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「おい、マリアンヌ、おいってば。」
私は野垂れ死ぬと物騒な事を言ってから、マリアンヌは少しの間、考え込んだ顔をしていた。鏡の中の者の声にも応じない。さらに大きな声を出して呼びかけようと、いよいよ息を深く吸った時であった。
「名案を思いついたわ。」
マリアンヌがいつになく優雅に笑った。
マリアンヌの名案とは、セラフィーヌの故郷であるジュール王国へ移住することだった。出来れば、手紙のやりとりをしている叔父のところへ行きたいが、迷惑をかける訳にはいかない。この際、ルードリッツ公爵家との関わりを断つことができれば何だっていい。例え、平民になろうとも構わなかった。
「お前は何をエリザベスから学んだ。」
「へ?」
「お前は馬鹿かと聞いている。」
「ば、馬鹿ですって?馬鹿って言う方がば…」
まで言いかけて、マリアンヌは黙り込んだ。
そもそもセラフィーヌとマルクスが結婚したのは、敵対する国同士の冷戦状態を継続させるため。以前は小国であったジュール国は、軍師王と呼ばれるまでになった叔父アランが、隣接する国々との戦争に打ち勝ち、国土を拡大していき…今ではビスタルク国と肩を並べるほどの大国となった。
セラフィーヌ亡き今、冷戦状態を保つ役割となっているマリアンヌがビスタルク国からジュール国へ渡ることとなったら、どうなるか。
間違いなく戦争が起きるだろう。
マリアンヌは人質なのだ。
マリアンヌは全身から血の気が引くのを感じた。なにもそこまでは望んでいない。自分勝手にジュール国へ行くことは許されない身なのだ。
「じゃあ、どうすればいいの…。」
「1番は、お前が社交界に復帰することじゃないか。」
「復帰して、アルヘルム様に媚び売って結婚しろと?」
「いや、アルヘルムじゃなくても、結婚相手はごまんといるだろ。…それより、お前本当口悪くなったよな。」
「誰かさんが悪いからよ。」
「おい。」
「ふふ…。」
マリアンヌと鏡の中の者は笑い合った。先ほどの重い空気は、どこかへ流れいき、2人は他愛のない話に花を咲かせた。