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「これはロブスター。これはロブスター。これはロブスター…。」
両手にフォークとナイフを持ったマリアンヌは目を瞑って、ひたすら小声でこの言葉を繰り返した。先日の大皿に乗ったロブスターを一生懸命鮮明に思い出し、目を開いてイモリを見た。しかし、目の前の皿の中にあるのは、当たり前だが、ただのイモリで、ロブスターに変わることはなかった。
隣ではジークハルトが肩を震わせて笑っていた。
「失礼ね。」
マリアンヌはジークハルトを軽く睨みつける。
「ごめんごめん、君があまりにも必死だったから。」
ジークハルトは酒を飲みながら笑って謝る。
「だって…。というか、そもそもこれにフォークを突き刺す行為が無理だわ…。」
マリアンヌの顔に、急にジークハルトの整った顔が近づいた。息がかかりそうな距離にマリアンヌは顔を背ける。
「貸して。」
耳元でそう囁いたジークハルトは、フォークを持つマリアンヌの手を上から包み込んだ。マリアンヌの小さな手は、ジークハルトの手の中に簡単に収まってしまう。マリアンヌは、鼓動が早くなっていくのを感じた。
ープツ…。
「ほら、出来た。」
ジークハルトによって誘導された手は、しっかりとイモリの体をフォークで突き刺した。それが分かった瞬間、マリアンヌの全身に鳥肌が立つ。
「そのまま、口に入れてごらん。」
婦女子の頬を赤らめるようなことを言っているが、フォークにはイモリが突き刺さっている。全くロマンティックではないこの状況にマリアンヌは泣き出したくなった。
「冗談だよ。」
ジークハルトは、困ったように笑うと、マリアンヌの手からフォークを優しく奪い取り、躊躇いもなくイモリの頭を口に含んで噛み切った。数回咀嚼した後、ゆっくりと飲み込んだ。
「意外といけるな。」
「え…うそ。」
そう言われると確かめたくなるのがマリアンヌの性だ。マリアンヌはジークハルトからイモリの胴体を受け取ると、一呼吸して口に含んで噛み切った。美味しいと言えるものではなかったが、魚と鶏肉の間の味がした。
尻尾まで全て口入れて咀嚼するマリアンヌの姿を、ジークハルトは頬杖をついてじっと見ていた。マリアンヌは、口に含んだものを飲み込むと、怪訝な顔を彼に向けた。
ジークハルトは、口を開いた。
「僕さ…。」
「何?」
「自分が食べた残りを、女の子が食べるっていう経験初めてした。」
マリアンヌは、自分の顔が一気に茹で上がったのを認識した。




