22
マリアンヌが退店した直後、ギードは自分の財布から硬貨を取り出して支払いを済ませた。
これまでもマリアンヌは、自分の分だけでも…と言って硬貨を置いていくことはあったが、今回マリアンヌが置いていった硬貨は金貨だった。この国で金貨は、平民が手にすることは殆どない為、ここらの支払いには向いていない。
まして、シルヴィアが公爵家で働いているということは、ギード達3人にしか教えていなかった。周りから平民だと思われているシルヴィアが金貨を取り出した所を、悪人に見られたら一大事だ。
ギードはそう考え、マリアンヌが渡してきた金貨を誰の目にも触れぬようズボンの中に隠したのだった。
ギードを先頭にベルナードとフォルカーも店を出た。
ギードは金貨を取り出すと、それを見ながら
「これは貰いすぎだよな。」
と、つぶやいた。
「そうですね。」
「これを受け取ると、今後寄越してくる額がどんどんでかくなる気がする…。」
ギードの言葉を聞いて、皆が頷いた。
「返してくる。」
硬貨を手に、ギードはマリアンヌがいつも宿泊すると言っている宿屋を目指し、駆けて行った。
「ちょっと待ってくださいよ。」
「ギードは決断してからの行動が早い…。」
そんなギードの後を、半ば呆れながら2人は追いかけた。
【宿屋 ローズマリー】と書かれた立て看板がある入り口に着くと、間髪あけずにギードはそのドアを開けた。ドアの前にはこじんまりとした受付があり、そこには老婆が腰掛けていた。
老婆の後ろには、部屋の鍵が数個ぶら下がっており、空室がいくつかある事がわかった。質素な作りの宿ではあるが、掃除が隅々まで行き届いているようで、塵一つ落ちていない。
「綺麗な宿だな。」
「ありがとうございます…。宿泊ですか?」
老婆は、ゆっくりと立ち上がるとギード達に問いかけた。
「いや…それはまた今度にする。ここにシルヴィアという若い女が泊まっているはずなんだけど…。」
「シルヴィア…?」
「あぁ。」
「今日は…全員男性のお客さましか…いらっしゃらないのだけどねぇ…」
老婆は宿泊者の名が記してある台帳を一枚ずつめくって確かめていたが、「いらっしゃいませんねぇ…。」と言うと台帳を閉じてしまった。
「そんなはずねぇ。ちゃんと調べてくれ。」
受付のカウンターから身を乗り出してギードは凄んだ。そのギードを制止するようにベルナードはギードの軽く肩を叩く。ギードは、頭を掻くと老婆に「悪かったな…。」と言って、宿屋を出た。
「…なんで嘘ついたんだよ。あいつ。」
「人間誰しも知られたく無いことの一つや二つあるだろ。」
フォルカーにそう言われ、ギードの中は語気を強めて言い返した。
「こんな夜に女一人で帰るってどういうことだよ。」
「それは、シルヴィア本人に聞かないと分からない。」
「あいつはここの住人じゃないんだぞ。それを泊まってるって嘘ついて…、今までだって…。」
「まぁ、落ち着いて。今度会った時に本人に聞いてみればいいでしょう。」
「ちっ…。」
なんとも言えない苛立ちが胸の中に湧き上がる。何度も会って話した仲なのに嘘をつかれたことが悔しいのか、夜中に一人で帰してしまったことが悔やまれるのか…。色々な感情が駆け巡って、ギードを乱していた。
「そういえば俺、あいつのファミリーネームすら知らねぇ…。」
金貨をきつく握りしめ、そう言ったギードの小さな声は、夜風に吹き消された。




