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「いやー、本当一時はどうなることかと思ったぜ…。」
「本当にごめんなさい。」
手鏡を取り出すと、鏡の中の者が笑いながら言う。怒ってはいないようだった。
「にしても、ジークハルトの正体はギルヘルムだったか。」
「あまり驚かないのね。」
「何となく、そうじゃねぇかなって思ってたからな。」
「ギルヘルム殿下のこと知っているの?」
「まぁ…少し。」
「そうなのね…。」
マリアンヌは、何故と聴きたくなった口をつぐんだ。今はそれよりも、ギルヘルムがマリアンヌという存在を公にしないかが心配だ。
鏡の中の者は曇っているマリアンヌの顔を見ると、安心させるように言った。
「あいつは、大丈夫だ。」
外では王太子殿下の見送りの挨拶が終わり、いつもの静けさが戻っていた。無事に終わったのかと思った矢先、今度は別邸内が騒がしい。騒がしさに気付いた直後、乱暴にドアが開いた。勢いよく開いたドアは反対壁に当たり、衝撃音が部屋中に響いた。
「お姉様!」
ユリアンヌが怒り心頭といった様子でドアの前に立つ。顔は紅潮していて、血管がブチブチと音を立てているように感じられた。
エリザベスはユリアンヌに制止を振り払われたのか、背後でおろおろしている。
「…なに?」
「なにじゃないわよ!恥かかせてくれたわね。」
その一言で猫を追いかけて正面の庭園に出た姿を見られたと察した。まさか、公爵家に隠している娘がいるという事がアルヘルムにも露呈してしまったのかとマリアンヌは内心どぎまぎしていた。
「アルヘルム様はお姉さまのことを使えない使用人だと思ってたから良いけれど!!でもここに、使えない使用人がいると思われたことが最悪よ!!」
「……。」
「お姉様はルードリッツ家のお荷物だわ。私とお母様が、貴女をかわいそうに思ってここに置いてあげているだけなんだから!そこのところをよく理解してください。」
ユリアンヌはマリアンヌのことを睨みつける。いつものマリアンヌは、ここまでずたぼろに言われたら心が折れていただろう。しかし、マリアンヌは顔色ひとつ変えず、ひと言も言い返さず、冷静な表情を見せた。それを感じ取ったユリアンヌは面白くない。人差し指をマリアンヌに向けて大声で叫んだ。
「次は無いから!よく覚えておいて!」
ユリアンヌはそう言い捨てて、大股で帰っていった。その姿を見送った後、アルヘルムに知られなくてよかったと、マリアンヌは胸を撫で下ろした。




