第7話 一寸の先にも光闇の虫
ザッザッザッ……
僕はホウキをつかって床掃除をしていた。
ちなみにこのホウキも先輩ゴーレムで、その気になれば僕が持たなくても掃除ができる。
まぁ、今は僕の仕事だから僕が動かさないといけない。集めたホコリをチリトリ先輩に送る。
こちらは僕が持たなくても追従してきてくれている。
さて、この部屋の半分が掃除できた。残り半分は……
僕が掃除している部屋の隅で太った豹型?のロギム先輩が寝ていた。
「先輩、お休み中すみませんが、掃除するのでご移動をお願いします。あちらの隅の方がきれいですよ」
起きない。しかたないなぁ。僕はホウキ先輩をそっと床に置いた。
「失礼します。どっこいしょと」
僕はロギム先輩のお腹の下に手を入れて持ち上げた。
すると、先輩の身体だけ持ち上がり、足先は床についたまま。
それぞれの足が細く伸びて馬か鹿のような状態になった。
馬鹿なっ、って言ってる場合か。
僕はそっとロギム先輩を下ろす。足の長さと太さと元に戻った。
ん-…… どうしよう? 僕は首をひねった。
ホウキ先輩、チリトリ先輩も首をひねるかのように身体を傾けている。
ものは試しにと、僕はロギム先輩の右の前足の先を持ち上げてみた。
問題なく床から離れる。そっと引っ張ると伸びる伸びる。
掃除が終わった地点まで引っ張って、足先を床につけた。
僕が手を放しても、伸びた状態のまま足先は床についている。
次に右の後ろ脚をひっぱり、掃除が終わったところにつける。
もう一度ロギム先輩の胴体を持ち上げ、掃除が終わった地点まで移動させる。
「これだと引っぱりダコならぬ、引っぱりネコになっているな」
それから左前脚、最後に左後ろ脚を移動させて完成。
ロギム先輩を掃除の終わった床に移動させることができた。
でもまだ寝てる。何がしたかったんだろう、このデブねこは。
さて、掃除を再開させよう。
おや? さきほどまで洗い場にいたアララさんが入ってきた。
なぜか腰の後ろにシッポのオプションがついている。
タヌキのような太いしま模様のシッポだ。
アララさんの後ろにゴミ箱先輩もついてきている。
「ドベリさん、お嬢様が研究室でお呼びです。掃除は私がやっておきますよー」
「はい。わかりました。あとはお願いします」
ドアのそばで振り返って頭を下げた。
先輩らが掃除した方がきれいになるかも。
あ、いつのまにかホウキ先輩が掃除を始めてる。
床を隈なく履いている。
まぁ、いいや。見なかったことにして、僕は研究室に移動した。
「はっはっはっ、ドベリ君。呼び立ててすまないね」
研究室にいたのは、いつもより上機嫌のビルザ博士。何かあったかな。
ビルザ博士は手提げ式の燭台を机に置いた。
「見たまえ。君のアイデアを採用した魔道具の試作品ができたのだよ。名付けて『フォルベルナ・リクト』だ。なかなか興味深い作品だ」
ああ、あれか。以前こういった機能のものが作れないか、博士に相談してたやつだ。
暗いところで、敵の目に急に明るい光をあてて目くらましにする、というのはよくある戦法だ。
とあるアニメで全身を光らせる拳法家もいたなぁ。僕のアイデアはそれと似て異なるもの。
繰返し光と闇の魔法を交互に出す魔道具だ。
周りが暗い状態で、明るくしてまた暗くする。
ほんとうにヤバイことが起きるらしい。
たしか、光過敏性発作とかいうんだっけ。
テレビを見るときは、部屋を明るくして画面から離れてみて下さい。
でないと目が悪くなるだけでなく、気分も悪くなります。
前世では、電気ネズミの出るアニメで、見た子供が救急搬送された事件があったとか。
ポイントは、明滅が繰り返されること。
つけ消えする光を見ると、失神すらあるとか。
専門家じゃないので、詳しくはないけどね。
僕の友人の一人で、光の明滅に弱いのがいた。
テレビの記者会見の映像を見て、カメラのフラッシュを見るだけでくらっとなるそうだ。
あと、電車に乗ってて鉄橋を渡るときに外からの光が明滅することがあって、あれも嫌いだと言ってた。
例の子供向けアニメもリアルタイムで見て、被害を体感できたらしい。
「それではドベリ君、見ても安全な範囲で動作試験をしてみよう」
ビルザ博士が燭台の魔道具を操作した。とたんに部屋の中が真っ暗になった。闇魔法の効果だ。
しばらくすると燭台に光が燈り、光魔法で部屋全体が試験前より明るくなっている。
またしばらく待つと暗くなる。
ゆっくりと明滅を繰り返したところで、博士は魔道具の機能をとめた。
「明滅の間隔や明るさはこのつまみで調整できるようになっている。人間や森妖精、獣人など、種族によって苦手な設定は異なるようだ。それを踏まえて、おおむねどの種族にも効くよう設定されているよ。軽く酩酊させる程度や、気絶させるレベル、あるいはそれの影響をあたえることもな」
「わかりました。ここで実演しないでくださいね。効果は想像できますので」
「心得ているよ。私もこれを作るときに何度か試したが、この眼鏡をかけてても結構効いたぞ」
博士の眼鏡って、攻撃魔法を防ぐ効果もあるの?
