ……こいつも…お前ら親子も、病弱という言葉を信じ、碌に調べもせず、マリアンヌの存在すら忘れていたこの国も、だ…。」
クレマンは荒い呼吸に乗せて、小さな声にありったけの怒りを込めた。




