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ギルヘルムは近くにいた使用人に紙とペンを用意させると、ヨゼフに託した。ヨゼフは書記を務める事となった。
スッと息を吸った後、ギルヘルムは口を開いた。
「では、まずマルクスに問う。マリアンヌとの関係は?」
「…父と娘です。私と前妻のセラフィーヌとの間で生まれた娘です。」
マルクスは目を伏せて答える。マリアンヌは、マルクスの口から実の娘であることを聞き、実子であることを改めて実感できた。
「そうか。それでは、セリスとの関係を説明してくれ。」
「彼女は…現在の妻です。私の治める領地にある酒場の娘です。」
セリスはその言葉を聞き、自身を押さえ付ける近衛兵達に「わたくしは公爵夫人なのよ。」とでも言いたげな冷ややかな笑みを浮かべた。
「では、ユリアンヌとの関係は?」
「……。」
マルクスが沈黙する。とてつもなく長い静寂が訪れたように感じた。マルクスが閉口し、ユリアンヌの表情が曇っていく。
「お父様…?」
父を呼ぶユリアンヌの声は震え、その隣のセリスは青ざめている。マリアンヌは三人の顔を順繰りに見た。
"まさか…。そんなはずは…。"
マリアンヌは全身から血の気が引くような感覚を覚える。
「ユリアンヌは…。その娘は…。」
マルクスは観念したかのように拳を強く握りしめて、声を絞り出した。
「あなた!!!!だめよ!!!!違うわ!!」
セリスが絶叫し、暴れ出す。近衛兵達は懸命に取り押さえるが、相手は女で公爵夫人だからか、強く出られないようだ。
「ひっ!」
「うるせぇ。黙ってろ。」
激しく暴れるセリスの目の前にクレマンが剣を突き立てる。セリスは小さく悲鳴をあげると、急に肩を落として大人しくなった。ギルヘルムはそのセリスの様子を、慈悲の欠けらもない蔑むような目で見た後、マルクスに再び問いかけた。
「その娘はなんだ?」
「……その娘は、私の……私の娘ではありません。」
その一言は、その場にいた全員を凍りつかせた。ヨゼフも走らせていたペンを止める。
マリアンヌの視界に映る世界が反転する。
「そんな…。」
「マリアンヌ!」
よろける彼女をギルヘルムは抱きとめた。マリアンヌは額を押さえてギルヘルムに体を預ける。衝撃の事実に理解が追いつかない。
「どういうこと…。私はお父様の娘ではないの?」
ユリアンヌは目を見開き、震える手をマルクスの方に伸ばす。
「お父様?何故、何もおっしゃらないのですか…。」
「ユリアンヌ、違うの。違うのよ!お父様が間違っているのです!!貴方は私たちの娘だわ!あなた、ユリアンヌになんてことを!」
「…君が一番分かっているだろう。」
血色の悪いマリアンヌを抱きしめたままギルヘルムがマルクスに説明を求めた。
「マルクス、どういうことだ。」
「私の体はもう…男性として機能しないのです。」
マルクスの言葉にセリスは声を荒げた。
「あの時は一夜を共にしたわ…!」
「セラフィーヌが死んでから、もう機能していない。セラフィーヌ以外では無理だ。その話は、酒屋でもしただろう。」
「でも、あの時は…できたのよ。」
セリスは下唇を噛み締める。隣では、近衛兵に押さえつけられたユリアンヌが呆然としている。
「君もあの時は泥酔していたし、お互いの話をしている時に、近くにいる茶髪の男を指差して、"そういうこと"をする仲だとも言っていたな。」
「っ…。」
「君が席を外した時にあの男にも言われたよ。関係があったと。」
「ユリアンヌがその男との子どもだとでも言いたいのですか?」
「恐らく。ユリアンヌの髪の色は確かに私に似てはいるが、瞳の色は君でも無いし、私の血縁にもいない色をしている。」
「……。」
「私を二階の部屋へと案内した後、君はベッドに倒れ込んで寝てしまったしな。私はベッドサイドにあった椅子に腰掛け酔いを醒していた。」
「まさか…。」
セリスは記憶の糸を手繰り寄せる。あの時、確かにマルクスを部屋に案内し、誘惑しようとベッドに横になった。
マルクスが机の上に公爵家の紋章が刻まれた懐中時計を置いた後は…。
「そして、私は少しして夜中に護衛達と酒場を出た。店を出る前には、あの男は"楽しめたか?"と私に聞いて、君の眠る部屋へ向かって行ったな。」
朧げな記憶の中にある甘いあの情事は…。
馬車を制止し、妊娠したとマルクスに告げた時の彼の表情は、全てを悟ったということなのか…。
「嘘よ!!!!!」
セリスは自分の髪を両手で掴み、眼を血走らせ発狂したかのような声を上げる。マルクスはそうしたセリスを尻目に、ギルヘルムへ向かって
「セリスを公爵家に迎え入れてからも夫婦らしいことは何もしていません。」
とはっきりと断言したのだった。