「それと、知人に試作品の検証を頼んでいるのだが、予想外の使い道もありそうだよ。明滅のタイミングを調整するとバンパイアを無力化できたらしいんだ」
時だましのナントカですか。
「博士。これって、武器として使うのは難しいですよね。仕掛けたほうも目を閉じてないと同じ被害を受けますから」
さらにいうと、光が強ければ目を閉じていてもまぶた越しにダメージを受けるみたいだ。
ちなみに僕にまぶたはないけど、目を閉じることを意識すると視界が消える。僕の目は謎仕様だな。
「そうだな。敵は明滅の効果に耐えきって、味方だけ被害を受けることもあるだろう。専用の眼鏡も必要かな?」
「博士。これって、投げて使うことはできませんか。敵を倒すというより、例えば人質のとられた場合の救出とか。敵を殺さずにとらえるとか」
前世でも、他の国の軍隊でスタン・グレネードとかいう道具があったな。
「なかなかよい考えだ。どの調子でどんどん案を出してくれるといいよ。この燭台はもう少し検討してみよう。そういえばドベリ君の言ったような、相手殺さず無力化させる道具も別に作ったことがあるよ」
ビルザ博士の手から魔法陣の光が現れて、何か小道具を出した。
なんていうか…… レンコンみたいな形だな。太い円筒で、両端の円の面に無数の穴が空いてる。
「投げて使う非殺傷武器。名付けて『ステラ・ビーキューベア』だ。ドベリ君の言うように、人質をとられた際にも役立つものさ」
「えーと…… この穴から煙がでて、それを吸ったら寝るやつですか」
「なかなかいい線をいっている。だが、出てくるのは煙じゃない。蜂の幻影が大量にでてくるんだ。周りを雲のように埋め尽くすように」
「……うわあ、嫌だなぁ」
効果はありそうだけど、敵がパニックになって無差別攻撃を始めたらどうするの?
「ちなみに刺された相手は幻痛を受ける。本人にとって、痛みは本物に感じるだろう。敵に視覚と痛覚がある前提だがね」
「ちょっと待ってください。人質がいるんですよね。ちゃんと刺す相手を区別できるんですよね」
「安心したまえ。幻痛だから、実際には肉体的には無傷だ」
「ダメだよ。こりゃダメだよっ」
僕は思わずツッコミを入れていた。
「肉体的に無傷でも、精神的には重傷ですよね。それに精神的なショックで健康を損なうこともありますよ」
「ま、それがわかっていれば乱用しないだろう。これを使うのは本当に非常時だな。使わなければ誰かが死ぬのを防ぐためのものだ」
「……そうですね。すみません、取り乱しました。人質の方には気の毒ですが、命が助かれば贅沢は言えないですね。この魔道具、評判はどうでしたか」
「おおむね好評だったよ。ああ、とある世界で事故があって、そこでの評価は低かった」
「事故、ですか。要救助者がショック死したか、トラウマになったか」
「後者の方だ。この魔道具は蜂の幻影を出すものだ。蜂の種類は神具の使用者がイメージしたものに近くなる」
僕だったらスズメバチかアシナガバチを想像するだろう。ミツバチだと迫力がイマイチ。
「事件のあった魔道具の使用者は、その世界の辺境の出でな。出身地に珍しい蜂がいたんだ。胴体はひらたくて、黒くて光沢があった」
「……まさか……」
「ゴキブリバチと呼ばれる、その世界でも希少種の蜂を想像したのだよ」
僕は想像もしたくない。悪人どもにはザマーみろだが、人質には悪夢だぞ。かわいそうに。
「その使用者は救助の仕事を完遂できたが、救助者からはそうとう恨まれたそうだ。周囲からも虫の名のあだ名でよばれるようになった」
「それはその使用者が悪い。やっていいことと悪いことがあります」
「ということは、ドベリ君もゴキブリという虫に嫌悪感を持っているのかね」
「あたりまえじゃないですか。誰だってそうだと思いますよ」
「私の住んでいたところで実物を見かけることはなくてな。実際、皆がなぜそこまで嫌がるのはよくわからないのだよ」
あ、寒い地域にはいないのかな。
「私の故郷の街では、暖かさを象徴する虫と考える者もいたよ。その形を模したアクセサリーが贈り物になることもあった。どうだい、ドベリ君もひとつ……」
「つつしんで、ご遠慮させていただきます」