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今日もハイケンは賑やかだ。オレンジ色の明かりが灯るこの街にくると温かみを感じて安心する。マリアンヌは様々な店が立ち並ぶ通りを歩き、外の窓から様々な店の中を見てまわった。
「…ぁ。」
雑貨屋のショーウィンドウに、ふわふわした白い羽が付いたペンが白いリボンのついた可愛らしいペン立てと共に飾られている。アランとのやりとりで使い込んでいる羽ペンはそろそろ替え時だ。
ここの商品は高い物でもないし、買おうかしら…。そう考えている時だった。
「君は…。」
あの耳触りの良い声が後ろから聞こえた。マリアンヌの心臓が跳ねる。声のした方を向くと、いつぞやの青年が手を振って近づいて来た。
「ジーク!」
「やっぱりシルヴィーだ。久しぶり。」
「久しぶりね。会えて嬉しいわ。」
「僕も会いたかった。」
そう言うとジークハルトは、マリアンヌを抱きしめた。抱きしめられるという経験は初めてだった。この街でいつも見かける光景で、ただの挨拶だと分かっているが、全身が茹で上がってしまいそうな感覚に襲われる。
「ごめん、嫌だった?」
ジークハルトはそっとマリアンヌから離れる。
「ち、違うの。ちょっと緊張しちゃって…。」
「緊張?」
「…気にしないでください。」
「本当、可愛いな。」
ふっと笑みをこぼしたかと思うと、再度マリアンヌを引き寄せる。今度は先程よりもきつく抱きしめられた。マリアンヌは心臓が痛いほど速くなるのを感じた。ジークハルトの腕の中はどうしてこんなにも心地良いのだろうか。だが、どうしても抱きしめ返すことができない。
「からかわないで。」
「からかってない。本心だ。」
「もう…。」
ジークハルトは手を解くと、何を見ていたの?と聞く。
「あの羽ペンよ。可愛いかったから。」
「羽ペン?」
マリアンヌの指差した方を見る。
「欲しいの?」
「そろそろ、替え時かなって。」
マリアンヌが顔をあげるとジークハルトに真剣な眼差しで見つめられていた。
「シルヴィーは手紙を書く相手がいるのか…。」
そう言ったジークハルトは、項垂れた仔犬のような顔つきになった。
「相手って…遠くに住む叔父に書いてるのよ?」
「叔父さんに?」
「そう。」
マリアンヌの返答を聞いて、パッと顔色が明るくなったジークハルトは、店へと入っていった。
「ちょっと待って!」
マリアンヌは後を追って中に入る。
「もう買ったよ。」
慌てるマリアンヌをよそに、ジークハルトは笑って応えた。
「そんな、自分で買うわ。」
「いいんだ。僕がプレゼントしたいと思ったから。」
「でも…。」
「いつか、そのペンで僕に手紙を書いてよ。」
店主であろう初老の男が、ショーウィンドウからあの羽ペンとペン立てを取り出して丁寧に包む。
「それは彼女に。」
「かしこまりました。」
ジークハルトはカバンから小袋を取り出し、硬貨を置いた。マリアンヌに品物を手渡した店主は、その硬貨を見てギョッとした。そこには金貨が3枚置かれている。
「これは、頂きすぎです!」
焦ったように言う。当たり前だ。金貨一枚でも、お釣りが出せないくらいの大金だ。
「釣りはいらない。」
「そんな…。」
「彼女に初めてのプレゼントを渡せたんだ。良い思い出をありがとう。」
「こ、こちらこそ。」
ジークハルトはそう言うと、マリアンヌの手を引いて店を後にした。マリアンヌが店を振り返ると何度も何度も頭を下げている店主が見えた。
「店主さんがびっくりしていたわ。あんな大金…。」
「たいしたことない。」
「あなたは貴族様なの?」
「違うよ。」
店から遠ざかるとジークハルトは歩みを止めた。
「…ジーク?」
「君は…僕が誰だったとしても、こうして接してくれる?」
「え…?」
「僕は君が誰でも好きになる自信あるよ。」
「好きって…さっきから冗談ばかり…。」
「冗談じゃないって言ったら?」
マリアンヌを見るジークハルトの目は、ついさっき見たのと同じ真剣な目をしていた。目を逸らしたくても逸らせない。握られた手も解くことができない。マリアンヌは、どう答えて良いのか分からず口をぱくぱくさせていた。
「あはは、魚みたいな顔になってるよ。」
「もう!ジーク!」
「ごめんって、美味しいデザートご馳走するから。」
「…許すわ。」
マリアンヌとジークハルトは手を繋いだまま、パウルとゲルタの店へと歩いて行った。




