第9話 後は野宿の慣れ
「冒険者の野宿を支援する魔道具か。なかなか目の付け所がよいね、ドベリ君。これは私には不得意な分野だよ」
僕はゴーレムだ。
今日も今日とて、僕を作ったビルザ博士と魔道具談義。
冒険者って、いつも宿屋で泊まれるとはかぎらないだろう。
外で野宿するときに役立つものはできないものか。
前世のキャンプ道具を魔法で強化するとか。
野宿に慣れているならともかく、普段は家で暮らしている人が急に旅に出ることもあるだろう。
キャンプ道具の性能がよければ野宿を快適にしてくれるはず。
疲れや怪我の回復力があがって、冒険の成功率にも貢献できるのでは?
そんな風に考えて、博士に新しい魔道具の案を出してみたのだ。
「残念ながら、私自身がその手の経験が少なくてな。以前旅をしたときに野宿もしたが、私は寝台つきの箱部屋を牽いてもらっていた」
キャンピングカーみたいなもの? それって野宿の範疇だろうか。
「その時は旅の仲間や護衛役、それに家の者達は箱部屋ではなかった。私も皆の野営の準備は手伝ったぞ」
「テントの設営とかですか。どんな感じでした?」
「まず皆の荷物を積み上げて、防水性の布やマントを被せてだな……」
「……はい?」
「周囲の雪を集めて、荷物の上で押し固めるんだ。入口の穴を空けて荷物を取り出して完成。ああ、細い枝を使って雪壁に無数の穴もあけていたな」
「……『かまくら』の作り方を聞いてるんじゃないですけど」
「他の方法もあった。木箱に雪をつめてブロックを作り、円形に積み上げていた」
「雪家の話もいいです。っていうか、博士はその状況で自分だけ暖かい部屋で寝たんですね。ずるい」
「あ、いや一人で寂しかったから、かまくらにも入ったぞ。意外と暖かかった」
「ようするに、博士は雪のないところでの野営はやったことはないと」
この人は元お嬢様だった。ついでに雪国という特殊な環境しか知らないようだ。
「だから不得意な分野だといったろう」
「まぁ、僕も自慢できるほど経験はないんですけどね」
前世で友人達にバイクでのキャンプツーリングに連れてってもらったことがある。
でも僕は原付にしか乗れないので、日帰りで行けるキャンプ場に行ってた。
友人が旧式テントと呼んでた三角型のやつは、設営に二人、できれば三人必要だ。
まず、一人が一本目の支柱を手で支える。
別の二人は支柱の先から地面に向かってロープを伸ばし、ペグという金具で地面に固定。
その後、もう一本の支柱を別の一人が支えて、二本の支柱間にロープを張る。
これができれば、最初の支柱を離してよい。
後は二本目の支柱から地面に向けて二本のロープを張り、地面に留めれば骨組み完成。
内側になるインナーテントを支柱にかぶせ、裾を広げて地面にペグで留める。
防水性のフライシートを被せて、裾をペグで留める。この時インナーとフライに隙間を作ること。
最後に床にグランドシートを敷けば完成。
最近のテントはアーチ状に曲がる支柱を二本使って、一人で設営できるのが主流かな。
てな感じのテントの構造を図で説明すると、ビルザ博士はすぐに理解できたようだ。
「なるほど、壁の布には内側と外側の二枚があるのか。断熱性を高め、内部が湿気るのを防いでいるのか」
「そうです。簡易のテントでは一枚だけのもありますが、時期によっては中が結露で濡れます。博士。自動で設営できるテントの魔道具は作れませんかね」
テントに変形するゴーレムなどいかがか。
アニメでマントを広げるとテントになる妖精もいたな。
クサいセリフを聞くと鳴くやつ
技能なくても、仮テントは作れる。
きっちりと木から地面にロープを張る。
帆布やマントなどをかぶせれば完成。
なるべく低い位置にロープを結べばよい。
「ドベリ君、知人の魔技師がテントの魔道具を作ったことがあるよ。ドーム型で雨風を完全に防ぐという謳い文句だった。だが、試作品を使った者はことごとく体調をくずしたそうだ」
「たぶん窒息したんですね。かまくらもイグルーも空気穴を空けてたでしょう」
っていうか、この屋敷の換気がどうなっているのかも謎だ。特殊空間にポツンと屋敷だけあるみたいだけど、どこから酸素を?
