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この町はルードリッツ公爵家が治めるハイケン。
ルードリッツ領の中でも人口が多く、栄えている。昼も夜も店が立ち並ぶ大通りは人が多く行き交っており、眠らない町とも呼ばれた。人情に溢れ、温かい町であった。
ハイケンに下りたマリアンヌは、早速いつもの店へと向かった。そこはハイケンでも評判の飯屋だ。たまにメニューに載るゲテモノ料理もこの店の人気の一つだった。そして、ギードの行きつけの店でもある。
マリアンヌもすっかり常連になり、顔見知りも増えた。皆からはシルヴィーと呼ばれ、可愛がられた。別邸の中で7人の使用人としか話すことのないマリアンヌにとって、ここは癒しの場でもあった。
「おぉ、シルヴィー。きたね。」
店に入ると、ふくよかな体格の夫婦が出迎えた。彼等はこの店を切り盛りしている夫婦だ。夫をパウル、妻をゲルタという。2人とも人当たりが良く、彼らの元に人生相談にしに来る者も多かった。店内はいつも賑やかだった。
パウルはカウンターに座る客と談笑しており、ゲルタは屈んでカウンターの中を掃除していた。シルヴィアは、空いてたカウンター席へ腰をかけると、そこからゲルタを覗き込んだ。
「こんばんは。元気そうでよかった。…手伝う?」
「いや、手が空いたからやってるだけさ。何か食べるかい?」
ゲルタはそう言ってメニューの書いた看板を指差す。今日のおすすめは、イモリの丸焼きらしい。
「イ、イモリ…。」
マリアンヌは想像した。たまにではあるが、裏庭で見かけるイモリを。それが皿に置かれている姿を。グンテに捕まえてもらい、観察したこともあった。目が可愛らしかったのを覚えている。
「さっすが、シルヴィー。その可愛い顔立ちで凄まじい好奇心だ。」
パウルは、大口を開けてガハハと笑うと厨房へ消えていった。
「え!ちょっと待って…」
マリアンヌは引き留めようとパウルの方へ手を出した。
「注文したわけじゃなくて…」
厨房に行ったパウルにも、カウンターの内側で屈んで掃除に励むゲルタにも、その小さな声が届くことはなかった。マリアンヌは出した手を静かに下ろして、その料理が運ばれてくるのを待つしかなかった。
膝の上に置かれた鞄を開け、鞄の中で手鏡を覗き込むと、鏡の中のマリアンヌが腹を抱えて笑っているのが見えた。




