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別邸2階の西側奥の部屋がマリアンヌの部屋である。陽が傾くまでは、部屋にあまり陽が差し込まなかった。
別邸といえど、ルードリッツ公爵家の所有する邸宅には変わりなく、家具の全てが上質なものであった。しかし、マリアンヌの部屋は令嬢の住む部屋の理想とは異なり、最低限のものしか置かれておらず、どことなく寂しい雰囲気を纏っていた。
それもそのはず、ユリアンヌの母セリスが、マリアンヌを目立たせないようにしていたためである。
セリスは最初こそマリアンヌに優しくするそぶりを見せていたが、マルクスがマリアンヌと関わりを持とうとしない姿を目の当たりにし、態度変えた。自身の娘であるユリアンヌよりも、美しいマリアンヌを妬み、別邸に追いやり、社交界に出すこともやめた。
幼いマリアンヌは、辛く当たるセリスに何も言い返すことができないまま、彼女の神経を逆撫でしないよう別邸で大人しくしているしかなかった。
セリスは、周りの貴族たちに「マリアンヌも母親同様病弱であり、静かな環境が必要なため」と吹聴して回った。周りはそれを信じ、公爵家にとり入るためにユリアンヌとの交流を深めた。セリスは満足だった。
「ねぇ、鏡さん。」
薄暗い部屋の中で、マリアンヌが手鏡に向かって話しかけている。その手鏡は母セラフィーヌの形見で、豪華な装飾は施されていないが、彫り細工が見事であった。
「ちょっと、聞いているでしょう?無視しないで。」
マリアンヌが鏡に顔を寄せて、鏡の中の自分に再度訴えかけた。
「あーもー、ちょっと寝てたんだよ。悪かったな!」
鏡の中には確かにマリアンヌが映っている。しかし、外にいるマリアンヌとはまるで違う動きをしている。
「ふふ…。今日またユリアンヌを怒らせてしまったの。」
「やるじゃねぇか。」
「ありがとう。」
鏡の中の人物は言葉遣いは荒っぽいが、優しい口調でマリアンヌを誉めた。
「お前もどんどんいい性格になってきたな。まぁ、俺にはよく分からんけどさ、令嬢としての所作もいつ見ても完璧だと思うぜ。」
そう言ってマリアンヌの姿で、照れ臭そうに鼻を擦る。令嬢としての所作を褒めた自分の姿で、そうした仕草をとられることがマリアンヌはおかしくてたまらない。むしろ、品がないと言われるような行動を、実際にとってみたいとさえ思った。
「鏡さんが教育係を別邸に呼ぶように助言してくれたからよ。」
「まぁな!お前がいつ外に出ても大丈夫なように考えてやったんだよ。感謝しろよ?」
「感謝しかないわ。エリザベスもマナーには厳しいけれど親切よ。」
「おう。ところで、また手紙が来てたようだな。」
「あ、そうそう、お返事書くところだったの。」
マリアンヌは手鏡をそっと台の上に置き、机へと向かった。シンプルなガラスのペンを持ち、インクを着ける。
シンプルではあるが、しっかりとルードリッツ公爵家の紋章が刻まれた便箋に、ペン先を滑らせる。
〜拝啓、親愛なるアラン叔父様〜




