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大広間には溢れかえるほどの貴族や他国の王族達が集められていた。アルヘルムの挨拶の後、皆が散り散りになり、交流を始めた。中でも人だかりができていたのはマリアンヌとマルクスの周りだった。
「ルードリッツ公爵家にこんな美しいお嬢様がおられるなんて存じませんでした。」
「お身体は大丈夫ですか?」
「もっと早くお会いしていれば求婚していたのに!」
「何故、今まで一度も話題に出してくださらなかったのですか。美しすぎて囲いたくなるのも頷けますが…。」
マリアンヌとマルクスは沢山の質問にてんやわんやしていた。マリアンヌはそうした中でも、ギルヘルムやアランを目で探していた。
「マリアンヌ様、是非私と一曲…。」
一人の青年がマリアンヌに手を差し伸べる。彼の後からは「私とも!」「その次は僕が!」と何人もの男達がマリアンヌのダンス相手に立候補した。マリアンヌはその手をとるか迷っていると、背後に人の気配がした。マリアンヌの後ろに立った者を見て、先程まで言い寄っていた男達は急に静かになった。
「悪いけど、彼女のダンスの相手は私なんだ。」
振り返るとそこには、笑顔を浮かべたギルヘルムが立っていた。
「私、恥ずかしながらダンスは初めてで…。」
マリアンヌは、顔を赤らめて俯く。ギルヘルムはそんなマリアンヌに優しく「僕に任せて。」と囁いた。
ダンスをする二人には周りの者を一切寄せ付けない高貴さが漂っていた。皆が、手を止めて二人の姿に魅入っている。
「上手じゃないか。」
「ギルヘルム様がお上手だから…。」
「そんなことないよ。…それより、マリアンヌ。」
「はい。」
「アルヘルム兄様には近づくなよ?」
「どうして?」
「兄様は君を気に入ってしまったようだ。」
「まさか。」
マリアンヌは冗談でしょうと笑うが、ギルヘルムは真剣だった。
「ユリアンヌ嬢から、乗り換えようとしている。」
「…は?」
「マリアンヌ、シルヴィーが出てるよ。」
「え、やだ…。失礼しました。」
「ちょっと場所を変えようか。」
二人は一曲踊り終えると、手を繋いでバルコニーへと出た。
バルコニーからはいくつもの街灯の灯る庭園が見える。昼に見たらどんな美しい庭があるのだろうか、社交界デビューを果たした今、また見られる機会があるかも知れないとマリアンヌは心を躍らせた。
「さて、マリアンヌ、ここからはシルヴィーでいいよ。」
「…でも。」
「二人の時はそうしよう。あのやりとりが僕は嬉しかったし楽しかった。」
「…分かったわ。」
とは言ったものの、ジークハルトの時とは違う彼の姿を見るとやはり緊張はしてしまう。それでも必死にハイケンでの彼との関わりを思い出すと、少し心が和らいだ。
「君のことは調べさせてもらった…。あまり情報は得られ無かったけれど。」
「でしょうね。」
「なんでそう思う?」
「私が外へ出てないから…。それより、どんな情報を得られたの?」
「君がジュール国王女の娘だということ。病弱だと噂されていること。全くそう見えないけどね。」
「失礼ね。」
「ははは。ごめん。」
ギルヘルムはマリアンヌを見つめる。その眼差しにどきりと胸が高鳴る。
「僕から質問をいいかな。」
「ええ。」
「何故、町娘のような格好をしてハイケンにいたんだ?」
この質問が来ることは覚悟していた。マリアンヌは冷静さを保って返事をした。
「ジュール国の叔父への手紙を届けるためよ。」
「ジュール国に?」
「そう。でも、本当に叔父と姪の他愛無いやりとりなの。」
「マルクスに頼めばいいじゃないか。」
「元々冷戦状態の敵国のジュール国との文通だから…お父様のチェックが入ってしまうのよ。不利益な情報を流していると判断されると書き換えられる可能性もあるから、お父様を介さないでやり取りをしたかったの。それだけの理由よ。」
「まぁ、手紙を誰かに勝手に読まれるのは良い気分ではないね。でも、書き換えられることは無いと思うけどな。」
「…私には自由がないもの。」
ふと発した声が、低くなったのを感じた。マリアンヌは思わず口を手で抑える。ギルヘルムはマリアンヌの事を少し驚いたように見つめる。マリアンヌは必死に言い訳をして、それから話を逸らした。
「ごめんなさい。公爵家の娘ってなんか、ちょっと堅苦しいっていうか…。でも、ある人に出逢って、こっそり手紙を届けてもらっていたのよ。」
「まさか…それが彼?なるほどな。確かに顔見知りなのも当たり前か。」
「彼…?ちょっと待って、どういうこと?」
「え…。その人ってあれだろ、強盗事件の時の…。」
「あ、そうそう。ギードのことね。」
「ギード?いや…彼は……。」
ギルヘルムが何かを言いかけた時、聞き覚えのあるハスキーな声が彼を呼び止めた。
「お久しぶりですね。ギルヘルム殿下。あの時はどうも…。」
声の主を見てマリアンヌは目を見開く。そこにいたのは紛れもなく、よく知っているあの人だった。
「…ギード?」




