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ジークハルトと出会ってから一週間が経った夜、静まり返った別邸の西側最奥の部屋では、マリアンヌがハイケンに行く支度をしていた。
ドレッサーの前で長い髪を簡単にまとめると、引き出しの中から小麦粉を出して、全体にはたき、三角巾を巻いた。
それから、手鏡と手紙の入った簡単な作りの鞄を肩から下げると、立ち上がって全身を確認した。貴族の娘には見えない姿が今宵も出来上がった。
「よし…。」
マリアンヌはドアを開け、部屋の前に誰もいないことを確認すると、明かりを消していつものようにロープを西側の窓から垂らした。そして身軽に芝の上へ着地すると、脇目も振らず柵を越えた。
今日はギードに会えるだろうか…。
あの凛とした青年に会えるだろうか…。
マリアンヌは2人のことを考えながら、足早にハイケンを目指したのだった。
飯屋の前に辿り着くと、中からハスキーな笑い声が聞こえた。ギードだ。心躍るままに、飯屋の入り口を開けると、ギードがいつもの2人と一緒にテーブル席で酒を飲み交わしながら楽しそうに話をしていた。ギードはマリアンヌに気がつくと、片手を上げて笑顔を見せた。
「よぉ、シルヴィー。」
「ギード、久しぶりね。」
ギードは自分の隣の椅子へ座るよう促した。マリアンヌはゲルタにアルコールの低い酒を注文すると、ギードの隣へ腰かけた。
「元気そうですね。」
そう話しかけて来たのは、ベルナードだ。ギードの仕事仲間で、4つ程上の先輩だと聞かされている。肩より少し長い髪を後ろで一つに束ねた物腰の柔らかさそうな青年である。
「俺たちもここは暫くぶりだよな。」
頭の後ろで腕を組んで伸びをしながら話すのは、フォルカー。シャツから覗く筋肉質の腕にはよく見ると無数の傷跡がある。彼もまた、ギードの仕事仲間であり、ベルナードとは同期らしい。
「ここのところ、仕事の量えぐいよなぁ…。」
ギードはそう言って、酒を煽った。
「そうなの?」
「あぁ。色々あってな…。」
ハイケンだけでなく色々なところへ飛び回って掃除屋をしている彼等は多忙を極めていると言う。教会やどこぞの貴族が所有する別荘など、呼ばれたらどこにでも掃除に駆けつける。今日は三件巡って来たようだ。詳しくは聞かされないが、3人の顔には疲れが見られた。
手紙を頼むのは別の機会にしようかと思っていると、ギードが「ほらよ」と右手を目の前に出してきた。
「え?」
「手紙、あるんだろ。」
「大変そうだし、また今度でいいよ。」
「大丈夫だって。俺を誰だと思ってんだよ。」
「でも…。」
マリアンヌが躊躇っていると、ベルナードが「ついでだから平気だよ。」と、手紙をギードに渡すよう催促する。ベルナードの言葉を聞いて、おずおずと手紙をギードに差し出した。マリアンヌの手から手紙を受け取るとすぐにギードは仕事鞄にしまい込んだ。
「よろしくお願いします。いつもありがとう。」
マリアンヌはギードに感謝を述べた。ギードは返事の代わりに、マリアンヌの頭をわしゃわしゃと掻き乱した。そうした関わりが、人間関係が希薄なマリアンヌにはとても嬉しかった。
ゲルタがマリアンヌ達のところへ酒を運んできた。4人はグラスを持つと、元気よく乾杯をした。ガラスのぶつかり合い、涼しげな音が鳴った。




