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湯浴みを終えてベッドに寝そべりながら鏡の中の者にパーティーでの出来事を話している最中に事は起きた。
部屋の外が騒がしい。今日終始不機嫌だったユリアンヌが来たのだろうと覚悟していたが、いつも以上の喧騒に別邸全体が包まれている気配を感じた。
「いつもと様子が違うわ…。ユリアンヌだけじゃない。外に大勢いる。」
「確かに。警戒しておけ。」
マリアンヌは、手鏡を握りしめ、耳を澄ませた。エリザベスだけでなく、リベルトの声も混ざっている。ものすごい剣幕で何かを訴えている。足音、怒声、何かを引きずる音や、金物がぶつかる音…それらが段々と大きくなり、部屋に近づいてくる。
ーー ドンッ
「やめろ!!」
リベルトの怒鳴り声と共に、扉が勢いよく開くと、ぞろぞろと何人もの男達が入ってきた。使用人ではない。工具や材木などを手にしている彼等は職人のようだった。
「あなた達は…。」
マリアンヌは手鏡をベッドに置き、慌てて立ち上がる。男達はマリアンヌをチラッと見ると下品な笑みを浮かべたが近づいてくることなく、リベルトの制止を無視して窓の方へ向かっていく。何が起きているか理解できないマリアンヌはその場に立ち尽くした。
「マリアンヌ様!!」
エリザベスがひどく焦った様子で部屋に飛び込んで来て、マリアンヌを抱きしめた。
「ご無事でしたね…良かった…。」
「エリザベス、これは一体…。」
震えるエリザベスの肩越しに見えたのは、目に光のないユリアンヌとセリスだった。マリアンヌは無表情にそこに立つ二人に、計り知れない闇の深さを感じ取った。思わず息を呑む。
背後からは、けたたましい音が鳴り響く。
振り返ると窓に男達が材木を打ち付け始めた。窓の外からも同じように、男達が厳重に材木を打ち付けている。それを止めようとしたリベルトは三人がかりで男達に押さえ付けられ、身動きが取れずにいた。
「お姉様が悪いのよ。」
ユリアンヌの放つその一言に、憎しみが込められている。
「どうして…。」
「アルヘルム様を私から奪うから。」
「そんな事してない。」
「嘘つかないで!」
「嘘は言ってない!アルヘルム様とは何もないわ!」
ユリアンヌが感情的になるに連れて、マリアンヌも声を荒げる。そこへセリスが口を挟む。
「じゃあ聞くけれど…。アルヘルム殿下が、ユリアンヌではなく貴女と婚約を結びたいと旦那様にお話ししにらしたのは何故?」
「え…。」
いつの間にアルヘルムはマルクスとその様な話をしたのか、マリアンヌは知らなかった事実に動揺を隠せない。
「お母様ぁ…、アルヘルム様もギルヘルム様も…アラン様もクレマン様もみんなマリアンヌが取って行っちゃったわ…。」
「可哀想なユリアンヌ…。」
セリスは啜り泣くユリアンヌを抱きしめて髪を撫でる。
「旦那様も暫く戻ってこられないようですし、社交界に出ることも、部屋から出る事も禁じるわ。旦那様が戻るまで本邸に来ないで頂戴ね。」
「今日お会いした方々に、私の所在を聞かれたら何と答えるのですか。アラン叔父様には…。」
「前々からあなたのことは病弱な娘だと言っていたのだから、また体調が悪化したと伝えてけばいいでしょう。」
「…何故、窓を塞ぐ必要があるのですか。」
こうしている間も男達は作業を進め、部屋の暗さは増す一方だ。
「何故って…。」
セリスは残酷で妖艶な笑みを浮かべる。
「こうすれば、本当に精神を病むでしょうから。」
「っ……。」
マリアンヌは絶句した。こうした鬼畜極まりない考えができる人間がこの世にいるのか。目の前にいるこの人は人間なのか。
エリザベスの抱き締める腕に力が篭る。マリアンヌ、エリザベスの腕を優しく解くと、セリスの目を真っ直ぐ捉えた。
「生意気ねぇ…。本当はここの男達にあなたを手籠にさせる予定だったのだけど…。」
「ふざけるな!!」
リベルトが押さえ付けられながらも叫ぶ。マリアンヌは震える手を気付かれないようにするのが精一杯だった。
「安心しなさい。そんなことは流石の私もさせないわよ。だって、暴行の形跡って残ってしまうからアラン殿下に知られたら大変。」
「私がいつか告発するかもしれませんよ。」
「精神錯乱していると言うわ。この窓だって、あなたが飛び降りないように安全のために塞いだとでも何でも言い訳はできるもの。」
「……。」
「残念だったわね?」
セリスは勝ち誇った顔をマリアンヌに向けた。
「奥様、終わりましたぜ。」
「ご苦労様…。」
男達が工具を持って部屋から出ていく。その際もマリアンヌにいやらしい笑みを向けていた。
「いいこと?一歩も出てはダメよ?私の息のかかった使用人を見張りとして別邸に配属するから。ここの使用人達も同様。使用人達を別邸から出ることを禁じます。あなたと必要以上に接触する事もね。」
「私はどうなってもいい…他の人達は自由にしてあげてください。」
「いやよ。この事を外に漏らされたくないもの。…では、頑張って?」
セリスはユリアンヌを連れて出ていく。ユリアンヌはセリスに「お姉様に少しお話が…。」と言うと、マリアンヌの元へ駆けてきた。先ほどとは打って変わって慈悲に満ちた口調でマリアンヌへ話し掛ける。
「お姉様。」
「…なに。」
「私は優しいから、これを差し上げますわ。」
マリアンヌの手に、ひんやりとした何かが握らされる。
「辛くなった時は、使ってくださいね?」
手の中には鈍く光る銀のナイフがあった。




