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ーー 光るブロンドの髪、サファイア色の瞳、陶器のような肌…どれもこれもお嬢様と瓜二つだ。あの方が生きていれば、マルクス様とセラフィーヌ様、お嬢様の3人で幸せな家庭を築けたはずだ…。
「お嬢様は俺が怪我をして副団長を辞したことを知ってますか?」
「ええ。知っているわ…。」
「恥ずかしながら、暫く自暴自棄になってたんすよ。戦場で剣を振るうことが俺の生き甲斐だったんで。」
「…。」
「そんな顔しないでくださいよ。暗い話じゃないんすから。」
リベルトは歯を見せて笑って話し始めた。
リベルトは"ビスタルクの剣"との二つ名で呼ばれていた。当時は国一の剣の使い手だった。戦地でリベルトの剣に倒れた敵の数は計り知れない。
セラフィーヌの輿入れの時は、他国の姫ということで厳重な警備体制が敷かれ、リベルトもセラフィーヌの護衛を務めた。セラフィーヌを初めて見た時は、女神が舞い降りて来たのかと見紛うほどだった。
入国から結婚式まで、手続きやら準備やらで二週間近く掛かった。その間ずっとリベルトはセラフィーヌのそばに着いていた。その時から、2人は少しずつ会話をするようになった。セラフィーヌが紡ぎ出す言葉の柔らかさ、そこに滲み出る慈愛…彼女は聖女のようで話しているだけで幸福に満たされる気分になれた。
いつも笑顔を見せていたセラフィーヌだが、どこか淋しげな影を落としていた。ビスタルク国の者と積極的に関わりを持とうと努めていたが、壁があるようにも感じられた。
愛する人の元へ嫁ぐ嬉しさと、家族だけでなく自国とも別れを告げなければならない寄る辺無さに板挟みにされていた。リベルトはセラフィーヌの心細さを解消しようと、数名の護衛と屋内でボードゲームをしたり花を摘んで送ったりと様々な手を尽くしたが、進展はなかった。
そこで、リベルトは自身の母が作ってくれた好物のお菓子を送ろうと考えた。それが、木苺を使ったタルトだった。セラフィーヌはそれを食べると、涙を流した。
ジュール国は果物の栽培が盛んで、ビスタルク国の主な輸入先となっていた。木苺の原産地を意識していなかったが、のちに分かったのは、ジュール国産だったということだ。セラフィーヌはそのタルトを大層気に入り、リベルトは木苺だけでなく、様々なジュール国産の果物を使ってタルトを作ってセラフィーヌに提供した。「あなたのタルトは世界一ね。」といつも言葉を掛けてくれたセラフィーヌのことを守り抜いていこうと誓った。
セラフィーヌは次第に心の底から笑うようになり、ビスタルク国の者にも心を開いていった。
しかし、その後の戦争で、崩れる建物から部下を庇い、リベルトは片足を負傷する。その片足は思うように動かせなくなった。馬にまたがることすらままならず、まして剣を使って闘うことは極めて困難だった。リベルトのことを尊敬する部下たちからは、剣の師範になって欲しいとの声もあがったが、自分のこの状況に失望したリベルトは剣を手放し、騎士団から去ることにした。
リベルトは昼夜酒に明け暮れ、自堕落な生活を送っていた。酒を飲み、その場に居合わせた女を抱き、酒を飲む…その繰り返しだった。いよいよ、金が底を着くという事態に陥った時、かの戦争で庇った部下がリベルトの元へ訪れた。
部下は、何度もしつこいほどの謝罪の言葉を述べた後、セラフィーヌの懐妊を告げた。そして、懐妊してからセラフィーヌの体調が急激に悪化したことも知らせた。
体を大事にしなければならないのに、食べることができない。このままではセラフィーヌ様もお子も危ない。セラフィーヌ様が涙した貴方しか作れないあのお菓子なら食べられるかもしれない。
部下の訴えが言い終わらぬうちにリベルトは動き出した。すぐにジュール国産の果物を用意して公爵家に向かうと伝えてくれと部下に指示をした。
あの聖女のような方を死なせるわけにはいかないと強い思いがあったのだ。
公爵家に着くと、マルクスへの挨拶もそこそこに厨房に急ぎ、早速調理に取り掛かった。木苺のタルトだけではなく、他の果物で作ったクッキーやジャムなども用意した。何でも良いから、どれかしらを一口だけでも食べてほしいという願いを込めて。
リベルトは出来上がったものを持ち、案内されるままにセラフィーヌの部屋へと向かった。開かれた扉の向こうには、目が虚で、ベッドに力無く横たわる痩せ細ったセラフィーヌが見えた。その姿を捉えると、リベルトの心は痛んだ。彼女を守り抜いていこうと誓ったというのに、自分は騎士団から離れ、酒や女に溺れる生活をしていたことを激しく後悔した。
リベルトはセラフィーヌの横に跪いた。セラフィーヌは目の焦点が合っておらず、リベルトがいることにも気付いていない様子だった。
震える声で「木苺のタルトですよ。」と言い、フォークで小さくカットし、それをセラフィーヌの口元へと運んだ。
マルクスや使用人達が固唾を飲んで見守る中、セラフィーヌはそれを口に入れ、ゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。そして、「…おいしい…。」と言って小さく笑った。
リベルトの目頭が熱くなったと同時に、周りからはワッと歓喜の声が漏れた。マルクスは静かに泣きながらセラフィーヌの頬を撫で、優しく額にキスを落とした。リベルトからお菓子を受け取ると、次はマルクスがセラフィーヌに食べさせた。
そっとその場から出ていこうとするリベルトをマルクスが引き留める。マルクスはこの家でセラフィーヌのために料理を作ってくれと懇願した。マルクスからの願いに戸惑いながらも、あの日の誓いを果たそうとリベルトはそれを了承した。
「……という、まぁ、そんな感じっすね。そこから菓子以外にも料理を勉強したんですよ。セラフィーヌ様も、あれから体調は戻ったんですけど、元々が健康体ではなかったからな…。」
「そう…。周りからの話で、お母様が引き留めたのかと思っていたのだけれど…実際はお父様だったのね。」
「そうです。旦那様が俺を置いてくれたんです。」
「お父様はお母様をとても愛していたのね。」
「……はい。」
ーー どうして、私はお母様のように愛されなかったのかしら…。私が、お母様の命を奪ってしまったからよね…。みんなから愛される聖女のような方を私が殺してしまったの…。
再び訪れた沈黙に、リベルトは焦りを募らせる。と、そこに凛とした声が響き渡った。
「リベルト、マリアンヌ様の朝食の時間ですよ。一度そのティーカップをお下げして。」
エリザベスは手を叩いてリベルトを急かした。
「はい只今!」
リベルトがカップを両手に持ち、エリザベスの横を通り過ぎようとした時「慰めの言葉が出てこないのは論外です。」と彼女からピシャリとお叱りを受けたのだった。




