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城内では、アルヘルムがルードリッツ家の娘ユリアンヌを見初めたという噂が一気に広まった。婚約者候補の位置は変わらないが、容姿を大層気に入ったアルヘルムは帰りの馬車の中で「横に置いておく分には最適だ。」とギルヘルムに話していた。
ギルヘルムは苦笑した。兄のその言い方も最低だが、ユリアンヌに王妃は務まらないと初対面で確信してしまったからだ。
ユリアンヌの髪や首、手には輝く幾つもの宝飾品…ドレスにも無数のダイヤモンドが散りばめられていた。彼女が身につけていたものだけで、騎馬や鎧、剣がいくつ買えるだろうか。ビスタルクをどれだけ肥沃な土地にできることだろうか。王妃となり豪華に着飾った彼女が散財する姿を想像しただけで、身震いしてしまう。
「はぁ…。」
自室で公務を執り行いながらギルヘルムは深くため息をついた。そこへ部屋をノックする音が鳴る。
「ギルヘルム様、ヨゼフです。」
「あぁ。入ってくれ。」
「失礼します。」
「分かったのか?」
「はい。」
ヨゼフは手に持っていた手紙をギルヘルムに渡した。宛名はヨゼフになっている。ギルヘルムは紙を広げ、書かれている内容に目を通し、眉間に皺を寄せた。
「ルードリッツ公爵の家族に関する情報を、城内の者に聞いて回りましたが、前妻の方との間に子がいたという者と、いないという者とが居まして…。皆記憶が曖昧でしたので、昔騎士団長をやっていた者と繋がりのある部下に頼み、内密で文を送りました。」
「なぜ、元騎士団長に?」
「その者が今、ルードリッツ家で料理人として雇われていると聞いたもので…。」
「そうなのか。それは誰だ?」
「リベルト・オーウェンです。」
「リベルト・オーウェン…ビスタルクの剣か…。」
ビスタルク国は王室直属の護衛を主に務める近衛兵、その下に戦地に派遣される騎士団、憲兵と細かく所属が分かれており、他国に比べると特殊だ。平民出身の憲兵から近衛兵になったヨゼフは大出世をしている。
リベルトは剣を振るう者は誰もが知っている名前だった。リベルトは近衛兵の昇格を勧められていたが、戦地に行くことを好み騎士団残留を決めた。当時のリベルトの剣の腕には、ヨゼフもギルヘルムも敵わないだろう。それ程の実力が彼にはあった。そして、その彼の同期や後輩は今も騎士団や近衛兵として残っている。そのつてで、ヨゼフは情報を集めたというのだ。
「そこに記してあるように、前妻との間には確かに娘が誕生しています。前妻の方はご存知の通り、ジュール国王モーガン王の娘、セラフィーヌ様です。」
「その娘が…マリアンヌなのか。」
ーーマリアンヌがジュール国王の孫娘…。以前、ハイケンで会った時に叔父に手紙を書いていると聞いた。その叔父とは…まさか…。あの戦狂いのアラン殿下ではないのか…。だとしたら、あの者との顔見知りだというのも納得がいく。
「だそうです。そして、病弱とのことで別邸にて療養しているとか…。」
「病弱…?」
「はい。なので、社交界にも参加しておらず…。マリアンヌ様はジュール国王の孫娘でもありますので、他の貴族達が興味を示さないようにルードリッツ公爵も、今の奥様もマリアンヌ様のことをひた隠しにしているとか…。好奇の目で見られて心の負担にならないよう、お二人はマリアンヌ様を別邸に囲っているそうで…。」
ギルヘルムの耳には、あまりヨゼフの話が入ってこなかった。ギルヘルムの頭の中は、シルヴィアのコロコロ変わる表情や、果敢に強盗のいる店内に入り込もうとする姿、イモリの丸焼きを食べる姿が浮かんでいた。病弱というのは本当なのか。長年の療養生活を経て、今ようやく活発になってきたのだろうか。
「分かった…ありがとう。また彼女について何かわかったら教えてくれ。だが、くれぐれも口外するなよ。シルヴィ…マリアンヌとの約束なんだ。」
「承知しました。」
ヨゼフは頭を下げると、退室した。一人残されたギルヘルムは、ヨゼフが話した事が書いてある手紙をもう一度眺めた。文末には、マリアンヌ様のことは口外するなと強い筆圧で書かれている。
「ん?…この匂いは。」
紙の端の方から柑橘系のオレンジやレモンのような香りが漂う。ギルヘルムは急いで蝋燭に火を灯し、紙の端を炙った。
「これは…。」
”真実を知りたければ本人に。マリアンヌ様の救済を。”
と書かれた文字が浮かび上がる。
「どういうことなんだ…。」
ギルヘルムは腕を組む。手紙な内容と真実は違うのだろうか。マリアンヌを何から救うのか…。アルヘルムの誕生パーティーが終わるまでは激務だ。ハイケンへ行くことも、私用でルードリッツ家に行くことも難しい。
ーー 誕生パーティーが終わったら、マリアンヌに直接会って話を聞こう。
ギルヘルムがそう考え込んでいる間にも、アルヘルムが手をつけない様々な仕事がギルヘルムの元へ舞い込んでくる。ギルヘルムは手紙を机の中に仕舞うと、再び公務に取り掛かった。




