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食事を終えると、2人で庭園を散策した。多種多様な花や草が風に揺れている。隅々まで表の庭園を歩くのは数年ぶりだった。別邸の窓から眺めていた花を間近で見ることができ心が躍る。
「楽しそうだな。」
「叔父様とお花に囲まれているから…嬉しくて。」
「そうか。」
アランはマリアンヌの頭を優しく撫でる。少し照れ臭くなったマリアンヌは、話題を変えた。
「お母様の部屋には入られたのですか?」
「いや、応接室しか行っていない。思い出すにはまだ辛くてな…。」
「そうですよね…。失礼しました。」
「いや、もう何年も経つのに私がケジメをつけられていないのが問題だからな。それに、屋敷にいる後妻とその娘とやらが苦手だ。」
「えっと…。」
はっきりと告げられて、答えに迷う。正しい返答が思いつかない。アランはマリアンヌの向かいに立ち、両腕を掴んで真剣な様子で問いかけた。
「マリアンヌ。辛いことはないか?」
「辛いこととは…。」
「後妻や、あの娘とはうまくやっているのか?」
「……はい。」
そう察するような態度をとってしまったのかとマリアンヌに緊張が走る。消え入りそうな声で返事をする。ここで対応を間違えれば、ジュール国とビスタルク国との間に亀裂が入るかもしれない。
「お前が辛い思いをしているならば…ジュール国に連れて帰ることもできるんだ。」
「叔父様…。」
「困らせてしまったね。でもよく覚えておいてくれ。私はいつでもマリアンヌの味方だ。」
「ありがとうございます。」
アランはそう言うと、マリアンヌを優しく抱きしめる。この胸に飛び込んで行きたい気持ちを抑え、マリアンヌはアランの背中に手を回した。
アランはマルクスと殆ど話すことなく、ルードリッツ家を後にすることにした。これからヴィルヘルム国王と謁見し、1日滞在して帰国する予定だと言う。何日もかけて来国したにも関わらず、長く滞在できないほど多忙を極めているらしい。
本邸の玄関ホールの前では、アラン来訪時と同じようにルードリッツ家全員で見送りをする。ユリアンヌは気まずそうにマリアンヌの一歩後ろに並んでいた。
「もうお帰りになられるのですね。」
マリアンヌの声色が沈んでいるのを察したアランは、優しく微笑みかける。
「アルヘルム王子の誕生日にまた会おう。」
「御言葉ですが、マリアンヌは参加しま…」
「何か言ったか?」
「いいえ。とんでもございません。」
セリスが否定するが、畳み掛けるようにアランが冷たく言い放つ。
王城からのマルクス、セリス、ユリアンヌのみの招待だった。それもそのはずだ。長い間セリス達がマリアンヌを隠していたからだ。招待状にマリアンヌの名前は無かった。どうするべきか。
ーー ここは、適当に返事して…当日体調を崩したことにすればいいじゃない。
そう考えたセリスは妙案が浮かんだと口角をあげる。
「もし、体調が優れず参加できないとなったら、ここに見舞いにこよう。」
「叔父様…!」
マリアンヌの顔がパッと輝いた。パーティーに参加できない場合も、アランと会えることが嬉しかった。その横で、セリスは苦い顔をする。流石は、軍師と呼ばれるアランだ。頭が切れる。
「アラン殿下、ユリアンヌはアルヘルム殿下の婚約者候補に選ばれましたの。どうぞ、ご贔屓に。」
悔しさからセリスは自尊心を保つために、ユリアンヌの肩に手を置いて自慢気に言った。ユリアンヌも母のその言葉に自信がつき、マリアンヌとの差を見せつけるように、すました顔をする。
「そこまでにしておけ。」
マルクスが2人を制止するが、アランはセリス達を笑い飛ばした。
「あのアルヘルム王子に見染められてもなぁ!まだ婚約者と確定した訳でもないのに、とんだ自信家だな。まぁ、高慢な者同士お似合いじゃないか。」
「っ…。」
「悪いが、君達の話に興味はないのでね。どうなろうと知ったことではない。」
アランの言葉にセリスとユリアンヌは固まって動けないでいた。マルクスも何も言い返せない。
「さて、マルクス。マリアンヌを引き続きよろしく頼むぞ。」
「…はい。」
「マリアンヌに何かあったら、ジュール国が黙ってはいないことを肝に銘じておけ。」
「は。」
マルクスに対し厳しく牽制した後、アランはマリアンヌを名残惜しそうに見つめる。そして、庭園の時のように優しく頭を撫でた。
「マリアンヌ、愛しているよ。」
マリアンヌは目を見開く。アランから発せられたのは、マリアンヌが望んでいた言葉だった。
「叔父様、私も…。」
「あぁ、ありがとう。では、また会おう。」
「はい。楽しみにしております。」
マリアンヌの頭から、優しく触れていた手が離れる。
「アラン殿下、道中お気をつけて。」
マルクス達は深くお辞儀をし、アランを見送った。マリアンヌだけは、アランが馬車に乗り込むのを見守った。窓からアランが手を振る。騎士達に囲まれて、ジュール国の行列がゆっくりと進んでいく。
ーー行かないで…私を連れて行って…。
視界が霞む。
最後の騎馬が出て行き、ゆっくりと門が閉じられる。
「部屋に戻ります…。」
マルクス達の方へは目もくれないで、マリアンヌは別邸へと走り出した。溢れる涙が止まらない。
驚くエリザベス達をよそに、部屋に駆け込みドアを閉める。
「…ひっ…ぅ、うぅ…。」
ベッドのシーツに顔を押し付け、マリアンヌは声を押し殺しながら静かに泣いた。




