34
朝食を終え、エリザベスの講義を受けるために玄関ホールを横切った時だった。外へ続く重々しい扉が開いた。
「…ぇ。」
扉が開くとそこにいたのは、数回見掛けたことのある本邸の執事と、数名の使用人、そしてマルクスだった。最後に父親の顔を見たのはいつだったか…表情がなく能面の様なマルクスの顔を少しの間見つめていたが、我に返りカーテシーをした。ドレスを持つ手が震えてしまう。
「ご、ごきげんよう…。」
お父様…と言いかけて言葉が詰まる。マルクスを前にして、そう呼ぶことができない。下げた頭に注がれる視線が重くのしかかった。
「旦那様!いかがなさいました?」
事態に気付いたエリザベスが、小走りで玄関ホールに来た。マリアンヌの前に進み出て庇う様に用件を聞く。マリアンヌは姿勢を戻したが、顔を上げることができず、マルクスの綺麗に手入れされた革靴を見つめていた。
「……アラン殿下がお前に会いにここへ来るとの知らせがあった。」
マルクスの口から溜息混じりに、信じられないことを告げられる。思いがけない朗報だ。大好きな叔父が来ると知り、マリアンヌは思わず父の顔を見た。
「そんなに嬉しいのか。」
「い、いえ…。そういうわけでは…。」
また視線を落としてマリアンヌは答える。
「ジュール国の遣いからは一週間後と聞いている。お前の叔父上はジュール国の次期国王だ。失礼のないようにしなさい。」
「はい…。」
「その日は朝食を済ませたら本邸に来る様に。」
「かしこまりました。」
マルクスは、そのまま本邸へと引き返した。扉が閉まると、マリアンヌは力無くしゃがみ込んだ。腰が抜けたようだ。
「マリアンヌ様!」
エリザベスが駆け寄り肩を抱く。
「ちょっと緊張してしまって…。」
「今日の講義はとりやめましょう。自室に戻ってお休みください。温まるものを用意します。」
マリアンヌはエリザベスが呼んだ使用人達に支えられながら自室に戻った。
自室で一人になると、鏡の中の物に今の出来事を報告した。
「この時期に、あの人がここに来るなんて…。」
鏡の中の者にとっても予想外のことの様だ。
「お前との手紙のやりとりが効いたんだな。過去ではなかったことだ。」
「鏡さん、どうしよう…。」
マリアンヌは両手を頰にあてる。
「なんだよ?」
「嬉しくて仕方ないの。やっと叔父様にお会いできるのね。」
「よかったな。」
「楽しみだわ…どんな方かしら…どんな声なのかしら…。」
「会えばわかる。」
「…私を愛してくれるかしら。」
鏡の中の者は伸ばした手を引いた。実際に近くにいたら抱きしめていただろう。血の繋がりのある父からは愛を受けられない。半分血を引いているであろうユリアンヌからも…。
「…アランはお前を愛しているよ。」
鏡の中の者の言葉を聞いて、マリアンヌは表情を緩めた。




