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マリアンヌは髪だけを洗ってタオルで軽く水気を拭き取った。そのタオルを頭に巻き、ドアを少し開け、顔が半分だけ向こうから見える形で護衛に話しかけた。
「あの…。」
「どうかしましたか?」
「水場の近くに脱いだ服とバスローブを置いていたら…濡らしてしまいまして…、新しいものを借りてきていただけますか…。」
「はい、すぐに!」
マリアンヌが裸であると察した護衛は焦りを見せながら、階段を降りて行った。勿論マリアンヌは服をしっかり着ていた。意外と気付かれないものなのか…まずは一つ目をうまくこなせた。
次に窓を開けて頭に巻いてあるタオルを下に落とし、外にいる護衛に取って来てもらうよう声をかけた。護衛は、タオルを拾い上げると入り口へと向かった。
その隙にマリアンヌは勢いよく木に飛び移り、地上に降り立った。そしてそのまま、脇目も振らず駆け出した。
いつもの農道まで出ると、走りを緩め、激しく咳き込んだ。息が切れている。脇腹も痛んだ。それでも歩みを止めず、別邸へと向かった。鞄の中できっと鏡の中の者は心配しているだろう。マリアンヌは息を整えながら、手鏡を取り出した。
「う…まく…いったわ。」
「さすがだ。よく頑張った。」
「ドキドキした。」
「でもなんかお前、楽しそうだな。」
「なんか、生きてるって感じ…するもの。」
鏡の中の者の作戦はうまくいった。あとは帰るだけだ。マリアンヌは髪の毛を束ねるとまた走り始めた。
「シルヴィアが部屋から逃げただと?」
街で起きた強盗事件の報告書をまとめていると、慌ただしい様子で入ってきた護衛からの一報に耳を疑った。
「申し訳ございません。部屋にこれが…。罰は何なりと。」
護衛から紙を受け取る。
宿の案内の紙の裏には綺麗な字でこう書かれていた。
" 事情があって、何も告げずに出ることにしました。
これは私が勝手にしでかした事です。
決して護衛の方々を責めないで。
またジークに会えると嬉しい。
この羽ペンとても使いやすくて気に入ったわ。
それと、インクも付けてくれたのね。ありがとう。
シルヴィア "
「これは…。綺麗な字ですね。とても町娘が書く字には見えない。」
横から覗き込んだ男が、その字を見て感心したように言った。
その後ろで申し訳なさそうに護衛の3人が膝をついて頭を下げている。
「そうだな…。シルヴィアが責めるなと言っている。お前たちのことは咎めない。今後も訓練に励め。下がっていい。」
「…失礼しました。」
護衛たちは深く一礼をすると部屋から静かに出て行った。
「ギルヘルム様、やはりシルヴィアという女は何か隠していますね…。」
「だろうな。あの男とも知り合いのようだ。」
「探りますか?」
「…いや、知り合いと言っても、顔見知り程度のようだから問題はないだろう。まずはこっちから片付けなくては。」
「そうですね…。」
ハイケン強盗事件の報告書を領主であるマルクス・ルードリッツに渡すのと、その引き金となってしまった事の謝罪。そして、ルードリッツ家へ兄と訪問する準備…やることは山積みだった。




