第5話 ナイフには触れない
「食べられる装備か。なかなか斬新なアイデアだな。ドベリ君」
ビルザ博士は僕の書いたスケッチを見ている。
僕は博士が作ったゴーレムだ。以前から新しい魔道具の案を考えてみろと言われてた。
実現可能かどうかは別として、とにかく考えろってことで、いくつか案を出してみたのだ。
前世で武者人形の飴細工をテレビで見たことがあった。それの応用である。
糖分を魔法で強化させ、武器や防具の材料にするのだ。
元に戻す魔法をかけると非常食になる……というのはどうだろう。
戦国時代の雑兵さんは芋の茎を紐として使ってて、いざという時の非常食にしたとか。
「はい。例えば冒険者が洞窟に閉じ込められるとかで、食料がなくなった場合に使えないかと。もちろん、武器がないと狩りできないから予備の武器になりますが」
「武器や装備を失うリスクと、飢え死にするリスクの兼ね合いか」
「または金欠で食い詰めた冒険者の最後の手段になるとか」
「ふふっ…… ドベリ君。神具はその世界の神々が目をかけた勇者などに渡されるんだ。簡単に食い詰めるような輩は…… いや、それなりにいるかもな」
いるんですか。やっぱり冒険者って不遇な職種だよなぁ。
「博士。冒険者って、僕には不安定な職という気がするんですが」
「間違ってはいないよ。冒険者が、定職にあぶれた底辺と認識されている世界もあるんだ」
「世知辛いですねぇ。剣一本で強敵に立ち向かう勇者と言えばかっこいいです。でも実情は幸薄い感じですねぇ」
「困難や危機があれば人は群れるものだ。多くの世界では冒険者を支援するギルドが作られて、功績に応じた報酬が得られるようになってるよ」
そうなの? 冒険者ギルドってそんなにいっぱいあるの?
てっきり宿屋を兼ねた酒場で、マスターから依頼を受けて、端金を受け取るだけだと思ってた。
「話を戻すが、ドベリ君の案は食材で武器と作るというわけか」
「別に武器や装備にこだわってはいないです。通常は食べられない状態で、非常時のみ食べられるようになるとか。究極の保存食ができればいいかと」
「非常用の保存食としてだね。私も少し考えてみるか。そういえば、飲み水がなくなった場合に使える魔道具があったよ」
博士の手が輝き、魔法陣の中から小さなナイフが現れた。不思議な装飾の鞘に収まっている。
「名付けて『フックティ・スニーブ』だ。魔獣を攻撃したときに血が付着しにくいナイフだよ。このナイフは周囲の水気をあつめて常に湿り気を帯びている。刃を湿らせることで貫通力を高めてるんだ」
前世で読んだ時代劇小説でそういう刀があったような? 抜けば水しぶきがでるとか。
「また、魔法使いや精霊使いが水魔法の使う際にこのナイフが役に立ったこともあるようだ」
僕は博士からナイフを借りた。鞘から抜こうとして違和感に気付く。
熱を発してて鞘が暖かい。抜くと刃が曇った。
さらに剣先から水滴が落ちそうになっている。
刃の傍で冷気を感じる。
なぜこんなに刃が冷たいんだ?
これは結露になってる? もしかして、鞘が刃の熱を吸収していたのかも。
よく見ると、刃にも複雑な模様が彫られているように見える。
「このナイフって刃を冷たくして水が付くんですよね。でも飲み水が必要なときには、どうやって使うんですか。まさか……」
「もちろん、直接舐めるのさ。もっとも十分に注意が必要だがね」
「それをやると、近づきたくない怪しい人物になりますね。本当に水が必要な場合にはしかたないですが、気を付けてないと口を切りそうです」
「それもそうだが、寒い場所ではさらに要注意だ。舌がくっつく危険性もある」
「……うわぁ」
ちなみに今の僕には舌がない。
「水が必要な場合は、布か何かで拭き取って絞った方が無難かと。余計に濡れることを考えると、寒いところではそもそも持たない方がいいでしょうね」
「鞘から抜かなければ大丈夫だよ。寒い日でもこの鞘は暖かいんだ」
ということは、暑い日にこれ持っていると地獄では。
博士って、もしかして夏の暑さを知らないってことはない?
