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ドレスの試着が終わり、普段の質素なドレスに着替えたマリアンヌは、先ほど閉めた窓を少し開け、柔らかな風にあたりながら静かに読書をしていた。ふと顔を上げて庭園を見る。今頃、本邸の中ではユリアンヌ達がアルヘルムと談笑をしているのだろうか。何頭もいた馬は来賓用の馬つなぎ場に移動したようで外には誰もおらず、先ほどと打って変わって、しんとしている。
「失礼します。」
ノックの後にエリザベスがお茶を持って部屋へ入ってきた。可愛らしい花の形のクッキーも添えられていた。王太子たちが来ているというのに別邸で引き篭もらなければならないマリアンヌを不憫に思ったリベルトが作ったのだ。
「可愛いクッキーね。」
「リベルトの新作だそうですよ。」
「気に入ったと伝えておいて。」
「かしこまりました。あの…マリアンヌ様。」
「どうかした?」
「息抜きに裏庭に出てみては…。裏庭であれば、誰とも顔を合わせないでしょうから。」
予想もしていなかったエリザベスの提案にマリアンヌは目を丸くする。エリザベスのことだから、絶対にマリアンヌを外に出さないと思っていたが、彼女なりの気遣いなのだろう。マリアンヌは素直にその厚意に甘えることにした。外に出られるだけでも気分転換になる。手鏡も持っていき、外で話をしようと考えた。
「お茶をいただいたら、裏庭に行くわね。」
「鍵を開けておきます。今日は日差しがありますから、裏庭といえどしっかり帽子を被ってくださいね。」
エリザベスはそう言うと部屋を後にした。マリアンヌはゆっくりと紅茶とクッキーを味わい、外へ出るために髪をまとめて帽子を被った。そして、いつも街へ行くときの鞄に手鏡を入れて部屋を出た。
裏庭に出ると、グンテが木の剪定をしているのが目に入った。マリアンヌは鞄を芝の上に置いて軍手の側に駆け寄った。
「グンテ、いつもありがとう。」
「これはこれは…。この時間に外に出て来られるのは珍しいですな。」
「エリザベスが許してくれたの。」
マリアンヌはグンテの足元に散らばる剪定された枝や葉を集めながら会話を続けた。グンテはそれを止めない。マリアンヌがグンテの手伝いを好んで行うからだ。何度も制止したが、手伝うことをやめた試しはなかった。グンテは制止を諦め、怪我しないようにだけ注意を促すようにしたのだ。
「さようですか。それは良かった。マリアンヌ様怪我しないでくださいね。」
「大丈夫よ。今日も天気が良いわね。」
マリアンヌは手際よく、散らばった枝と葉を一箇所へ纏めていく。
「マリアンヌ様、猫がいますよ。」
グンテの声に、マリアンヌは手をとめた。
「あら、可愛らしい…。」
グンテの視線の先に1匹の猫がいる。野良だろうが、毛並みが良く賢そうな顔つきをしている。マリアンヌはじっと猫の様子を見守った。伸びをしてから、ゆっくりと4本の足で歩いている。そして、芝の上に置いた鞄に近づくと、それを咥えて駆けていった。
「あ!だめ!!」
ーー あの中には鏡が!!
「こちらはガゼボですの。ここからは庭全体が見晴らせますのよ。」
本邸で休息として軽く話をした後、ユリアンヌに連れられてアルヘルムとギルヘルムは庭園内を見て廻った。相変わらずユリアンヌはアルヘルムの腕に手を回している。胸を押し付けているようにも見えた。二人の後ろから、げんなりとしながらギルヘルムはついて行った。
「アルヘルム様も、ギルヘルム様も一度ガゼボから庭を眺めてくださいませ。」
「そうしよう。」
アルヘルムはユリアンヌ共にガゼボへと入り、そこにある長椅子に腰をかけた。ユリアンヌは庭の話ではなく、自分がいかにアルヘルムを慕っているかを熱心に話している。今日が初めての顔合わせだというのに図々しいものだと、ギルヘルムは閉口した。ギルヘルムは中に入らず、ガゼボの柱に寄りかかりながらユリアンヌの話が途切れるのを待った。




