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西側最奥…。夜の闇に吸い込まれそうな廊下の先に、閉じられている扉があった。扉の前に来ると二人は馬から降りた。ドアを馬で蹴破って、マリアンヌにぶつかりでもしたら一大事だ。ギルヘルムとクレマンは激しくドアをノックする。
「マリアンヌ!!そこにいるのか?」
「返事しろ!!」
「……ギルヘルム様にクレマン?」
か細いマリアンヌの声が、部屋の中から聞こえてきた。二人は胸を撫で下ろす。
「…ドアから離れていろよ!!」
二人でドアに体当たりをすると蝶番が外れ、ドアが歪な形で音を立てて開いた。
「来てくれたのね…。信じてたわ…。」
木材で塞がれた窓の前で、マリアンヌは震えていた。辺りには木屑が散乱し、マリアンヌ自身も木屑塗れだった。ナイフを握る傷付いた手には布が巻かれていて、その布は赤く染まっていた。服を裂いて作ったもので、服は所々破けている。血が滲んだ手を拭ったのか、ボロになった服にも血液が付着していた。
ギルヘルムもクレマンも、常に気丈に振る舞っていたマリアンヌの、か弱く小さな震えるその体を見て、胸に迫り上がる形容し難い感情を覚えた。二人は無言でマリアンヌに近づき、そして、そっと抱きしめた。
「遅くなってごめん…。ここから出よう。」
ギルヘルムの声が掠れる。マリアンヌの手からナイフが落ちた。
「……わたし…出られるの?」
サファイア色の瞳が大きく見開く。
「こんなクソみたいな所にお前を置いておくわけねぇだろ。」
「今まで頑張ったね。もう大丈夫だ。」
二人の温かい声色に包まれて、マリアンヌの目からは、いく筋もの涙が伝った。
「お願い…わたしを…一緒に連れて行って……。」
マリアンヌは、誰かにずっと言いたかった言葉を口にした。アランが来た時には言えずにいたこの言葉を言える相手が遂に現れた。涙がとめどなく溢れる。
「勿論だ。」
ギルヘルムはそう言うと、マリアンヌを横抱きにして、部屋の外にいた馬に乗せ、その後ろに自分も跨った。クレマンもその後に続く。
玄関ホールに着くと、床に数人の使用人が伸びていて、その全員が後ろ手に拘束されていた。
「…随分派手にやったな。」
「ギルヘルム様、無事保護できたようですね。」
「あぁ。このまま城へ向かう。」
「畏まりました。」
ヨゼフは、リベルトに会釈をすると馬に跨った。
「…お嬢様を頼む。」
「任せてください。また、剣の稽古をお願いします。」
「そのうちな。」
ヨゼフとリベルトは互いの握り拳を合わせて、約束を交わした。
「…リベルト。」
ギルヘルムの腕に抱かれたマリアンヌがリベルトを見る。
「お嬢様、この方達なら大丈夫です。」
「リベルト達は…。」
「そうっすね。お嬢様が幸せを掴んだら迎えに来てくれますか?エリザベス達と待っています。」
「分かったわ…。必ずよ。」
リベルトは、眉毛を下げひどく優しげな表情を浮かべた。そして涙の跡が残るマリアンヌの頬に触れると、歯を見せて笑い、手を振った。エリザベスと古くからいる別邸の使用人はリベルトの後ろで頭を下げた。
「お前ら、殺してないだろうな?」
馬に跨るフォルカーとベルナードにクレマンは声を掛ける。
「馬で蹴ったら早かったんだけどな。死なれちゃ困るから殴っておいた。」
「まぁ、骨は何本か折ったかもしれませんが。」
「そうか…骨ならいいか。あー…リベルトと言ったか?屋敷内を馬で踏み荒らして悪かったな。」
「いや。問題ないです。」
リベルトは、床に散らばった置物などを片付け始めていた。
「…清掃代はギルヘルムによろしく。」
「はは。恐れ多い…。」
「…さて、まずは城にいるマルクスから話を聞かないとね。」
マルクスという言葉でマリアンヌの心臓は跳ね上がり、思わずギルヘルムの腕を掴む指に力が入る。
「心配しないで。ちゃんと守るよ。」
ギルヘルムはマリアンヌの額に口づけを落とした。




