2
「相変わらず、ここは陰険な雰囲気あるわね。…あら、ごきげんよう、お姉様。」
数名の使用人しかいない静かな別邸の広間に、皮肉に満ちた声が響いた。ほぼ毎日の恒例となっているユリアンヌの挨拶。湿っぽいにおいがするわと、嫌味ったらしく扇を口元に当てがっている。
使用人と護衛合わせて10名程の人数と共に別邸に来ては、広間にマリアンヌを呼び出し、父に買い与えて貰ったアクセサリーやら、ドレスやらを自慢しにくるのだ。今日も、全面に金糸で細かい模様があしらわれているドレスが眩しく光っている。
「ごきげんよう、ユリアンヌ。」
マリアンヌは、広間に下る階段の上からユリアンヌに声を掛けた。ユリアンヌはそれが気に食わない。扇の中で小さく舌打ちをする。
マリアンヌはドレスを揺らさず、優雅にユリアンヌの前へ進み出る。ユリアンヌは一歩も引くことなく、マリアンヌを睨みつけていた。
「やだ、お姉様そのドレス少し前もお召しになってたわよね。」
ユリアンヌは、口元に扇を当てたまま、姉の頭から爪先までを軽蔑した目で見た。マリアンヌは、もう慣れてしまっていた。
「ええそうね。」
「ふふ…。可哀想。お父様に新調して頂いたらどうかしら。」
「ええそうね。」
「まぁ、そんなことさせませんけど。」
「ええそうね。」
マリアンヌの機械的な返事が気に食わなかったのだろう。ユリアンヌは一瞬で鬼の形相になり、扇を床に叩きつけた。
「なんて態度なのっ!!流石公爵令嬢様だわ。私のことを馬鹿にしてるのね!!」
ヒステリックに叫ぶユリアンヌの姿にも構わず、「そんなことないわ。」と言い、扇を拾って彼女に差し出す。
「貴女が触ったものなんて要らない!」
ユリアンヌはそう吐き捨てると、別邸を後にした。
広間には静寂が再び訪れる。
「お嬢様に拾わせてしまうなんて、申し訳ございません。」
1人の使用人が扇を受け取り、もう1人が持っている小箱の中に入れる。その小箱は、時折ヒステリックを起こして何かしらを捨てていくユリアンヌの落とし物箱であった。中には、宝石が埋め込まれたガラスのペンや、アクセサリーなどが入っている。そのほとんどが欠けてしまってはいるが…。全てはマルクスがユリアンヌに買い与えたものである。
「いいえ、いつもびっくりさせてしまって、ごめんなさいね。気にせずにね。」
マリアンヌは静かに微笑み、自室へと戻った。
その笑みを見ると、使用人は皆、心を痛めるのであった。