36
翌朝、いよいよ心配したエリザベスがマリアンヌの部屋に入り、カーテンと窓を全開にして声を掛けた。草の香りが風に乗って部屋に入ってくる。
「マリアンヌ様!何か召し上がってください。お体に触ります。」
「食欲が無いの…。」
「いけません。ベッドからお出にならなくても宜しいですから…しっかりと食事を召し上がってください。今、リベルトに用意させています。」
「食べたくない…。」
そう言ってベッドに潜り込んだが、エリザベスは半ば強引にマリアンヌの上体を起こした。あれから一度も目を覚ますことなく、眠ってしまっていたらしい。
空いている窓から、グンテが他の庭師に指示を出す声が聞こえてきた。今日はアルヘルムが訪れる日だ。庭の手入れの最終確認を行なっているのだろう。本邸の方からは慌ただしい使用人達の声がこだましている。
私には関係のないことだと思いながら、エリザベスが運んできたお湯で顔を洗う。そこに、ドア越しからリベルトがマリアンヌを呼ぶ声が聞こえた。
「どうぞ。」
「失礼します。」
リベルトは銀のクローシュを乗せた皿を一つ運んできた。マリアンヌのベッドの横に腰を落とし、クローシュを開ける。中から甘い匂いが漂う。そこにあったのは、木苺のタルトだった。
「それはっ…。」
口を覆って、そう声をあげたのはエリザベスだった。
「奥様…セラフィーヌ様がお好きだったものです。」
「……。」
マリアンヌがタルトをじっと見つめていると、リベルトはフォークで小さくカットしてマリアンヌに手渡した。マリアンヌは、タルトを口に含む。
「美味しい…。」
その一言を聞いて、リベルトは会心の笑みを漏らした。その目は潤んでいるようにも見えた。マリアンヌの傍らでエリザベスの嗚咽が漏れた。
「…エリザベス?」
「申し訳ございません…。昔のことを思い出してしまって…。」
あの時エリザベスも、お母様の側にエリザベスもいたのか。マリアンヌの胸がズキズキと痛んだ。
「お嬢様。」
リベルトがいつになく真剣な声を発した。
「お嬢様、どうか絶望しないでください。俺らはいつでもお嬢様の味方ですから。セラフィーヌ様だけでなく、お嬢様まで失ったら俺たちはもう…。」
リベルトの手が震えている。マリアンヌは、その手を優しく包み込み「ありがとう。」とお礼を言った。
私は何をしているのだろう。自分を思ってくれる人を大切にしていこうと決めたじゃないか…。ここで挫けている場合ではない…マリアンヌの心に火が灯る。
ーパンッ
マリアンヌは、よくパウルやゲルタが気合を入れるために両手で自身の頬を打っていたことを思い出し、その真似をした。
成程、これは確かに気持ちを切り替えられる。
「マリアンヌ様!?」
エリザベスはマリアンヌが御乱心かと慌てて様子を伺う。
「エリザベス、リベルト、心配かけてごめんなさい。もう大丈夫。」
「お嬢様!良かったー!」
「リベルト、着替えを済ませたら食堂に行くからタルトを運んで貰ってもいいかしら。」
「承知!」
リベルトは張り切って部屋を出た。マリアンヌは立ち上がり、エリザベスと共に身支度をする。足元にあった箱が片付けられている。
「食事が済んだら、ジュール国の今について詳しく教えて欲しいの。叔父様とのお話で必要だと思うから。」
「かしこまりました。」
「午後は、叔父様が贈ってくださったドレスを試着するわね。」
「ご用意致します。」
アランの訪問まであと6日。来客と接することが初めてとなる。公爵家の娘として、ジュール国王女の娘として、その名に恥じぬよう行動せねば…教養にダンス、それから…マリアンヌは頭の中で念入りに計画を練った。




