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朝からマリアンヌは食欲がなく、キリキリと痛む胃をしきりにさすっていた。今日はいよいよ、アランの訪問日だ。
「マリアンヌ様、ご無理なさらず…。」
「大丈夫よ。緊張しているだけ。」
この日に備えて、ジュール国の歴史や特産物等全ての情報を頭に叩き込んだ。マナーも見直して以前よりも磨かれている。人と会うことがなかったマリアンヌにとって、これらを披露する場は初めてとなる。今までにない緊張がマリアンヌを襲う。
先日、選んだドレスとネックレスをつけ、髪型も完璧にした。新しい靴も足に馴染んでいる。この新しい靴は、マルクスにエリザベスが頼んで用意してもらった。豪華なドレスに合う靴を持ち合わせていなかったが、これで足元まで完璧だ。マルクスがマリアンヌに何かを買い与えるというのは初めてであった。マリアンヌは、ドレスの色に合う紺色の靴を見て、口元を綻ばせる。どのような形にせよ、父親からの初めての贈り物は嬉しかった。
「本当に、わたくしはご一緒しなくて宜しいのです?」
「ええ。奥様からキツく言われているようですし。」
「しかし…。」
「大丈夫よ。」
エリザベスは肩を落とす。昨日、セリスから"別邸の使用人を連れてきてはいけない"と伝言を預かった本邸の使用人がやってきた。大方、マリアンヌを閉じ込めているとアランに告げ口しそうな人間を排除しようと考えているのだろう。
「さぁ、参りましょう。」
マリアンヌは両手で頬を打ち、気合を入れて別邸の玄関ホールのドアの前に立った。リベルトを始め、使用人達が全員見送りに来てくれた。
「お嬢様、本当美しいです。セラフィーヌ様に似て、本当女神のようです…。」
「ありがとうリベルト。」
リベルトは目にうっすら涙を浮かべている。そのリベルトを押し退けて、若い使用人達がマリアンヌの前に進み出る。
「マリアンヌお嬢様、いってらっしゃいませ!」
「こちらに戻られたら、お話お聞かせくださいね。」
「分かったわ。みんなありがとう。行ってくるわね。」
マリアンヌは深呼吸をして、別邸から外へと出た。
明るい光が降り注ぐ。マリアンヌは眩しそうに手をかざす。今日は流石に手鏡を持っていくことができなかった。帰ったら良い報告ができるよう、アランとの関係を深めてくる約束をした。胸元では、陽の光に反射してサファイアが光る。
ーー お母様、どうか見守っていてください。
本邸ではきっと、セリスとユリアンヌになじられるだろうし、マルクスには厳しい視線を注がれるはずだ。それらに耐えられるよう、アランに好印象を持ってもらえるよう、マリアンヌは心の中で強く思いながら、青い光を放つサファイアを握りしめた。
庭に出るとグンテが帽子を外して出迎えた。挨拶を交わすと、グンテは微笑んで
「庭に精霊が訪れたのかと思いましたぞ。」
と言った。手には数本のガーベラが握られている。
「グンテの育てる花は本当に綺麗に咲くのね。」
「ありがとうございます。今日はめでたい日ですから、いつもより多めにお届けします。後で部屋へ…。」
「あ、待って。鋏を借りられる?」
「はい。」
マリアンヌはガーベラの茎を短く切ると、纏めてある髪に挿しこんだ。オレンジ色のガーベラが青いドレスによく映えた。
「どう?」
「綺麗ですな…。花も喜んでいます。」
「髪飾りが無かったから助かるわ。行ってくるわね。」
「楽しんで…。」
深々とお辞儀をしたグンテに見送られながら、マリアンヌは背筋を伸ばし、本邸の玄関ホールへ歩いていった。