ビルザ博士は少し考えて、こちらを向く。
「ゴーレムの技術で変形するテントは……私でも多分作れるだろう。が、私は気が進まないな。中で就寝中に、万一でも意図しない変形がおこると危険すぎる」
「それは確かに。怪我で済まないリスクもありますね」
「人家のない場所で就寝だけできればよいなら、こういう魔道具もあるよ」
ビルザ博士の手から光の魔法陣が現れ、水色の箱のようなものが出てきた。
形は岡持に似ている。ラーメン屋の出前なんかで使われる扉つきの箱。
「名付けて『パソシエ・エスケ』だ。旅客を乗せて、遠くに人を運ぶものだ。箱より大きい人でも、小さくなって入ることができる。中に入った者は仮死状態となって、出たときには時間の経過を感じない。中は回復魔法がかかっており、疲労や負傷はある程度軽減されるよ」
前世の江戸時代の駕籠みたいなものかな。でも……
「なんとなく怖いですねえ。運ばれるのはいいとして、中から出たいときはどうするんです?」
「自力では出られない。運び手に出してもらうんだ。万一運び手が命を落とすと勝手に出されるけどね」
「たとえば運び手がモンスターの大群に囲まれて殺されたとします。そうすると中のお客様は……」
「するどいね、ドベリ君。当然、その者も取り囲まれるよ。頑張って生き延びてほしいものだ」
「ダメだよ。こりゃダメだよっ」
僕は思わずツッコミを入れていた。
「危険すぎますよ。それにこの箱、誘拐とか悪いことに使われそうで怖いです」
「その懸念も当然だ。船の密航や犯罪者の秘匿など、悪い使用法も想定された。これは冒険者には配備されない。神の管理下の神殿だけで使われている」
「使い道ありますかね。あ、偉い人を安全に移動させるとかですか?」
「実例では魔人の封印に使われた。運び手は他の人に権限を委譲できるから、長期間の利用もできる」
岡持に封印されるんですか。
前世で読んだ漫画、玉を七つ集めると願いが叶う話で、炊飯器に封印されてた魔王がいたような。
ピンとこないけど、終身刑と同じかな。
きっと、殺すのはダメで封印はいいのか。
すこし厳しい考えだけどね。
ころされた人の関係者は納得するだろう。
「はぁ、何となくわかりました。その箱を野宿に使うことはできないですね。では、寝袋の下に敷くマットはどうでしょう」
キャンプ場でも、昼間は暖かい地面が夜になると急激に冷えて、体温を奪われる。
寝袋の下にマットを敷くと断熱になる。それに地面のデコボコが消えて熟睡しやすくなるのだ。
僕はもっぱら段ボールや銀マットを使っていた。安いけど、運ぶときかさばるんだね。
友人の中では空気で膨らますマットを使ってるのもいた。
「たとえば、ロギム先輩みたいな変形できるゴーレムにベッドになってもらうのどうです?」
「ロルギムンドには一度だけ椅子になってもらったことがあるよ。硬くて冷たいから坐り心地が良くなかった」
モフモフじゃないの? 豹なのに。
別にマットに拘る必要もないか。
地面に直接身体が当たらなければいいんだ。
僕が思うに、寝袋の下で使う最強の装備はコット……つまり簡易ベッドだと思う。
友人が持っている組み立て式のベッドは寝心地が最高だった。
収納時に嵩張るのと、足の金具が硬くて組み立てるのは大変だったのが問題点か。
友人は、安物だから組み立てにくいと言ってたが。
僕はキャンプ用簡易ベッドの図面を描いて、ビルザ博士に見せた。
「これならさほど難しくないと思うよ。ドベリ君と同型のゴーレムをもう一体作って、二人で担架を持てばいい」
ひどいっ!