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マリアンヌは、例の料理が出てくるのを憂鬱な気持ちで待っていた。例の料理の注文後に水を受け取ったが、飲む気も起きない。
「今日は来ないのかな…。」
水の入ったコップを眺めながら、マリアンヌはぽつりと呟いた。ギードの屈託のない笑顔を思い浮かべて、カバンの中にある手紙に触れる。
ギードは仕事が不定期で、いつ会えるのかも分からなかった。来られる日は、いつもこの時間には来店していた。会えないこともよくあったので不思議ではない。
ただ、今日はイモリの丸焼きなんて料理を頼んでしまったのだから、気の合う者に側にいて欲しかった。食べられない時は、食べてもらおうとも考えていたが、それは叶いそうになかった。
ーカランカラン
店の入り口に取り付けられた木材の吊るし飾りが、音を立てた。客の入店合図だ。マリアンヌは、顔をパッと輝かせて入り口を見たが、そこに居たのは知らない青年だった。
「いらっしゃい、別嬪のお兄さん。好きなところに座りな。」
ゲルタはそう言って青年を招き入れた。青年は、質素な服に身を包んでいたが、世の女性が放って置かないであろう端正な顔立ちをしていた。髪は一本一本サラサラと靡き、手入れをしっかりしていることが分かった。服や靴に汚れは見当たらず、真新しさを感じ取れた。立ち姿、歩き姿も凛々しく、良いところの育ちであることは明確だった。
青年はマリアンヌの方に近づいた。
「隣いいかな。」
彼は耳触りの良い優しい声をしていた。
「…どうぞ。」
「ありがとう。」
青年はマリアンヌに微笑みかけると、隣の椅子に腰掛け、酒を注文した。青年の微笑みは、マリアンヌの心臓を跳ねさせた。
「お嬢さん、お名前は?」
「シルヴィア。みんなはシルヴィーって呼ぶわ。」
自分の暮らす貴族社会の中では、親しい間でないと愛称を呼ばせないという。それに加え身分の下の者が、上の者のことを愛称で呼ぶことは絶対禁止だとエリザベスに教え込まれたが、平民社会では違うらしい。
ハイケンで名前を尋ねられると、愛称で呼ぶよう促すことにしていた。
「よろしく、シルヴィー。僕はジークハルト。ジークでいいよ。」
青年はジークハルトと名乗ると、マリアンヌに手を差し出した。
「よろしくね、ジーク。」
マリアンヌはその手を握り返した。
「君はよくここへ来るの?」
「うん。なんでも美味しいのよ。」
「そうなんだ、お勧めはある?」
「えーとねぇ…。」
マリアンヌが顎に手を当てて、考え出した時だった。パウルの威勢のいい声が2人の間に割って入った。
「シルヴィー!お待ちどおさま。」
そう言ってパウルは、マリアンヌの目の前に湯気をたてたイモリの丸焼きを置いた。イモリの目はマリアンヌを見つめていた。最悪のタイミングだとマリアンヌは頭を抱え、ジークハルトは少しの間言葉を失っていた。




