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クレマンとギルヘルムは一息つくと、互いに目を合わせた。ギルヘルムが口を開く。
「シルヴィーが来るの遅くないか?」
「俺も思ってた。俺と会う時は、この時間にはいたしな。」
二人は考え込む。
あの娘が約束を忘れるような事はないだろう。マルクスもまだ王城に残っているし、ルードリッツ家にはセリスもいる。家の中のことはセリスや執事がこなすだろうし、マルクスも帰る気配が無いことからルードリッツ家の娘が仕事等に追われているとは考えられない。
「もう一人はシルヴィーなのかい?」
ビールを運んできたゲルタが聴く。
「あぁ。いつもはこの時間にはいる?」
「いるよ。なんなら、もっと早いよ。」
ゲルタは新しいビールと置き、空のジョッキを持つ。少し不安そうな顔をして言った。
「シルヴィーに何もないと良いけれど…。そういえば…。」
「なにか思い当たることでも?」
ギルヘルムはゲルタを見る。ゲルタは困った顔をして言う。
「やだ。そんな素敵な目で見ないでおくれよ。前にちょっと酔っ払ってたシルヴィーが、義理の母と妹とはうまくいってないって言ってたんだよ。」
「…そうなのか?」
「あそこも家庭が複雑みたいだからねぇ…。なんでも、離れに住まわせされているとか…。」
「……離れ。」
ギルヘルムはハッとする。ゲルタは他の客からの呼び出しで、二人のテーブルから離れた。
「離れってなんだよ。なんか知っているのか?」
固まっているギルヘルムの事をクレマンが揺さぶる。
ルードリッツ家に呼ばれた日、本邸と別の屋敷の窓から、確かにブロンドの髪が靡くのを見た。あれが本当にマリアンヌの髪だとしたら…。
ーー『本邸で不要になったものを仕舞っているとも聞いていますわ。』
ーー『病弱とのことで別邸にて療養しているとか…。』
ーー『不利益な情報を流していると判断されると書き換えられる可能性もあるから、お父様を介さないでやり取りをしたかったの。』
ーー『…私には自由がないもの。』
「あぁ、なんて愚かな…。」
ギルヘルムは片手で頭を抱える。
「おい、説明しろ。」
ギルヘルムの襟を掴んでクレマンが凄んだ。
「マリアンヌが病弱だと思うか?」
「いや全く…。」
「だろ。僕は…本邸の隣にある別邸の窓からマリアンヌを見たんだ。その後に庭で出会ったマリアンヌは、公爵令嬢とは思えない質素なドレスを着ていた。」
何故王太子兄弟が来る日に、質素なドレスを着ているのだろうか。頻繁にアランが様々なドレスを送っているのに。シンプルなデザインもあるが、質素なものは送っていないはずだ。
「そのマリアンヌを見て、ユリアンヌ嬢は"使用人"と言ったんだ。それに、普段使わない別邸には不要なものを仕舞ってあるとも言っていた。」
「なっ…。」
「義母と妹と折り合いの悪い事を踏まえて、マリアンヌが別邸に何故住まわされているか考えてみてくれ。」
「まさか。軟禁状態だとでも?」
「その…まさかだ。叔父との手紙も何故別ルートで送っているのか…。マリアンヌは書き換えられる可能性があると言っていた。」
「……。」
クレマンは絶句する。確かに、何故アランのところにはマルクスが書いた返事だけが送られてくるのか。不思議な点はあった。他国とのやりとりだから、国同士とのことを考えて仕方ない事だと深く考えなかった。
「…そのことが露呈しないようにか?」
「多分な。」
ギルヘルムは襟を掴むクレマンの手を払うと、立ち上がって金を置いた。
「くそっ!マリアンヌの家庭の事情を考えれば分かることだったのに!」
「…アルヘルム兄様がマリアンヌに好意を抱いていることをユリアンヌ嬢が知っている。」
「あの女が自分が婚約者候補から降ろされる危機にあるとなると…マリアンヌに…。まずいな…。」
「急ごう。馬はあるか?」
「勿論だ。」
二人は飯屋を飛び出した。ヨゼフ、フォルカー、ベルナードは二人が言い合うのを見て、既に店外に待機していた。五人は馬を待機させている場所まで走ると、ルードリッツ邸を目指した。




