姉が遺したのは、“好き”が一杯詰まったカセットテープでした。
開いてくださりありがとうございます。
楽しんでいただけると嬉しいです。
姉が死んだ。
美人で優しくて頭も良くて、友達だってたくさんいて。
なんで私じゃないんだろうって、
代わりに私が死ねばってずっと考えてた。
こんなどうにもならないことを考えていた私は、ふとカセットテープのことを思い出した。
病院から持ち帰った荷物の中にあったカセットテープ。
「何なんだろう…。」
軽い気持ちで再生ボタンを押した私の耳に明るい姉の声が飛び込んできた。
『ずっと寝てるのも暇なので私の好きな物を挙げていきたいと思います!
治ったら行くぞー、見るぞー、食べるぞー!!』
姉は次々にお店や料理、スポーツに映画…と名前を挙げていく。
その声は本当に楽しそうで、姉がもうこの世にいないなんて信じられない。
『…が好き、◯◯亭のラーメンが好き、オーロラが好き、朝焼けが好き…』
たくさんの“好き”を並べた後、姉は『はぁー!』と満足そうに息を吐き、そこから先は無音になった。
姉の声で私はなんとなく自分の心が軽くなるのを感じ、巻き戻しと再生を繰り返した。
そして何度目かの『はぁー!』を耳にする頃には、何とも言えない使命感に満ちていた。
―お姉ちゃんの“好き”を追いかけてみよう。
それから私は姉が行きたかった場所、見たかった、食べたかった物を求めて歩き回った。
辞めたいと思っていた大学には休学届を出し、バイトを始めた。
親に頭を下げた時にはとても驚かれたけど、少しずつ私を見る目が嬉しそうになっていくのがわかった。
そんなある日。
私は姉の声を聴きながら予定を組んでいた。
『はぁー!』を聞いて手帳を見たまま巻き戻そうと伸ばした私の手は、うっかり音量スイッチに当たってしまった。
「あれ?」
いつもより大きくなったことで無音だと思っていたテープから微かに何か聞こえるのに気付く。
音量を最大にしてみると、聞こえてきたのは姉の声だった。
『…好きな物、まだまだたくさんあるんだよ…』
今までとは全く違う声。
『色んな物が好きだけどさ…やっぱり…。
お父さんと、お母さん…妹が大好きなの…!』
少しずつ姉の言葉には嗚咽が混ざっていく。
『嫌だよ、みんなと離れたくない。死にたくないよぉ…!』
気付いたら私も泣いていた。
姉が死んで初めて、声を上げて泣いた。
―数年後。
私は休みの日に相変わらずあちこちに出かけている。
自由になる時間は少なくなったけど、姉の“好き”をできるだけたくさん経験したいから。
いつか姉に会えた時、一緒にたくさんの“好き”の話をするために。
「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」で話題に出たメタルテープから思い付きました。
皆さんもたくさんの“好き”を体験できますように。
読んでいただきありがとうございました。