そもそも、砂漠とか氷点下の場所では空気も乾燥しているような気がする。
使えるのかな?
「ビルザ博士。そのナイフの鞘は中を冷やせるんですよね。同じ機能の箱を作れませんか。このぐらいの大きさで」
僕は手ぶりでカバンぐらいの大きさを示した。食べ物を冷やしたまま持ち運べるなら、装備を食べるよりいいと思う。
「携帯用の氷室か。そのナイフ以上に大きくするのは難しいのだが、試してみる価値はありそうだな」
ちなみにこの屋敷にも博士が『氷室』と呼ぶ部屋がある。
実際は巨大冷凍庫で、入るととても寒い。
あそこは寒いから僕も入るときは厚着する。ゴーレムでも寒いのは寒いのだ。
霜を空中に撒いて「ダイヤモンドダスト~」ってやったら、アララさんに怒られた。
豹のロギム先輩は氷室の中も平気だった。
姿がネコ科でも関係ないのか?
「後はそうですねぇ。海の上で漂流した場合なんかは、そのナイフが一本あれば心強いかも。真水がとれますし、鞘があれば身体が冷えるのを防げるかも」
「海での漂流か。他の魔技師が『海水を酒の味に変える魔道具』を作っていたな。それは使えるかな」
「成分までお酒になるならともかく、味だけお酒の海水ならやめた方がいいでしょう。普通の人間は大量の海水を飲むと死ぬかも」
たしか、塩分が濃すぎて、よけいに脱水症状になるんだったかな。塩分だけ薄める魔道具ならどうだろう。
「ビルザ博士。魔道具でこういうコップとかは作れませんかね。博士なら成分を変えなくても味を幻覚でだせますよね。コップに海水を入れると、塩辛さが汗と同じになるまで塩を抜いて、少しだけ柑橘類の味と甘みを感じさせるんです。成分は塩だけが薄くなった海水です」
これなら前世のスポーツドリンクに近いかも。
「塩は味だけでなく実際に抜くと。なるほど。身体への害が少ない状態にして飲みやすくしたわけか。作れるか試してみよう」
「さっきの話だと、博士以外にも神具を作る人がいるんですね」
「そりゃそうさ。トゥギャザーにはたくさんの異世界からの神々が集まる。当然、いろいろな世界からの鍛冶師や魔技師が神具の候補となるものを出品しているのさ」
「博士の作品もよく採用されてるんですよね。魔技師の中では有名な方なんですか」
「どうだろうな。私は自分の作る魔道具に派手な破壊力を求めることは少ない。だから、いまひとつという評価だと思うよ。私が作る多くはゴーレムの技術や幻影を取り入れている。私のことを『傀幻の技師』と呼ぶ者もいるらしい」
「二つ名で呼ばれるなんて、すごいじゃないですか」
「呼び名については気にしたことはないがね。それより、もっと魔道具のアイデアは無いかね」
「そうですねぇ…… えーと、えーと……」
とはいえ、アイデアなんてそう簡単にでないんだよなぁ。
僕はあまり頭がよくないせいか、考えすぎると頭がくらくらしてくるのだ。
……って、今ちょっとひらめいた。豆電球がピカッと光ったイメージ。
「博士。こんな魔道具って作れますかね」
僕は今思いついたアイデアをささっと紙に書きだした。
下の方にあるドベリくんのイラストには、今回のナイフ『フックティ・スニーブ』と第二話の投石器『スローネ・ビフォケット』も入ってます。
ドベリくんの絵は本編より痩せているかも?